第85話 守るための力
「あなた方は、あの施設で何をしてるんですか?」
ヴァルドとオルザの視線が、同時に俺へ向いた。
王都でヴァレクから聞いた話が頭をよぎる。
北方では、盟主が古代施設を再び封じようとしている。それに従わず、施設を利用しようとしている者たちもいるらしい。
ここは北方諸族連合の領内で、ハルヴァ氏族は古代施設を抱えている。重なるところは多いが、目の前の相手をヴァレクが話していた者たちだと決めつけるには、まだ知らないことが多すぎた。
「調べている」
答えたのはヴァルドだった。
「何をです?」
「何が使えて、何が使えないのかをだ」
思っていたよりあっさり認められ、俺はもう少し踏み込んでみる。
「封鎖してるだけじゃないんですね」
「今はな」
ヴァルドが横を見ると、オルザが膝の上の本へ手を置いた。
「残っている記録では、大きな異常が起きたあと、我々の祖先は施設を閉じ、その周囲を監視するようになったとある。当時を直接知る者は、もう残っていないがね」
「その封鎖を解いた?」
「全てではない。後世に残された記録には、立ち入ってよい区画、避けるべき場所、異常が起きた際の退避方法まで書かれている。それを照らし合わせながら、少しずつ確認してきた」
「どれくらい前から?」
「私が関わって四十年以上になる」
古代文字そのものは読めないと言っていた。それでも、後から残された記録を頼りに、それだけの時間を施設へ費やしてきたらしい。
「使えるものもあったんですか?」
「あった」
今度はヴァルドが答えた。
「照明や扉、保管されていた道具の一部だ。用途の分からんものには触れていない」
「武器は?」
壁際にいた者の一人が、わずかに顔を動かした。
ヴァルドは俺を見たまま答える。
「見つかっている」
「使ったことは?」
「試したものはある」
隣にいるフィアナが、わずかに姿勢を変えた。
ヴァレクから聞いた話が、少しずつ目の前の氏族と重なっていく。
「盟主は、古代施設を封じるよう求めてるんじゃないですか」
今度は返事までに少し間があった。
グレンも俺を見る。リーネは驚いた様子こそなかったが、俺がどこまで知っているのか気になったらしい。
「ヴァレクから聞いたか」
ヴァルドが言った。
「北で、そういう対立が起きてることまでは」
「そうか」
それ以上は問い返さず、ヴァルドは椅子へ深く座り直した。
「我々は盟主の地位を否定しているわけではない」
「でも、再封鎖には従ってない」
「そうだ」
「なぜです?」
ヴァルドは少しだけ目を細めた。
「お前はここまで来る途中、集落を見ただろう」
「見ました」
「ここには老人も子どももいる。山羊を飼い、鉱石を掘り、冬を越すために食料を蓄えて暮らしている」
山道から見た光景を思い出す。薪を運ぶ男、籠を抱えた女、大人の後ろへ隠れた子どもたち。
「王国と北方が再び戦えば、最初に巻き込まれるのはこういう場所だ。盟主が和平を望んでいることも知っている。それを間違いだと言うつもりもないが、それだけを頼りに今持っている備えまで手放す気にはなれん」
「古代施設も、その備えですか」
「使えるならな」
ヴァルドはそこで一度言葉を切り、オルザへ目を向ける。
「安全に使えると分かれば、だが」
「私は、条件を守れば利用できると考えている」
オルザが答えた。
「オルザ」
「隠す必要もないだろう」
ヴァルドに向けた声にも、強い反発はない。
オルザは俺へ向き直った。
「何十年も記録を集めてきた。危険とされた区画には入らず、記録にない操作はしない。異常があれば退く。それで動かせてきた設備もある」
「でも最近は違う」
口を挟んだのはリーネだった。
「今まで光らなかったところが光ったり、閉じた区画から音がしたりしてる。止まってたものが勝手に動くことも増えた」
「それは調べている途中だ」
「でも、理由は分かってない」
「だから調べる必要がある」
二人の間に険悪さは感じない。
同じ異常を見ても、リーネは今までと違うこと自体を警戒し、オルザは原因を突き止めようとしている。その受け取り方に差があるらしい。
「今朝もそうだったの?」
フィアナが口を挟んだ。
リーネがそちらを見る。
「何が?」
「私たちが出てきたところ。朝に見た時は止まってたって言ってたから」
「ああ。朝は何も動いてなかった。光も出てないし、音もしなかった」
「中には誰かいた?」
「いない。私も確認した」
フィアナと目が合う。
王都側で設備が動いた時、こちらで誰かが操作していたわけではないらしい。
「それから俺たちが出てくるまで、誰か入った?」
「入ってない」
今度はグレンが答えた。
「入口には人を置いていた。少なくとも、こちらから入った者はいない」
オルザが身を乗り出した。
「なら、王国側からの働きかけで起動した可能性がある」
「そこまでは分かりません」
「だが、お前たちが現れた時に設備が動いたのは事実だ」
「それはそうですけど」
オルザの目には、さっきまでより強い興味が浮かんでいた。
セレナも遺跡で何かを見つけた時には似た顔をする。ただ、セレナなら見えている事実と推測を一度分けてから考える。今のやり取りを見る限り、オルザは可能性が見えると、その先をすぐ確かめたくなる方らしい。
「最近の異常は、いつ頃から増えたんです?」
俺が聞くと、リーネが少し考えた。
「はっきり増えたのは数か月くらい前。最初は光るところが増えた程度だったけど、最近は止まってた設備まで反応するようになった」
「黒い獣は?」
オルザがすぐに顔を上げた。
「……現れたのか?」
その聞き返し方で分かった。
「知ってるんですね」
「記録にある」
オルザは眼鏡の奥から俺を見る。
「黒い外殻に覆われた四足の異形。古い記録には、施設の異常が広がった時期に何度も現れたとある。記した者によって呼び方は違うが、特徴は似ている」
王国で拾ってきた断片より、ずっと具体的だった。
「見たことがあります」
今度はヴァルドの目がわずかに細くなる。
「実物をか」
「はい。何度か戦っています」
リーネが驚いたように俺を見る。
「どこで?」
「王国側の施設です」
王都で起きたことまで話し始めれば、あの獣がどう現れたのか、その先に何がいたのかまで説明することになる。今知りたいのは、こちらでも同じものが出ているかどうかだった。
「こっちの施設では?」
「今のところ確認されていない」
ヴァルドが答える。
「少なくとも、私が氏族を預かってから報告はない」
「昔は?」
オルザが答えを引き取った。
「記録にはある。ただ、いつ、どれほどの数が現れたかまで揃ってはいない。残された文書によって記述にも差がある」
「それでも、存在そのものは残ってたんですね」
「そうだ」
俺たちが実物と遭遇してから少しずつ知ったものを、この人たちは何世代も前から記録として受け継いできたらしい。
ヴァレクが北方には王国より多くの記録が残っていると言っていた意味が、ようやく実感できた。
「あなたたちは、今でも調査を続けるつもりなんですか?」
フィアナがヴァルドを見る。
ヴァルドは少し考えてから答えた。
「今朝までなら、そう答えていた」
リーネが顔を上げ、オルザも黙ってヴァルドを見る。
「今は?」
「お前たちが出てきた」
ヴァルドの視線が俺とフィアナの間を動く。
「朝には止まっていた設備が、遠く離れた王国の地下と繋がったらしい。そのうえ、そこに使われている文字を読める人間まで現れた。何もなかった時と同じように調査を続けるつもりはない」
その答えは少し意外だった。
もっと頑なに施設の利用を正当化する相手かと思っていたが、ヴァルドは目の前で起きた変化を無視する気はないらしい。
オルザが腕を組む。
「だからこそ調べる必要がある」
「止めるとは言っていない」
ヴァルドは静かに返した。
「だが、今日このまま入ることもしない。施設に残した者から報告を集め、朝の確認記録も持ってこさせる。お前たちが現れた区画には、今夜は誰も入れるな」
グレンが頷いた。
「見張りは増やすか」
「増やせ。入口の外まででいい。異常があっても中へ入るな」
「ああ」
ヴァルドは俺たちへ向き直った。
「再び入るなら明日の朝だ。それで構わんか」
「俺たちは大丈夫です」
隣を見ると、フィアナも頷いた。
「私も」
「なら決まりだ」
「明日の調査には私も同行する」
オルザが言うと、ヴァルドは当然のように頷いた。
「そのつもりだ。朝までに、今日の巡回記録と最近の異常をまとめておけ」
「分かった」
「グレン、お前も同行しろ。リーネも連れていく」
二人もそれぞれ頷いた。
誰を連れていくかまで決めたところで、ヴァルドは話を切り替えた。
「それまで、お前たちには集落にいてもらう。牢へ入れるつもりはないが、まだ自由に歩かせるわけにもいかん」
「分かります」
「空いている家を一つ使え。食事と水はこちらで用意する。武器は明日の調査まで預かる」
「集落の中は?」
「出るなら誰かをつける。必要なものがあれば、その者に言え」
捕虜というほど厳しくはないが、客として好きに歩けるわけでもない。今の関係なら妥当なところだろう。
「それで構いません」
ヴァルドがグレンを見る。
「案内してやれ」
「ああ」
「リーネも行け。足りないものがないか見てこい」
「分かった」
話が終わると、俺たちは再び建物の外へ出た。
さっきより人が増えていて、俺たちが出てくると何人かがこちらを見る。縄が外れていることに気づいたのか、近くにいた男がグレンへ何か聞いたが、グレンは「ヴァルドの判断だ」とだけ答えて歩き続けた。
坂を下りながら、俺は改めて周囲を見渡した。斜面に沿って家々が広がり、その間を細い道が縫っている。昨日ここへ連れてこられた時から気になっていたことを思い出し、隣を歩くリーネへ声をかけた。
「そういえば、この集落にも名前はあるのか?」
「あるよ。ラウネ」
「ラウネ?」
「ここがハルヴァの本拠。周りにも小さい集落はいくつかあるけど、みんなここを中心に行き来してる」
「なるほど」
聞き慣れない響きを頭の中で繰り返しながら、斜面の下まで続く家並みを見る。
ラウネ。
北方へ来た実感が、知らない土地の名前を一つ覚えたことで、少しだけ形になった気がした。
案内されたのは、ラウネの中央から少し離れた場所にある小さな家だった。
中には机と椅子、簡単な炉があり、奥には休める場所も二つある。普段は使われていないらしく少し冷えていたが、リーネが炉へ薪を入れると、すぐに火がついた。
「水はここ。食事はあとで持ってくる」
「ありがとう」
フィアナが言うと、リーネは軽く頷いた。
「外には二人いる。出たい時は声をかけて」
「見張り?」
「そう」
隠そうともしない。
「分かった」
俺が答えると、リーネは何か言いかけたように見えたが、そのまま入口へ向かった。
「じゃあ、あとで」
扉が閉まり、ようやく二人きりになった。
フィアナが椅子へ腰を下ろして大きく息を吐く。
「朝から色々ありすぎたね」
「数時間前まで王都の地下にいたんだけどな」
「そう言われると余計変な感じ」
俺も向かいへ座った。
窓の外には、見慣れない山の斜面とラウネの家々が見えている。遠くから金属を打つ音が響き、その合間を人の声が時々通り過ぎていく。
本当に北方まで来たらしい。
「ガルドたち、どうしてるかな」
フィアナが呟いた。
「探してると思う」
「すごく怒ってそう」
「ガルドはな」
「オスカーも?」
「オスカーは怒る前に止める方じゃないか。ガルドがそのまま光の中に入ろうとしたら、たぶん引っ張ってる」
フィアナが少し考え、小さく笑った。
「ありそう」
「セレナもいるし、ヴァレクも残ってる。表示はみんな見てたから、少なくとも北方ってところまでは考えるはずだ」
「うん」
フィアナはそう答えたあと、しばらく窓の外を見ていた。
「本当に普通に暮らしてるんだね」
「集落の人たち?」
「うん。魔族って、もっと……」
言葉を探すように少し黙る。
「私、ちゃんと考えたことなかったのかも」
「俺もだよ」
北方の魔族。
王国にいた時は、それだけでだいたい話が通じていた。
実際に来てみれば、長い耳の者もいれば角のある者もいて、人間とほとんど変わらない者まで同じ氏族で暮らしている。
「王国の人間って言われたら、俺とガルドも同じになるしな」
「ずいぶん違うね」
「だろ」
「ガルドに聞かせたい」
「怒られるぞ」
フィアナが笑い、俺もつられて少し笑った。
やがてフィアナが炉の火へ目を向ける。
「でも、施設のことは怖いね」
「ああ」
「最近になって勝手に動き始めてるのも、黒い獣の記録が残ってるのも」
「北方の方が、俺たちより知ってることは多そうだな」
「オルザなら、かなり知ってそう」
「知識はな」
フィアナがこちらを見る。
「何か気になる?」
「少し。あの人、分からないことが出てくると、まず調べたい方に気持ちが動くみたいだから」
「セレナもそうじゃない?」
「似てるけど、セレナは危ないと思ったら止まるだろ」
「そうだね」
「オルザがどこで止まる人なのかは、まだ分からない」
明日もう一度施設へ入れば、その辺りも少し見えてくるかもしれない。
「明日、私も行くからね」
「分かってる。ただ、また変な感じがしたらすぐ言えよ」
「うん」
そこで言葉が途切れた。
フィアナはしばらく炉の火を見ていたが、やがて小さく息を吐く。
「……アレンが一緒でよかった」
「ん?」
「あの光の中で、一人だったらもっと怖かったと思う」
顔を上げたフィアナは、照れているというより本当にそう思っているようだった。
「俺も一人よりはいいよ」
「一人よりは?」
「かなりいい」
「ならいいけど」
少し不満そうに言いながら、口元は笑っている。
その時、扉が二度叩かれた。
「入っていい?」
聞き覚えのある声だった。
「どうぞ」
フィアナが答えると、扉が開いてリーネが顔を出した。
片手に水差し、もう片方に布を巻いた籠を持っている。
「夕食。あと、夜は冷えるから毛布も持ってきた」
「ありがとう」
机へ置かれた籠から、焼いた肉と固めのパン、それに根菜らしいものの匂いがした。
リーネは水差しまで置いても、すぐには帰らなかった。
「他に何かいる?」
「今のところは大丈夫」
フィアナが答える。
「そう」
それでも動かないので見ていると、リーネもこちらを見返した。
「何?」
「いや、まだ何かあるのかと思って」
「ある」
あっさり認めた。
「古代文字のこと、聞きたい」
「やっぱり」
「駄目?」
「答えられることなら」
リーネは空いていた椅子を見る。
「座っていい?」
「どうぞ」
フィアナに促され、リーネが腰を下ろした。
「どうして読めるの?」
いきなり核心だった。
「それは説明しづらい」
「言いたくない?」
「そういうわけじゃない。自分でも、どう説明すればいいか分からないんだ」
嘘ではない。
前世の記憶を持っていると初対面の相手へ話すつもりはないし、話したところで余計に分からなくなるだけだ。
リーネは少し考えたあと、それ以上は追わなかった。
「じゃあ、いつから読めた?」
「最初に見た時から、ある程度は」
「習ったわけじゃない?」
「違う」
「変なの」
「自分でもそう思う」
リーネは真面目な顔のままだったが、フィアナが小さく笑った。
「アレン、最初からそんな感じだったよ」
「そんな感じって何だよ」
「分からないことが多い感じ」
「それ、褒めてないだろ」
「褒めてない」
即答されると、向かいのリーネが俺たちを見比べた。
「仲いいんだね」
「一緒に旅して長いから」
フィアナが先に答える。
「仲間だからな」
「そう」
リーネは短く頷くと、また俺へ視線を戻した。
「施設の前でも、ずっとフィアナを後ろに置いてた」
「そりゃ前衛だから」
「五人相手でも?」
「五人いたからだよ。フィアナまで囲まれたら面倒だろ。俺が前でまとめた方が楽だった」
「楽……」
納得していない顔をされた。
「それで五人とも斬らなかったの?」
「話が通じそうだったから」
「最初に斬りかかったのは私たちだけど」
「だからって、殺す必要はないだろ」
リーネはしばらく俺を見ていたが、ふと思い出したように口を開いた。
「そういえば、南の冒険者って等級があるんでしょ」
「あるよ」
「交易に来る人から聞いたことがある。鉄とか銅とか、銀、金……もっと上もあるんだよね」
「白金と黒鋼」
「アレンは?」
「白金」
リーネが黙った。
「……白金?」
「うん」
「それって、上から?」
「黒鋼の一つ下。白金になったのはつい最近だけど」
琥珀色の目がしばらく俺を見つめる。
「じゃあ、かなり上なんだ」
「等級だけで強さが全部決まるわけじゃないよ」
「でも、五人で全然勝てなかった理由は分かった」
「そういうことでもないと思うけど」
「私たちが弱かった?」
「いや、そうじゃなくて……」
どう答えればいいのか迷っていると、フィアナが横から口を挟んだ。
「アレン、そういうの素直に認めないよね」
「何をだよ」
「自分が強いこと」
「もっと強い人を知ってるからな」
「ほら」
リーネが俺からフィアナへ視線を移し、少しだけ笑った。
「なるほど」
「何がなるほどなんだよ」
「なんとなく」
どうやら説明する気はないらしい。
少し空気が和らいだところで、俺は昼間から気になっていたことを聞いた。
「こっちからもいい?」
「何?」
「集落に、耳が長い人以外もいたけど、みんなハルヴァなのか?」
「そうだよ」
「角がある人も?」
「ハルヴァなら」
「血筋で決まるんじゃないんだな」
「血筋もあるけど、それだけじゃない」
リーネは当然のことを説明するように続ける。
「昔からここにいる家もあるし、別の氏族から来た人もいる。結婚して残る人もいるし、居場所をなくしてハルヴァに入った家もある。角とか耳より、ここで暮らしてるかの方が大事」
「じゃあ、王国でまとめて魔族って呼んでるのは?」
「知ってる」
返事は早かった。
「嫌なのか?」
「別に。南の人がそう呼ぶのは昔からだから」
そこで少し考える。
「でも、便利な言葉だとは思う」
「便利?」
「耳が長くても、角があっても、見た目があなたたちと同じでも、北にいれば全部それで済むでしょ」
言われてみれば、その通りだった。
フィアナがリーネを見る。
「こっちから見た私たちも、そんな感じ?」
「南の人」
「もっと細かくは?」
「必要なら王国人とか、住んでる場所とか。知らなかったら南の人」
ずいぶん大雑把だ。
俺が笑うと、リーネが不思議そうに見る。
「何?」
「いや。お互い似たようなもんだと思って」
「そう?」
「たぶん」
リーネは少し考えてから頷いた。
「そうかも」
窓から入る光が、だいぶ弱くなっていた。
リーネもそれに気づいたらしく、椅子から立ち上がる。
「もう戻る」
「明日も来るんだよな」
「行くよ」
「見張りとして?」
聞くと、リーネは少し考えた。
「それもある」
「他には?」
「あなたが何を読むのか見たい」
やっぱりそっちか。
「読める表示が残ってればな」
「朝にはなかったものが出るかもしれない」
「それはあんまり出てほしくないけど」
「私も」
そこは意見が一致した。
リーネは扉へ向かい、開ける直前に振り返る。
「アレン」
「何?」
「明日は、今日みたいに勝手に一人で前に出ないで」
「勝手に?」
「私たち五人を相手にした時」
「あれは仕方なかっただろ」
「明日は味方として行くんだから、ちゃんと声かけて」
そう言い残して、今度こそ外へ出ていった。
扉が閉まると、フィアナがこちらを見る。
「ずいぶん興味持たれたね」
「古代文字にな」
「それだけかな」
「他に何があるんだよ」
「さあ」
妙に楽しそうだ。
俺は答えず、リーネが持ってきた籠を開けた。
明日になれば、あの施設へもう一度入る。
王都へ戻る手掛かりを探すのが最優先なのは変わらないが、ここへ来た時より、ハルヴァ氏族について分かったことは増えていた。
古代施設を使おうとしている者たち。
その言葉だけなら、もっと分かりやすい相手を想像していた。
実際には、ヴァルドとオルザでも考え方は違い、リーネは最近の異常を警戒している。古い記録には、俺たちが戦ってきた黒い獣のことまで残されていた。
ラウネでは、俺たちが魔族と呼んできた人たちが、ごく普通に暮らしている。
明日、施設へ入れば、まだ見えていないものも出てくるだろう。
少なくとも今は、ヴァレクから聞いた言葉だけでこの氏族を判断する気にはなれなかった。
今後の更新時間を7:30、22:10に変更させていただきます。




