第9話 金級と白金級
9/22 全体的に推敲し文章をアップデートしました。(内容は変更なし)
二頭の装甲猪が地面を蹴った。
大きい方はガルドへ、その半歩ほど遅れてもう一頭が俺へ向かってくる。背後には村人と神殿兵、その少し前にユリウスがいる。横へ流しすぎれば、後ろを危険に晒すことになる。
「右は任せた!」
「分かりました!」
俺は小さい方だけを見る。
小さいといっても比較の話で、肩の高さは俺の胸近くまである。まともに受け止めるつもりはなかった。
突進の直前、前脚が着く場所だけ土を僅かに盛り上げる。
巨体を転ばせるほどではないが、一歩がずれて頭の向きがぶれた。
俺は牙の外へ抜けながら、前脚の付け根を斬る。
厚い皮膚に阻まれて浅い。血は出たものの、装甲猪はそのまま身体を振り、牙を横へ薙いできた。
剣を引いて距離を取る。
「硬いな……」
その背後から矢が飛び、右目の上へ刺さった。
「次、目を狙うよ!」
「お願いします!」
装甲猪がミラへ頭を向ける。
そちらへ行かせるわけにはいかないので、俺は距離を詰めて剣先で肩を叩いた。硬い外皮に弾かれるが、注意はこちらへ戻る。
低い唸り声とともに、再び頭が下がった。
二度目の突進は、最初より余裕を持って見られた。
速度が乗ったところで大きく動けば追われる。ぎりぎりまで正面に残り、牙が届く直前に踏み込む方向を変えた。
巨体は急には曲がれない。
横を抜けながら首の付け根へ剣を入れると、今度は深く入った。
装甲猪が甲高い声を上げる。
だが、そのまま身体を振り返してきた。
剣を抜くのが僅かに遅れ、肩の端が左腕を掠める。まともには受けなかったものの、押されるように地面へ転がった。
「アレンさん!」
「大丈夫です!」
すぐ立ち上がる。
左腕は痺れているが動く。
装甲猪も首から血を流していたが、まだ足は止まっていない。
その時、左から重い音が響いた。
視線を向けると、ガルドが受け持っていた方は既に地面へ倒れていた。前脚と首に深い傷がある。
「アレン、前!」
声に反応して向き直る。
装甲猪が目の前まで来ていた。
慌てて進路から外れ、牙を避ける。
危なかった。
自分の相手を残したまま、よそを見るべきではない。
装甲猪が距離を取り、三度目の突進へ向き直った。
「ユリウスさん、お願いします!」
「もうできてる!」
前方の地面が僅かに沈む。
片方の前脚が落ちる程度の窪みだ。
装甲猪が再び突っ込んでくる。
前脚が窪みへ入った瞬間、巨体が右へ傾いた。
俺はそこへ踏み込み、開いた首の傷へ剣を突き込んだ。
深く入る。
それでも装甲猪は倒れず、刺さった剣ごと頭を振った。
このまま握っていれば腕を持っていかれる。
俺は柄を離して退いた。
「アレン、下がれ!」
ガルドの声に従い、さらに距離を取る。
直後、ミラの矢が右目へ刺さった。
装甲猪が頭を振ったところでユリウスが足元を崩し、巨体が傾く。
そこへガルドが入った。
大剣が、俺の剣が残っている首元へ振り下ろされる。
一撃で装甲猪が地面へ沈んだ。
今度は起き上がらなかった。
◇
しばらく警戒してから、首に残った剣を抜いた。
刃先が僅かに欠けている。
「……やりましたね」
「そのくらいなら研げば使える」
ガルドが横から覗き込む。
「帰ったら直しとけ」
「簡単に言いますね」
「剣なんて使ってりゃ減る」
ガルドは気にした様子もなく、自分が倒した方へ向かった。
俺もついていく。
「ガルドさん、そっちはどうやったんです?」
「最初の突進をずらして前脚を斬った。止まったところで首だ」
「突進をずらした?」
「真正面から受けたわけじゃねえぞ。肩へ斜めに剣を当てて、俺も動きながら外へ流した」
言っていることは分かる。
あの質量を相手に実際にやるとなれば別だ。
「俺なら避けますね」
「その方がいい」
ガルドは即答した。
「力だけじゃ無理だ。踏み込みを読み違えたら、そのまま轢かれる」
「真似するつもりはありませんよ」
「ならいい」
同じ装甲猪を相手にしても、俺はミラとユリウスの援護を使いながら何度か攻撃を重ねた。ガルドは大きい方を、それより少ない手数で仕留めている。
経験の差は、こういうところに出るらしい。
「何見てんだ?」
「勉強してました」
「俺を?」
「はい」
ガルドが嫌そうな顔をした。
「気持ち悪いな」
「聞いたのガルドさんでしょう」
少し離れたところでミラが笑った。
「アレン、さっき途中でこっち見て危なかったよね」
「見られてましたか」
「見てるのが仕事だから」
「次から気をつけます」
ユリウスも杖を肩へ戻しながら寄ってくる。
「俺の穴も忘れないでくれよ」
「かなり助かりました。ありがとうございます」
「ならいい」
そこへローデンが来た。
「負傷を確認します。大きな怪我はありませんか?」
「俺は大丈夫です。左腕を少し打ったくらいで――」
「今、少し間がありましたよね」
振り返ると、治療を終えたフィアナがこちらへ歩いてきていた。
「本当に大したことないですよ」
「それは見てから決めます」
断っても無駄そうなので左腕を差し出す。
袖をまくると、肘の上が赤くなり始めていた。
フィアナは腫れと動きを確かめる。
「曲げてください」
言われた通り動かす。
「痛みます?」
「少しだけです」
「強い腫れもないですね。治癒魔法を使うほどではありません。今日は冷やしておいてください」
「分かりました」
そこで終わるかと思ったが、フィアナは腕から手を離してもこちらを見たままだった。
「それと、途中で剣を手放しましたよね」
「見えてたんですか?」
「見えてました」
「握ったままだと腕ごと持っていかれてたので」
フィアナは少し黙る。
戦い方について何か言えるわけではないのだろう。それでも気になったらしい。
「無理だと思ったら、ちゃんと下がりますよ」
「本当に?」
「さっきもガルドさんに言われて下がったでしょう」
「……なら、いいです」
完全に安心した顔ではなかったが、それ以上は言わなかった。
◇
二頭を倒したあとも、ローデンは警戒を解かなかった。
周辺に別の個体がいないとは限らず、日も傾いている。重傷者を含む百人以上を今から村まで動かすより、このまま礼拝堂周辺で夜を越した方が安全だと判断し、村へ伝令を戻した。
今夜の安全管理はローデンが取り、巡礼日程の調整はベルナールと改めて決める。
野営の準備が始まったところで、倒れた装甲猪を見ていたガルドが口を開いた。
「しかし、こいつらがここまで来てるのは少し珍しいな」
「この辺りには少ないんですか?」
「ああ。もっと北の森で見ることが多い」
ミラも足跡を見直していた。
「この辺りに長くいた感じはないよ。今日入ってきた可能性が高いと思う」
「朝の揺れと関係ありますかね」
「分からん」
ガルドはそこで止めた。
「何かから逃げてきたのかもしれねえし、餌を追ってきただけかもしれん」
井戸の水が温かくなり、一時的に濁った。朝には地面が揺れて斜面が崩れ、その近くへ普段はあまり見ない装甲猪が現れた。
同じ原因かもしれない。
今のところは、それ以上分からなかった。
◇
夕方には野営の準備が進み、救助された村人たちも少しずつ落ち着きを取り戻していた。
フィアナだけは、時々古い礼拝堂の方を見ている。
「フィアナさん?」
「……夢のことを考えていました」
「この場所の?」
「はい」
石段から、土砂を取り除いた地下への入口へ視線を移す。
「夢で見たのは、ここまでじゃなかった気がするんです」
「続きがあるんですか?」
「たぶん。でも、よく思い出せません」
少し考え、眉を寄せる。
「もっと暗くて……もう少し奥だったような」
今いる避難所のことなのか、それとは別の場所なのか。
フィアナ自身にも分からないらしい。
「無理に思い出さなくてもいいんじゃないですか」
「……そうですね」
「また夢で見れば――」
言いかけたところで、フィアナが嫌そうな顔をした。
「そういうこと、言わないでください」
「すみません」
思ったより本気だった。
神託を受ける側がどう感じるかを、俺は知らない。
「本当にすみません」
言い直すと、フィアナの表情が少し緩んだ。
「……分かればいいです」
日が沈む前に、俺たちは礼拝堂の周囲で夜を越す準備へ戻った。
地下への入口は開いたまま残っている。
フィアナの視線が何度かそこへ戻るのを見て、俺も一度だけ暗い奥へ目を向けた




