第83話 消えた2人
白い光が消えた瞬間、視界いっぱいに残像が広がり、私は反射的に目を細めた。
「アレン!」
すぐ近くでガルドの声が響く。
目が光に慣れた時には、さっきまで床の中央にいた二人の姿はなく、壁を走っていた白い線も、二人を囲んでいた光の面も消えていた。文字の消えた表示面と灰色の床だけを見れば、つい今しがた何かが起きたとは思えない。
ガルドが中央へ踏み込もうとしたので、私は咄嗟に声を上げた。
「待って! まだ入らないで」
「もう消えてるだろ」
「光が消えただけよ。何をきっかけに動いたのかも分からないのに、次はあなたまでいなくなったらどうするの」
ガルドがこちらを振り返るより先に、横から伸びたオスカーの腕がその肩を掴んだ。
「止まっとけ。二人探すつもりが、お前まで消えたら面倒が増える」
「離せ」
「自分で止まるならな」
しばらく睨み合ったあと、ガルドが一歩下がる。オスカーもそれを確認するとすぐ手を放し、何事もなかったように床へ視線を戻した。
後ろでは市の技術者と工兵が区画の外から床や壁を確認し、記録係はすでに紙を広げている。私は記録係に時刻を残すよう頼み、アレンとフィアナがいた位置、ガルドとオスカーが腕を伸ばしていた位置、光の面が立ち上がった境界を、市の技術者と工兵にも見取り図へ落としてもらった。
「表示も順番を確認しましょう。最初は?」
「アレンさんが『対象、認証済み』と読んだ表示です。SUBJECT : ACCEPTED」
「その次がOPERATOR : SEARCHING。フィアナを支えたあとにOPERATOR : ACCEPTEDへ変わって、それからLINK TARGET……」
「下にNORTHERN RELAYです」
記録係が紙をこちらへ向ける。
そのあとに五つの白い印が現れ、一つずつ消え、最後の一つが消えるのとほとんど同時に二人の姿も見えなくなった。記録係の感覚では十秒に満たなかったらしいが、誰も時間を測っていたわけではないので、そこは推定として残してもらう。
二人が消えたことと、その直前に北方中継点と読める表示が出たことは確かでも、それだけで何が起きたのかまでは決められない。
「俺が入る」
振り返ると、オスカーが巨大な戦斧を背へ回しながら、市の技術者へ手を差し出していた。
「縄あるか」
「あります」
「腰に巻いてくれ。反対側は二人で持っとけ」
ガルドが眉を寄せる。
「俺が行く」
「駄目だ。お前は今、止められたばっかだろ」
「お前だってアレンを引いてたじゃねえか」
「俺の方が重い」
「そういう問題か?」
「少なくとも軽いよりはましだ」
オスカーはそれ以上付き合わず、工兵に縄を結ばせると、結び目を一度手で確かめてからこちらを見た。
「セレナ。どこまで行けばいい」
「最初は一歩だけ。床か壁に何か出たら、確認しようとせず戻って」
「分かった」
片足だけを区画の内側へ入れ、何も起きないことを確かめてから、もう一歩進む。そこでも変化はなく、オスカーはアレンへ手を伸ばしていた辺りまで右腕だけを差し入れ、手のひらを上下左右へゆっくり動かした。
「今は何もねえな」
「さっきの抵抗も?」
「ああ。ここから先へ腕を入れただけで重くなったが、それも消えてる」
「アレンを引いた時は、どんな感じだった?」
オスカーは少し考えてから、自分の右手を握ったり開いたりした。
「掴んだ手は動いたし、あいつの身体も少しはこっちへ来た。ただ、引けば引くほど重くなった。足か服を掴まれてたなら力の返り方で分かるが、あれはそういう感じじゃねえ」
「じゃあ何だったの?」
「上手く言えん。アレン一人じゃなく、あいつがいる側そのものを引っ張ってるみたいだった」
記録係がそのまま書き留めていく。
オスカーはもう一度試すかと聞いたが、私は首を振った。今度は素直に区画から出てきたので少し見ていると、こちらの視線に気づいたらしい。
「何だ」
「もう少し試したがると思っただけ」
「分からんもんを二度踏むほど、俺も若くねえよ」
ガルドが鼻を鳴らした。
「竜には突っ込むくせに」
「竜は見えるからな」
「なるほど」
妙なところで納得したガルドも、それ以上は言わなかった。
私は監視役の横に立つヴァレクへ向き直る。
「NORTHERN RELAY。北方中継点という読み方が正しいとして、何か思い当たることは?」
「その言葉だけでは場所は――」
「分からねえのは聞いた」
ガルドが遮ると、ヴァレクの目がそちらへ動いた。
「確実じゃなくていい。今見たものまで含めて、お前ならどう考える」
ヴァレクはすぐには答えず、文字の消えた表示面と、アレンたちがいた床を交互に見た。
「……北方のどこかにある古い施設へ、二人が移された可能性はある」
それまでより一歩踏み込んだ答えに、私はヴァレクを見る。
「何か根拠があるの?」
「昔、似た話を聞いたことがある。封鎖されていた古い遺構の内側で、突然人が見つかったという話だ」
「突然?」
「見張りは入口から入った者を見ていない。外から壊された跡もない。それなのに内部に人がいたらしい」
ガルドが腕を組んだ。
「そいつはどこから来た」
「そこまでは知らん。俺が直接見た出来事でもないし、いつの話かも正確には覚えていない。奥に別の出入口があったか、見張りが見落としただけだと思っていた」
「今までは、だろ?」
「ああ」
ヴァレクはもう一度床を見る。
「今日のこれを見たあとなら、別の施設から人が現れた可能性も考える。表示が北方中継点を示していたことまで含めれば、アレンとフィアナが北方のどこかへ出た可能性はあると思う」
「なら北だな」
「候補としては、ね」
私が言うと、ガルドは今度は反論せず頷いた。
その横で、オスカーが何もない床を見たまま口を開く。
「消える直前まで二人とも意識はあった。アレンはフィアナを支えてたし、フィアナも自分であいつに掴まってたんだから、ここで突っ立ってても始まらんだろ」
ガルドも同じ場所を見ていたが、やがて大剣の柄から手を離した。
「ああ。探す方法を考える」
表示と床の状態を最後まで記録し、工兵に追加封鎖に必要な位置を確認してもらったあと、私たちは全員で来た道を戻った。途中で連絡担当だけを先行させる案も出たものの、すでに第一班から二人が消えている状況で、地下の隊列をさらに分けることはしなかった。
地上の指揮所へ戻る頃には、入口の警備役もこちらの人数が足りないことに気づいていた。
記録係と市の技術者が持ち帰った紙を指揮所へ渡し、私が必要なところだけ補足すると、指揮側はすぐに第二、第三班へ帰還を命じた。三つの入口は監視を残したまま再封鎖され、私たちが王城へ向かう頃には、地下の調査そのものがいったん停止されていた。
王城には先に簡略な報告が届いていたらしく、到着するとそのまま会議室へ通された。
国王陛下の前には、地下から持ち帰った記録の写しがすでに置かれている。マティアス参事官とヴォルフラム軍務卿、ディートリヒ騎士団長も揃っていたので、私は発生したことを最初から読み上げず、オスカーが受けた抵抗や、現在は同じ区画へ入っても反応がないことなど、記録だけでは分かりにくい部分を補った。
説明を聞き終えたマティアス参事官は、記録の最後で指を止めた。
「二人が北方にいるというのは、ヴァレク殿の話を含めても、まだ推測ということですね」
「はい。ただ、考える材料は増えました」
私がヴァレクを見ると、陛下もそちらへ視線を向けた。
「古い遺構の内側から、人が現れたという話か」
「ああ。確かな記録かどうかまでは、俺にも分からない」
「今はそれでよい」
陛下はそれ以上答えを求めず、ヴォルフラム軍務卿へ視線を移した。
「国境から何か入っていたな」
「はい。今朝届いた報告がございます」
ヴォルフラム軍務卿が別の紙を机へ出した。
「北方で盟主側と戦って敗れた兵が数名、国境を越えて亡命を求めています。いずれも、盟主に反抗する勢力の兵を名乗っております」
ヴァレクの表情が変わった。
「どこの者だ」
問われたヴォルフラム軍務卿は、今度はヴァレクへ向き直る。
「そこはまだ確認中だ。ただ、別々に聞き取りをした者たちの証言が、大筋で一致している」
「何を話した」
「北方では古代施設の扱いを巡って盟主と複数の勢力が対立し、再封鎖の要求に従わない氏族や集団との間では、すでに武力衝突まで起きている。お前が王城で話した情勢と、そこまで大きな違いはない」
ヴァレクは少し黙ってから、軍務卿を見る。
「盟主に反抗していた連中が、それを話したのか」
「報告上はそうだ」
そこでマティアス参事官がヴァレクへ視線を移した。
「彼らはヴァレク殿が王都にいることを知りませんでした。聞き取りも国境側で、互いの証言を合わせられないよう別々に行っています」
ヴァレクは返事をせず、机の上の報告を見た。
ヴォルフラム軍務卿は陛下へ向き直ると、先ほどとは口調を改めた。
「これで全てが裏づけられたとは申せません。ただ、ヴァレク殿とは別の経路から、同じ情勢を示す証言が得られております。少なくとも、これまでの説明を判断する材料にはなるかと存じます」
陛下は、地下から持ち帰った記録と国境から届いた報告をしばらく見比べたあと、顔を上げた。
「ヴァレク殿」
「ああ」
「盟主への返答を、あなたに託したい」
ヴァレクが姿勢を正した。
「内容を聞かせてほしい」
「王国は、正式な協議に応じる」
ヴァレクの目がわずかに動いた。
「ただし、すぐに条約を結ぶという意味ではない。互いの使者を通じて条件を詰め、古代施設についても情報を交換する。その意思が王国にあると伝えてくれ」
「承知した」
「それと、もう一つ」
陛下は地下の記録へ手を置いた。
「アレン殿とフィアナ殿を探す」
ガルドがわずかに顔を上げる。
「北方にいると決まったわけではない。だが、その可能性がある以上、何もせず待つつもりはない」
ヴォルフラム軍務卿が陛下へ尋ねる。
「捜索のため、軍を動かしますか」
「大部隊は動かさない。こちらにその意図がなくとも、北方側から見れば侵攻準備と区別がつかん」
「では、国境側では準備のみに留めます」
「ああ。補給と経路の確認までにしてくれ」
「承知いたしました」
陛下は再びヴァレクを見る。
「盟主には、二人の捜索への協力も求めたい。北方に残る古代施設と、似た事例の記録を調べてもらえるよう伝えてくれ」
「伝えよう」
「王国側でも候補を絞る。場所が見えれば、少人数を北へ送ることも考える」
そこでガルドが口を開いた。
「俺が行く」
陛下はすぐには答えず、一度こちらまで見た。
「人選は情報が揃ってから決める。ただし、二人をよく知る者を外すつもりはない」
「それで十分だ」
ガルドが引く。
オスカーも何か言うかと思ったが、椅子の背へ身体を預けたまま口を開かなかったので、私は少し意外に思った。
その視線に気づいたらしい。
「何だ」
「行くって言わないのね」
「行けって言われりゃ行く。まだ場所も分からんのに名乗り出てどうする」
ガルドが横から笑う。
「竜なら先に行くくせに」
「竜は場所が分かってる」
「またそれか」
思わず私も少し笑った。
陛下はそんな私たちを見ていたが、すぐにマティアス参事官へ向き直った。
「盟主への返書を作ってくれ。ヴァレク殿にも内容を確認してもらう。国境の亡命者については聞き取りを続け、所属と戦闘が起きた場所を確認しろ。古代施設との位置関係も分かれば拾っておきたい」
「承知しました」
「王立史料院にも、北方、中継点、封鎖遺構に関する記録を優先して当たらせる」
「すぐに手配します」
指示を受けたマティアス参事官が書類をまとめ始め、ヴォルフラム軍務卿も国境から届いた報告を手元へ引き寄せた。
私は机の上に残る「NORTHERN RELAY」の文字を見る。
まだ、それがどこを指すのかは分からない。それでも、地下で二人の姿が消えた直後とは違い、次に何を調べるべきかは見えていた。




