第82話 向こう側
記録係が「NORTHERN RELAY」の文字を書き写している間に、俺はその近くに残っていた二行へ目を移した。
STATUS : STANDBY
CONNECTION : DEGRADED
「状態は待機。下は、接続が劣化してる……そんな意味だ」
「止まってるとは書いてねえんだな」
「ああ」
ガルドが表示を見上げる横で、記録係が二行を書き加えていく。その作業が終わるのを待っていると、隣に立っていたフィアナが不意に額へ手を当てた。
「フィアナ?」
「ん……ちょっと変かも」
目を閉じた彼女の眉間に、薄く皺が寄っている。
「頭痛?」
「痛いっていうより、奥から引かれてる感じ。さっきまでより、はっきりする」
その言葉を聞いたガルドは、迷わず大剣を背へ戻した。
「戻る。ここまでだ」
市の技術者が見取り図から顔を上げ、セレナも表示をもう一度確認してから道具をまとめる。
「必要な記録は取れたわ。戻りましょう」
それで撤退が決まり、俺たちは管理区画を離れて来た道を戻り始めた。
先頭はガルド。その後ろを俺とフィアナが進み、市の技術者と記録係、セレナ、拘束されたヴァレクが続く。オスカーは最後尾へ回り、背後の警戒を引き受けていた。
「歩ける?」
「うん。まだ大丈夫」
「強くなったら言って」
「アレンも脚ね」
「ああ」
左脚に新しい痛みはなく、歩く分には問題ない。フィアナの歩調に合わせながら小型人型と戦った場所を抜け、中継点の表示があった分岐まで戻ったところで、壁面の光が目に留まった。
「ガルド」
「何だ?」
「北へ伸びてた線、さっきより明るい」
壁面に浮かぶ線のうち、北寄りへ伸びていた一本だけがはっきりしている。白い点の輪郭も見やすくなり、先ほどは途切れかけていた部分まで繋がっていた。
セレナも少し離れた位置から目を細める。
「変わってるわね」
市の技術者が見取り図の余白へ時刻と変化を書き込むのを待ち、ガルドはすぐ先頭へ戻った。
「記録したなら行くぞ」
誰も表示へ近づかないまま分岐を離れたが、フィアナは歩きながら何度か後ろを振り返っていた。
「まだ感じる?」
「うん。離れてるのに消えない」
声は落ち着いているものの、額へ触れる回数が増えている。俺も周囲を警戒しながら少し歩調を上げ、やがてあの広い区画まで戻った。
ガルドが先に通り、俺もその後へ続く。少し間を空けてフィアナが入ってきたところで、背後の足音が途切れた。
「フィアナ?」
「待って」
振り返ると、彼女はこめかみを押さえたまま立ち止まっている。
「ここ、急に強くなった」
後ろにいたセレナも足を止めた。
「全員、そのまま」
反対側まで抜けていたガルドがすぐに向き直る。
「フィアナ、戻れるか?」
「やってみる」
フィアナが来た方へ足を引いた瞬間、床に細い白い光が走った。
後続も動かない。
「何か触った?」
セレナの問いに、市の技術者が周囲を見回しながら首を振る。
「誰も触ってません」
光は床を途中まで走ったところで止まり、その先へは伸びなかった。
フィアナがもう一歩下がろうとして身体をふらつかせたため、俺は数歩戻って肩を支えた。
「大丈夫?」
「ちょっと、頭が……」
いつもより強く体重が掛かってくる。
その瞬間、途中で止まっていた光が一気に広がった。
壁にも白い線が走り、消えていた表示面へ文字が浮かび上がる。
「アレン、読めるか!」
ガルドに言われ、俺はフィアナを支えたまま表示を追った。
SUBJECT : ACCEPTED
その下には、
OPERATOR : SEARCHING
「上は……対象、認証済み。下は操作する側を探してる」
「アレン、フィアナから離れろ!」
「ああ!」
肩から手を外そうとしたが、その前にフィアナの膝から力が抜けた。倒れかけた身体を反射的に抱え直した直後、表示が切り替わる。
OPERATOR : ACCEPTED
「下も認証済みに変わった!」
「二人とも出ろ!」
ガルドは反対側から区画へ戻ってきた。
俺もフィアナの腕を肩へ回し、来た側へ戻ろうとする。最初の一歩は普通に踏み出せたが、出口へ近づこうとするほど中央側へ押し返すような抵抗が強まり、二歩目では上体を前へ倒さなければ足を運べない。
「何だ、これ……!」
「止まるな!」
ガルドはフィアナの反対側へ回り込み、その身体を支えた。
「来た方へ戻す。アレン、歩けるか」
「ああ!」
三人で後続のいる側へ身体を向ける。ガルド自身は足を取られていないが、俺とフィアナを動かそうとすると強い抵抗が掛かり、押す側のガルドまで腰を落として踏ん張らなければならなかった。
「セレナ!」
「見てる! 床だけじゃないわ、壁も反応してる!」
セレナは入口ぎりぎりまで寄り、光の動きと表示を交互に追っている。市の技術者も壁際や床を確かめていたが、止めるための操作部らしいものは見当たらない。
「止められそうか?」
「駄目! 操作できそうなものが見当たらない!」
新しい文字が表示面に現れた。
LINK TARGET
その下に、
NORTHERN RELAY
「接続対象……北方中継点」
読み上げると、拘束されたヴァレクが顔を上げた。
「北方中継点?」
「ああ。そう書いてある」
「場所は出ているか」
「名前だけだ」
ヴァレクは表示から俺へ視線を戻した。
「北には封鎖された遺構がいくつもある。それだけでは絞れん」
「今は場所より、こいつを止める方が先だ!」
ガルドが怒鳴った直後、床から伝わる振動が強くなった。
後続の最後尾にいたオスカーが前へ出る。
「俺が引く」
「中まで来るな!」
ガルドがフィアナを支えたまま声を飛ばした。
「そこからアレンを引け!」
「分かった」
オスカーは入口で足を開き、光の内側へ腕を伸ばした。
何もない空間へ差し込んだはずの腕が途中から急に鈍る。それでも肩まで前へ出し、力ずくでさらに手を伸ばしてきた。
「アレン、手ぇ出せ!」
フィアナを片腕で支えながら、空いた手を伸ばす。
指先が触れた直後、オスカーの大きな手が俺の前腕を掴んだ。
「取った!」
一気に腕を引かれ、身体が出口側へ動く。
ガルドも後ろからフィアナを支えて押し、俺たちは少しずつ中央から離れていった。抵抗はさらに強くなっているが、前から引くオスカーと後ろから支えるガルドの力で、確実に入口が近づいてくる。
「そのまま!」
セレナの声が飛ぶ。
オスカーがもう一度腕を引き、俺も足を前へ出した。フィアナもガルドに支えられながら進み、このままなら光の範囲から抜けられそうだった。
その時、表示面に五つの白い印が縦に並んだ。
上から一つが消え、間を置かず二つ目も消える。
「また表示が出た!」
「文字か?」
「いや、印だけだ!」
床の振動がさらに強くなる。
三つ目が消える間にも、オスカーは腕を離さず、ガルドもフィアナの身体を押し続けていた。俺の足がもう一歩進み、光の縁まではあとわずかになる。
四つ目が消えた。
床を囲んでいた白い光が一段強くなり、その縁から薄い光の面が一斉に立ち上がった。
「下がって!」
セレナが叫んだ。
間に合わなかった。
俺の前では光の面がオスカーの腕を外へ押し戻し、背後でもフィアナを支えていたガルドが弾かれる。
「くそっ!」
オスカーの手が離れた。
ガルドもすぐにもう一度こちらへ手を伸ばしたが、今度は光の面に阻まれて中へ入れない。
「アレン!」
「フィアナ!」
二人の声が重なる中、最後の白い印が消えた。
セレナは表示を追いながら市の技術者へ何か指示を飛ばし、オスカーは別の場所から腕を入れようとしている。ヴァレクも拘束されたまま前へ出ようとして、監視役に支えられていた。
全員の姿は見えているのに、声だけが急に遠くなっていく。
「フィアナ、離れるな」
彼女は苦しそうにしながらも、俺の服を強く掴んだ。
「うん」
視界が白く埋まった。
足元の感覚が消え、身体の上下さえ曖昧になる。落ちているのか浮いているのかも判断できないまま、耳の奥を圧迫される感覚だけが続いた。それでも、フィアナを支えている腕だけは離さなかった。
硬い床が靴底へ戻った時には、膝から力が抜けた。
片膝をつき、フィアナを倒さないよう支えながら息を整える。
「フィアナ、怪我は?」
「ないと思う。ちょっと気持ち悪いだけ」
声は弱いが、意識ははっきりしている。
自分で立てるのを確認してから俺も左脚へ体重を掛けた。痛みは増えておらず、剣も荷物も身につけたまま残っている。
周囲へ灯りを向ける。
ガルドたちの姿はない。
「……ここ、さっきの場所じゃないな」
フィアナも周囲を見回した。
「うん」
床にはいくつもの靴跡が残り、壁際には木で組んだ棚が置かれている。油の入った容器や縄のほか、崩れた箇所には新しい木材で支えを入れた跡まであった。
「誰か使ってる」
「最近だよね」
「ああ。油の匂いも残ってる」
靴跡は棚の周囲だけで終わらず、一つの通路へ続いていた。
自分の荷も確かめる。地下へ入る前に用意した水と携帯食、医療用品、それに簡単な野営用具もそのまま残っている。長く移動するには心許ないが、すぐに補給が尽きる量でもない。
「頭はどう?」
「さっきより楽。変な感じも薄くなってる」
「歩けそう?」
「うん」
少し離れて耳を澄ますと、通路の向こうから風の音が聞こえた。
「外に繋がってそうだな。様子だけ見よう」
俺が前に立ち、フィアナを一歩後ろへ置いて進む。
途中には木製の支柱や消えた油皿があり、さらに先では灰色の壁が途切れ、自然の岩肌へ変わっていた。正面から流れ込む空気は冷たく、外套越しでも温度の違いが分かる。
「寒いね」
「ああ」
進むにつれて周囲が明るくなり、やがて岩の隙間から外の景色が見えた。
岩の多い斜面に背の低い木々が生え、その向こうには見覚えのない山並みが幾重にも続いている。王都の市街はもちろん、その周囲に広がっていた平地もどこにも見当たらない。
「……王都じゃないね」
「ああ」
表示にあった「北方中継点」という言葉が頭をよぎる。ただ、山しか見えない景色から自分たちの正確な位置まで割り出すことはできない。
二人で岩の隙間を抜けると、施設の入口から細い道が斜面を下へ伸びていた。雪の残る地面には、何度も人が通った跡が続いている。
俺は剣の柄へ手を添えた。
「フィアナ、後ろに」
「うん」
返事とほぼ同時に、左の岩陰から声が飛んだ。
「動くな」
剣は抜かず、視線だけを向ける。
岩陰から二人、正面の山道から三人が姿を現した。
短槍を持つ男が中央に立ち、その少し後ろには片手剣の男。岩の上では弓手がすでに矢を番えている。残る二人は左へ広がり、俺たちと施設入口の間を押さえた。
最初に目についたのは耳だった。
五人のうち三人には、人間より明らかに長く尖った耳がある。岩上の弓手と、左へ回った若い女もその中に含まれており、女の耳は金色の髪の間から横へ細長く伸びていた。
エルフだ。
残る二人には髪際から後ろへ沿う小さな角があり、そのうち一人は耳もわずかに尖っている。外見は違っていても、全員が暗い赤を基調にした防寒具を身につけ、迷いなく連携してこちらを囲んでいた。
若い女は俺と同じくらいの年齢に見える。綺麗な金髪の一部を後ろでまとめ、琥珀色の瞳でこちらを見ていた。厚手の外衣の下には軽い革鎧を着込み、腰には長めの短剣を下げている。
「武器から手を離せ」
正面の男が短槍をこちらへ向ける。
「こっちも敵対するつもりはない」
「なら剣を置け」
その言葉には従わず、フィアナを背後の岩壁へ寄せた。右手は施設入口脇の岩で塞がれているため、左と正面だけ見ていればいい。
「アレン」
「そこにいて」
男たちの視線が動く。
岩の上の弓手が狙いを俺からフィアナへ移しかけたのを見て、剣を抜いた。
「そっちへ向けるな」
「剣を捨てろ!」
「先に弓を下ろせ」
互いに動かない。
一瞬の静止のあと、短槍の男が一歩詰め、左へ回っていた男も同時に踏み込んできた。
正面から来た穂先を剣で外へ流し、伸びた腕の内側へ柄頭を当てる。男が槍を取り落とすより早く、左から入ってきた片手剣を半歩下がって受けた。
左脚へ負担の掛かる急な切り返しは避け、剣を滑らせて相手の刃を外へ逃がす。そのまま肩を押して正面の男とぶつけ、二人の足が止まったところで地面へ魔力を流すと、靴の脇から盛り上がった土に足首を取られ、揃って体勢を崩した。
直後に弦が鳴った。
俺の肩越しにフィアナへ伸びた矢へ短く風を当てると、軌道を変えた矢が岩肌へぶつかって跳ねる。
「フィアナを狙うなって言っただろ」
身体を弓手へ向けたところへ、短剣を持った男が正面から入り、金髪の女も反対側から間合いを詰めた。最初の二人を受けている間に、二人ともかなり距離を縮めていたらしい。
短剣の男は俺の剣を避けるように低く入り、そのままフィアナとの間へ抜けようとする。足元へ土をせり上げて踏み込みを崩すと、前へ流れた身体を肩で受け止め、その勢いのまま岩壁から離れた場所へ転がした。
次に来た女は、それまでの四人より明らかに速かった。
正面から踏み込むと見せ、岩の出っ張りを一度だけ蹴って身体の向きを変えながら俺の右へ滑り込み、長めの短剣を脇腹へ走らせる。
刃を合わせず手首の外側へ剣の腹を当てて向きを変えると、女は武器を引かず、そのまま空いた手を俺の剣腕へ伸ばしてきた。反応も判断も速い。
肘を畳んで掴み手を外し、半歩だけ間合いを詰める。肩同士が触れる距離まで入ったところで重心を押すと、女は倒れずに二歩下がり、すぐに姿勢を戻した。
琥珀色の目は、まだこちらを捉えている。
俺は追わず、次の矢を番えようとしている弓手へ視線を移した。
岩上の男の足元へ土を隆起させると身体が縁からずれ、弓を支える手が外れる。その瞬間に風を叩きつけ、弓だけを斜面へ飛ばした。
最初に崩した二人も起き上がりかけている。
槍の男が武器を拾うより先に腰の短剣へ手を伸ばしたため、その手首のすぐ横へ靴を置いて動きを止める。片手剣の男には切っ先を向けず、立ち上がった胸元へ柄を当ててもう一度地面へ戻した。
視界の端で金髪の女が踏み出しかけたため、今度はそちらへ剣先を向けると、女は足を止めた。
五人とも意識はあり、立とうと思えばまだ動ける。それでもこちらから追い打ちはせず、フィアナとの間を塞いだまま剣を構える。
「まだやるか」
息を整えながら聞くと、槍の男が地面から俺を睨み上げた。
その横で、金髪の女が先に短剣を下ろす。
「待って」
「何だ」
女は俺ではなく、仲間たちを見回した。
「この人、一度も刃を当ててない」
他の者たちも互いの身体へ目を向ける。打撲や擦り傷はあるだろうが、大きな怪我をした者はいない。
女の視線がフィアナへ移り、それから俺へ戻った。
「それに、ずっとあの人の前から離れてない」
その時、斜面の下から大勢の足音が近づいてきた。
木々の間から武装した者たちが次々に上がってくる。長く尖った耳を持つ者が多く、金髪だけでなく茶や灰色の髪も混じっていた。その合間には小さな角を持つ者や、耳と角の両方を持つ者もいる。
外見には違いがあるが、暗い赤を基調にした防寒具や武器の作りには共通する部分が多い。
岩の上にも新しい弓手が現れ、十人を越えたところで数えるのをやめた。その間にも斜面の下から声と足音が続いている。
最初の五人も状況を見て動き始めていた。槍の男と片手剣の男は身体を起こし、短剣の男も片膝をついて立ち上がろうとしている。弓を飛ばされた男は岩から降り、金髪の女は短剣を下げたままその場に残っていた。
俺はフィアナの前へ戻る。
「怪我は?」
「私は大丈夫」
「なら、そのまま後ろに」
増援の先頭から、大柄な男が進み出てきた。
見た目は四十代前半くらいだろうか。肩幅が広く、焦げ茶色の髪は風に乱されたまま後ろへ流れている。頬から顎にかけて濃い髭が伸び、髪際からは後ろへ湾曲した小さな黒い角が二本覗いていた。その下の耳も、人間よりわずかに尖っている。
暗い赤の厚手の外套には白灰色の毛皮が縁取られ、その下には使い込まれた革鎧を重ねていた。手にした長柄の斧もかなりの重さがありそうだが、男は片手を添えただけで自然に支えている。
男は俺より先に五人の状態へ目を向けた。
「お前がやったのか」
「ああ」
「死人は?」
「いない」
答えたのは俺ではなく、金髪の女だった。
「全員生きてる。殺せたはずなのに、一人も斬ってない」
男は女を一瞥すると、後ろにいた二人へ顎をしゃくった。
「怪我を見ろ。他は動くな」
二人がすぐに前へ出て、槍の男たちの腕や脚を確かめ始める。その間も、岩上の弓手や前へ出ようとしていた者たちは位置を保ったまま動かなかった。
低い声一つで指示が行き渡っている。
俺も剣を下げたまま男を見る。
「まずはそっちが武器を下げろ」
「先に聞く。お前たちは何者だ」
「ヴェルセリア王国の冒険者だ」
周囲の空気がわずかに変わった。
「なぜ封鎖区画から出てきた」
「レーヴェンハルトの地下にいた。向こうの施設で何かが動いて、気づいたらここの中にいた」
男の眉が動く。
金髪の女が振り返った。
「今朝、あの部屋は止まってた」
「それは後で聞く」
男は女を制し、もう一度俺を見る。
「名前は」
「アレン・クロイツ。こっちはフィアナ・エルシェ」
俺たちの名を聞いても、男の表情は大きく変わらなかった。
「ヴァレク・ノルガを知ってるか」
今度ははっきりと目つきが変わる。
「使徒の名をどこで聞いた」
「さっきまで一緒にいた。俺たちの地下調査に同行してた」
後ろにいる何人かが低く声を交わした。
金髪の女も驚いたように目を見開いたが、口は挟まない。
目の前の男はすぐには答えず、俺とフィアナを順に見た。
「詳しい話は長の前で聞く。武器を渡してもらう」
「フィアナを傷つけるな」
「抵抗しなければ傷つける理由はない」
「俺たちを離すのもなしだ。拘束するなら手は前で縛れ」
男が片眉を上げた。
「注文が多いな」
「そっちの五人は生きてる」
少しの間、視線がぶつかった。
男は五人が自力で立てているのを確かめ、金髪の女へ一度目を向けてから短く息を吐いた。
「いいだろう。二人は離さない。手も前で縛る。長の前へ連れていくだけだ」
岩の上にいる弓手へ手を上げる。
「弓を下ろせ」
張られていた弦が次々と緩んでいく。
フィアナが小さな声で聞いてきた。
「アレン、いいの?」
「ああ。長に会おう」
この人数を相手に山の中で争い続けるより、話をまとめられる相手がいるなら会っておきたい。
剣を鞘へ戻し、腰から外して地面へ置く。予備の短剣も続けて出すと、男の指示を受けた一人が近づいて回収した。
槍の男は打たれた腕を押さえながら俺を睨んでいたが、自分の足で立っている。ほかの四人にも、すぐに手当てが必要そうな怪我はなかった。
金髪の女は落とした短剣を拾って腰へ戻すと、俺の剣を回収した男の手元へ一度目をやった。
「手を出せ」
俺は両手を前へ出した。
革紐が手首へ巻かれ、動かせる幅を残して結ばれる。フィアナにも同じように紐が掛けられたので、結び方と手首の状態を確認した。
「痛くない?」
「大丈夫」
「きつかったら言って」
「うん」
俺たちのやり取りを聞いていた金髪の女がこちらを見る。長い耳が髪の間から覗いていたが、視線が合っても何も言わなかった。
「行くぞ」
大柄な男が山道の下を顎で示す。
前に四人、後ろにも同じくらいの人数がつき、何人かは施設入口の警戒へ残るらしい。最初に戦った五人のうち、軽い打撲だけで済んだ者も隊列へ戻っていく。
金髪の女も俺たちの少し後ろへ入った。
道は岩の間を縫うように下っていく。
周囲を歩く者には尖った耳が多いが、全員が同じ姿をしているわけではない。角を持つ者もいれば、人間とほとんど変わらない顔立ちの者もいる。それでも互いを区別して動く様子はなく、同じ言葉で指示を交わしながら一つの集団として歩いていた。
低い木々の向こうにはいくつもの煙が上がり、斜面を下るにつれて建物の屋根も見え始める。
少し後ろを歩く金髪の女は、ときどき俺とフィアナへ目を向け、その合間には背後の施設も振り返っていた。
何より気になっているのは、俺たちがあそこから出てきたことらしい。
手首を縛る革紐を一度確かめ、俺はフィアナと並んで山道を下っていった。




