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第7話 消えた村

9/22 全体的に推敲し文章をアップデートしました。(内容は変更なし)

 ベルカ村が見え始めたのは、それから十分ほど進んだ頃だった。


 街道沿いの緩やかな斜面に、二十数軒ほどの家がまとまっている。村の南側には畑が広がり、その向こうには林と低い丘が続いていた。


 規模そのものは、この辺りなら珍しくない。


 ただ、近づくほど静けさが不自然に感じられた。


 昼前なら畑に出ている者がいてもいいし、これだけ家が集まっていれば子供の声や家畜の鳴き声くらいは聞こえるはずだった。それなのに、街道まで届くのは風に揺れる葉の音ばかりで、どの家からも炊事の煙が上がっていない。


「ここで止めます」


 ローデンが手を上げた。


 三台の荷馬車が村の手前で止まり、神殿兵たちが周囲を警戒できる位置へ広がっていく。


「まず村内を確認します。ガルド殿、アレン殿、ミラ殿。神殿兵を二名つけます。異常があれば深入りせず戻ってください」


「分かりました」


 本隊を残し、俺たちは街道を進んだ。


 同行する神殿兵の一人は、昨夜見張りを組んだトーマだった。もう一人と並んで少し後ろを歩き、家々の間へ視線を配っている。


 村の入口には腰ほどの高さの石碑が立ち、地図で見たのと同じ名が刻まれていた。


 ベルカ村。


 最初の家へ近づく。


 戸は閉まり、窓も割れていない。壁にも道にも血の跡はなく、火事や争った形跡も見当たらなかった。


「襲われた感じじゃねえな」


 ガルドが通りの奥を見ながら言う。


「少なくとも、この辺りには何もないですね」


 軒先には洗った布が何枚か干されたままになっていた。風に揺れているが、長く放置されているようには見えない。


 トーマが近くの家の戸を叩く。


「どなたかいませんか!」


 返事はなかった。


 もう一度呼びかけ、それでも反応がないのを確かめてから戸に手を掛ける。


「鍵が掛かっています」


「壊さなくていい」


 ガルドが止めた。


「誰もいねえからって、片っ端から家に入る必要はない。先に村全体を見るぞ」


 そのまま通りを進む。


 壁際には鍬が立て掛けられ、軒の下には薪が積まれている。乾かしていたらしい豆が籠に残っている家もあったが、慌てて何もかも放り出したようには見えなかった。


 村の中央まで来ると、共同井戸と大きな家畜用の水桶がある。


 桶は空になっていた。


「家畜もいないね」


 ミラが辺りを見渡し、そのまま井戸の脇でしゃがみ込んだ。


「ここ、見て」


 湿り気の残った地面に、いくつもの蹄跡が重なっている。


 その場で暴れたような散らばり方ではなく、人の足跡と一緒に村の北西へ続いていた。


「連れて出たみたいですね」


「うん。人もかなり多い。小さい足跡も混じってる」


 村人が家畜をまとめて移動したのなら、何かに襲われて散り散りに逃げたわけではなさそうだった。


 ガルドも足跡の向かう先を見る。


「戸締まりして、家畜まで連れてる。少なくとも逃げる時間はあったってことだな」


「何かを察知して、村ごと避難したんでしょうか」


「その線は濃そうだ」


 理由も行き先も分からないが、村人が突然姿を消したわけではない。


     ◇


 村の中央には、周囲より一回り大きな建物があった。


 入口に鍵はなく、中を覗くと長机と何脚もの椅子が並んでいる。集会所のような使い方をしていたのだろう。


「入るぞ」


 ガルドを先頭に中へ入る。


 ここにも荒らされた跡はなかった。


 棚には帳面や日用品が並び、奥の小さな食料庫には穀物や乾燥豆、塩漬け肉が残っている。その一方で、保存の利きそうなものだけ何か所かまとめて抜かれていた。


 ミラが空いた棚へ目を留める。


「必要な分を選んで持っていったみたい」


「どれくらいです?」


「残ってる量だけじゃ分からない。でも、村を捨てるつもりなら、もっと持っていくと思う」


 家畜も連れている。


 危険が去るまで近くでしのぐつもりだったと考える方が自然だった。


「この辺に避難場所でもあるのかもな」


 ガルドが言った。


 魔物や火事、洪水の危険がある土地なら、村ごと逃げる場所を決めていても不思議ではない。


「一度戻りましょう」


 俺たちはそれ以上室内を触らず、本隊へ引き返した。


     ◇


 報告を聞いたローデンは、周囲をもう一度確認してからベルナールへ向き直った。


「襲撃の形跡はありません。街道上で待つより、荷馬車を村内へ入れた方が周囲を守りやすいと判断します」


「お願いします。ただ、村人が戻る可能性もあります。必要のない建物や物には手を触れないようにしましょう」


「承知しました」


 それで本隊が動いた。


 荷馬車は共同井戸近くの空いた場所へまとめ、神殿兵が周囲を押さえる。誰もいないからといって、そのまま警戒を解く者はいなかった。


 フィアナもそこで村へ入ってきた。


 家並みを見回す表情には、村が見え始めた時からの落ち着かなさが残っている。


「何か分かりましたか?」


「村人は自分たちで避難した可能性が高そうです。家畜を連れて、保存食も持ち出しています」


「避難……」


 小さく繰り返し、北西へ続く道の先を見る。


「夢で見たのは、この村ですか?」


「村もあったと思います。でも、それより……」


 フィアナは目を閉じ、しばらく黙った。


「石の階段がありました。その先に古い建物があって……」


「この近くに?」


「たぶんです。それから、暗い場所も。地下みたいなところで、大勢の人がいた気がします」


 ガルドが北西へ続く足跡を見る。


「避難先と重なってるかもしれねえな」


「可能性はありそうですね」


 なぜフィアナが知らない土地を夢で見たのかは、今ここで考えても答えが出ない。


 まずは村人の行き先を確かめる必要があった。


     ◇


 ミラが足跡を追う準備をしている間、空になった家畜用の水桶が目に入った。


「ローデンさん、一つ確認してもいいですか?」


「何でしょう」


「村全体で避難したなら、水場に何かあった可能性もありますよね。使うつもりはなくても、井戸の状態だけ見ておきませんか」


 魔物にも火事にも襲われた跡がない以上、原因を一つに決めつける必要はない。


 ローデンも井戸へ目を向けた。


「そうだですね。ユリウス殿と治癒術師を一名つけます。分かる範囲だけ確認してください」


「分かりました」


 ユリウスを呼び、治癒術師と三人で井戸へ向かう。


「俺も?」


「魔法が関係していれば、俺より分かるでしょう」


「ああ、それで」


「水そのものの安全まで判断してほしいわけじゃないです。分かる範囲だけで」


「それなら助かる。井戸の専門家じゃないからな」


 蓋を開け、桶を下ろす。


 汲み上げた水は澄んでいた。泥や目立った浮遊物はなく、強い臭いもしない。


 ユリウスが手をかざし、少し集中する。


「変な魔力は感じないな」


「何か術が掛かってる感じも?」


「少なくとも俺には分からない。ただ、身体に悪いものまで魔力で見分けられるわけじゃないぞ」


「そこまでは期待してません」


 治癒術師も小さな器へ移し、口には含まず匂いだけを確かめた。


「少し金属っぽい気はします。ただ、この井戸が普段からこうなのか分からないので、これだけでは何とも言えません」


 比較できるものがない以上、それ以上は判断できない。


 俺も器へ手を伸ばしたところで、別の違和感に気づいた。


「……これ、少し温かくないですか?」


「ん?」


 ユリウスが器を受け取り、指先を水へ入れる。


「本当だ。井戸水にしてはぬるいな」


 治癒術師も確かめ、眉を寄せた。


「普段扱う井戸水よりは、明らかに温かいです」


 日差しが強いわけでもなく、汲み上げてから時間が経ったわけでもない。


 地下からこの温度なのだろうが、理由までは分からなかった。


「使わない方がよさそうですね」


「俺もそう思う」


 ユリウスが頷く。


 村人の避難と関係があるかは分からない。それでも、状態の分からない水をわざわざ飲む必要はなかった。


     ◇


「井戸の水が温かいのですか」


 報告を聞いたベルナールが、器に入れた水へ目を落とした。


「はい。見た目には普通です。ユリウスさんにも魔法らしい異常は分からなかったそうですが、普段の状態を知る人がいないので原因までは何とも」


 ローデンはすぐ神殿兵と世話役へ向き直る。


「村の井戸は使わないでください。水は荷馬車の備蓄だけを使用します」


 指示を受けた者たちが動き始める。


 ベルナールはフィアナへ視線を移した。


「フィアナ様。神託の中で、水に関係するものを見た記憶はありますか?」


「……分かりません。少なくとも、はっきり覚えているものはありません」


「承知しました。それ以上、無理に思い出そうとなさらなくて結構です」


 そこで質問を終えた。


 ほどなく、北西へ続く足跡を見ていたミラが戻ってきた。


「跡は丘の方へ続いてる。子供も家畜も同じ方向。途中で走ったり散ったりした感じもないよ」


「その先は?」


 ローデンが尋ねる。


「少し先までは見た。戦った跡も、新しい魔物の足跡もない。ただ、丘の向こうまではここからじゃ分からない」


 ローデンがベルナールを見る。


「村人の安否は確認すべきだと考えます。ただ、巡礼団全体を連れていく必要はありません」


「ええ。村人が避難している可能性が高い以上、そのまま通り過ぎるわけにもいきません。確認をお願いします」


「では、先遣を出します」


 ローデンがその場で人員を決める。


「ガルド殿、アレン殿、ミラ殿。私と神殿兵二名で向かいます。残りはここで待機してください」


「私も行きます」


 フィアナが一歩前へ出た。


「フィアナ様、行き先の安全がまだ確認できていません」


「分かっています。でも、夢で見た場所なら、私にしか分からないことがあるかもしれません」


 ローデンはすぐには認めなかった。


 そこでベルナールが口を挟む。


「まずミラ殿に、もう少し先まで確認していただいてはどうでしょう」


「そうですね」


 ローデンが頷く。


 ミラもすぐに答えた。


「一人で見てくる。道が危なそうなら、それだけで戻るよ」


「お願いします」


 フィアナも、それ以上は押さなかった。


 十分ほどして戻ってきたミラによれば、しばらく先まで人と家畜の痕跡が続き、途中に新しい魔物の跡や争った形跡はなかった。


「これ以上は丘を越えないと見えない」


 報告を聞き、ローデンがフィアナを見る。


「同行を認めます。ただし、異常があれば私の指示で即座に戻っていただきます」


「分かりました」


 ベルナールも続ける。


「私はここに残ります。村人を見つけても、まず状態を確認して戻ってください。救助や予定変更が必要なら、その時点で人員を組み直しましょう」


 村にはベルナールとユリウス、治癒術師たち、それに大半の神殿兵が残る。


 ローデンは残留する兵へ警戒位置を改めて指示してから、トーマを含む二人を連れた。


 俺たちは必要な水と最低限の治療道具だけを持ち、北西へ続く足跡を追った。


     ◇


 村を離れると、踏み跡は緩やかな丘へ向かって続いていた。


 人だけでなく家畜まで通っているため、草が広く倒れている場所も多い。ミラが先頭で痕跡を拾い、その後ろをローデンと神殿兵二人、フィアナ、俺とガルドが続く。


 しばらく進むと、湿った土の匂いが強くなった。


 前を歩いていたミラが手を上げる。


 丘の斜面の一部が大きく崩れていた。


 茶色い地面が剥き出しになり、木の根が露出している。流れた土砂は古い道の端まで達していた。


 ミラが斜面へ近づき、足元と崩れた面を確認する。


「古くはないね。ここ数日のものだと思う」


「村が避難した時期と近いかもしれねえな」


 ガルドが斜面を見上げる。


 村人たちの跡は崩れた場所へは入らず、その脇を通ってさらに上へ続いていた。


 フィアナはほとんど話さない。


 前方を見ながら、目に入る景色を記憶と照らしているようだった。


 坂を上り、木々の間を抜けたところで、古い石造りの建物が見えた。


 小さな礼拝堂だった。


 屋根の一部が崩れ、壁には蔦が這っている。日常的に使われなくなってから長いことは、離れた位置からでも分かった。


 その手前には、半ば土へ埋もれた石段がある。


 フィアナの足が止まった。


「ここ……」


 ローデンも立ち止まる。


「見覚えがありますか?」


 フィアナは石段から礼拝堂へ視線を移し、周囲の斜面までゆっくり見渡した。


「はい」


 今度は迷わなかった。


「夢で見た場所です」


 礼拝堂の周囲には、大量の足跡が残っていた。


 村人も家畜もここまで来ている。


 ミラが痕跡を追って建物の横へ回り、俺たちも続いた。


 斜面の下部に、石造りの入口があった。


 地下へ続いていたらしいが、斜面から流れ込んだ土砂が前を塞ぎ、入口の大半が埋まっている。


「ここか」


 ガルドが足を速めた。


 完全に塞がってはいない。上部に細い隙間が残っているものの、人間が出入りできる幅ではなかった。


 ガルドが入口の前で手を上げる。


「静かに」


 全員が動きを止めた。


 風が葉を揺らしている。


 その音に混じって、土砂の奥から何かが聞こえた。


 俺も入口へ近づき、耳を澄ます。


 一人ではない。


 遠く籠もっていて言葉までは聞き取れないが、複数の人間の声だった。


「中にいます」


 ローデンが入口へ向き直る。


「聞こえるか! ルミエルから来た巡礼団だ!」


 しばらく待つ。


 最初は返事がなかったが、もう一度呼びかけようとしたところで、土砂の向こうから微かな声が重なった。


 内容までは聞き取れない。


 それでも、こちらの声に応じたものだとは分かった。


 フィアナが入口へ一歩近づく。


「助けないと……」


「ええ。ただ、ここから掘り始めるのは危ないですね」


 入口を塞ぐ土砂は斜面とつながっている。どこを動かせば上まで崩れるのか、外から見ただけでは判断できない。


 ローデンも入口と斜面を見比べた。


「生存者がいることは確認できました。一度村へ戻ります。人手と道具を揃えたうえで救助します」


 誰からも異論は出なかった。


 村人たちはここまで自分たちで避難してきた。その後に斜面が崩れ、入口を塞いだらしい。


 何人が中にいて、どんな状態なのかはまだ分からない。


 ただ、土砂の向こうに生きている人がいることだけは、もう疑いようがなかった。

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