↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
68/139

第65話 届くまで

 統制体の頭部がこちらへ向いた瞬間、俺は周囲へ声を飛ばした。


「射線を空けろ!」


 兵士と冒険者が左右へ散り、俺も目の前の黒い獣から距離を取りながら通りの端へ寄る。誰を狙っているのか見極めようとする余裕はなかった。さっき鉄盾ごと人を貫いた一撃を見た以上、頭部の正面へ残る理由はない。


 中央の溝が白く瞬き、直後に俺たちがいた場所の先で石壁へ穴が開いた。周囲の石材が弾け、腕で顔を庇った兵士がよろめき、その後ろでも一人が頬を切ってしゃがみ込む。


「固まるな! 散ったまま動け!」


 ガルドだけは統制体の懐から離れず、頭部の正面を外しながら大剣を構え直した。


 その左右では、黒い獣が戦列の乱れへ食い込もうとしている。統制体が射線を向けるたびにこちらは位置を変えさせられ、その空いた場所へ黒い獣が入ってくるせいで、一度崩された戦列を立て直す時間がほとんどない。


「奥の一体、上がってくる!」


 ミラの声に目を向けると、ユリウスを追っていた黒い獣の一体が建物の壁へ爪をかけていた。


 ミラは肩口へ矢を当てると、二射目を待たず隣の屋根へ移る。着地した時にはもう路地側を見ていて、別の黒い獣が回り込んでくるのに気づいたらしく、さらに射点を変えようと走り出した。


 その時、ガルドと打ち合っていた統制体の頭部だけが屋根の方へ回った。


「ミラ!」


 俺が声を上げるのと、ミラが気づくのはほとんど同時だった。


 次に足を置こうとした屋根の縁へ白い光が走り、石と木材がまとめて吹き飛ぶ。踏み込みかけていた場所から足元まで一気に崩れ、ミラの身体が瓦礫と一緒に屋根の向こうへ消えた。


「ミラ!」


 すぐ下にいたユリウスが杖を振る。


 落下する先の石畳が斜めに盛り上がり、その上へ崩れた庇とミラが落ちた。直接地面へ叩きつけられることは避けられたものの、途中で右肩を屋根材へ強くぶつけ、最後は土の斜面を転がるようにして止まる。


 ユリウスがすぐに駆け寄った。


 俺もそちらへ向かおうとしたが、間にいた黒い獣が前脚を振り上げる。軌道を剣で外し、肩の継ぎ目へ一度刃を入れて退かせた向こうで、ミラは左手を地面について身体を起こそうとしていた。


 右腕を動かした瞬間に顔が歪み、立ち上がろうとしても片脚に力が入らない。


「ミラ、動けるか!」


「肩と……足。今は立てない」


 ユリウスが身体を支えようとした背後で、壁際にいた黒い獣が進路を変えた。


 俺の位置からでも見えていたが、ユリウスとの間には兵士と黒い獣が入り乱れている。俺が回り込んでたどり着くより、あちらの方が早い。


 ユリウスもすぐに気づいた。


 ミラを抱えて逃げる時間はないと判断したのか、杖を地面へ向け、二人の前へ土壁を立ち上げる。厚く作る余裕まではなく、黒い獣の前脚がぶつかった瞬間に壁は中央から砕けた。


 それでも、何も挟まないよりはずっとましだった。


 石と土の破片を突き抜けてきた前脚に対し、ユリウスも身体を捻って腹の正面を外す。しかし完全には避けきれず、前脚の端が左の脇腹を防具ごと深く削り、その勢いのまま身体を弾き飛ばした。


 ユリウスは離れた石畳へ肩と背中から落ちた。


「ユリウス!」


 ミラが名前を呼ぶ。


 俺から傷が見えたのは、その時だった。


 脇腹の防具が大きく裂け、その下から血が広がっている。ユリウスは意識こそ失っていなかったが、肘をついて身体を起こそうとしただけで力が抜け、そのまま歯を食いしばって浅い呼吸を繰り返していた。


 ミラも立てない。


 黒い獣が二人へ向き直り、身体を沈める。


 このまま普通に走ったのでは届かない。


 俺は足元へ風を集めた。


 普段なら最初からここまで強くは使わない。速く動くだけならできても、その後に止まれなければ剣には繋がらず、制動に失敗すれば自分の身体を壊す。


 それでも今は、余裕を残して届かない方がまずかった。


 一歩目から風を強く重ね、目の前にいた黒い獣の脇を抜ける。次の足が石畳へ触れる直前、その一点だけを土で固めて身体を止め、反対側へ向きを変える勢いへもう一度風を乗せた。


 視界の端で建物も人影も流れる。


 ミラたちへ向いていた黒い獣が俺に気づき、振り上げた前脚の向きを変えた。


 正面から受ければ止められないため、前脚の内側へ滑り込み、剣を斜めに当てて軌道だけを外へ流す。爪が身体の横を抜けて石畳を砕いたところで、その動きのまま肩の継ぎ目へ刃を返したが、外殻の表面を削っただけで浅い。


 黒い獣が身体をこちらへ向けるのに合わせて半歩だけ位置を変え、戻ってきた前脚を外へかわしながら同じ傷へもう一度斬り込む。今度は黒い液体が飛び、外殻の隙間がわずかに広がった。


 ここで距離を取れば、また二人へ向かう。


 懐へ残ったまま開いた部分へ剣を押し込み、首側へ刃を走らせる。反対の前脚が来たところで初めて大きく外へ出ると、急な制動を繰り返した負担が左脚へ返り、ふくらはぎから膝の裏にかけて鋭い痛みが走った。


 まだ踏める。


 追ってくる黒い獣の動きに合わせて側面へ回り、傷ついた肩へさらに刃を入れると、外殻の一部が剥がれた。体勢を崩したところへ踏み込み、露出した内側を深く斬りつける。


 それでも前脚を動かそうとしたため、同じ傷へもう一度刃を通したところでようやく力が抜け、低い身体が石畳へ崩れた。


「フィアナ! 二人を頼む!」


「分かった!」


 フィアナが駆け寄るのを見届け、俺は周囲へ目を戻す。


 別の黒い獣が避難路へ入ろうとしていたが、その進路へセレナが出た。


 片手に細剣を持ち、もう片方の手から放った符が石畳へ張りつく。淡い光が黒い獣の右側を塞ぎ、進路を左へ絞ったところへ別の符が重なると、踏み込んだ前脚の動きがわずかに鈍った。


 その一瞬で、セレナ自身が懐へ入る。


 細剣が前脚の付け根へ差し込まれ、すぐに抜けた。


「右脚が止まってる! 横から入って!」


 近くにいた兵士二人が左右へ分かれ、槍を傷ついた脚へ突き込む。


 黒い獣がそちらへ身体を向けた時には、セレナはもう反撃の前脚が届く場所から外れていた。振られた爪の先へ短い結界を差し込んで軌道を僅かに逸らし、その間にもう一度細剣を同じ傷へ通す。


 兵士の槍がさらに入り、よろめいたところへ別の冒険者が首元へ剣を入れた。


 黒い獣が倒れる。


 セレナはそれを確認すると、すぐ俺へ顔を向けた。


「アレン、二人はフィアナに任せなさい。こっちは兵士も残ってるから持たせられる」


「大丈夫か?」


「黒い獣だけなら対処は分かってる。ガルドのところへ行って」


「頼む」


 統制体へ向かう前に、俺は一度だけフィアナたちを見る。


 ユリウスの裂けた防具をずらしたフィアナが傷へ両手を当て、治癒の光を流していた。血は多いが、しばらく確かめたあとで表情の強張りがわずかに抜ける。


「ユリウス、聞こえる?」


 問いかけに、ユリウスが小さく頷いた。


「傷は深いけど、内側までは傷ついてない。肋骨も傷めてるから、絶対に動かないで」


 続けてミラの右肩と足を手早く確かめる。


「ミラもここから下がって。肩はすぐ使わない方がいいし、その足で歩かせられない」


「でも――」


「今は戻らないで」


 フィアナの言葉に、ミラは一度だけ戦場へ目を向けたあと、悔しそうに口を結んだ。


 近くにいた救助要員が二人分の担架を持ってくる。ユリウスはそのまま乗せられ、ミラも右肩を庇いながらもう一方へ移された。


「アレン!」


 ガルドの声が飛ぶ。


 そちらを見ると、統制体の長い腕を大剣で受け流しながら、ガルドがこちらを見ていた。


「首を頼む!」


「ああ!」


 俺は二人が後方へ運ばれていくのを最後まで見ず、統制体へ向かった。


 ガルドはまだ正面を支えている。


 左肩の防具は大きく削れ、大剣を握る腕にも血が流れていた。足元も何度も踏み荒らされて石畳が割れている。それでも避難路へ抜けさせず、長い腕が振られるたびに大剣の角度を変えて受け流していた。


 統制体の右腕が振り下ろされる。


 ガルドは大剣の腹を斜めに当てて力を外へ流し、そのまま懐へ踏み込むと、肩を胴へぶつけるようにして巨体を押し込んだ。


 統制体の片足が割れた石畳へ沈み、上体が前へ傾く。


 高い位置にあった首の付け根が、ようやく剣を届かせられるところまで下がった。


 俺は盛り上がった石畳を踏み、風を短く重ねて跳び込む。


 東からの報告で刃が通ったと聞いていた首の継ぎ目へ剣を入れると、外殻の境目までは食い込んだが、その奥で止められた。


「浅い!」


「もう一度だ!」


 着地すると同時に距離を取る。


 統制体の頭部がこちらへ回った時には、もう横へ動いていた。白い光が背後を抜けて建物の壁を穿ち、その間にガルドが再び正面へ入り込む。


 今度は腕を大剣で押し上げながら胴へ肩を入れ、起こしかけた上体をもう一度傾けた。


「今だ!」


 下がった首へ風を使って踏み込み、さっきの傷へ刃を重ねる。今度は少し深く入り、黒い外殻の欠片が飛んだ。


 統制体が身体ごと振り払おうとしたため、剣を抜いて着地する。長い腕が通り過ぎるのを待ってもう一度近づこうとしたところで、別の黒い獣がこちらへ走ってくるのが見えた。


 だが、その前へ符が落ちる。


 地面に光が走り、黒い獣の進路が横へずれた。


「そっちは見なくていい!」


 セレナの声の後ろで、兵士たちが槍を構えている。


 俺は統制体へ視線を戻した。


 ガルドが左腕を大剣で受け、再び巨体へ身体を押しつける。統制体が踏み止まろうとして姿勢を低くした瞬間、俺は首元へ飛び込み、広がった傷へさらに刃を通した。


 外殻の奥まで届き、手へ返ってくる感触が変わる。


「まだ奥がある!」


「ならそこまで斬れ!」


 統制体の反対側の腕がガルドへ回る。


 大剣の柄を間に入れたものの衝撃を逃がしきれず、脇腹の防具ごと叩かれたガルドの身体が横へ押し飛ばされた。片膝をついた瞬間に息が詰まったように顔を歪めたが、大剣を支えにすぐ立ち上がる。


 その間に統制体はこちらへ向き直っていた。


 長い腕が左右から狭めるように入り、一方を潜ってかわした先へ頭部まで追ってくる。白い溝が光り始めたため、無理に首を狙わず一度離れた。


 そこへガルドが戻ってくる。


 大剣の腹を統制体の頭部へ横から叩きつけ、射線を通りの外へずらした。白い光が建物の上部を貫き、崩れた石片が通りへ降る。


「アレン!」


「分かってる!」


 俺はもう一度首へ入った。


 ガルドが腕を受けながら巨体を傾け、下がった首へ同じ傷を狙って剣を通す。抜いた勢いのまま着地点をずらし、統制体が頭を戻す前にもう一度踏み込むと、広がった割れ目の奥まで刃が滑った。


 首の左側が大きく開く。


 それでも統制体は止まらず、一方の腕をガルドへ、もう片方を俺へ向けた。


 俺は下がったが、ガルドは退かなかった。


 自分へ来た腕を大剣で受けたまま、俺へ伸びた反対側へ肩からぶつかる。統制体の腕は完全には止まらず、先端がガルドの左肩の防具を大きく削ったが、その軌道は俺の身体から外れた。


「行け!」


 ガルドの声に押されるように踏み込む。


 左脚には、さっき無理に繋いだ加速と制動の負担が残っている。それでも、ここで速度を落とせばガルドが身体を張って作った時間を無駄にする。


 傷はもう見失わないほど広がっていた。


 ガルドが統制体の腕と胴を押さえ、上体を前へ折らせる。その低くなった首へ剣を入れ、奥まで押し込んでから引き抜くと、踏む位置を変えて別の角度から同じ場所へ斬り込んだ。


 まだ繋がっている。


 頭部がこちらへ戻ろうとしたため、足元を土で固めて急制動し、その動きに合わせて反対側へ回る。風で距離を詰め直し、開いた首の奥へ刃を重ねると、硬い感触の一部が砕け、頭部が大きく傾いた。


「もう少しだ!」


 ガルドの声にも余裕はない。


 統制体を押さえている腕は震え、足元の石畳もさらに割れている。それでも胴から身体を離さず、頭が持ち上がらないよう力をかけ続けていた。


 ここまで削った場所へ、別のことをする必要はない。


 俺は息を整える間も惜しみ、同じ傷へもう一度剣を入れた。抜く途中で手首を返して角度を変え、そのまま踏み込みを深くして斬り抜くと、途中まで残っていた首が大きく裂ける。


 それでも一部がまだ繋がっていた。


 統制体の腕が動こうとする。


 ガルドが低く唸り、大剣と肩で巨体をさらに押し込んだ。


「やれ!」


 最後に残った部分へ、もう一度刃を通す。


 剣が抜けたあと、傾いていた頭部がそのまま外れ、重い音を立てて石畳へ落ちた。


 ガルドがすぐ身体を離す。


 頭を失った統制体は一度だけ前へ踏み出そうとしたものの、片膝をつき、長い腕を地面へついたまま横へ倒れた。


 その周囲では、さっきまでほとんど同時に向きを変えていた黒い獣たちが、急に別々の相手へ動き始めていた。二体が同じ方向へ走ったかと思えば、片方だけが途中で兵士へ向きを変え、もう一体は逃げる魔物を追っていく。


「連携が切れたわ!」


 セレナの声に、東区から届いた報告と同じだと分かった。


 俺は倒れた統制体より先に、後方へ視線を向けた。


 ミラとユリウスを乗せた担架は、すでに避難路の奥へ運ばれている。フィアナは二人を見届けるとすぐ引き返し、まだ残っている負傷者の方へ走っていた。


 左脚へ力を入れると、今度ははっきり痛んだ。黒い人型に傷つけられた左上腕も、黒い獣に掠められた右肩も重く、戦えなくなるほどではないものの、さっきと同じ動きをもう一度繰り返せるとは思えない。


 隣ではガルドも左肩の動きが明らかに鈍くなり、脇腹を庇うように呼吸している。それでも大剣を地面から引き起こすと、残った黒い獣の方へ身体を向けた。


「動けるか」


「ああ。まだ動ける」


「なら、残りを片付けるぞ」


 俺は一度だけ遠ざかる担架を見てから剣を握り直し、ガルドと一緒に残った黒い獣へ向かった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。