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第64話 射線の先

 俺が黒い獣の前脚をかわしたところへ、横から兵士の槍が入った。


「アレン、右の亀裂から二体!」


 屋根の上からミラの声が落ちる。


 振り向くと、割れた石畳へ二体分の黒い前脚がかかり、続いて低い胴体が地上へ這い上がってきた。


 黒い獣は、逃げる魔物だけを追っているわけではなかった。地上へ出た直後に近くの魔物へ飛びかかる個体もいれば、そのまま兵士や冒険者へ向かうものもいる。市民の残る通りへ入り込めば止めるしかなく、地下から逃げ出してきた魔物のように、道を空ければ済む相手ではない。


 ただ、戦い方はもう分かっている。


 前脚を地面へ固定したら正面を空け、硬い外殻へ無理に刃を当てず、脚の付け根や殻の継ぎ目を狙う。エルムの地下で覚えた対処法はここでも通じ、少し前に回した情報も兵士や冒険者へ広まり始めていた。


「盾を開けろ! 真正面に残るな!」


 前衛の指揮役が声を張る。


 一体目が戦列へ突っ込むと、盾を構えていた兵士たちは左右へ広がった。黒い獣の前脚が石畳へ固定され、次の瞬間には伸びた杭が空いた場所を砕く。その隙を狙って槍が脚の付け根へ入ったものの、反対側へ回ろうとした若い兵士は、振り返された前脚を盾ごと受けて地面へ転がった。


「そいつを下げろ!」


 二人がすぐに引きずり出したが、本人は自力で立てない。


 もう一体は逃げていた角のある魔物を途中まで追ったあと、近くで弓を構えた冒険者へ急に向きを変えた。ミラが肩口へ矢を入れて足を止め、その隙にユリウスが石畳を盛り上げて進路をずらす。


 動きを知っていても、全部を防げるわけではなかった。目の前の一体を押さえれば別の一体が誰かへ向かい、こちらの動きが揃ってきたあとも負傷者は少しずつ増え続けている。


 俺も戦列の横を抜けようとした黒い獣へ剣を合わせ、前脚を外へ流して肩の継ぎ目を浅く斬る。追撃せずに離れたところへガルドの大剣が入り、鈍い音とともに外殻が砕けた。


「次だ!」


 ガルドは倒した相手を見ず、もう別の一体へ向かっていた。


 地下から逃げ出してくる魔物もまだ途切れず、その間を黒い獣が追ってくるため、旧水路周辺は落ち着いたというには程遠い。それでも、市民のいない方へ逃げる魔物は無理に止めず、黒い獣と、人へ向かってくる魔物を優先して食い止める形がようやく出来始めていた。


 何体目か分からなくなった頃、中央側からギルドの伝令が駆け込んできた。


「この区画の高位冒険者は!」


「俺だ!」


 ガルドが大剣を構えたまま応じる。


 伝令は戦列の手前まで来ると、肩で息をしながら声を張った。


「東区から緊急報告です! 三、四メートルほどの黒い大型人型が出現。中央では報告呼称を『統制体』に統一しました!」


「アルノルトのところか」


「はい。東区では一体を撃破。ただし、アルノルト・グレーフェは重傷です。戦闘には戻れませんが、指揮には残っています」


 ガルドの表情が変わった。


「アルノルトがそこまでやられたのか」


「はい」


 俺も東の方角へ目を向けたが、見えるのは建物ばかりだった。


 アルノルトが戦えなくなるほどの相手が出た。それだけで、今までの黒い獣と同じつもりで構えるわけにはいかない。


「何をしてくる」


「頭部から白い攻撃を放ちます。通常の一撃でも鉄盾と、その後ろにいた人間まで貫通しています。頭部が強く光った後は、石造建物にも大きな穴が開いたと」


 ユリウスが顔をしかめた。


「盾の後ろでも駄目なのか」


「はい。撃たれてから避けられた者はいません。頭部の向きを見て、先に射線から外れるよう伝達されています」


 意味は分かるが、どれほど速く頭が動くのか、どこまで外れればいいのかまでは分からない。結局、実物を見なければ判断できない部分の方が多かった。


「黒い獣との関係は?」


 セレナが聞く。


「人型が出てから動きが変わったそうです。別々の場所にいた黒い四足が同時に動き、人型を攻撃すると守りへ戻る。人型を倒した後は、その連携が崩れました」


「命令しているところまで確認できたの?」


「そこまでは分かっていません。東区からは、動きが連動しているとだけ」


「そう。分かったわ」


 ガルドが伝令へ視線を戻す。


「刃が通った場所は」


「首と脚の継ぎ目です。ただ、そこへ近づくまでにかなりの死傷者が出ています」


 伝令はそこで一度息を継いだ。


「西区でも同型を確認。『銀隼』レナード・フォーゲルが迎撃に入ったところまでは届いていますが、その後の報告はまだありません」


「レナードさんが?」


 屋根の上からミラが聞き返した。


「はい」


 ミラは西へ顔を向けたまま一瞬だけ動きを止めたが、すぐに弓を握り直した。


「他には?」


 俺が聞くと、伝令は首を振る。


「現時点では以上です」


「分かった。助かった」


 男が次の戦区へ向かって走り出すと、ユリウスは黒い獣から目を離さないまま小さく息を吐いた。


「頭を向けられたら、先に動くしかないか」


「ああ。それだけは覚えておこう」


「頭だけ見とけ。あとは出てきてからだ」


 ガルドが大剣を握り直した、その直後だった。


 足元から低い振動が伝わってくる。


 さっきまで魔物が出ていた穴とは違い、北東側の建物沿いで石畳が持ち上がり、細かった亀裂が急速に広がっていた。


「建物から離れてください!」


 フィアナが住民へ声を飛ばし、警備隊も避難列を通りの中央へ寄せ始める。


 石が内側から割れ、その下から長い黒い腕が伸びた。


 身体に不釣り合いなほど細長く、表面は何層もの黒い外殻で覆われている。腕に続いて現れた胴体も異様に長く、成人を二人縦に並べても頭まで届かない。


 滑らかな頭部には目も口も見当たらず、中央を縦に走る細い溝だけがあった。


「統制体……」


 ユリウスが呟く。


 黒い頭部がゆっくりと動き始めた。


「頭を見ろ!」


 俺が叫ぶと、近くの兵士や冒険者が反応した。


 だが、どこまで外れればいいのか分からない。左右へ動く者がいる一方で、盾を構えたまま後ろを庇おうとする兵士もいた。


 統制体の頭部が止まる。


 その先には盾を持った兵士が三人並び、さらに後ろを、負傷者を支えた冒険者と避難中の市民が通っていた。


「そこを空けろ!」


 先頭の兵士が横へ踏み出そうとした瞬間、頭部の溝が白く瞬いた。


 鉄盾の中央に丸い穴が開き、光は盾を持っていた兵士の身体を抜け、その後ろにいた冒険者を貫いて避難列まで伸びる。


 荷物を抱えていた男がその場に崩れ、子供の手を引いていた女も数歩進んだところで力を失った。


 女の手から離れた子供が、何が起きたのか分からない顔で立ち止まる。


 隣を歩いていた老人がその腕を掴み、無理やり自分の方へ引き寄せた。


「止まるな! 北へ進め!」


 警備隊の怒声が飛び、止まりかけた列が再び動く。


 治癒師が倒れた者へ駆け寄ったものの、盾を持っていた兵士には一度触れただけで次へ移り、市民の男にも同じ判断をした。女のそばでは別の治癒師が膝をついたが、すぐに近くの者へ子供を連れていくよう指示している。


 統制体は何の反応も見せず、そのまま次の一歩を踏み出した。


「ガルド!」


「ああ!」


 ガルドが正面へ入る。


 長い腕が横薙ぎに振られて大剣の腹へぶつかり、足元の石畳が砕けた。ガルドの身体も一歩近く押し流されたが、大剣を離さず踏み直し、そのまま黒い腕を押し返していく。


「……こりゃきついな」


 声にいつもの軽さはなかった。


 ユリウスが統制体の右足の外側へ石畳を盛り上げる。


「右には出させない!」


 統制体が左へ重心を移したところで、屋根からミラの声が飛んだ。


「ガルドの後ろ、黒い獣が三体!」


 さっきまで別々の相手と戦っていた黒い獣が、ほとんど同時に向きを変えていた。一体はガルドの側面へ回り、残る二体は治癒師と避難列のいる方へ走る。


 その時、統制体の背中で折り重なっていた黒い板がわずかに開いた。


「三体とも同時に動いた!」


「避難路から外す! ユリウス、右の一体を壁側へ寄せてくれ!」


「分かった!」


 ユリウスが進路上の石畳を盛り上げ、一体を壁際へ寄せる。俺はもう一体へ走ったが、その前に盾を持った冒険者が進路へ入った。


「受けるな、横へ!」


 声は届き、男も横へ逃げようとした。


 だが黒い獣は、その動きに合わせて途中で踏み込みを変え、前脚を肩口へ叩きつけた。


 男の身体が数メートル飛んで建物の壁へぶつかり、近くの兵士が助けに入ったところへ二撃目が来る。槍で距離を取ろうとしたものの押し切られ、今度は兵士が石畳へ倒れた。


 俺が肩の継ぎ目へ剣を入れて、ようやく黒い獣がこちらを向く。


「二人を下げろ!」


 背後から返事があったが、振り返る余裕はない。


 前脚をかわしてもう一度刃を当てたところで、通りの反対側から大きく石の砕ける音が響いた。


 黒い獣の攻撃ではなかった。


 避難路の中央が沈み込み、人がいた場所ごと石畳が崩れ落ちる。端にいた者たちはどうにか飛び退いたが、市の職員が一人、足場と一緒に穴の中へ消えた。


「落ちる!」


 別の男が縁にしがみつき、警備兵が腹這いになって腕を掴む。


 北へ抜ける道を崩落で断たれた南側には、まだ二十人以上が取り残されていた。


「ユリウス、これ以上崩れないよう押さえてくれ!」


「分かった!」


 ユリウスが黒い獣への妨害をやめ、崩落側へ走る。


 その瞬間、抑えを失った一体が避難列へ踏み込んだ。


 ミラの矢が首元へ当たったが止まらない。


「ミラ、その一体を引いてくれ!」


「分かった!」


 二射目が肩へ刺さると、黒い獣は屋根を見上げ、そのまま壁へ爪をかけた。


「ミラ、そこを捨てろ!」


「もう移ってる!」


 ミラが隣の屋根へ飛び移った直後、跳び上がった黒い獣の前脚が屋根の縁を砕いた。瓦と石片が通りへ降り、下を走っていた冒険者が頭と肩を打たれて倒れる。


 治癒師の一人がそちらへ向かったため、最初の照射で負傷した冒険者のそばには別の兵士が残った。


 統制体が現れてから、まだ大した時間は経っていない。それなのに、戦列のあちこちで人手が足りなくなり始めていた。


「アレン!」


 セレナに呼ばれて崩落側を見る。


 穴の底で、何かが瓦礫を押し退けていた。


 古い排水路の石積みが崩れ、その奥から黒い人影が立ち上がる。


 黒い獣ではなく、統制体ほど大きくもない。


 人間より頭一つ以上高い二足の人型で、片側の外殻は崩落に巻き込まれたのか大きく割れ、左脚をわずかに引きずっている。腕の先は人間の手とは違い、細長く硬そうな部分が前へ伸びていた。


「下にも別の奴がいる!」


 警備兵の一人が槍を向ける。


 黒い人型は統制体にも黒い獣にも目を向けず、崩落の向こう側に取り残された人々へ歩き出した。


「止まれ!」


 警備兵が槍を突き出す。


 黒い腕が横から動き、槍の柄が弾かれた。兵士の胸元が空いたところへ反対側の腕が途切れず伸び、鎧へ突き込まれる。


 兵士が声も出さずに膝を折った。


「下がれ!」


 別の兵士が倒れた男を引こうとしたところへ、黒い人型が身体を向ける。


 俺は目の前の黒い獣を近くの冒険者へ任せ、風を踏んだ。


 兵士との間へ滑り込み、伸びてきた腕を剣で外へ逸らしたが、勢いを殺しきれず、先端が左の上腕を掠めた。遅れて熱い痛みが走る。


「アレン!」


 フィアナの声が聞こえた。


「腕は動く! フィアナ、向こう側を頼む!」


「分かった!」


 フィアナは俺の傷を一度見たものの、それ以上止まらず、崩落の向こうに残された人々へ声を張った。


「一度南へ戻って、東の路地へ回ってください! 動ける方は二人一組で、負傷者を一人ずつ支えてください。立ち止まらず進んで!」


 警備隊もすぐに動き、北へ抜けられなくなった人々を迂回路へ流し始める。


 俺の前では、黒い人型が姿勢を低く変えた。


 右から伸びてきた腕を身体をずらして外へ流したが、続けて反対側が腹へ向かう。後ろへ下がった分だけ直撃は避けたものの、硬い先端が防具を削り、さらに半歩押し込まれた。


 こちらが剣を置いた側を見て、空いた方へ次を出しているらしい。速さだけでなく動きまで合わせてくる相手を、まともに受け続ければ押し切られる。


 一歩目へ風を重ね、途中で加速を切る。左へ回るように身体を見せ、相手が向きを変えた瞬間に右へ切り返した。


 剣が左肩へ届く。


 崩落ですでに割れていた外殻の隙間へ刃先を滑らせると、内部から硬いものが割れたような感触が返り、黒い人型の左腕がわずかに下がった。


 それでも動きは止まらず、身体を捻りながら右腕を振り、そのまま俺との距離を詰めてくる。受けた剣ごと押され、足元の石が滑ったところへ、屋根から飛んできた矢が傷をつけた肩口へ当たった。


「ミラ、こっちはいい! 避難路を頼む!」


「でも、そいつ――」


「黒い獣を抜かせるな!」


「……分かった!」


 ミラがすぐに射線を変えると、その直後、別の場所で悲鳴が上がった。


 治癒師へ向かっていた黒い獣を兵士三人が止めようとしていたが、一人が前脚を受けて倒れ、残る二人も押し込まれている。


 どこかに戦力を回せば、別の場所が薄くなる。


 黒い人型へもう一度踏み込み、傷のある左側へ回ろうとしたが、今度は先に腕を合わせられた。剣と硬い腕がぶつかり、手首まで痺れる。


「向こうはあと何人だ!」


「十四人! 負傷者が五人!」


 崩落の向こうから警備兵の声が返る。


「動ける方は迂回路へ! 負傷者を置いていかないでください!」


 フィアナが声を重ねる。


 黒い人型が俺を押し退けるように踏み込んできたが、左脚だけがわずかに遅れている。そこへ土を盛って足を取らせ、肩からぶつかると、倒せはしなかったものの進路を南へずらすことはできた。


 避難している人々との距離が少し開く。


 さらに追おうとした時、統制体の側からガルドの声が飛んだ。


「アレン! 頭が動いたぞ!」


 振り返ると、統制体はガルドと打ち合いながら、頭部だけを別の方向へ向けていた。


 避難路に面した三階建ての石造建物。


 さっきの崩落で角の壁に大きな亀裂が入り、上階がわずかに傾いている。その脇を、迂回路へ向かう市民たちが通っていた。


 黒い頭部は一度その列へ向き、そこからゆっくりと亀裂の入った建物へ移る。


 中央の溝が強く光り始めた。


「あそこはまずい!」


 市の職員が叫ぶ。


「角を抜かれたら、通り側へ倒れる!」


 俺が統制体へ意識を向けた隙に、黒い人型が南へ走り出した。


 左脚を引きずっているため速くはなく、追えばまだ届く距離だったが、統制体の頭部では白い光がさらに強くなっている。


「連絡員!」


 近くのギルド職員が振り向いたので、走り去る黒い人型を指した。


「南へ一体抜ける! 人より大きい二足で、左脚を引きずってる。左肩にも傷がある。南側へ回してくれ!」


「分かった!」


 連絡員が駆け出すのを横目で確認し、俺は統制体へ向き直った。


「ユリウス、統制体の左足を崩せるか!」


「やる!」


 石畳が沈んで巨体がわずかに揺れたものの、頭部は建物から外れない。ガルドも長い腕を大剣で受け流しながら肩口へ入り込もうとしていたが、統制体は踏み止まったまま頭部の光を強めていた。


「ガルド、頭をずらせるか!」


「一人じゃ足りねえ!」


 俺も走る。


 途中で黒い獣の前脚が横から伸び、完全には避けきれず右肩を掠めたが、流された身体を二歩目で立て直し、そのまま統制体の左側へ回った。


「ユリウス、もう一度頼む!」


「ああ!」


 ユリウスが同じ場所へ術を重ねたので、俺も左足の下へ土の魔力を流す。石畳がさらに崩れ、統制体の踵が落ちたことで重心がわずかに傾いた。


 そこへガルドの大剣が肩へ叩き込まれる。


 黒い頭部が横へ振れた直後、白い光が走った。


 建物の角からは外れたものの、上階を斜めに貫き、石材と木材がまとめて弾ける。


「上から来る!」


 セレナが障壁を広げ、避難列へ降り注ぐ細かな破片を受け止める。しかし、大きな石材までは止められず、崩れた壁の一部が避難列の後方へ落ちた。


 警備兵が一人、市民を突き飛ばすようにして庇った直後、腰から下を瓦礫に巻き込まれる。


「助けてくれ!」


 近くの者が駆け寄るが、すぐには引き出せない。


 さらに梁が一本落ちかけたところへ、ユリウスが咄嗟に斜めの土壁を持ち上げた。梁はそこへ当たって向きを変え、人のいない崩落穴へ落ちていく。


 建物そのものは持ちこたえたが、全員を守れたわけではなかった。


「動ける方はそのまま東の路地へ! ここで止まらないでください!」


 フィアナは瓦礫のそばへ駆け寄りながら、避難列を進ませる。


 統制体の頭部がこちらへ戻ると、それに重なるように背中の板がまた開いた。


「ユリウスの方へ二体!」


 ミラの声が飛ぶ。


 黒い獣が二体、別々の前衛から離れて一斉にユリウスへ向かっていた。さっき足場を崩して統制体の射線を逸らした直後だけに、偶然で片づけるには狙いが良すぎる。


「一体は俺が止める! ミラ、奥の一体を頼む!」


「見えてる!」


 矢が飛んだが、奥の一体は肩へ受けても止まらず、そのままユリウスへ走り続ける。


「ユリウス、右へ避けろ!」


 俺が叫ぶと、ユリウスはすぐ横へ走った。黒い獣の前脚が直前までいた場所を薙ぎ、避けきれなかった外套の裾が裂ける。


 そこへもう一体が回り込もうとした。


「二体ともユリウスに行ってる!」


 ミラが叫ぶ。


 セレナは統制体の背中を見たまま、こちらへ声を飛ばした。


「アレン、また板が動いた直後よ」


「今ので三回目か?」


「三回。もう偶然では片づけにくいわね」


「そのまま見ててくれ」


「分かった」


 俺はユリウスへ向かう黒い獣の側面へ走った。


 統制体が出てから、死者も負傷者も一気に増えている。頭部からの白い攻撃だけではなく、黒い獣まで同じ目的を持つように動き始め、こちらが一か所を支えるたび別の場所が薄くなる。


 南へ抜けた黒い人型は、もう建物の陰に消えていた。連絡は回した以上、今は目の前をどうにかするしかない。


「ガルド!」


「何だ!」


「統制体を攻める前に、周りの黒い獣を減らす! このままじゃ近づくたびに囲まれる!」


「ああ、先に周りだ! こいつは俺が持つ!」


 ガルドは長い腕を受け流しながら答えたが、左肩の防具は大きく削れ、頬にも細い血の筋が走っている。


「ユリウス、二体を南の細い路地へ寄せられるか!」


「やってみる!」


「ミラ、奥の一体を止めてくれ! セレナ、統制体の背中を頼む!」


「分かった!」


 それぞれが動き始め、俺もユリウスを追う黒い獣へ向かう。


 その時、背後から石を踏み砕く重い音が響いた。


 振り返ると、統制体の頭部がゆっくりこちらへ回り、中央の細い溝が、俺たちのいる通りを正面から捉えていた。

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