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第31話 北の使徒

9/23 全体的に推敲し文章をアップデートしました。(内容は変更なし)

 北の盟主。


 セレナが「魔王」と言い換えたことで、何を指しているのかは俺にも分かる。だが、その配下を名乗る男がルミエルから何日も離れていない場所に現れ、しかも地下の施設が動いたことまで察知している理由までは、まるで分からなかった。


「放置できないって言ったな」


 剣の柄から手を離さないまま問いかけると、男も腰の剣へ手を掛けた姿勢を崩さず、暗い赤色の目だけをこちらへ向けた。


「言った」


「なら説明しろ。フィアナを連れていく理由も、あの地下を知っている理由もだ」


「説明すれば聖女を渡すのか?」


「内容による」


「なら同じことだ」


 取り付く島のない返答だったが、会話そのものを拒絶しているわけではなさそうだった。


 ミラは俺の左後方へ移り、崩れた壁を背負わない位置から弓を構えている。ユリウスは右側で杖を下げ気味に持ち、すぐ魔法へ移れる姿勢を取った。フィアナは俺とセレナの間に残り、セレナも腰の細剣へ手を掛けながら、男とフィアナを同時に見られる位置を選んでいる。


 あらかじめ決めていた隊形ではない。それでも、今誰を守る必要があるのかは全員が分かっていた。


 セレナが静かに尋ねる。


「あなたは、あの地下施設が何なのか知っているの?」


「お前たちよりは」


「エレノア・セルディアのことも?」


 男の反応は小さかった。


 赤い目が一瞬だけセレナへ向き、それまでほとんど一定だった呼吸がわずかに変わる。ここまで表情を崩さなかった相手だからこそ、それだけでも目についた。


「……その名を、どこで知った」


 初めて、こちらの問いに問いで返した。


 セレナも気づいたようだったが、声の調子は変えない。


「修道院に記録が残っていたわ。百八十年ほど前、彼女はここに長く滞在している。その間に、修道院が建つより前の土地について調べていた」


 男は黙っている。


「隣には、名前の残っていない同行者もいた」


 今度は目元の緊張が、わずかに強くなった。


 俺はその反応を見ながら続ける。


「地下にもエレノアの名前が残ってた。もう一人分の記録もな」


「どこまで見た」


「入口から最初の区画だけだ。それ以上には進んでない」


 男は俺の顔をしばらく見ていた。


 信じたのかどうかは分からない。ただ、今すぐ剣を抜こうとしていた空気だけが少し薄れた。


「なら、まだ間に合う」


「何に?」


「あれを閉じろ。二度と触れるな」


「それだけ?」


 フィアナの声だった。


 男の視線が彼女へ移る。


 フィアナは俺の後ろから出ようとはせず、それでも相手から目を逸らさなかった。


「私が近づいたから、あそこが動いた。それくらいは分かってる。でも、何なのかも言わずに、触るな、あなたについて来いって言われても無理だよ」


「知ったところで、お前たちは確かめようとするだけだ」


「それを決めるのはあなたじゃない」


 迷いのない返答だった。


 男はしばらくフィアナを見ていたが、やがて低く言う。


「聖女というものは、どの時代でも変わらないらしい」


 その一言に、セレナが反応した。


「どの時代でも?」


「言葉の綾だ」


「そうは聞こえなかったけど」


 男は答えない。


「百八十年前にも同じことがあったのか」


 俺が聞くと、その視線が戻ってきた。


「エレノアがあそこへ入った。それを知ってるなら、何が起きたかも知ってるんじゃないのか」


「知ったところで、今のお前たちには止められない」


「何を止める」


 問い返すと、初めて男の声音がわずかに低くなった。


「知らずに起こし、分からないまま先へ進む。百八十年前から何も変わっていない」


 それ以上は続かなかった。


 こちらから聞き出せるぎりぎりまで話したと判断したのかもしれない。少なくとも、百八十年前という時期が男にとって無関係ではないことは分かった。


「エレノアに何があった」


「今のお前に話す理由はない」


「そのくせ、フィアナは連れていく?」


「だから連れていく」


 噛み合わない。


 こいつにとっては、俺たちへ事情を説明して納得させることより、フィアナを施設から引き離す方が優先されている。


 男はフィアナを見た。


「最後に聞く。こちらへ来い。あの場所には二度と触れるな」


「嫌」


 俺が口を開くより早かった。


「私はあなたと行かない。地下のことも、知る必要があるなら自分で確かめる」


「その結果、同じことを繰り返すとしても?」


「何を繰り返すのかも言わない人の言葉だけでは決めない」


 しばらく沈黙が続いた。


 やがて男は短く息を吐き、腰の剣へ掛けていた手に力を入れた。


「そうか」


 鞘から現れたのは、黒に近い細身の刀身だった。


 旅装に合わせた軽い剣に見えるが、抜かれた瞬間に感じた圧迫感は、その細さとは釣り合っていない。


「フィアナから離れるな」


 言い終えるより早く、男が動いた。


 正面から来るという予想を外し、最初の一歩から身体を右へ流している。俺を避けながら、崩れた柱とユリウスの間を抜けてフィアナへ届く角度だった。


「右!」


 ユリウスが即座に杖を振る。


 男の進路上で石床が持ち上がり、腰ほどの高さの壁を作ったが、相手は止まらなかった。立ち上がった石の縁へ片足を掛け、そのまま踏み台にして身体を反転させると、空中からユリウスへ剣を振るう。


 狙われたのは首ではなく、杖だった。


 金属音とともに杖先が弾かれ、ユリウスが体勢を崩す。その隙間へ男が降りようとしたところで、ミラの矢が二本続けて飛んだ。


 一本目は肩へ、二本目は着地地点へ。


 男は最初の矢を剣で逸らしたものの、二本目まで同じ動きでは処理できず、予定していた場所から半歩ずれた。


 そこへ俺が入る。


 横薙ぎに剣を振り、フィアナへ向かう進路そのものを塞ぐと、男は細い刀身で真正面から受けた。


 予想していた以上の衝撃が腕へ返ってくる。単純な腕力だけではなく、刃の角度と体重移動を使ってこちらの剣を外へ流そうとしているのが分かったため、無理に押し返さず、半歩引いて受ける位置を変えた。


 男の剣先がすぐ下から跳ね上がる。


 顎へ向かう刃を首を引いて避け、返す剣で脇腹を狙ったが、相手は身体を捻るだけで外した。そのまま剣を十分に振れないほどの距離まで自分から入り込み、俺が意図に気づいた時には、すでに左手が胸元へ伸びている。


 掌が鎧へ触れた。


 殴られた感覚はなかったのに、次の瞬間には身体が浮き、数歩分後ろへ押し飛ばされていた。


 崩れた柱の根元へ足から着地し、すぐ姿勢を戻す。


「アレン!」


「大丈夫!」


 胸は痛むが、骨までやられた感じはない。


 何より、男は俺を追っていなかった。視線はもうフィアナへ戻っている。


「ミラ、近づけるな!」


「分かってる!」


 矢が立て続けに飛ぶ。


 二本を剣で逸らした男も、三本目は避けるしかなく、その退路にはセレナが待っていた。


「そこ」


 足元の石へ刻まれた線が光り、踏み込んだ瞬間に透明な帯が男の足首へ絡みつく。


 動きが止まったのは、ほんの一瞬だった。


「ユリウス!」


「ああ!」


 杖が振られ、男の左右から石床がせり上がる。


 左右の逃げ道を塞ぎ、正面には俺。背後には崩れた回廊がある。


 最初から相談していたわけではない。それでも、全員が相手を倒すより先に、フィアナへ届かせないことを選んでいた。


 俺が距離を詰めたところで、男の足元に絡んでいた術式が軋む。


 次の瞬間、透明な帯が砕けた。


 解除したというより、力任せに破ったらしい。完全に自由になるまでのわずかな遅れへ剣を振り下ろすと、男の刃が上がり、真正面でぶつかった。


 今度は流されないよう重心を落とし、足元の石だけを土魔法で固めて踏ん張りを作る。こちらの剣が簡単には動かないと分かったのか、男の眉が初めてわずかに動いた。


「金級か」


「今さら?」


「人間の階級には興味がない」


 言葉と同時に男の身体が沈んだ。


 嫌な感覚がして剣を引くと、さっきまで刃があった場所を相手の剣が横切る。そこから一歩踏み込み、肩への突き、続く横薙ぎ、最後に足元を狙う斬撃まで、さっきより明らかに速かった。


 最初の二撃は受け流したが、三撃目が石床へ触れると、刃の入った場所から周囲へひびが走った。


 まともに受け続けるのはまずい。


「ユリウス、左を!」


「了解!」


 俺が間合いを外すのに合わせ、男の左側だけ石床が傾く。


 相手は踏み込む位置を変えざるを得ず、その先へミラの矢が飛んだ。


 一本が黒い旅装の肩を掠め、布を裂く。


「浅い!」


 ミラの声と同時に男の視線が彼女へ向いた。


 俺をフィアナの前から引き剥がすつもりか。


「ミラ、下がれ!」


 男は俺への攻撃を打ち切ると、フィアナから離れる方向へ斜めに走った。


 追えばフィアナの前が薄くなるが、放っておけばミラに届く。


「セレナ、前を頼む!」


 叫ぶと、セレナはすぐフィアナの前へ移り、細剣を抜いた。


 それを確認してから男を追う。


 ミラも後退しながら二本の矢を放ったが、男は首を傾けるように一本を避け、もう一本を剣で落とした。


 俺が横から追いつき、剣を振る。


 振り返りもしない男の刃が、こちらの剣を受け止めた。


「後ろ見えてんのかよ」


「殺気が分かりやすすぎる」


「悪かったな」


 言葉を返しながら、足元へ小さく土魔法を通す。


 踵の下だけ石がわずかに隆起し、男の姿勢が崩れたところへ、ミラの矢が上腕の外側を裂いた。


 今度は黒い布へ暗い血が滲む。


 男は一度だけ自分の腕を見た。


「なるほど」


「感心してる場合?」


 ミラはもう次の矢を番えている。


「いや。少し見誤っていた」


 男が剣先を下げる。


 降参する動きではなかった。


 むしろ、そこで周囲の魔力が変わった。


 黒い刀身へ薄い赤色の光がまとわりつく。炎のように広がることも、大きな魔法陣が現れることもないが、見た瞬間に肌が粟立った。


「離れろ!」


 俺が叫ぶ。


 男が一度だけ剣を振った。


 刃そのものが届く距離ではない。それなのに石床を細い亀裂が一直線に走り、俺たちの方へ迫ってくる。


「右!」


 フィアナの声に反応して身体を投げると、さっきまで立っていた場所の石が弾けた。


 離れた位置ではユリウスが石壁を立ち上げていたが、同じ攻撃を受けて表面が深く削られる。


「受けるな!」


「見れば分かる!」


 ユリウスが怒鳴り返す。


 男が二度目に剣を構えた。


 今度は俺ではなく、ミラとセレナの間へ向いている。


 その向こうにはフィアナがいた。


 だが、男は振らなかった。


 ほんの一瞬だけ角度を変え、別の方向へ刃を走らせる。


 そこで、最初から続いていた違和感がつながった。


「こいつ、フィアナを巻き込む攻撃を避けてる!」


 ミラが一瞬だけこちらを見る。


「確実?」


「少なくとも今までは。フィアナ、俺の後ろから離れないで!」


「分かった!」


 俺は男とフィアナを結ぶ線上へ入り、自分の背後にフィアナが重なる位置を取った。俺へあの遠距離の斬撃を撃てば、その先にはフィアナがいる。


 男も意図に気づいたらしい。


 剣にまとわせていた赤い光が薄れる。


「……気づいたか」


「分かりやすくしてくれて助かったよ」


「それで優位に立ったつもりか?」


「まさか」


 俺は踏み込んだ。


 単独で勝つ必要はない。


 正面から剣を受け、押される方向だけを選ぶ。右へ押されれば、そこにはユリウスが作った段差がある。男がそれを避けて逆へ出ればミラの射線へ入り、その先にはセレナが術式を置いている。


 こいつに勝てるかどうかは、まだ分からない。


 それでも、五人で戦う形にはなってきた。


 剣がぶつかり、男が一歩引く。


 その顔のすぐ横をミラの矢が抜け、避けた先ではセレナの術式が光った。


 今度の男は力任せに破ろうとせず跳んで避けたが、着地点へユリウスが石をせり上げる。足場を失った男は空中で身体を捻り、近くの崩れた柱へ片足を掛けて強引に軌道を変えた。


 そのまま俺の頭上を越え、フィアナへ向かおうとする。


「行かせない!」


 斜め上へ風を放つ。


 傷つけるほどの威力は必要ない。空中でわずかに姿勢を崩せば十分だった。


 男の身体が半回転し、着地点がフィアナから外れる。


 俺はそこへ先回りしていた。


 着地と同時に斬り込み、相手が受ける。


 今度は男の足が半歩下がった。


 暗い赤色の目が、正面から俺を見た。


「何だよ」


「やはり、お前か」


「さっきからそればっかりだな」


「二度目の応答。あれはお前に残っている」


 背中に冷たいものが走った。


 地下で俺に出た、あの反応。


 こいつがどうやってそれを感じ取っているのかは分からない。それでも、施設の中を見ていなくても、何かが俺に起きたことまでは分かるらしい。


「だったら何だ」


「聖女だけなら、まだ止められた」


 男の声から、さっきまでの淡々とした調子が消えていた。


「だが、聖女とは別に応じる者まで揃った」


 俺は剣を構え直す。


 その言葉はフィアナにも、セレナたちにも聞こえている。


「百八十年前にもいたのか。エレノアの隣に」


 男は答えなかった。


 だが、俺とフィアナを順に見る目は、少なくとも見当外れだと笑うものではない。


「何も知らずに、また二人を揃えるとはな」


「だったら説明しろ。何があった」


「だから放置できない」


 剣へ再び赤い光が集まる。


「また、同じことを繰り返すつもりか」


 さっきまでとは構えが違う。


 フィアナを巻き込まないよう抑えていた攻撃を、それでも俺たちだけへ届かせる方法を選んだのだと、身体の向きで分かった。


「散開!」


 俺の声に合わせ、全員が動く。


 男の剣が振り抜かれた。


 今度は石床に三本の細い亀裂が走り、それぞれ別の方向へ分かれて迫ってくる。


 俺は一本を飛び越え、もう一本の進路へ土を盛り上げた。完全には止まらないが、石へ当たった瞬間に軌道がわずかにずれる。


「フィアナ!」


「平気!」


 セレナが彼女の腕を引き、崩れた柱の陰へ移す。


 ユリウスはその前へ石壁を作った。


 男はそこで初めてフィアナから視線を外し、俺たち全体を見る。


 攻撃を強めればフィアナを巻き込む危険が増えるが、手を緩めれば五人の連携を崩しきれない。こいつにとっても、やりにくい戦いになっている。


 ミラの矢が飛んだ。


 男はそれを避けたが、踏み込んだ先でユリウスが石床を隆起させる。反対側にはセレナの光の帯が伸び、後ろへ下がれば崩れた回廊に足を取られる。


 完全に逃げ道を失ったわけではない。


 だからこそ、残った一つが俺にも読めた。


 正面から、男が飛び出してくる。


 剣を合わせ、一撃目を流し、二撃目を受け、三撃目は身体を沈めて避けた。さっきより速いが、それでも見えなくはない。


 横からミラの矢が来ることも、ユリウスが俺の後ろにわずかな段差を作ったことも分かっている。


 俺は一歩だけ後ろへ下がった。


 追ってきた男の足が段差へ掛かる。


 生まれた隙はほんの一瞬だったが、それで十分だった。


 下から剣を振り上げる。


 男は身体を捻って避けたものの間に合わず、黒い旅装の脇腹が裂けた。浅くない傷から血が流れる一方で、相手の剣も俺の肩を掠め、鎧の表面を切り裂いて熱い痛みを残した。


「アレン!」


「まだ動ける!」


 フィアナへ答えながら距離を取る。


 男もすぐには追ってこなかった。


 脇腹へ手を当て、そこについた血を見る。


 余裕は消えている。


 それでも、倒せる相手には見えない。


 むしろフィアナを傷つける危険を無視して攻められれば、こちらがどこまで持つか分からなかった。


 男自身も同じことを考えたらしい。


 俺たちではなく、フィアナへ視線を向ける。


「これ以上やれば、聖女を傷つける」


「ならやめろ」


「簡単に言う」


「そっちが始めたんだろ」


 男は答えず、少しずつ後ろへ距離を取った。


 ミラの弓はまだ向いているし、ユリウスも杖を下ろしていない。セレナはフィアナの前に立ったまま、俺も相手が踏み込めばすぐ動ける位置を保つ。


 ここで向こうが引くなら、追うつもりはなかった。


 追えば隊形が崩れる。


 何より、俺たちの目的はこいつを討つことではない。


「聖女」


 男がフィアナを呼ぶ。


「まだ間に合う。あれから離れろ」


「理由を話さないなら、答えは変わらない」


「そうか」


 落胆したようには見えなかった。


 分かっていた答えを確認しただけのような顔だった。


 次に、男は俺を見る。


「お前もだ。二度目の応答を軽く考えるな」


「だったら何なのか説明していけ」


「説明すれば止まる者なら、最初からここまで来ない」


 そのまま後退する。


 ミラが狙いを合わせるが、俺は左手で止めた。


「追わない」


「いいの?」


「フィアナから離れる方が危ない」


 ミラもすぐ弓を少し下げた。


 男は崩れた回廊の外まで下がると、一度だけ修道院を振り返った。


「百八十年前、お前たち人間は何が起きたのかすら残せなかった」


 セレナの表情が変わる。


「どういう意味?」


「そのままの意味だ」


「待て」


 俺が呼び止めても、男はもう答えなかった。


 森へ続く瓦礫の向こうへ身を翻し、木々の間へ消える。


 ミラはしばらく弓を構えたまま耳を澄ませていたが、やがてゆっくりと息を吐いた。


「引いたみたい。追う?」


「いや、こちらからは行かない」


 答えたところで、緊張が緩んだせいか肩の痛みが急にはっきりした。


 フィアナがすぐに近づいてくる。


「見せて」


「浅いと思う」


「それは私が見る」


 有無を言わせない調子だったので、剣を収めて傷を見せた。


 鎧の表面は切れていたが、刃は深く入っていない。フィアナが血を拭って傷を確認し、治癒を始める間にも、ミラとユリウスは周囲の警戒を続け、セレナだけが男の消えた方向を見ていた。


「百八十年前……」


 独り言のように呟く。


「何か心当たりある?」


 俺が尋ねると、セレナはすぐには答えなかった。


「断片なら。でも、ここで話すには整理が足りない」


「なら帰りながら聞く」


「ええ。その方がいい」


 フィアナは治癒を終えると、最後に布を当てて固定した。


「歩ける?」


「ああ。問題ない」


「なら普通に歩いて。無理していいって意味じゃないから」


「分かってる」


 俺が答えると、フィアナはもう一度だけ傷を確かめてから離れた。


 地下の施設。


 エレノアと、名前の残らない同行者。


 フィアナと俺へ返された二つの反応。


 そして、それを知っている魔王の配下。


 分からないことは、朝より増えていた。


 それでも今やることは決まっている。


 ここに残って続きを調べる理由は、もうなかった。


 俺たちは地下入口へは戻らず、荷とセレナが写し取った記録を確認すると、夜を待たずにセレス修道院を離れる準備を始めた。

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