第3話 神託
10/16 改題、全体的に推敲し文章をアップデートしました。(内容は変更なし)
翌朝、目を覚ますと、背中から肩にかけて鈍い痛みが残っていた。
昨日は剣を抜く機会すらなかったが、崩れた宿から人を助け出すために何度も瓦礫を持ち上げた。普段なら戦闘で使う身体強化まで力仕事に回していたのだから、疲れが残るのも無理はない。
寝台の上で肩を回すと、背中の奥が引きつった。
「……結構きてるな」
窓を開ければ、朝の冷たい空気とともに、すでに動き始めた街の音が入ってきた。
石畳を叩く車輪の音や荷運びの男たちの声に混じって、昨日の崩落事故について話す声も聞こえる。
「三人亡くなったらしいぞ」
「もっといるって聞いたけどな」
「夜まで運び出してたんだ。まだ分からんだろ」
窓の下を通り過ぎる二人連れの会話だった。
俺はしばらく通りを眺めていたが、やがて窓を閉めた。
あの建物の崩れ方を思えば、死者が出たこと自体に驚きはない。それでも、昨日抱き上げた男の子の顔が浮かんだ。
フィアナが深い傷を塞いでくれたとはいえ、かなりの血を失っていた。治癒院へ運ばれた後のことは知らないが、無事に意識が戻っていればいいと思う。
俺は顔を洗い、着替えを済ませて階下へ降りた。
◇
宿の食堂にはすでに何人か客がいた。
帳場で街の地図を一枚買い、パンと卵、それに豆の入ったスープを注文してから、空いている卓へ座る。
地図を広げてみると、ルミエルの街区は思っていた以上に広かった。
中央の大神殿を囲むように神学校や治癒院、聖職者の住居が集まり、東側には巡礼者向けの宿や市場が多い。俺が部屋を取った冒険者街は南西寄りにあり、主要な城門にも近かった。
昨日崩れた東部第三巡礼宿も、すぐに見つかった。
その近くには大きな治癒院がある。
昨日、フィアナを迎えに来た神官も、彼女が治癒院から現場へ向かったと言っていた。この距離なら、事故の知らせを受けてすぐに駆けつけられただろう。
改めて思い返すと、彼女の治癒魔法は相当なものだった。
深い傷を短時間で塞ぎ、大量に出血していた負傷者まで治療していた。聖女と呼ばれる理由の一つは、あの治癒能力なのかもしれない。
もっとも、その本人は限界まで魔力を使い、危うく倒れるところだったのだが。
「お待たせしました」
宿の娘が食事を運んできた。
皿を置いたあと、なぜか俺の顔をじっと見ている。
「何か?」
「昨日、事故のところにいたんですって?」
「ええ。近くを通りかかったので」
「やっぱり。若い金級の冒険者が、崩れた宿から人を助けてたって、朝から話になってるんですよ」
「もうそんなに広まってるんですか?」
「巡礼者の人たちも話してましたからね。瓦礫の中へ何度も入っていったって」
間違ってはいないが、少し気になる言い方だった。
「俺だけじゃありませんよ。ほかにも大勢いました」
「噂になると、どうしても目立つ人の話が残るんですよ」
宿の娘は楽しそうに笑った。
「せっかくですから、今のうちに名前を売っておいたらどうです? 仕事が増えるかもしれませんよ」
「昨日みたいな仕事ばかり増えても困りますけどね」
「あ、それもそうですね」
彼女は笑いながら厨房へ戻っていった。
俺も苦笑し、地図を畳んで食事に手をつけた。
噂に尾ひれがつくのは珍しくない。昨日は近所の住人も冒険者も、神殿の治癒術師たちも協力していた。その中から俺だけが目立つのは、あまり居心地のいいものではなかった。
それより、今日はギルドで確認したいことがある。
昨日の救助が正式な依頼として扱われるのか。それに、ルミエルへ来てからまだ一つも仕事を受けていない。
金級へ上がったのを機に拠点を移した以上、そろそろ仕事の予定も立てておきたかった。
◇
「昨日はお疲れさまでした」
ギルドへ入ると、昨日話した受付の女性が俺に気づいた。
「ここにも伝わってるんですね」
「ええ。昨日は大変だったそうですね。お怪我はありませんか?」
「大丈夫です。多少、身体は痛いですけど」
「それならよかったです」
受付で救助活動について尋ねると、都市側から緊急救助の依頼が正式に出されており、現場での活動が確認できれば冒険者にも報酬が支払われるという。
俺の名前もすでに報告に含まれていたらしく、手続きはそれほど難しくなさそうだった。
「それと、アレンさんにはこちらが届いています」
女性が机の下から一枚の紙を取り出した。
「俺にですか?」
「中央神殿からの呼び出しです。昨日の救助活動について、事情を聞きたいそうですよ」
紙を受け取って目を通す。
昼過ぎまでに大神殿へ来てほしいと記されていたが、詳しい用件までは書かれていない。
「ほかの冒険者も呼ばれてるんでしょうか」
「少なくとも、こちらに届いているのはアレンさん宛てだけですね」
俺はもう一度紙を見た。
事故の状況を知りたいなら、現場にいた者へ事情を聞くのは当然だろう。ただ、わざわざ中央神殿から名指しで呼ばれるほどのことをしたかというと、少し疑問が残る。
そこで、一つ思い当たることがあった。
「……俺、何か問題を起こしたんですかね」
「心当たりがあるんですか?」
「昨日、フィアナさんを無理やり休ませたんです。手首まで掴んでしまって」
受付の女性の表情が止まった。
「……聖女フィアナ様を、ですか?」
「ええ。聖女だと知ったのは、その後でしたけど」
「そうだったんですね」
女性は少し考え込み、それから口元を押さえた。
「すみません。ちょっと驚いてしまって」
「やっぱりまずかったですか?」
「事情は分かりますけど、驚きはしますよ」
それはそうだろう。
昨日の様子からすると、フィアナは普段、神殿の人々から随分大切に扱われている。素性も知らない冒険者がいきなり手首を掴んで止めれば、周囲が驚くのも無理はない。
「ただ、叱るためだけに中央神殿から呼ぶとは思えませんけどね」
「だといいんですが」
俺が紙を革袋へしまうと、女性は小さく笑った。
「今日は依頼を受けない方がいいですよ。昼過ぎには大神殿へ行くんでしょう?」
「そうですね。街を見て回るくらいにしておきます」
「せっかく来たばかりですしね」
女性に礼を言い、俺はギルドを出た。
◇
約束の時間までは余裕があったので、昨日とは別の道を通って大神殿へ向かった。
冒険者街を離れると武具屋や酒場が減り、神官の姿が目立つようになる。道の角には聖印を刻んだ小さな碑が置かれ、通り沿いには神殿で使う品物を扱う店も並んでいた。
そのうちの一軒では、木製の聖印や祈祷用の小物が売られている。
店先で年配の女性が小さな袋を選んでいる横では、若い夫婦が神官に何かを尋ねていた。案内を受けた二人は礼を言い、大神殿の方へ歩いていく。
巡礼者だけでなく、普段からこの街で暮らす人々も神殿を訪れているのだろう。
俺自身は前世でも信仰に熱心だった覚えがないが、この街で神殿が果たしている役割は、宗教的なものだけではないらしい。
治癒院を運営し、多くの巡礼者を受け入れ、各地の神殿との連絡も担っている。昨日の事故では救護活動がすぐに始まり、今日はもう俺のところへ正式な呼び出しまで届いていた。
これだけ仕事が多ければ、神官の中にもさまざまな役割を持つ者がいるのだろう。
そんなことを考えながら歩いていると、大神殿前の広場へ出た。
広い石段の先には巨大な柱が並び、その奥には高い正面入口が開いている。巡礼者たちは階段の前で立ち止まり、祈りを捧げたり、神官の案内を受けて列を作ったりしていた。
俺は西側の入口へ向かおうとしたが、広場の端に小さな人だかりができているのに気づいた。
昨日の崩落事故についての掲示だった。
死者四名、重傷十三名、軽傷者三十名以上。
今朝耳にした数字より、死者が一人増えている。
掲示の前では何人かが黙って文字を読んでおり、中には昨日の現場で見かけた顔もあった。
亡くなった者の名前は、まだ記されていない。
昨日、俺が運び出した男の子も治癒院で治療を続けているはずだ。フィアナが傷を塞いでくれたとはいえ、その後の容体までは分からない。
救助の現場では、まず目の前の人間を安全な場所へ運ぶことを考える。だが、その先で全員が助かるとは限らない。
俺は掲示をもう一度見てから、指定された入口へ向かった。
◇
西側にある入口は、巡礼者が出入りする正面とは違い、神官や職員が使う場所らしかった。
受付で呼び出しの紙を見せると、名前を確認され、若い神官が案内についてくれた。
白い石と木材を使った廊下には、窓から明るい光が差し込んでいる。装飾は控えめで、書類を運ぶ神官や掃除をする者も行き交っており、建物の奥からは何人かが相談する声も聞こえた。
「昨日は救助活動にご協力いただき、ありがとうございました」
歩きながら案内役の神官が言った。
「近くにいたので手伝っただけですよ。ほかにも大勢いましたし」
「ええ。多くの方が力を貸してくださったと聞いております」
神官は丁寧に答え、廊下の角を曲がった。
「あの、今日の呼び出しについて、何か聞いていますか?」
「事故の状況を確認したいとのことです」
「それだけですか?」
「詳しくはベルナール様から直接お話があると思います」
その名前には聞き覚えがなかったが、案内役の神官からは、それ以上のことを聞けそうにない。やがて小さな応接室へ通され、一人で待つことになった。
机と椅子が置かれ、壁には聖印が掛けられている。窓の外には手入れされた中庭が見え、静かな室内には廊下を歩く足音が時折届いていた。
こうして改まった部屋で待たされていると、前世でも似たような経験があったことを思い出す。
用件が分からないまま呼び出されるのは、どうにも落ち着かないものだ。
数分して、扉の向こうから足音が近づいてきた。
先に入ってきたのは、五十代ほどの神官だった。白い法衣に濃い青の帯を合わせ、落ち着いた物腰をしている。
その後ろに続いて現れたのは、フィアナだった。
今日は白い衣服も髪もきちんと整えられ、胸元には小さな聖印がある。背筋を伸ばして歩く姿は、昨日、土埃の中で負傷者の治療に当たっていた時とは随分印象が違った。
ただ、俺に気づいた瞬間、青灰色の瞳がわずかに細くなった。
「昨日はどうも」
立ち上がって挨拶すると、フィアナも軽く頭を下げた。
「……昨日は、ありがとうございました」
少し間があったのは、手首を掴まれたことを思い出したからだろうか。
年配の神官が俺たちを見比べたが、特に気にした様子もなく、自分の席へ進んだ。
「アレン・クロイツ殿ですね。私はベルナールと申します。大神殿で巡礼や外部との調整を担当しております」
「アレンです。本日はお呼びいただいたと伺って」
「ええ。まずは昨日の救助活動について、改めて感謝申し上げます」
丁寧に頭を下げられ、俺も頭を下げ返した。
三人が席につくと、ベルナールは事故について質問を始めた。
俺が現場へ着いた時の様子や、宿の内部で見たもの、崩落の前後で気になることがなかったかなど、確認は細かかった。
「魔法が使われたような痕跡はありましたか?」
「少なくとも、俺が見た範囲では気づきませんでした」
「建物の内部はいかがでしたか」
「瓦礫が多くて詳しくは分かりませんが、梁や壁が崩れていました。原因については、専門ではないので何とも言えません」
「爆発したような跡は?」
「見ていません。俺が着いた時には、すでに大きく崩れていましたから」
ベルナールは頷き、手元の紙へ書き込んでいく。
質問の内容は、事故の報告をまとめるにしては少し気になるものだった。
「何か、不審な点があるんですか?」
俺が尋ねると、ベルナールは筆を置いた。
「今のところ、建物の老朽化による事故という見方が有力です。ただ、問題の宿は定期的に確認を受けており、使用を止めるべき異常は報告されていませんでした」
「点検では問題が見つからなかったんですね」
「ええ。もっとも、内部に見えない傷みがあった可能性もあります。原因については引き続き調べています」
それなら、魔法の痕跡について確認するのも不思議ではない。
俺が頷くと、ベルナールは一度フィアナへ視線を向けた。
「実は事故の三日前に、フィアナ様が一つの神託を受けておられました」
神託。
俺も自然とフィアナを見る。
彼女は膝の上で手を組み、静かにこちらを見返していた。
「どんな内容だったんですか?」
答えたのはフィアナ本人だった。
「東部第三巡礼宿を、一時閉鎖せよ――そういう内容でした」
一瞬、聞き間違えたのかと思った。
東部第三巡礼宿。
昨日崩れた建物そのものだ。
「……あの宿を、三日前に?」
「はい」
「神託を受けて、何か対応はしたんですか?」
「すぐに管理者へ連絡し、翌日には建物を調べてもらいました」
今度はベルナールが答えた。
「ですが、調査では危険な箇所が見つからず、営業を止める判断には至りませんでした」
「そうだったんですね」
俺は少し考えた。
神託があったからといって、異常の見つからない建物をすぐに閉鎖するのは簡単ではない。宿泊客を移す必要もあるし、管理者や神殿がどこまで判断できるかという問題もある。
ただ、実際にその建物が崩れたとなれば、調査結果がどうであれ、神殿側も気にするだろう。
フィアナはその間、黙っていた。
目を伏せている彼女へ何か声をかけるべきか迷ったが、まだ昨日会ったばかりだ。事情も十分に知らないまま、安易なことは言えなかった。
「それで、昨日の事故を受けて調べ直しているんですね」
「はい。そして、もう一つあります」
ベルナールが言うと、フィアナが顔を上げた。
「昨日の夜、また神託がありました」
「何と?」
「西へ進め、と」
フィアナはそこで言葉を止めた。
「……それだけですか?」
「はい。私も、もう少し詳しく教えてくれたらと思ったんですけど」
その返しに、少し昨日の彼女らしさを感じた。
ベルナールが説明を続ける。
「フィアナ様には以前から、正式な巡礼を行っていただく予定がありました。西方にも神殿や巡礼地がありますので、神託に沿って行程を組み直すことを検討しています」
「なるほど。昨日のことがあったばかりなら、無視するのも難しいですね」
「ええ。神託の意味がすぐに分かるとは限りませんが、今回の件は重く受け止めています」
三日前に閉鎖を求められた宿が、実際に崩れた。そうなると、昨夜告げられた「西へ進め」という言葉にも、何か理由があるのかもしれない。
「それで、俺を呼んだ理由は?」
「巡礼の護衛をお願いできないかと考えています」
昨日、ギルドの掲示板で見た依頼票を思い出した。
「ギルドに掲示してあったものですか?」
「ええ。まだ正式募集の前ですが」
「俺一人ではありませんよね」
「もちろんです。神殿兵に加えて、複数の冒険者を雇う予定です。私も巡礼中の調整役として同行します」
そこまで聞いて、ひとまず納得した。
しかし、それなら正式な募集を待ってもよさそうだった。
「金級だから声をかけていただいたんですか?」
「それも理由の一つです。ただ、昨日の救助活動について、何人かから話を聞きました」
ベルナールは机の上で指を組んだ。
「崩れかけた建物へ人が不用意に入るのを止め、周囲と相談しながら救助を進めていたそうですね。ご自身も中へ入られていますが、危険な状態を見て退避を促していたとも聞いています」
「ほかの冒険者も判断して動いていましたよ」
「ええ。その方々についても報告を受けています」
ベルナールは頷いた。
「今回の護衛では、戦闘能力に加えて、周囲と連携しながら状況を判断できる方を探しています。ギルドにも照会しましたが、過去の依頼履歴に大きな問題はありませんでした」
「それなら、分かります」
候補を選ぶために、事故現場での動きと普段の仕事ぶりを確かめていたらしい。
「それから、フィアナ様もあなたに異存はないと仰っています」
俺はフィアナへ目を向けた。
「俺でいいんですか?」
「推薦した、というほどではありません」
少し言いづらそうにしながら、フィアナは続けた。
「ベルナール様に昨日のことを聞かれて、その……アレンさんなら、いいと思うと答えました」
「どうしてです?」
尋ねると、彼女は少し考えてから口を開いた。
「昨日、私を止めてくださったからです」
予想していなかった答えだった。
「……あれが理由なんですか?」
「理由の一つです」
フィアナは膝の上で手を組み直した。
「神殿の皆さんは、いつも私を気遣ってくださいます。でも、私が大丈夫だと言うと、無理に止めない方も多くて……」
昨日の光景が浮かんだ。
治癒術師たちは何度も休むよう言っていた。それでも彼女が次の負傷者へ向かうと、強引に引き戻すところまではできなかった。
「聖女だからですか?」
「……そうかもしれません」
フィアナは少し視線を落とした。
「アレンさんは、私が聖女だと知らなかったんですよね」
「ええ。最後に神官の方が呼んでいるのを聞いて、初めて知りました」
「それでも、あの時は止めてくださったでしょう?」
「倒れそうでしたから。あのまま続けたら、本当に倒れていたと思います」
「私も、今はそう思います」
彼女は少し困ったように笑った。
「巡礼中にも、無理をしてしまうことがあるかもしれません。その時に、きちんと止めてくれる方がいたら安心できると思ったんです」
俺は彼女の顔を見た。
昨日は随分頑固な人だと思ったが、少なくとも自分の無茶を分かっていないわけではないらしい。
「分かりました。ただ、俺が護衛に入っても、最初から無理はしないでくださいね」
「……気をつけます」
少しだけ気まずそうな返事だった。
ベルナールが小さく咳払いしたので、俺たちはそちらへ向き直った。
「それで、依頼についてですが」
「はい。詳しい条件を伺っても?」
「出発は五日後を予定しています。期間は三週間ほどですが、神託や現地の状況によって変更する可能性があります」
「行程は?」
「西街道を通り、いくつかの教区と巡礼地を訪れます。詳しい経路は正式な依頼書へ記載します」
俺は頷き、気になっていたことを尋ねた。
「報酬についても確認していいですか?」
「もちろんです。金級冒険者への長期護衛として相応の額を提示します。予定外の危険へ対応した場合には、追加報酬も設定するつもりです」
「正式な依頼書を見てから決めても?」
「構いません。今日はあくまで事前の相談ですから」
金級になったばかりで、まとまった仕事を探していたところでもある。
三週間の護衛なら期間も悪くない。中央神殿の正式な依頼であれば、報酬の支払いについて心配する必要も少ないだろう。
それに、神託のことも気になっていた。
三日前に崩落する宿を名指しし、今度は西へ進めと告げた。
何が待っているのかは分からないが、巡礼に同行すれば、その言葉が何を意味するのか確かめる機会があるかもしれない。
「分かりました。依頼書が届いたら確認します」
「ありがとうございます。本日中にギルドへ送るよう手配します」
ベルナールが頷き、話はひとまず終わった。
俺が席を立つと、フィアナも立ち上がった。
「アレンさん」
「はい」
呼び止められて振り返ると、彼女は少し言いづらそうにしていた。
「昨日のことですが……ありがとうございました」
「救助のことですか?」
「いえ。その、私を止めてくださったことです」
フィアナは自分の手へ一度視線を落とした。
「あのまま続けていたら、本当に倒れていたと思います。周りの皆さんにも心配をかけてしまいました」
「かなり無理してましたからね」
「……はい」
素直に頷いたので、俺もそれ以上は言わなかった。
「こちらこそ、昨日は助かりました。あの男の子も、フィアナさんが治療してくれなければ危なかったと思います」
「あの子なら、今朝には意識が戻ったそうです」
「本当ですか?」
「はい。まだ治療は必要ですけど、お姉さんともお話しできたって」
思わず息を吐いた。
「それはよかった」
フィアナも嬉しそうに頷いた。
昨日、あの小さな身体を抱えて崩れた宿から飛び出した時には、助かるかどうか分からなかった。姉弟がもう一度話せたと聞けただけでも、胸のつかえが少し軽くなった気がした。
「ただ、フィアナさんも気をつけてくださいね。昨日みたいに倒れそうになったら、また止めますから」
そう言うと、彼女は少しだけ眉を寄せた。
「……今度は、もう少し優しくお願いします」
「それで休んでくれるなら」
「ちゃんと休みます」
今度ははっきりと答えたので、俺も笑って頷いた。
ベルナールとフィアナに礼を言い、応接室を後にする。
廊下へ出ると、窓から差し込む昼過ぎの光が白い床を照らしていた。
ギルドへ戻れば、夕方には正式な依頼書が届くはずだ。条件を確かめて問題がなければ、受けてもいいと思っている。
聖女の護衛に、神託を受けての巡礼。
ルミエルへ来て最初の仕事が、こんな依頼になるとは想像していなかった。
「……いきなり大きな仕事になりそうだな」
まだ受けると決めたわけではないが、気持ちはかなり傾いていた。
昨日の崩落を警告していた神託が、今度は西へ進めと告げている。
その先で何が待っているのか。
俺はもう一度、ベルナールから聞いた言葉を思い返しながら、大神殿の出口へ向かった。




