第24話 出発の支度
9/23 全体的に推敲し文章をアップデートしました。(内容は変更なし)
セレス修道院へ向かう五人が決まると、出発日は十日後に設定された。
片道だけでも五日から七日はかかり、現地でどれだけ時間を使うかも分からない。急ぐ理由はない以上、食料や野営具を揃えるだけでなく、それぞれの仕事を整理し、道や水場について調べられることは調べてから出た方がいい。
俺は受けていた短期護衛を一本終え、それ以降は長い依頼を入れないようギルドへ伝えた。防具の革紐や留め具も交換し、剣と短刀を手入れして、長く歩くことを考えて靴まで確認しておく。
街中なら壊れてから直せるが、人里から何日も離れたあとではそうはいかない。
ミラは古道を使ったことのある採取人を探し、最近の倒木や崩れた道、水場の様子を聞いて回っていた。ユリウスは魔術に使う消耗品と野営道具を補充し、セレナは大神殿に残る資料から、現地へ持っていくものを絞っている。
フィアナも神殿での仕事を引き継ぎながら、治療用品と旅装を整えていた。
そうして十日近くを使い、出発前日の午後、俺たちは大神殿へ荷物を持ち寄った。
会議室の机と床には、五人分の背負い袋や共通装備が並んでいる。
「……多くないですか?」
俺が最初に見たのは、セレナの荷物だった。
記録用の紙と筆記具、文字や模様を写し取るための薄紙、刷毛や小さな槌、魔力反応を見る器具。見覚えのない細い金属棒や木箱まで混ざっていて、調査道具だけで机の一角を占領している。
「これでもかなり減らしたのよ」
「その割には、まだ増やせそうな場所を探してません?」
「探してないわ」
答えながら視線が鞄の隙間へ向いたので、あまり説得力はなかった。
俺は手のひらほどの木箱を一つ持ち上げる。
「これは?」
「封じられた容器を傷つけずに開けるための道具」
セレナは答えたあと、自分でも少し考えてから手を差し出した。
「……今回は置いていく。現地でそういう物を見つけても、その場では開けないって決めたものね」
「それなら最初から出さなくてもよかったんじゃないですか」
「最後に必要かどうか確認するために出したの」
言い方に多少の未練はあったが、木箱は素直に除けられた。
調べたい気持ちと、実際に触れていいかどうかは別にしている。その点は、近郊の遺構で一緒に動いた時にも分かっていた。
ユリウスの荷物には衣類や雨除け、魔術用の小物に混じって乾燥果物が三袋入っていたが、ミラが一度見ただけで一袋に減った。
「二袋くらいあっても困らないだろ」
「共通の食料を別に持つんだから、一袋で十分よ」
「余ったらみんなで食えるのに」
「余る前提で荷物を増やさない」
ユリウスは少し惜しそうにしたものの、長く争う気はないらしく残りを机の端へ移した。
俺も自分の背負い袋を開く。
剣と短刀の手入れ道具、火起こし、簡単な修理用品、着替え、外套、雨除け、水袋。個人装備としてはこれで足りると思っていたが、中を見たフィアナが首を傾げた。
「治療用品は?」
「共通の荷物に入れてありますよ。傷薬と包帯は自分でも持ってます」
「消毒用の酒は?」
「それは共通の方ですね」
フィアナは少し考えると、自分の荷物から小瓶を一本取り出した。
「これ、持っておいてください。誰かと離れた時に、共通の荷物が近くにあるとは限らないので」
「フィアナさんの分は?」
「予備があります」
彼女の横には包帯や布、小瓶が用途ごとにまとめられている。治癒魔法が使えるからといって、それ以外の備えを減らすつもりはないらしい。
「ありがとうございます」
受け取った小瓶を袋へ入れると、フィアナはもう一度中を見た。
「替えの靴下、もう一組あった方がいいですよ」
「そこまで確認するんですか?」
「濡れたまま歩いて足を傷めたら困るでしょう?」
数日前、自分のことになると雑だと言われたのを思い出した。
今回は反論する理由もなく、素直に増やすことにした。
個人装備を見終えると、今度は食料や野営具、予備品を五人で分け直していく。
食料は乾燥肉や硬いパン、穀類、塩、乾燥野菜を中心に、途中の集落で補給できなかった場合も考えて余裕を持たせた。ただし水だけは全行程分を持つわけにはいかない。
「ここまでは今も人が使ってる道だから、水場はかなり信用していいと思う」
ミラが、この十日で集めた情報を書き加えた地図を広げる。
「問題は古道に入ってからね。地図にある小川の一つは去年の秋にも水があったらしいけど、今どうなってるかまでは分からなかった」
「そこが枯れてたら?」
フィアナが尋ねる。
「手前で多めに汲む。それでも次の水場まで持たないと判断したら、進む距離を変えるわ」
ミラは地図上の道を指で戻った。
「水を探しながら予定通り進むのはなし。戻れるうちに判断する」
「それでいいと思います」
水が足りなくなってから探し始めても遅い。予定より一日遅れることと、無理に進んで動けなくなることなら、比べるまでもなかった。
野営も同じで、古道へ入ってからは日が落ちる直前まで距離を稼がない。雨水が溜まりにくく、周囲を確認できる場所を明るいうちに探し、天候が悪ければ予定そのものを縮める。
荷物の重さも役割に合わせた。
先行して周囲を見るミラには共通装備をあまり持たせず、セレナの調査道具も、本人しか扱えないもの以外は俺とユリウスへ振り分ける。
フィアナが持っていた予備の治療用品も、一部を全員へ分けた。
「これくらいなら私が持てますよ」
「持てるかどうかより、全部一つの荷物に入ってる方が困ります。なくしたらまとめて使えなくなるので」
そう答えながら俺の袋へ多めに入れようとすると、フィアナがすぐに気づいた。
「アレンさん」
「はい?」
「均等に分けるんですよね?」
「……そうですね」
俺が一つ戻すと、フィアナは満足したように頷いた。
食料や治療用品を一人へ集中させないのは、重さだけの問題ではない。途中ではぐれたり、荷物を失ったりしても、それだけで全員が困る形にはしない方がいい。
荷造りが一段落すると、ベルナールも加わって予定経路と連絡方法を確認した。
道中の集落へ着いた時には、可能なら神殿やギルドを通じて短い伝言を残す。どこをいつ通過したかが分かれば、帰還予定を過ぎた時に探す範囲を絞れる。
「予定から大きく遅れた場合はこちらとギルドで対応します。皆様の側で、遅れを取り戻そうと無理をなさらないでください」
「分かってる」
セレナが答える。
「日程を守るために危険を増やしたら意味がないもの」
「その認識でお願いします」
最後に確認したのは、現地で調査を止める条件だった。
内容そのものはすでに決めている。黒い獣と同種のものを確認した場合、フィアナの頭痛や異常な感覚が急激に強まった場合、動いている設備の影響範囲や止め方が分からない場合。それに、建物の崩落などで安全な退路を確保できない場合だ。
「この条件に当てはまらなくても、誰かが危険だと判断したら止める。それも変えないわ」
セレナが言うと、ミラとユリウスも頷いた。
「地下へ続く場所が見つかった時も、まず地上側から確認するんですよね?」
フィアナが念を押す。
「はい。その場で奥まで進むことはしません」
俺が答えると、セレナも地図から顔を上げた。
「入口や周囲の状態を見て、それでも中を確認する必要があるなら、見る範囲と時間を決めてから。その判断ができないなら入らない」
エルムでは、先へ進むたびに分からないものが増えていった。
あの時と同じ状況ではない。似た場所へ入る可能性を考えた上で向かう以上、止まる条件まで決めておける。
「私が何か感じた時も、それだけで先へ進む理由にはしないでください」
フィアナが静かに言った。
「気にならないわけじゃないです。でも、私自身にもまだ何なのか分かっていません。それだけで皆さんを危険な場所へ連れていくのは嫌です」
「感じたことは情報として扱う。でも、それだけで行動は決めない。それでいきましょう」
セレナの言葉に、フィアナは頷いた。
確認を終える頃には、窓から入る光が赤みを帯びていた。
持ち込んだ荷物は整理され、明日の朝にはそのまま背負って出られる状態になっている。あとは各自で休み、決めた時間に西門へ集まるだけだった。
◇
翌朝、まだ街の往来が増える前に、俺たちはルミエルの西門へ集まった。
ミラはすでに弓と背負い袋の位置を確かめ終え、ユリウスも荷物を背負っている。セレナの鞄は前日に決めた大きさのままで、フィアナも旅装の上から外套を羽織り、分担した治療用品を入れた袋を背負っていた。
俺も剣と荷物を最後に確認する。
見送りに来ていたベルナールが、五人を順に見渡した。
「無理に成果を持ち帰る必要はありません。何も確認できなかったとしても、皆様が無事に戻られることを優先してください」
「分かってる。何も残ってなければ、それも結果として持ち帰るわ」
セレナが答えると、ベルナールは静かに頷いた。
「それで十分です」
門の向こうには、西へ延びる街道が朝の光を受けて続いていた。
「天気はしばらく持ちそうね」
ミラが空を確かめ、先に街道へ目を向ける。
「行きましょう」
俺たちはベルナールへ挨拶を返し、そのまま西門を抜けた。
しばらく進んで振り返ると、ルミエルの城壁はもう少し小さく見えている。
セレス修道院までは、順調に進んでも五日以上かかる。
そこで何が見つかるのかは、まだ誰にも分からない。
俺は前を歩くミラとの距離を確かめながら、西へ続く街道を進んだ。




