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第16話 深部

9/22 全体的に推敲し文章をアップデートしました。(内容は変更なし)

 ユリウスは閉じた壁へ杖を向け、表面を探るように魔力を流していた。


 その背後では、硬い足音が二つ、わずかに間をずらしながら近づいてくる。俺とガルドは通路の奥へ向いたまま、ユリウスの返事を待った。


「……駄目だ」


 杖を下ろしたユリウスが首を振る。


「普通の石と全然違う。土魔法がほとんど掛からない」


「壊せそうか?」


 ガルドは大剣を構えたまま尋ねた。


「時間を掛ければ何かできるかもしれないけど、今すぐは無理」


 ローデンは閉じた壁と、足音の響く暗闇を見比べた。


「直前の分岐まで戻ります。ここで壁を背にして待つより、別方向へ退路を取ります」


 異論はなかった。


 ミラが先頭へ戻り、俺たちは来た道を少し引き返す。最後に通過した分岐まで戻ると、往路では入らなかった枝道へ松明の光を入れた。


 床は奥へ向かって緩やかに下り、その先は暗闇へ沈んでいる。


 ミラが入口付近の床と壁を確認する。


「新しい足跡はありません。崩れた跡も見えないです」


「今よりはましだな」


 ガルドが奥を覗く。


「少なくとも、背中が壁じゃねえ」


 ローデンもすぐに決めた。


「こちらへ入ります。ミラ殿が先頭を。フィアナ様と治癒術師は中央、トーマは護衛をお願いします。ユリウス殿と私はその前後を見ます。アレン殿とガルド殿は最後尾を」


 隊列が動く。


 俺とガルドが分岐へ下がる頃には、足音もかなり近づいていた。


「来ますね」


「ああ」


 ガルドが大剣をすぐ振れる位置へ戻す。


「姿を見ようと粘るな。確認したら行くぞ」


「分かりました」


 曲がり角へ入る直前、俺は一度だけ元の通路を振り返った。


 松明の届くぎりぎりの場所で、二つの黒い輪郭が動いている。


 一体の少し後ろに、もう一体。


 どちらも、さっき倒したものと大きさはほとんど変わらない。


「二体です」


「なら行くぞ」


 俺たちは枝道へ入り、そのまま傾斜を下った。


挿絵(By みてみん)


     ◇


 新しい通路は、進むほど深い場所へ向かっていた。


 緩やかだった下りは途中から階段へ変わり、地上から降りてきた時よりさらに下へ潜っていく。


 背後から黒い獣たちの足音が続いていた。


 全力で追ってくるほど速くはない。それでも立ち止まれば確実に距離を詰められる程度の速さで、こちらの後を外さずついてくる。


「こっちへ追い込まれてるみたいで嫌ですね」


 中央からトーマの声がした。


「俺も同じこと考えてました」


 返しながら、俺はフィアナを見る。


「体調はどうです?」


「大丈夫です」


「何か感じますか」


 フィアナは歩きながら前方を見つめ、少ししてから答えた。


「……こっちで合っている気がします」


「夢で見たからですか?」


「分かりません。思い出した感じとも違って……ただ、こっちだって思うんです」


 自分でも理由を掴めていないらしい。


「無理に考えなくていいです。今は進みましょう」


「はい」


 そこで会話を切った。


 背後の足音が一段大きくなる。二体とも階段へ入ったらしい。


「前、広くなるよ!」


 ミラの声が飛んだ。


 階段を下り切った先には、横長の空間が広がっていた。


 足を踏み入れたところで、俺も一瞬だけ歩調を落とす。


 暗闇の中に淡い光があった。


 松明ではない。


 壁際や床の縁へ刻まれた細い溝の一部が白く光り、ところどころ途切れながら空間の輪郭を浮かび上がらせている。


「……火じゃないな」


 ユリウスが呟いた。


 前世では珍しくない光の置き方に見えたが、この世界でこんなものを見るのは初めてだった。


「触らないでくださいね」


「まだ何もしてないって」


 ユリウスが言い返したところで、ローデンの声が重なる。


「足音が近いです」


 全員の意識が後方へ戻った。


 逃げ続ければ、さらに奥へ押し込まれる。


 俺は周囲を見た。


 横長の空間には大きな黒い構造物がいくつか並び、その間の一部が、人二人ほどしか通れない幅まで狭まっている。


 ミラも同じ場所を見ていた。


「あそこなら、あの大きさで横には並べない」


「使えそうですね」


 俺が言うと、ローデンも頷く。


「そこで止めます。ガルド殿とアレン殿が前、ミラ殿とユリウス殿は後方から支援を。トーマはフィアナ様と治癒術師を守ってください」


 今度はこちらが戦う場所を選べる。


 俺たちはすぐに配置についた。


 最も狭い隙間の正面にガルドが立ち、俺は右後方へ入る。その数歩後ろでミラが射線を取り、ユリウスは床へ魔法を入れられる位置を選んだ。さらに後方ではローデンとトーマがフィアナたちを守っている。


「最初の一体を早く落とします」


「二体目が詰まってる間にな」


 ガルドが大剣を構える。


「はい。ただ、さっきと同じ動きを最初から見せない方がいいです」


「学習する前提か?」


「その方が安全です」


 ユリウスが杖を上げた。


「最初は床を触らない?」


「お願いします。まずミラさんに脚を動かしてもらいます」


「分かった」


 硬い足音が階段を下りてくる。


 やがて一体目の頭部が淡い光の中へ現れ、その背後にも二体目の黒い輪郭が続いた。


 先頭の一体は狭い隙間の手前で歩調を落とし、頭部を左右へ振る。


 幅を見ているように見えた。


 直後、姿勢が低くなる。


「来ます」


 黒い獣が狭所へ踏み込んだ。


 ユリウスは動かない。


 先にミラの矢が飛んだ。


 一射目は頭部へ向かい、外殻に弾かれる。続く二射目は前脚の内側を狙い、黒い獣は矢筋を外すように脚をわずかに開いた。


「今!」


 その脚が着く側の床だけを、ユリウスが沈ませる。


 予想より低い位置へ足を置いた巨体が傾いた。


 そこへガルドが踏み込む。


 大剣が肩口へ斜めに入り、黒い外殻を砕いた。


「アレン!」


 呼ばれるより早く、俺も前へ出ていた。


 ガルドの右側を抜け、割れた外殻の隙間へ剣を滑り込ませる。硬い層の下には黒い膜のようなものがあり、そのさらに奥で刃が別の硬質な部分へ当たった。


 前に倒した個体と同じだ。


 剣を引き抜くと黒い液体が流れ出したが、獣は止まらず、そのまま身体を前へ押し込もうとする。


「下がれ!」


 ガルドの声に合わせて一歩引く。


 直後に尾が横薙ぎに走ったが、狭い隙間では振り切れない。先端が黒い構造物へぶつかり、硬い音を響かせた。


「ここなら尾を振れません!」


「なら、このまま押さえる!」


 ガルドが正面から大剣を当てる。


 先頭の一体が後ろへ下がろうにも、そのすぐ背後には二体目がいた。黒い外殻同士がぶつかり、後ろの個体まで動きが詰まる。


 ミラの矢が傷ついた前脚の関節へ入り、さらに体勢が落ちた。


「頭を!」


 ガルドの大剣が振り上がり、頭部へ深い亀裂を走らせる。


 そこへ俺も剣を差し込んだ。


 一体目で得た情報がある。外殻を割り、頭部の奥まで壊せば止められる可能性が高い。


 刃が深く入り、手元へ黒い液体が散った。


 黒い獣の全身が大きく震え、そのまま脚から力が抜けて床へ沈む。


「一体!」


 ユリウスの声が飛ぶ。


 だが、二体目は止まらなかった。


 倒れた個体を避けることもなく、その背へ前脚を掛けて踏み越えようとする。


「死んだ仲間を踏むのかよ」


 ガルドが低く吐き捨てる。


「そもそも仲間だと思ってるかも分かりません」


 俺は倒れた巨体を見る。


「ガルドさん、少し左へ寄せられますか?」


「あ?」


「全部どかさなくていいです。半分塞いだままにした方が通りにくくなる」


 意図を理解したガルドが大剣の腹を死骸へ当てる。


「性格悪い戦い方するな」


「褒め言葉で受け取ります」


 ガルドが力を掛けると、黒い巨体が床を擦りながら横へずれ、構造物との間へ斜めに引っ掛かった。


 二体目が通れる幅はさらに狭くなる。


 それでも止まらない。


 死骸へ前脚を掛け、無理やりこちらへ乗り越えようとする。


 ユリウスが杖を向けた。


 その瞬間、黒い獣の頭部が杖先へ向き、身体を反対側へ寄せる。


「やっぱり見てます」


 俺はすぐ声を飛ばした。


「ユリウスさん、右へ使うように見せてください。反応したら逆へ」


「分かった」


 ユリウスが杖を右側の床へ向ける。


 黒い獣が左へ重心を移したところで、魔力の流れが切り替わった。


 左側の床が沈む。


 前脚が空を踏み、巨体の肩が落ちた。


「今!」


 ガルドが首の付け根へ大剣を叩き込む。


 外殻が砕けた。


 俺も右側から踏み込み、開いた隙間へ剣を狙う。


 だが今度の個体は立て直しが早かった。


 身体を捻って傷口を遠ざけ、その勢いのまま頭部を俺へ振ってくる。


 避けるには遅い。


 剣を引きながら受けるしかないと判断した瞬間、横から盾が割り込んだ。


 重い衝撃が響き、トーマが盾ごと二歩押し戻される。


「アレン殿!」


 その隙に俺は横へ抜けた。


「助かりました!」


「これで貸し一つです!」


「覚えておきます!」


 それ以上やり取りしている暇はない。


 黒い獣が身体を捻り直し、尾を浮かせた。


「トーマさん、下がって!」


 トーマがフィアナたちの前へ戻ると、次の瞬間、尾がさっきまで盾のあった場所を薙いだ。


 空振りした反動で獣の上体が流れる。


 俺はそこへ踏み込み、ガルドが割った首元へ剣を差し込んだ。


 深く入る。


 だが止まらない。


 黒い獣が身体を起こし、剣ごと俺を振り払おうとした。


 このままなら剣を手放すしかない。


「待って!」


 フィアナの声が響いた。


 彼女が見ているのは黒い獣ではなく、部屋の壁だった。


 淡く光っていた細い線が、急に明るさを増している。


 白かった光が青みを帯び、部屋の奥に埋め込まれた黒い板にも今までなかった明かりが浮かんだ。


 何列もの文字とも記号ともつかない形が現れ、目で追えない速さで次々と切り替わっていく。


「何だよ、あれ……」


 ユリウスが呟く。


 その直後、フィアナが両手で頭を押さえた。


「っ……!」


「フィアナさん!」


 俺は剣を引き抜き、獣から距離を取る。


 フィアナの顔色が一気に悪くなっていた。治癒術師がすぐに身体を支える。


「何か……来る……」


「何がです?」


「分からない……言葉じゃなくて、何かが頭の中に……」


 フィアナは黒い板を見つめたまま、ふらつくように一歩出かけ、自分で足を止めた。


「フィアナ様、下がってください」


 トーマが盾を構えたまま声を掛ける。


「分かってます。でも……近づいた方がいい気がするんです」


「理由は?」


 俺が尋ねる。


「分かりません」


 フィアナ自身も困惑していた。


 そこで、黒い獣の動きが変わった。


 それまで俺とガルドへ向けていた頭部が、はっきりとフィアナの方を向く。


 動きから迷いが消えた。


「まずい!」


 ガルドが大剣を振るう。


 黒い獣は傷ついた身体を捻って刃を外し、倒れた個体を踏み越えながら狭い隙間を抜けようとした。


 俺たちへ食いつくのではなく、前へ出ようとしている。


 その先にいるのはフィアナだった。


「止めます!」


 ローデンの声と同時に、トーマがフィアナの前へ出る。


 ガルドも横から押さえようとするが、獣は外殻を構造物へ擦りながら強引に身体をねじ込んでくる。


 尾が大きく振られた。


「トーマ!」


 俺が叫ぶより早く、トーマが盾を立てる。


 まともに受ければ押し切られると判断したのか、斜めに角度を付けて衝撃を逃がした。それでも身体ごと数歩ずらされ、その間に黒い獣の頭部がさらに前へ出る。


 フィアナまで数歩しかない。


 俺は床を蹴った。


「フィアナ!」


 彼女が振り向く。


 間に入るだけでは間に合わない。


 そのまま肩と腰へ手を掛け、横へ押し出すように一緒に床へ倒れ込んだ。


 直後、黒い尾がフィアナの立っていた場所を薙ぐ。


 石床が砕け、飛んだ破片が外套を叩いた。


 俺たちは勢いのまま床を転がる。


「アレンさん!」


「大丈夫です!」


 肩を強く打ったが、腕は動く。


 すぐに身体を起こし、フィアナを背後へ入れた。


 剣は手を放した拍子に少し離れた場所へ落ちている。


 短剣へ手を伸ばしながら黒い獣を見る。


 次が来る。


 そう思った。


 だが、黒い獣は動かなかった。


 四本の脚で立ったまま、突然すべての動きが止まっている。尾も頭部も動かず、脚の動きに合わせて滑っていた外殻の細かなずれさえ消えていた。


 同時に、部屋を走る青白い光がさらに強くなる。


 黒い板では目まぐるしく切り替わっていた表示の一部が止まり、いくつかの形が固定された。


「……何が起きた?」


 ガルドが大剣を構えたまま言う。


 誰にも答えられない。


 俺も短剣へ手を掛けた姿勢のまま、停止した獣と黒い板を交互に見る。


 さっきまで攻撃へ反応し、戦い方まで変えていたものが、フィアナに異変が起きた直後に止まった。


 何かを照合し、確認したようにも見える。


 それ以上は分からなかった。


「フィアナさん」


 振り返る。


 フィアナは床に座り込んだまま、まだ黒い板を見ていた。


「大丈夫ですか?」


「はい……今は」


「さっき、何があったんです?」


 フィアナはすぐには答えず、頭の中へ残ったものを確かめるように目を閉じた。


 今度は先ほどほど苦しそうではない。


「何かが……通った感じがしました」


「意味が?」


「はい。でも、言葉じゃなくて……」


 眉を寄せながら、ゆっくり言葉を探す。


「私が誰なのか、確かめられたような……そんな感じです」


 俺は停止した黒い獣へ視線を戻した。


 フィアナに異変が起きたあと、獣は明らかに彼女へ向かい、その直後に止まった。


 そこに何らかの関係があることだけは否定しにくかった。


「アレン殿」


 ローデンに呼ばれ、俺は落とした剣を拾う。


「はい」


「戦闘側から見て、どうですか」


 帰路は閉じたまま。


 一体は倒れ、もう一体は停止しているが、この状態が続く保証はない。


「ここには留まらない方がいいと思います。戻る道をすぐ開けられないなら、別の出口か、閉じた壁を動かす手掛かりを探すしかありません」


「同感です」


 ローデンは全員を見回した。


「これ以上は調査ではありません。出口を探します。停止したものにも、設備にも触れないでください」


 誰からも反対は出なかった。


 治癒術師に支えられながらフィアナが立ち上がる。


 その時、一瞬だけ目が合った。


 さっき咄嗟に呼び捨てにしたことが、遅れて耳に残ったが、今は何も言わなかった。


 停止した黒い獣から距離を取り、俺たちは奥へ続く通路へ向かった。



 

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