第134話 灰熊の間合い
午後の打ち合わせでは、ラウネへ向かう追加支援便の護衛について、いくつかの問題が持ち上がった。
街道沿いの協力氏族から、予定していた人数を出せなくなったと連絡があったらしい。隣接する地域で戦士団の移動が増えており、自領の警備を厚くする必要があるという。
「協力を取りやめたわけではありません。ただ、街道の護衛まで人を回す余裕がなくなったそうです」
メイラが地図の一角を指した。
盟都側から護衛を増やせば、その兵が戻るまで次の輸送に回せなくなる。途中の宿場で荷車を待たせるにしても、馬の飼料や滞在場所の確保が必要だった。
輸送担当者と警備隊の責任者が、それぞれの条件を確かめながら代案を検討している。
「荷を分けて運ぶことはできるのか?」
ガルドが尋ねると、輸送担当者は積荷の一覧を開いた。
「可能ですが、修理用の木材や金具はある程度まとめて運ぶ必要があります。医薬品や日用品については、先に送ることもできるでしょう」
「なら、荷車の台数だけ先に決めるわけにもいかねえな。護衛を何人つけるにしても、隊列の長さが変わってくる」
ガルドはそう言って街道図を覗き込み、盟都から南へ延びる道の一か所を指した。
「この分岐の先は、今も荷車が通ってるのか?」
「はい。本道と農地を回る道が分かれる場所です。後者は遠回りになりますが、荷車も利用しています」
「俺たちが来た時は、本道の方に結構な荷車がいたな」
俺が言うと、ガルドは頷いた。
「ああ。ただ、分岐を過ぎると少し道幅が狭くなる。荷車を何台も続けて通すなら、途中で待避できる場所を確かめておきたい」
警備隊の責任者が地図を見直した。
「その区間は通常の巡回に含まれています。最近も異常の報告はありませんが、荷車の通行について詳しく調べた記録はありません」
「なら、俺とアレンで見にいくか」
ガルドがこちらへ目を向けたので、俺も頷いた。
「ああ。実際の道幅も確かめられるしな」
「助かります。明日、近郊を担当する警備兵を同行させましょう。確認した内容をもとに、追加便の護衛配置を検討したいと思います」
話がまとまると、俺たちは翌朝の集合場所を決めた。
ほかの仲間たちも、それぞれの担当について相談を進めている。輸送する医薬品やラウネ側の受け入れ、施設に関する記録の確認など、必要な仕事は多かった。
俺とガルドはまず、実際に荷車が通る道を見てくることになった。
*
翌朝、俺たちは盟都の南門で警備兵三人と合流した。
指揮を執る隊長はこの辺りの巡回を担当しており、街道沿いの農地や集落から届く通報にも対応しているという。二人の部下も土地勘があるようで、分岐までの道順を確認すると、俺たちは門を抜けて南へ向かった。
朝の街道には農作物を積んだ荷車が行き交い、畑ではすでに仕事が始まっていた。盆地を囲む丘陵の上には薄い雲がかかっているものの、雨になる様子はない。
ガルドはいつもの重厚な鎧を身につけ、大剣を背負っている。大柄な身体は遠目にも目立ち、すれ違う商人の中には、彼の顔を見てから大剣へ視線を移す者もいた。
「こうして二人で外へ出るのも久しぶりだな」
俺が言うと、ガルドは口元を緩めた。
「最近は人数が増えたからよ。街道の確認に白金級を二人も出すなんざ、贅沢な話だ」
「何もなければ、それでいいんだけどな」
「そりゃそうだ。何もなかったって報告できるのが一番だろ」
ガルドは道の先へ目を向けながら続けた。
「しかし、護衛の引き継ぎまで難しくなるとはな。こういう時は、街道が通れるってだけじゃ足りねえ」
「荷を守ってくれる人間がいなければ、商人も通りたがらないだろうしな」
「ああ。荷が来なくなりゃ宿場だって困るし、その先の集落にも響く。戦士団を動かすとなれば、こういうところまで影響が出るもんだ」
先を歩く警備兵が、街道の前方を指した。
「この先から巡回の間隔が長くなります。農地は続いていますが、集落が離れているため、人通りの少ない時間もあるんです」
街道は緩やかな上り坂を越え、畑の間を南へ続いていた。低い石垣や排水溝が道に沿って設けられ、ところどころで農地へ下りる作業道が分かれている。
俺たちは橋の傷みや荷車の車輪の跡を確かめながら進み、午前のうちに目的の分岐へ近づいた。
そこで、先頭の隊長が足を止めた。
「……おかしいな」
道の先に荷車が二台止まっていた。
どちらも南から盟都へ向かってきたらしく、馬の頭は北を向いている。先頭の荷車の前には武装した男たちが立ち、御者と何か言い争っていた。
俺たちは道端へ寄り、少し離れた場所から様子を確かめた。
武装した男は五人。槍や片手剣を持ち、革鎧の上に外套を羽織っている。装備は揃っておらず、盾の形もばらばらだった。氏族の印らしいものは見当たらない。
「巡回の報告にはありません」
隊長が声を落とした。
「ここで通行を制限するという連絡も受けていません」
「なら、事情を聞こう」
ガルドが答え、俺たちは警備隊とともに近づいた。
「だから、通行料を払えば通してやると言ってるだろうが」
「そんな話は聞いてない。昨日まで普通に通れたんだぞ」
「昨日とは状況が違うんだよ。街道を守るにも金がかかるんだ」
御者は年配の男で、隣には若い商人らしい人物が立っていた。もう一台の荷車では、別の御者が馬を落ち着かせながら成り行きを見守っている。
警備隊の隊長が前へ出た。
「盟都警備隊だ。何をしている」
武装した男たちが振り返った。
先頭にいた髭の男は隊長たちの装備を見て顔をしかめ、さらにガルドの大剣へ目を向けると、一瞬だけ言葉を詰まらせた。
「街道の警備だ。最近は物騒だからな。通る商人から費用を集めている」
「誰の許可を得ている?」
「南の氏族が決めたことだ。俺たちは頼まれてここにいる」
「どの氏族だ。正式な通達は持っているのか」
髭の男は答えず、隣の仲間へ目を向けた。
その間に、ガルドが俺の隣へ並んだ。
「アレン。荷車の後ろを見ておけ」
声は低かったが、何かに気づいたことは分かった。
俺は視線を大きく動かさず、二台目の荷車の向こうを確かめた。
西側には低い石垣が続き、その向こうに畑へ下りる作業道がある。荷車の陰に隠れて見えにくいが、石垣の近くで人影が動いていた。
二人いる。
街道の男たちに注意を向けていたので、ガルドに言われるまで気づかなかった。
「隊長、荷車の後ろにも二人います」
俺が伝えると、隊長は部下へ短く指示した。
一人は東側へ回って商人たちの退路を確保し、もう一人は西側の作業道を警戒する位置へ移る。隊長自身は正面に残り、髭の男たちへ向き直った。
「通達がない以上、ここで勝手に通行料を取ることは認められない。集めた金を確認する。まず武器を下ろしてもらおう」
「……分かったよ。こんな場所で揉める気はねえ」
髭の男は不満そうに答え、仲間へ顎をしゃくった。
男たちは互いに顔を見合わせたものの、すぐには武器を下ろさなかった。隊長がもう一度指示を出そうとした時、西側の荷車から短い叫び声が上がった。
「動くな!」
石垣の陰にいた一人が、二台目の御者を捕まえていた。
男は御者の襟を左手でつかみ、右手の短剣を首元へ近づけている。もう一人は荷車の後部から積荷の袋を引きずり下ろしかけていたが、警備兵が近づくのを見ると、袋を放して槍を構え直した。
「近づくな! 道を空けろ! 追ってこなけりゃ、こいつは放す!」
短剣の男が叫んだ。
どうやら正面で時間を稼いでいる間に、荷を奪うつもりだったらしい。警備隊に気づかれ、逃げようとして御者を捕まえたのだろう。
髭の男が舌打ちした。
「馬鹿野郎、何やってやがる!」
仲間を怒鳴ったものの、すでに警備兵は武器を構えていた。
ガルドが俺を見た。
「アレン、後ろを任せる」
「ああ」
俺が二台目の荷車へ向かうのと、正面の男たちが動き始めるのはほとんど同時だった。
髭の男は仲間を引き連れて退こうとしたが、槍を持った一人が警備隊の接近を嫌って穂先を突き出した。隊長は盾で受け流したものの、隣にいた剣士まで武器を振り上げ、前へ出ようとしている。
その二人の間へ、ガルドが踏み込んだ。
背中から抜いた大剣で槍の穂先を横へ払い、返す動きで剣士の刃を押し下げる。槍使いが柄を引き戻そうとしたところへ、ガルドは鍔元を押し当て、両腕ごと下へねじ伏せた。
男は踏ん張ったが、槍を持ち上げられない。
ガルドがさらに一歩進むと、槍使いは足を滑らせながら後退し、石垣へ背中をぶつけた。そこへ隊長が回り込み、槍を取り上げて男を押さえる。
横から盾を構えた別の男が突進してきた。
ガルドは剣を引き戻し、盾の縁へ刃の腹を当てた。体重を乗せた盾が大剣にぶつかり、鈍い音が響く。
相手は勢いをつけていたはずだが、ガルドの足はほとんど動かなかった。
大剣を握ったまま左足を踏み込み、肩から力をかける。盾の男はなお押し込もうとしたものの、次第に膝が伸び、身体を支えきれなくなって後退した。
さらに押されて隣の剣士とぶつかり、二人まとめて石垣側へよろめく。
ガルドはその位置へ大剣を差し込み、二人が街道の中央へ出ようとするのを防いだ。
長い刃と大柄な身体に進路を塞がれ、男たちは左右へ分かれることもできない。
「お前ら、ここで暴れてどうするつもりだ」
ガルドの声が低く響いた。
「武器を捨てりゃ、それ以上はやらねえよ」
俺はその声を背中に聞きながら、二台目の荷車へ向かった。
西側へ回った警備兵は、槍を持つ男と向かい合っていた。男が御者の方へ近づこうとするたびに槍を差し出し、逃げ道を狭めている。
短剣を持った男は御者の襟をつかんだまま、荷車の後ろから街道側へ移動しようとしていた。
「近づくな!」
男は俺を見ると短剣を御者の首元へ寄せたが、背後には荷車があり、横へ逃げようにも警備兵がいる。
俺は三歩ほど離れた場所で足を止め、剣先を下げた。
「分かった。そっちへは行かない」
「剣を捨てろ! それから兵を下がらせろ!」
男は御者を引きずるように動かし、荷車の後端から街道へ出ようとした。
俺も相手の動きに合わせて少し位置を変えた。逃げ道を塞ぐためではなく、荷車に遮られていた右腕を見えるようにするためだ。
男が御者を前へ押し出したことで、俺との距離は二歩ほどに縮まった。
「これ以上近づいたら斬るぞ!」
短剣を持つ腕が上がり、刃先が俺へ向いた。
御者の首元から刃が離れた。
俺は男の右手首の外側へ短く風を当て、その動きに合わせて踏み込んだ。
刃が外へ流れたところで手首を押さえ、御者をつかんでいた左腕との間へ身体を入れる。男が体勢を崩して左手の力を緩めたところで、御者が身を引いた。
男は短剣を引き戻そうとしたが、もう御者には届かない。
そのまま右腕をひねり上げ、荷車の側板へ押しつけた。
「御者を頼む!」
警備兵がすぐに駆け寄り、解放された御者を街道の東側へ退かせる。俺は短剣を取り上げてから男の腕を背中へ回し、拘束を手伝った。
残った槍使いは、仲間が押さえられたのを見て作業道へ逃げようとした。
警備兵が追おうとしたので、俺は声をかけて足を止めさせた。狭い作業道で不用意に追えば、槍を構え直した相手を正面から受けることになる。
男が石垣の切れ目へ踏み込んだところで、俺は足元の土をわずかに盛り上げた。
つま先を取られた男が前のめりになり、槍を地面へ突いて体勢を立て直そうとする。その横から近づいて柄を踏み押さえ、剣先を向けた。
「そこまでだ」
男は周囲を見回したが、逃げ道を押さえている警備兵に気づくと、諦めたように手を離した。
二人を拘束したのを確認し、俺は正面へ目を向けた。
ガルドはまだ大剣を手にしていた。
先ほど槍を手放した男は隊長に押さえられ、盾を持っていた男も膝をついている。隣にいた剣士は武器を失い、石垣へ背中をつけたまま動けないようだった。
残る二人は、作業道へ抜ける隙をうかがっていた。
一人が剣を構えて飛び出しかけたが、ガルドが踏み込むと足を止めた。
大剣が横へ動き、男の剣を鍔に近い位置で受ける。
そこからガルドが押し込むと、相手の腕が外側へ開いた。剣士は体勢を保とうとして足を踏ん張ったものの、剣を引くことも振り下ろすこともできない。
ガルドがさらに手元を押し上げると、男の剣が弾かれて道端へ飛んだ。
もう一人の槍使いが横から突こうとしたが、ガルドは大剣を引く動きに合わせて身体を回し、槍の柄を刃の腹で押さえた。
男は両手で槍を握り、何とか押し返そうとした。
ガルドは足を踏み直し、柄を下へ押し込んでいく。
槍使いの肩が下がり、肘が曲がる。ついには片膝をつき、それでも槍を離そうとしなかったが、ガルドがもう一歩進むと、握っていた指が柄から外れた。
ガルドは武器を取り上げ、二人を見下ろした。
「終わりだ。おとなしくしとけ」
男たちは顔を見合わせたが、どちらも抵抗する様子はなかった。
隊長が拘束を進め、俺たちも周囲にほかの者が潜んでいないか確認した。
戦いが始まってから、それほど時間は経っていなかった。警備兵にも商人にも目立った負傷はなく、馬も御者が落ち着かせている。
ガルドが大剣の刃を確かめているところへ歩み寄った。
「相変わらず、とんでもない力だな」
「相手が前へ出てきてくれたからな。あれなら押し返す方が早え」
ガルドはそう言って、剣を鞘へ戻した。
正面にいた五人は、こちらの動きを見ても簡単には逃げられなかっただろう。槍も盾も力で押さえ込まれ、大剣の間合いから抜けようとすれば、次の相手が進路を塞いでいた。
ガルドは拘束された男たちを確かめると、隊長のところへ向かった。
*
捕らえた男は、正面の五人と荷車の後ろに回っていた二人の、合わせて七人だった。
警備隊の三人だけでは全員を安全に連行できないため、まず武器を取り上げて拘束を確かめ、街道から少し離れた場所に座らせた。隊長は商人たちから事情を聞き、奪われた金や荷について確認している。
「助かりました。本当にありがとうございます」
人質にされていた御者が、何度も頭を下げた。
「お怪我がなくてよかったです。荷車の方は大丈夫ですか?」
「はい。荷は少し動かされましたが、大したことはありません。馬も落ち着きました」
ガルドも荷車の車輪や手綱を確かめ、商人たちが安全に出発できる状態か見ていた。
「さっきの連中、いつからいたんだ?」
ガルドが尋ねると、先頭の御者が首を振った。
「分かりません。私らが来た時には、もう道を塞いでいました。南の氏族から頼まれたと言っていましたが、誰も通達なんて見ていません」
「通行料は払ったのか」
「少しだけです。断ったら荷を調べると言われまして」
話を聞いた隊長が、拘束した男たちへ向き直った。
「集めた金も確認する。ほかに荷を奪った相手がいるなら、その分も調べなければならん」
髭の男はしばらく黙っていたが、やがて口を開いた。
「……俺たちは、頼まれた通りにやってただけだ」
「誰に頼まれた?」
「仕事を持ってきた奴がいたんだよ。どこの氏族かなんて知らねえ」
「なら、その男について話してもらおう」
隊長が尋ねても、髭の男はそれ以上口を開こうとしなかった。
持ち物から正式な通行許可に関する書状は見つからず、貨幣の入った小袋と、商人から取り上げたらしい荷札が幾つか出てきた。
近隣の氏族と関わりがあるのか、それとも混乱に乗じて勝手に通行料を取っていたのか。そこは盟都へ戻って調べることになる。
「増援を呼びましょう」
隊長が言った。
「三人で七人を連行するのは危険です。ここで引き渡せるよう、詰所へ連絡を入れます」
先頭の商人は盟都へ向かうところだったので、隊長が書いた連絡文を警備隊の詰所まで届けてくれることになった。
年配の御者は何度も礼を言い、荷車を動かし始めた。もう一台の商人にも事情を確認したうえで先へ進んでもらい、俺たちは増援が到着するまで拘束した男たちを監視することにした。
ガルドは道端の石へ腰を下ろし、大剣を膝に立てかけた。
「まったく、予定外の仕事が増えたな」
「まだ道の調査も終わってないしな」
「ああ。昼飯まで遅くなるとは思わなかったぜ」
俺は笑って水袋を取り出した。
警備兵たちは拘束した男たちの間隔を空け、互いの縄を解けないように座らせている。隊長は見張りを交代しながら、押収品の記録も進めていた。
俺とガルドも周囲の警戒を手伝い、昼を過ぎた頃、盟都から到着した増援に七人を引き渡した。
隊長が事情を説明し、押収した武器や貨幣、荷札についても記録を渡す。増援の兵たちは連行の隊列を整え、拘束した男たちを連れて盟都へ戻っていった。
俺たちは当初の予定どおり、分岐から先の街道を確かめることにした。
*
分岐から南へ続く道は、見た目よりも幅に余裕がなかった。
本道は緩く曲がりながら丘の間を抜け、途中で石垣と排水溝が近づく。荷車が一台通るには問題ないものの、向こうから別の荷車が来れば、どちらかが待避できる場所まで下がる必要があった。
ガルドは道の端を歩き、車輪の跡を確かめている。
「ここで隊列が詰まると厄介だな。荷車を何台も続けて通すなら、先に向こう側の道を見ておいた方がいい」
「護衛が横へ出る余裕もないな」
「ああ。前と後ろを固めても、途中で動けなくなりゃどうにもならねえ。待避できる場所を押さえながら進ませた方がいい」
俺たちは狭い区間と荷車を退避させられる場所を地図へ書き込んだ。警備隊の兵も、普段の巡回では気に留めていなかった箇所を改めて確認している。
途中の水場や休憩に使える広場についても調べ、予定していた区間を歩き終えた。
戻る途中、ガルドが俺を見た。
「さっきは、よく御者を助けたな」
「刃物を首元に当てられてたから、少し厄介だったけどな」
「俺もそっちへ行くことは考えたんだが、正面の連中を放っておくわけにもいかなかった。お前が動いたのが見えたから任せた」
「後ろの二人に気づいたのも、ガルドが先だったしな」
「あの荷車の止め方が妙だったからよ」
ガルドは街道の先へ目を向けた。
「正面であれだけ騒いでる割に、荷車の後ろを見張る奴がいねえ。荷を奪うつもりなら、そっちにも人を置くもんだろ」
「確かにな。俺は正面の連中に気を取られてた」
「相手がああいう連中なら、まず逃げ道を考えるもんだ。荷を奪ってからどう運ぶかまで見ておけば、動きも読める」
俺は先ほどの荷車の位置を思い出した。
あの二人は石垣の陰に隠れていたが、荷を引きずり下ろした後は作業道へ運ぶつもりだったのだろう。正面の男たちが商人を足止めしている間なら、見つからずに済むと考えたのかもしれない。
「よくそこまで見てるな」
「護衛で散々痛い目を見てきたからな。荷だけ見てりゃいいって仕事じゃねえんだ」
ガルドは笑った。
「もっとも、今日はお前がいて助かったぜ。後ろの二人まで一人で押さえようとしたら、面倒だった」
「こっちもガルドが正面を引き受けてくれて助かったよ」
「おう。なら次も頼むわ」
軽く肩を叩かれたので、俺も笑って頷いた。
その後は今日確かめた道幅や待避場所について話しながら、盟都への道を戻った。
*
メイラへの報告には、警備隊の隊長も同席した。
通行を妨害していた七人の拘束、商人の被害、押収した荷札や貨幣については警備隊から説明があり、俺たちは輸送路の状態と現場での対応を補足した。
「南の氏族から依頼されたと主張していたんですね」
メイラは報告書へ目を落とした。
「実際に氏族が関わっているかは、確認が必要です。こちらから早めに連絡を取ります」
「この辺りの巡回も増やした方がいいな」
ガルドが言うと、隊長が頷いた。
「当面は分岐を重点的に警戒します。輸送隊が通る日は、狭い区間へ先行の兵を出すよう提案するつもりです」
「それなら、ここも押さえておいた方がいい」
ガルドは地図に記した待避場所を指した。
「荷車がすれ違える場所が限られてる。先へ進めるか分からねえまま入れると、後ろまで詰まっちまう」
輸送担当者も地図を覗き込み、荷車の台数と隊列の間隔を考え直していた。
追加便の積荷を分け、警備隊が安全を確認した区間から順に進める案が出された。ただし、護衛の引き継ぎには協力氏族からの返答が必要なので、正式な編成はそれを待って決めることになった。
「今日の調査は助かりました」
メイラが言った。
「通行妨害が起きていたことも重要ですが、荷車の動かし方まで確認していただけたのはありがたいです。こちらでも必要な手配を進めます」
「また現場を見に行く必要があれば、声をかけてくれ」
ガルドが答えると、メイラは頷いた。
報告を終えた俺たちは居館を出た。
日が傾き始めた通りには、仕事を終えた人たちが行き交っている。朝に見た荷車の御者たちも、今頃は盟都の市場で荷を下ろしているだろう。
「腹が減ったな」
ガルドが言った。
「そういえば、昼は干し肉とパンだけだったな」
「ああ。戻ったら飯にしようぜ。さすがに朝から歩きっぱなしだと腹が減る」
俺も異論はなかった。
宿へ向かう坂を下りながら、ガルドは次の護衛の打ち合わせについて話し始めた。俺も地図に記した待避場所や、警備兵を置いた方がよさそうな分岐を思い出し、必要なことをいくつか付け加える。
大通りへ出ると、夕食の支度を始めた店から肉を焼く匂いが漂ってきた。
ガルドがそちらへ目を向けたので、俺も店先の献立を確かめた。宿で食べるつもりだったが、朝から歩き通しだったこともあって、温かい料理の匂いはなかなか魅力的だった。
「みんなも誘ってみるか」
「おう。人数が多けりゃ、いろいろ頼めるしな」
俺たちは宿にいる仲間たちを呼んでくることにして、夕方の人通りが増え始めた道を歩いていった。




