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第135話 戦端

 翌日の昼過ぎ、俺は追加支援便の護衛編成について輸送担当者との確認を終え、盟主居館の前庭へ出た。


 ガルドはまだ別室で警備隊の責任者と話している。合流して宿へ戻るつもりだったが、門の方から切迫した声が聞こえ、足を止めた。


「治療師を呼べ! 負傷者が二人いる!」


 門をくぐってきた馬車が石畳の上で止まり、荷台に横たわっていた兵が苦しそうに呻いた。泥に汚れた担架が四つ積まれているものの、人が横たわっているのは二つだけだ。荷台の隅には傷だらけの盾と折れた槍がまとめられ、付き添いの兵の外套もところどころ裂けている。


 門の衛兵が「捜索隊が戻った!」と叫ぶのを聞き、俺は馬車へ駆け寄った。


「こちらを持ちます。下ろせますか?」


「お願いします。腕を射られています。揺らさないように……」


 付き添いの兵と呼吸を合わせ、手近な担架を持ち上げる。横たわる男は右の上腕に厚い布を当てられ、肩から胸にかけて赤い染みが広がっていた。意識はあるが顔色が悪く、担架の縁を握る指に力が入っている。


 駆けつけた治療師が出血の状態を確かめ、俺たちは指示に従って男を治療室へ運んだ。もう一人の兵は脚に矢傷を負い、添え木を当てられていたが、同僚に支えられて自分の名を答えている。


 負傷者の搬送が済んで前庭へ戻ると、ちょうどガルドが階段を下りてきた。馬車の荷台をひと目見た彼は、俺のそばへ寄って声を落とした。


「捜索隊か。ハインツたちは?」


「まだ聞けていない。山道で襲われたらしい」


 そこへヴァレクが衛兵を連れて現れた。隊長らしい男が馬車の脇から進み出たが、外套に乾いた血が付き、左頬には浅い傷が走っている。


「十二人、全員戻ったか?」


「はい。負傷者は二人です。ただ……ハインツ様と護衛の三人は、見つけられませんでした」


 ヴァレクはすぐには答えず、空いた担架へ目を向けた。


「まず隊の者を休ませろ。お前も治療師に傷を診せてもらえ。その後でイシュラ様に報告してくれ」


「承知しました」


 隊長が頷いて離れると、ヴァレクは俺たちへ向き直った。


「アレン、ガルド。お前たちも来てくれ。護衛や警備の配置に関わる話になりそうだ」


 *


 執務室では、イシュラとメイラが捜索隊長を待っていた。


 隊長の頬には新しい布が当てられ、手当てを終えたらしい。それでも椅子には座らず、卓に山道の地図を広げると、街道が大きく曲がる場所を指した。


「ハインツ様たちが襲われた場所は確認できました。東に針葉樹のある岩棚、西には沢へ落ち込む谷があり、ニールの証言と一致しています」


 西側の石積みには血が残り、東の斜面では折れた矢柄や踏み荒らされた土が見つかったという。周辺の岩陰や沢へ下りる踏み跡も調べたが、ハインツとハルン、トルド、エルドの遺体は発見できなかった。身元を確かめられる装備も残っていなかったらしい。


「街道には何人もの足跡が重なっていました。何かを引きずったような跡もありましたが、途中で消えていて、行き先は追えませんでした」


 隊長は地図の端を押さえ、そこで少し息を整えた。


「現場へ入る前に、ニールが話していた東の岩棚を斥候に確認させました。上部は木が密集しており、斜面の下からでは見通せません。二人を警戒に残し、残りの兵で街道沿いの痕跡を調べ始めました」


「それでも襲われたのか」


 ガルドの問いに、隊長は頷いた。


「はい。上の林で人影が動いたと斥候が知らせてきた直後、矢が飛んできました。最初の一本は盾に当たり、次の矢で後列の兵が上腕を射られています」


 隊長は東側の斜面に指を移した。ニールが語った射手の位置よりも高く、木々の間に隠れて街道を見下ろせる場所だという。


「斥候を下がらせようとした時には、北の鞍部にも武装した者が出てきていました。盾と槍を持ち、こちらが北へ進む道を押さえていたんです」


 俺は地図を覗き込んだ。


 ハインツたちへの襲撃でも、北側の戦士と東の射手が連携していた。今度はさらに高い場所から矢を射かけている。相手が地形をよく知っていることは間違いなさそうだった。


「南へ退く道は残っていたのか?」


「はい。北側を突破するのは諦め、大岩の陰まで負傷者を運びました。盾を持つ兵が交代で退路を守りましたが、その間にもう一人が脚を射られています。追撃してきた戦士もいました。ただ、こちらが南へ下がると、それ以上は追ってきませんでした」


「高所の射手から離れたくなかったんだろうな」


 ガルドが言うと、隊長は頷いた。


「我々もそう判断しています。追撃を振り切ってからは、負傷者の搬送を優先しました」


 隊長は両手を卓につき、少し声を落とした。


「全員連れ帰ることはできました。ですが、あの場所を捜し終えることはできませんでした」


 イシュラは地図を見つめ、隊長が顔を上げるまで待っていた。


「退いた判断は正しい。負傷者を守り、全員を連れ帰ってくれたことに感謝する」


「ですが、ハインツ様たちを……」


「捜索は続ける。ただし、同じ場所へ同じように兵を送り、再び犠牲を出すわけにはいかん。敵の配置が分かった以上、こちらも方法を変える必要がある」


 隊長は唇を引き結んだまま、一礼した。


 ヴァレクが地図の北側を指す。


「襲撃者の装備に、氏族の印はあったか?」


「確認できませんでした。外套は暗い色で、盾も揃っていません。顔まで見えた者もいますが、所属を示すものはありませんでした」


「ドゥランが関わっている可能性はあるな。あの辺りの山道に詳しく、戦士団を動かせる氏族だ」


 メイラが頷いた。


「ハインツの報告にあった軍備の動きとも重なります。ただ、襲撃者をドゥランと断定できる材料はありません。現時点では、ほかの可能性も残しておくべきでしょう」


「ああ。だが、相手が何者であれ、こちらの捜索隊を狙って矢を射た事実は変わらん」


 ヴァレクは声を荒らげなかったが、最後の言葉は硬かった。


 イシュラが椅子から立ち上がった。


「ヴァレク。警備隊の責任者と、直属部隊の指揮官を呼んでくれ」


 ヴァレクが顔を上げる。


「防衛配置を進めるんだな」


「ああ。ゼインが何を言うかは、もう待たん」


 イシュラは卓の端に置かれたハインツの報告書へ目を向けた。


「ハインツが集めた情報は、ニールが命がけで届けてくれた。北方内陸ではすでに兵と物資が集められている。その情報を持ち帰ろうとした使徒が襲われ、捜索隊まで攻撃を受けた。これ以上、相手の出方を見極めるためだけに時間を費やすつもりはない」


 イシュラの言葉を聞き、メイラが手元の書類を開いた。


「協力を申し出ている氏族へ、戦士団を動かせる日と人数を確認します。すでに防衛配置の相談を始めている氏族から優先してよろしいでしょうか」


「そうしてくれ。こちらの判断だけで各氏族の兵を動かすことはできんが、共同防衛への参加を正式に求める。盟都周辺と、ラウネへ続く補給路の確保を優先したい」


「承知しました。避難先や食料の備えについても、合わせて確認しておきます」


 イシュラは頷き、捜索隊長へ目を向けた。


「お前たちは、まず休養を取れ。傷の手当てを済ませた後で、敵の射撃位置と退却した道を詳しく記録してほしい。次の捜索に必要な情報だ」


「承知しました」


 隊長が退出すると、ヴァレクも指揮官たちを呼ぶために部屋を出た。


 窓の外では、商人の荷車が居館の前を行き交い、門衛が通行人の行き先を確かめている。その向こうに、帰還した捜索隊の馬車が見えた。荷台からは負傷者が運び出されていたが、傷ついた盾や槍はまだ残されている。


 ハインツたちを捜しに行った兵まで襲われた。


 北方内陸で起きていることが、盟都の兵にも直接及び始めていた。


 ほどなくしてヴァレクが戻り、警備隊の責任者と直属部隊の指揮官が執務室へ入った。


「盟都直属の戦力を防衛配置へ移す」


 イシュラは地図の北側から、街道が分かれる場所を順に指した。


「北へ向かう巡回を増やし、主要な分岐と宿場には警戒拠点を設ける。ただし、山道の襲撃現場まで無理に進ませるな。敵の動きを把握できる場所を選び、各部隊が連絡を取り合えるようにしてくれ」


 指揮官が頷いた。


「盟都の外へ出す人数を増やすなら、城門や倉庫の警備に影響します。今動ける予備兵だけでは、すべての拠点を同時に押さえられません」


「城内の守備は維持する。先に確保できる場所から押さえ、足りない兵力は協力氏族との調整で補う。今夜までに配置案をまとめてくれ」


「承知しました。北の巡回に出る予定だった隊には、先に新しい警戒範囲を伝えます」


 ヴァレクが地図の街道沿いを指した。


「伝令路の確保も必要だ。敵を発見しても深追いせず、まず盟都へ知らせるよう徹底させよう。兵の位置と規模が分からなければ、こちらも動きようがない」


「ああ。それで進めてくれ」


 イシュラは指揮官たちへ向き直った。


「敵が次に襲う場所を選ぶのを、守備隊の中で待っているつもりはない。守るべき街道と集落を先に押さえる。協力氏族にもその方針を伝え、必要な準備を始めてもらいたい」


 指揮官の一人が、地図に記された北側の宿場へ目を向けた。


「敵の部隊が接近した場合、こちらから攻撃する判断は各指揮官に任せますか?」


「住民や部隊への攻撃には、従来どおり現場で対処してよい。ただし、敵を追ってほかの氏族の領域へ踏み込むことは認めん。重要な地点を守り、敵の動きを報告することを優先しろ。部隊をまとめて動かす必要があれば、こちらで判断する」


「承知しました」


 指揮官たちは担当を確認し、伝令と部隊配置の準備に取りかかった。


 ヴァレクは俺とガルドへ目を向けた。


「南の輸送路については、予定どおり力を貸してくれ。警備隊を北へ回せば、追加便の護衛人数も調整が必要になる」


「分かった。こっちは輸送担当者と詰めておく」


 ガルドが答えると、イシュラもこちらを見た。


「アレン、ガルド。王国からの返事にはまだ時間がかかる。その間もラウネへの支援を止めるわけにはいかん。引き続き協力を頼みたい」


「はい。俺たちにできることなら、協力します」


 俺が答えると、イシュラは頷いた。


「頼む」


 話を終えた指揮官たちが部屋を出ていく。ヴァレクもメイラと短く言葉を交わし、それぞれの手配に取りかかった。


 俺とガルドは一礼して執務室を出た。


 *


 廊下ではすでに書記官たちが動き始めていた。


 部隊の配置を記した書類が次々に運ばれ、伝令がそれぞれの行き先を告げられている。階段を下りる途中にも、警備隊の責任者が別の将校を呼び止め、北側の巡回について指示を出していた。


 前庭には、もともと北の巡回に出る予定だった兵たちが集まっていた。新しい命令を受けたらしく、隊長が地図を広げて行き先を確認し、弓兵が矢筒の中身を数え直している。


 これから編成する部隊とは違い、彼らはすでに出発の準備を済ませていた。配置の変更を受け、まず街道の警戒を強化するために向かうのだろう。


 倉庫の入口には、捜索隊が持ち帰った盾や槍が置かれていた。


 その一枚には矢が深く刺さり、折れた柄の周囲で板が割れている。ガルドは盾を見てから、治療室のある建物へ目を向けた。


「あいつら、よく全員で帰ってきたな」


「ああ。退く判断が遅れていたら、危なかっただろうな」


「そうだ。あの道で上を取られたら、人数がいても苦しい。隊長はよく判断したと思うぜ」


 俺も同感だった。


 ニールから敵の配置を聞いて警戒していても、防ぎきれなかった。相手は襲撃現場を調べに来る者がいることを見越して、さらに高い場所へ射手を潜ませていたのかもしれない。


 ハインツたちを襲った者と同じかどうかは分からないが、少なくとも偶然通りかかった戦士たちの行動には見えなかった。


「イシュラも、とうとう本格的に兵を動かすことにしたな」


 ガルドが言った。


「ああ。王国の返事を待っている間にも、向こうは動いているからな」


「こっちの備えが遅れりゃ、それだけ守れなくなる場所も増える。戦うためだけじゃなく、街道を通すためにも兵が要るんだ」


 ガルドは巡回隊の方へ目を向けた。


「俺たちも、任された道をちゃんと守らねえとな」


「そうだな。輸送担当者に、警備隊の配置が変わることも伝えておこう」


 ガルドが頷いたところで、巡回隊の隊長が号令をかけた。


 兵たちは盾を持つ者を先頭に、弓兵と斥候を交えて門へ向かった。隊列の後ろでは、補給用の荷を載せた馬が引かれている。


 居館の門の外で待っていた商人の荷車が道を譲り、兵の列が通り過ぎると、御者はまた手綱を引いた。


 その光景を眺めていると、先ほど担架で運ばれていった負傷者の姿が頭をよぎった。


 ハインツたちを捜しに出た兵が、今度は自分たちも襲われて戻ってきた。その報告を受けて、盟都から別の兵が北へ向かっていく。


 ガルドが歩き出したので、俺も後に続いた。


 居館の南棟へ戻る道すがら、彼は輸送隊に必要な護衛人数を改めて数え始めていた。俺も昨日調べた街道の待避場所を思い出しながら、先行させる兵の配置について意見を伝える。


 背後では、北へ向かう巡回隊の足音が遠ざかっていた。

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