第14話 地下へ
9/22 全体的に推敲し文章をアップデートしました。(内容は変更なし)
地下へ降りる前に、ローデンが礼拝堂の入口で全員を集めた。
「一刻を目安にします。そこまでに戻らなければ、ベルナール殿はこちらを追わず、地上側で次の対応を始めてください」
ベルナールは開いた床の下を一度見てから頷いた。
「承知しました。こちらから地下へ人を増やすことはしません」
「お願いします。こちらも、その時間で戻れないところまでは進みません」
地下へ入るのは、ガルド、ミラ、ユリウス、俺の冒険者四人とローデン、トーマ、フィアナ、それに治癒術師一人。ベルナールは残る神殿兵や随行員とともに、野営地と三台の荷馬車を守る。
フィアナも装備を確かめていた。
「体調に変化があったら、すぐ言ってください」
声を掛けると、フィアナが顔を上げる。
「分かってます」
「ならいいです」
何度も念を押す必要はなかった。
ローデンは階段を覗き込み、最後に配置を確認した。
「ガルド殿を先頭に。ミラ殿とアレン殿はその後ろをお願いします。私は中央に入ります。フィアナ様の側にはトーマと治癒術師を。ユリウス殿は後方をお願いします」
「分かった」
ガルドが松明を掲げる。
俺も腰の剣を確かめ、開いた床の下へ続く階段へ足を掛けた。
◇
階段は、地上から見た印象より深くまで続いていた。
最初は入口から差し込む光が背中を照らしていたが、十数段も降りる頃には弱まり、やがて松明の明かりだけが石壁と人の影を浮かび上がらせるようになった。
幅は二人が並べるほどあり、段差も妙に揃っている。
長く放置された場所にしては、足元に目立った崩れや欠けがほとんどない。
「地上より状態がいいですね」
壁を見ながら言うと、後ろのミラも同じ場所へ目を向けた。
「湿気も少ないね。水が染みた跡もほとんどない」
「それにしても残りすぎだな」
ガルドが前を見たまま答える。
「石がいいんじゃねえか?」
「かもしれません」
それでも、壁の造りには違和感があった。
この世界で見てきた地下室や城壁は、大小の石を積み上げて作られたものが多い。ここは一つ一つの面が大きく、継ぎ目も少なかった。
前世の記憶にある建物の中にも、装飾をほとんど持たない無機質な区画はあった。
形も材質も違うのに、その雰囲気だけが少し似ている。
同じものだとは思わない。ただ、礼拝堂の地下という言葉から想像していた場所とは、どうにも噛み合わなかった。
さらに降りたところで、ガルドが片手を上げた。
俺たちも足を止める。
階段が終わり、その先に真っ直ぐな通路が伸びていた。
「ここから平らだな」
ガルドが松明を高くする。
通路は階段と同じ程度の幅があり、天井も十分に高い。光の届く範囲には何もなく、その先だけが暗闇へ沈んでいる。
ローデンが周囲を確認した。
「ユリウス殿、空気の流れだけ見てもらえますか」
「分かりました」
ユリウスが杖を上げ、ごく弱い風を通路の奥へ送る。
しばらくして戻ってきた空気を確かめ、松明の火も見る。
「強い腐臭や刺激臭はありません。空気も完全に淀んでいる感じではないです」
ミラも鼻を鳴らした。
「獣臭もしないね」
安全だと断定できる材料ではないが、この場で引き返す理由も見つからない。
「進みます。ガルド殿、先頭をお願いします。壁や床には不用意に触れないでください」
「分かった」
ガルドが通路へ入り、俺たちも続いた。
しばらく進んでも景色はほとんど変わらない。
淡い灰色の壁と床が続き、彫刻も文字も見当たらなかった。
「礼拝堂の地下なら、もう少し何かあると思ってました」
後ろからトーマが言う。
「祭具とか、墓とかですか?」
「それもあります。昔の神官が使っていた部屋とか、物を保管する場所とか。少なくとも、こんな通路だとは思ってませんでした」
「俺もです」
納骨堂や倉庫ならまだ分かる。
ここには、人が生活した痕跡も、死者を弔った形跡もなかった。
さらに進むと、右手の壁に初めて開口部が現れた。
ガルドが手前で止まり、ミラが床を確認する。
「新しい足跡はありません。獣の跡も、見える範囲にはないです」
ローデンが中を見た。
「入口から確認します。ガルド殿、お願いします」
「分かった」
ガルドが先に入り、俺とミラが続く。
部屋はほぼ四角形で、壁際には腰より少し低い台がいくつも並んでいた。机にも、何かを置くための台にも見えるが、上には何も残っていない。
「何に使ってたんだろうな」
ユリウスが眺める。
「見るだけにしてください」
ローデンが言う。
「分かりました」
俺は部屋の奥へ回り、壁を見ていた。
そこで、周囲とは明らかに違うものが目に入った。
「……これ、何でしょう」
壁の一部に、縦長の黒い板のようなものが埋め込まれている。
石にも見えるが、表面は異様なほど平らで、松明の光がぼんやり映り込んでいた。
ミラも距離を取ったまま観察する。
「黒曜石……にしては大きすぎるね」
「こんなに平らに加工できるものなんですか?」
「私は見たことない」
俺は黒い板から目を離せなかった。
前世の記憶にある、表示装置に少し似ている。
壁へ埋め込まれた操作部分だと言われても、違和感はない。
もちろん、見た目が似ているだけで用途まで同じとは限らない。それでも、この世界で見慣れた物より前世の人工物を先に連想したこと自体が気になった。
その時、フィアナが小さく息を呑んだ。
「フィアナさん?」
彼女は俺ではなく、黒い板を見ていた。
「これ……見たことがある気がします」
「夢ですか?」
フィアナがゆっくり頷く。
「同じものかは分かりません。でも、白い場所にも、こういうものが壁にあったような……もっと明るかった気もします」
「何か見えていました?」
「たぶん。でも、はっきりしません」
一歩近づいたところで、フィアナの表情が僅かに歪んだ。
「頭、痛いですか?」
額へ手を当てる。
「少しだけです」
「離れましょう」
「まだ大丈夫です」
後ろにいた治癒術師がすぐ声を掛けた。
「フィアナ様、一度下がってください。距離を取って変化を見ましょう」
フィアナは少し迷ったものの、数歩後ろへ下がった。
しばらく待つと、眉間から力が抜ける。
「どうですか?」
「もう、ほとんど大丈夫です」
治癒術師が様子を確認し、ローデンも頷いた。
「この部屋はここまでにします。位置と形だけ記録してください」
それ以上は調べず、俺たちは通路へ戻った。
◇
主通路はその先もほとんど同じ造りで続いていた。
途中に左右へ分かれる道が二か所あったが、事前に決めた通り枝道には入らない。ミラが帰路を間違えないよう壁際の床へ白い石粉で印を残し、真っ直ぐ進む。
「これ、帰りに消えてたら嫌ですね」
トーマが印を見て言った。
「誰かが踏んだらってこと?」
ユリウスが振り返る。
「そういう意味ならいいんですけど」
「他に何があるんです?」
「聞かないでください」
トーマが真顔で返し、何人かから小さな笑いが漏れた。
その空気が消えたのは、通路の先に白いものが見えた時だった。
「止まれ」
ガルドの低い声で、全員が足を止める。
松明の先、床の上に何かが散らばっていた。
ガルドが数歩だけ近づき、光を落とす。
「骨だな」
人間のものではなかった。
頭蓋と脚の形からすると四足の獣で、犬より一回りか二回り大きい。肉はすでになく、乾いた骨だけが床へ残っている。
ミラが周囲の床へ目を走らせる。
「新しい足跡はないです。少なくとも、今ここを出入りしている獣の跡は見えません」
「どうやって入ったんでしょう」
俺も壁や天井を見る。
ここまでの通路に、獣が入り込めそうな穴はなかった。
「昔は別の入口があったのかもしれねえな」
ガルドが言う。
骨をよく見ると、肋骨の一部が砕け、頭蓋にも大きな割れが入っていた。
「何にやられたか分かります?」
ミラが触れずに状態を見る。
「骨だけじゃ分からない。ただ、噛み跡らしいものは見えないね」
「落ちたとか?」
ユリウスが尋ねる。
「ここで?」
「……違うか」
答えは出なかった。
ユリウスが松明の先へ目を凝らす。
「まだある」
少し先にも、大きさの違う獣の骨が二つ転がっていた。
俺は剣の柄へ手を置いた。
かなり古い骨だ。これを殺した何かが今もいるとは限らない。
ローデンも周囲を確認し、その先を見る。
通路は少し先で大きく開けているようだった。
「新しい痕跡はありません。あの入口から中を確認して、そこで戻ります」
全員が頷き、ガルドが再び先頭へ立った。
広間へ近づくにつれ、暗闇の向こうから低い音が聞こえ始めた。
最初は水滴かと思った。
だが、もっと重い。
しかも、ほとんど同じ間隔で繰り返している。
「止まれ」
今度はローデンが言った。
全員がその場で止まり、ミラが足元と周囲を確認する。
「新しい足跡はありません。音は奥からです」
ガルドが耳を澄ませる。
「近いな。広間の中だ」
「入口までは数歩です」
ローデンは退路を振り返ってから言った。
「中には入りません。入口から確認して戻ります」
ガルドが松明を前へ掲げ、ゆっくり距離を詰めた。
一定の間隔で、重い何かが動く音が続いている。
自然に石が落ちたり水が滴ったりする音より、決められた動作を繰り返しているように聞こえた。
広間の入口まで残り数歩というところで、ガルドが松明を高く掲げる。
揺れる光が暗闇へ伸び、高い天井と巨大な空間の輪郭を浮かび上がらせた。
正面の壁際には、柱とも箱ともつかない黒い構造物が何列も並んでいる。人の背丈を優に超えるものもあり、ところどころに銀色の細い線が走っていた。
祭壇にも保管庫にも見えず、何のための設備なのかさえ分からない。
「……何だ、あれ」
ユリウスの呟きに、誰も答えなかった。
俺も入口で足を止める。
個々の用途はまるで分からない。
それでも、無機質な構造物が規則正しく並ぶ光景は、前世の記憶にある設備区画を思わせた。機械室や制御設備という言葉が浮かぶものの、本当に同じものなのか判断できる材料はない。
ただ、ここが祈りのためだけに造られた場所ではないように見えた。
「アレンさん」
袖を掴まれた。
振り返ると、フィアナが血の気を失った顔で広間の奥を見つめている。
「どうしました?」
「ここ……」
声が掠れていた。
「夢で見た場所ですか?」
フィアナは視線を動かさないまま頷く。
「たぶん……いえ、かなり近いです」
その時、また鈍い音が響いた。
今までより近い。
硬いものが床を擦るような、重い音だった。
ガルドが無言で大剣を抜く。
俺も剣を抜き、ミラが矢をつがえる。ユリウスも杖を構え、ローデンはフィアナたちを下がらせるよう手で示した。
「夢では、何があったんです?」
声を抑えて聞く。
フィアナは俺の袖を掴んだまま、暗闇の先を見ている。
「この場所はありました。でも――」
言葉の途中で、広間の奥にあった影が動いた。
最初は黒い構造物の一部が揺れただけに見えた。
だが、輪郭そのものがずれている。
何か大きなものが、松明の届かない暗闇の中でこちらへ身体を向けた。
その動きに合わせて、硬いものが床を擦る音が低く響く。
フィアナの指に力が入った。
「夢では、何もいなかったはずです」




