第13話 古い祈り
9/22 全体的に推敲し文章をアップデートしました。(内容は変更なし)
礼拝堂で感じた揺れは、野営地へ戻る頃には収まっていた。
報告を受けたローデンは神殿兵に周辺を確認させたが、新しく崩れた場所も地面の亀裂も見つからない。野営地に残っていた者の中には、揺れそのものに気づかなかった者もいた。
「礼拝堂にいた三人が同時に感じたなら、何かはあったんでしょうね」
ミラが木々の向こうへ目を向ける。
「ただ、ここからじゃ分からないね」
「明るくなってから、もう一度見ますか?」
俺が尋ねると、ローデンは頷いた。
「そうしましょう。夜に廃屋の間を歩き回る必要はありません。今夜は見張りを一人増やします」
ベルカ村の件があってから、少しの異変でも関連を疑う癖がついていた。
似た模様と小さな揺れだけでは、まだ何も分からない。
夕食を終え、最初の見張りを別の組へ任せると、俺は天幕へ戻った。
◇
夜中、肩を揺すられて目を覚ました。
「アレン」
低い声に目を開けると、入口にユリウスが立っている。
「交代ですか?」
「いや。まだ少し早い」
眠気が引いた。
身体を起こして剣を手に取る。
「何か出ました?」
「魔物じゃない。フィアナが起きた」
「……夢ですか」
「たぶん」
外へ出ると、野営地の中央には夜間用の小さな火が残っていた。外周では神殿兵が見張りを続け、ローデンとベルナールも起きている。
フィアナは焚き火のそばに座り、外套を肩へ掛けたまま木杯を両手で包んでいた。
俺に気づいて顔を上げる。
「起こしてしまいました?」
「ユリウスさんが呼びに来ました」
「その言い方だと、俺が余計なことしたみたいじゃない?」
「してないですよ」
焚き火を挟んだ斜め向かいへ腰を下ろす。
「夢を見たんですか?」
「はい」
フィアナの指が木杯を包んだまま僅かに動いた。
ベルナールも近くへ座る。
「話せる範囲で構いません。どのような夢でしたか」
フィアナはしばらく杯を見つめてから口を開いた。
「今日見た礼拝堂がありました」
「同じ場所だと分かるのですか?」
「たぶん。でも、今みたいに壊れていませんでした。屋根も残っていて、壁ももっときれいで……」
一度言葉を切る。
「祭壇の後ろに、灯りがありました」
「灯り?」
「火ではありません。白っぽい小さな光が、いくつか並んでいて……その下に丸いものがあって、そこから細い線が伸びていました」
「今日見た壁の模様に似ていましたか?」
「はい」
今度は迷わなかった。
ベルナールが続ける。
「他には?」
「祭壇の前に人がいました。はっきり見えたのは一人だけです」
「何をしていたのでしょう」
「最初は祈っているのかと思ったんです。でも、手を合わせていなくて……壁の方を見ながら、何かに触っていました」
古い祈り方だったのか、それ以外の何かなのかは分からない。
フィアナはさらに記憶を辿る。
「そのあと、床が開きました」
焚き火の周りにいた全員の視線が集まった。
「床が?」
「祭壇の前です。石が動いて、その下に階段がありました」
「地下へ?」
「はい。その奥に――」
言葉が止まり、フィアナが眉を寄せた。
「そこまででいいですよ」
俺が言うと、フィアナが顔を上げる。
「でも」
「無理に思い出そうとすると、また頭が痛くなるでしょう」
少し迷ってから、フィアナは息を吐いた。
「……はい」
ベルナールも続きを促さなかった。
「明るくなってから、礼拝堂を確認しましょう。何もなければ、それで構いません」
「本当に階段があったら?」
ユリウスが尋ねる。
ローデンは礼拝堂のある方角へ視線を向けた。
「見つけてから判断します」
◇
夜の間に二度目の揺れはなかった。
朝食を終えると、ローデンは礼拝堂へ向かう人数を絞った。ローデンと神殿兵三名、ベルナール、フィアナ、それに俺たち四人が確認へ向かい、残る神殿兵と治癒術師、世話役たちは野営地と荷馬車を守る。
朝の光の下で見る礼拝堂は、昨夜以上に荒れていた。
蔦の這った入口を抜けると、割れた屋根から陽が差し込み、砂や落ち葉の積もった床を照らしている。
フィアナは奥の祭壇まで進み、その前で足を止めた。
「この辺りだったと思います」
床には似た大きさの石板が並んでいる。
「夢では、どのくらい動きました?」
「一枚じゃありません。もっと広かったと思います」
「ミラさん、何か分かります?」
「見てみる」
ミラが床へ膝をつき、石の継ぎ目を追う。
ユリウスも杖の石突きで何か所か叩き比べ、祭壇の右手前で手を止めた。
「ここだけ少し響きが違うな」
ミラも近づき、継ぎ目に詰まった砂を払う。
「……普通の床石じゃないね。線が途中で曲がってる」
俺たちも周囲の砂や土を除けると、やがて複数の床石を囲む長方形の溝が姿を現した。
「本当にあったな」
ガルドが呟く。
フィアナは黙ったまま床を見つめていた。
「ベルカ村の地下にも、似たものがありましたね」
「あっちはもっと小さかったがな」
ベルナールも床を確認する。
「壊すのは避けた方がよいでしょう」
「そうですね」
ローデンが頷いた。
俺たちは遺跡を調べるためにここへ来たわけではない。
ユリウスが祭壇の後ろを見た。
「夢では、先に壁へ触ってたんだよね?」
「はい」
フィアナが円と線の刻まれた壁へ近づく。
朝の光で見ると表面はかなり風化しているものの、中心付近の形はまだ追えた。
「夢では、この辺りに触っていました」
フィアナが手を伸ばしかける。
「待ってください」
俺が声を掛けると、指先が止まった。
「触らない方がいいですか?」
「何が起きるか分かりません」
「でも、夢では――」
「だからこそです」
フィアナは壁と自分の手を見比べ、やがて腕を下ろした。
「……分かりました」
ローデンの指示で壁の周囲も確認したが、押し込めそうな場所も動きそうな部分も見つからない。
「仕掛けが残っていたとしても、動く状態とは限りませんね」
ベルナールが言った。
「ここまでにしましょう」
ローデンが周囲を見回す。
「場所と状態は記録します。本来の巡礼を止めて、ここで調査を続ける必要はありません」
フィアナも名残惜しそうに壁を見たが、反対はしなかった。
「分かりました」
壁から離れようとした、その時だった。
どこかで石が擦れた。
小さな音だったが、礼拝堂の中でははっきり聞こえた。
「今、何か――」
足元が揺れた。
昨夜より強い。
石壁から砂が落ち、天井の隙間から埃が舞う。
「外へ!」
ローデンの声が飛ぶ。
全員が入口へ向かった。
俺はフィアナの横につき、上から落ちてくるものがないか確認しながら走る。最後尾のガルドまで外へ出たところで、背後からもう一度、重い石が擦れる音が響いた。
礼拝堂から距離を取り、人数を確認する。
怪我人はいない。
揺れもすぐに収まった。
「すぐには戻らない方がいいですね」
「ええ。また揺れる可能性があります。開けた場所まで下がりましょう」
ローデンの指示でさらに距離を取った。
しばらく待っても次の揺れは来ない。
ガルドが礼拝堂を見たまま言う。
「さっきの音、屋根が落ちた音じゃねえな」
「俺もそう聞こえました」
「確認します。ただし人数を絞ります」
ローデンはガルドと俺だけを連れ、礼拝堂へ戻った。
中にはまだ埃が残っている。
天井を確認しながら祭壇まで進み、三人とも足を止めた。
長方形の区画が、周囲の床より僅かに沈んでいる。
その縁には、さっきまでなかった細い隙間ができていた。
「動いたな」
ガルドがしゃがむ。
「揺れでずれただけでしょうか」
「それもあり得る」
壁の模様には変化がない。
ローデンは外へ合図し、ミラとユリウスを呼び入れた。
隙間を見るなり、ミラがしゃがむ。
「これなら鉄棒が入るね」
「壊さずに開けられそうか?」
ローデンに聞かれ、ガルドが縁を覗き込んだ。
「やってみねえと分からんが、さっきよりはましだ」
ベルナールにも状況を伝え、入口部分だけ確認することになった。
鉄棒を隙間へ入れ、ガルドがゆっくり力を掛ける。少し浮いたところへもう一本を噛ませると、床は持ち上がるのではなく、重い音を立てながら横へ滑り始めた。
「仕組みが残ってるのか?」
ユリウスが覗き込む。
「分かりません。止めた方がいいと思ったら言ってください」
人が通れるほど動かしたところで、ローデンが止めた。
開いた床の下から冷たい空気が流れ出してくる。
石造りの階段があった。
数段先までは朝の光が届いているが、その先は暗闇へ沈んでいる。
フィアナも入口まで呼ばれた。
階段を覗き込んだ瞬間、表情が固まる。
「……ここです」
「夢で見た階段ですか?」
「はい」
声は小さかった。
ベルナールもしばらく階段を見つめていた。
「本来であれば、専門の者を手配して調べるべき場所でしょう」
「ええ」
ローデンが答える。
「ただ、フィアナ様の神託とここまで一致している以上、主通路を限定的に確認しておく価値はあると思います」
ベルナールは頷いた。
「巡礼を止めて長く調査することには賛成できませんが、限定的な確認であればお願いします」
「承知しました」
ローデンが階段へ視線を戻す。
「枝道には入らず、主通路だけを確認します。崩落の兆候や新しい魔物の痕跡がある場合、あるいはフィアナ様の体調が明確に悪化した場合は、その時点で戻ります」
「それがいいと思います」
俺も答えた。
「では人員を決めます」
ローデンは周囲を見回した。
「ガルド殿、ミラ殿、ユリウス殿、アレン殿。フィアナ様と治癒術師一名にも同行していただきます。神殿兵からはトーマを。ベルナール殿には地上側をお願いします」
「承知しました」
ベルナールが答える。
トーマも少し離れたところからこちらへ来た。
「地下ですか」
「主通路の確認だけです。深入りはしません」
「分かりました」
必要な装備を整える間も、階段の下からは冷たい空気が途切れず流れていた。




