第12話 旧街道
旧街道へ入ってから日が落ちるまで進み、俺たちは道沿いの開けた場所で野営した。
橋の崩落で予定よりさらに遅れることになったため、夕食後、ベルナールは地図を広げながら今後の連絡を確認していた。
「次の神殿には遅延を知らせておいた方がよいでしょう。人の往来がある場所へ出たら、書状を託します」
「護衛を割いて伝令を出す必要はありませんね」
ローデンが答える。
「ええ。今の人数を崩すほど急ぐ知らせではありません」
連絡の方針が決まると、その話はそこで終わった。
◇
翌朝、俺たちは旧街道をさらに南へ進んだ。
地図には道として残っているものの、普段使う街道とは様子が違う。轍は薄れ、両側から伸びた草で道幅も狭くなっていた。
「この先もこれくらいなら通れそうですね」
先頭寄りを歩きながらガルドへ声を掛ける。
「道が残ってりゃな。橋まで腐ってたら面倒だが」
「昨日の今日でそれ言わないでください」
「昨日落ちてたから言ってんだろ」
ガルドが笑う。
少し前では、ミラが路肩や斜面を確認しながら進んでいた。使われなくなった道では、倒木や小さな崩れがそのまま残っていても不思議ではない。
一時間ほど進むと、前方で隊列が止まった。
斜面側から倒れた太い木が、枝ごと道を塞いでいる。
「荷馬車は通れないね」
ミラが反対側まで確認して戻ってくる。
「切るしかねえな」
ガルドの一言で斧が運ばれ、神殿兵たちが作業へ入った。
「トーマ、反対側をお願いします」
「承知しました」
ローデンに呼ばれたトーマが、枝の間を抜けていく。
俺も手伝おうと近づくと、トーマが太い枝を示した。
「アレン殿、これを押さえてもらえますか。切れた時に跳ねると危ないので」
「分かりました」
枝を固定する。
トーマが斧を振り下ろしながら笑った。
「巡礼なのに、道まで直すことになるとは思いませんでしたね」
「神殿兵って、こういうこともするんですね」
「外へ出れば何でもしますよ。馬車が泥にはまれば押しますし、馬が逃げれば追います。剣を抜いてる時間の方がずっと短いです」
「冒険者とあまり変わりませんね」
「報告書がある分、こっちの方が面倒かもしれません」
「それは嫌ですね」
「でしょう?」
「聞こえていますよ」
少し離れたところからローデンの声が飛んできた。
トーマは一瞬だけ手を止める。
「……気のせいでは?」
「続けてください」
「はい」
俺は笑いを堪えながら枝を押さえ直した。
細い枝を落とした後は、ユリウスが幹の下の土を少し緩め、ガルドと神殿兵たちが道端へ寄せる。俺も加わり、しばらくかけて荷馬車が通れる幅を確保してから先へ進んだ。
◇
昼を過ぎる頃には、森が深くなっていた。
草の間から古い石畳が顔を出し始め、しばらくすると道端に腰ほどの高さの石柱が現れた。
フィアナが歩みを緩める。
「気になります?」
「少しだけ」
俺も近づいてみた。
表面はかなり削れているが、円をいくつか重ねたような形と、そこから伸びる細い線が残っている。
「神殿の印ではないですね」
「はい。少なくとも、私が知っているものではありません」
「古い道標ですかね」
「かもしれません」
ミラも一度確認したが、危険なものには見えない。
隊列へ戻って少し歩いたところで、フィアナが声を落とした。
「アレンさん」
「はい?」
「あれ、ベルカ村の地下にあった線の刻まれ方と、少し似てませんでした?」
言われて思い返す。
「似てる気はします。ただ、同じものかまでは分かりませんね」
「ですよね」
それ以上は話さなかった。
◇
午後になると道は緩やかな上りに変わり、周囲に人が暮らしていた痕跡が増えてきた。
苔のついた石垣や崩れた柵、木々の間に残る平らな土地。地図にあるエルム村が近いらしい。
「こういう旧道って、どうして使われなくなるんですかね」
俺が尋ねると、隣を歩いていたミラが答える。
「新しい街道の方が便利だからでしょ。町も多いし、荷馬車も通しやすい。この道はかなり回り込んでるから」
「道が変わるだけで、村までなくなるものですか?」
「街道沿いなら珍しくないよ。旅人や商人が来なくなれば仕事も減るし、人も移っていくから」
「なるほど」
さらに進むと、森の向こうに屋根が見え始めた。
「最近の足跡はありますか?」
ローデンが尋ねる。
「ありません。少なくとも、人が普段出入りしている様子はないです」
ミラの報告どおり、近づくほど村が長く放棄されていることが分かった。
屋根の抜けた家、外れた扉、道の中央まで伸びた草。規模はベルカ村より少し小さい程度だが、人の気配はない。
「今日はここで休めますか?」
ベルナールが尋ねる。
「まず水と周囲を確認します」
ローデンの指示で、俺たちと神殿兵が先に村へ入った。
中央には井戸が残っていたが、ユリウスが小石を落とすと、しばらくして乾いた音が返ってくる。
「枯れてますね」
「外れに川があるはずです。そちらを見ましょう」
地図どおり村の外には小さな川が残っており、水量も一晩使うには十分だった。
一通り周囲を確認したあと、ローデンが野営を決める。
崩れかけた家は使わず、見通しの利く中央の広場へ天幕を張ることになった。
荷を下ろしていると、トーマが柱材を抱えて馬車から降りてきた。
「手伝います」
「ありがとうございます。では、こちらをお願いします」
二人で広場まで運ぶ。
トーマは周囲の廃屋を眺めながら言った。
「こういう場所、少し苦手なんですよ」
「意外ですね」
「誰もいないのに家だけ残ってるでしょう。暗くなると、何となく気味が悪くないですか?」
「……言われると少し分かります」
「でしょう?」
そのまま柱材を広場まで運び、互いに別の作業へ戻った。
◇
日が傾く頃には、野営の準備もほとんど終わった。
長く静かだった広場へ天幕が並び、夕食の匂いと人の声が戻っている。
食事を終えたあと、村の端にフィアナの姿を見つけた。少し離れたところには神殿兵もいる。
フィアナが見ていたのは、木々に半分隠れた石造りの建物だった。
他の家とは造りが違う。
「礼拝堂ですかね」
「たぶん」
フィアナは建物から目を離さなかった。
「気になります?」
「少し」
俺はローデンへ確認を取り、神殿兵一人を伴って近くまで見に行くことにした。
扉はなく、屋根も一部崩れているが、石壁はまだ残っている。中には祭壇らしい低い台があり、その奥の壁に風化した彫刻が刻まれていた。
フィアナが足を止める。
「知っているものですか?」
「いえ。でも……今日の石柱と似てませんか?」
俺も壁へ近づいた。
削れた彫刻の中に、いくつかの円と、そこから伸びる細い線が残っている。
昼間の石柱と同じ意匠に見えた。
「似てますね」
「ベルカ村の地下で見たものとも、少し雰囲気が似ています」
「俺もそんな気がします。ただ、細かいところまでは覚えてません」
「私もです」
「形だけ覚えておきましょう」
「はい」
壁へ視線を戻した、その時だった。
足元へごく僅かな振動が伝わった。
隣でフィアナが同時に下を見て、付き添いの神殿兵も姿勢を変える。
「今、揺れましたよね」
「ええ」
揺れはすぐに収まった。
壁から石が落ちるほどではなく、地鳴りもない。
「戻って報告しましょう」
「はい」
礼拝堂を出る前に、俺は壁に残る円と線をもう一度だけ見た。




