第127話 諸族の声
「施設の位置まで王国に知らせるつもりなのか!」
議場の奥から声が上がった。
立ち上がったのは、太く湾曲した角を持つ年配の代表だった。手元に広げられた書類を指で叩き、中央の議長席へ詰め寄るように身体を乗り出している。
「被害の記録を交換するのは構わん。だが、どこに施設があって、どんな状態なのかまで教えれば、王国の軍人に北方の内情を知られることになる。そこまで認めるつもりはないぞ」
「提供する情報の範囲は、今後の協議で決める」
イシュラは議長席から落ち着いた声で答えた。
「こちらの施設に関する記録を、無条件ですべて引き渡すという提案はしていない。被害の発生時期や異常の種類を照合することにも意味はある。必要な範囲を確かめたうえで、各氏族と相談する」
「そう言って、結局は王国の要求を受け入れるのではないか?」
「そのような要求を受けた時には、改めて判断する。今ここで決めてもいないことを、すでに認めたかのように扱うのはやめてくれ」
イシュラの言葉に頷く代表もいたが、男は納得しきれない様子で席へ戻った。
高台にある評議会の会議場には、北方各地から集まった代表たちの声が絶えず響いていた。
中央にイシュラの議長席があり、その周囲を囲むように長机が並んでいる。氏族長本人が出席している席もあれば、代理人が書状を携えているところもあった。衣服や装飾は様々で、何人もの代表が隣席と小声で相談しながら議論を聞いている。
俺たちは議席から少し離れた側面に、証言者用の席を用意されていた。
リーネはヴァルドから預かった書状と報告書を膝に置き、発言する代表を見つめている。隣にはフィアナが座り、ガルド、セレナ、オスカーも近くにいた。
俺は右脚を少し伸ばせる端の席を借りていた。フィアナの治療で痛みは和らいだものの、膝を深く曲げるとまだ違和感がある。昨日ゼインに蹴られた腹も、身体を捻れば鈍く痛んだ。
昨日の夕方、俺たちはイシュラの居館へ呼ばれ、倉庫街で起きたことを報告した。
イシュラはまずフィアナとリーネに怪我がないことを確かめ、それからゼインが現れた時の状況を順に聞いた。俺が剣を抜いた理由、リーネが狙われた経緯、オスカーが到着してからの戦闘についても確認され、警備兵の報告と照らし合わせながらヴァレクが記録を取っていた。
ゼインが俺たちを力ずくで連れ去ろうとしたことを聞いた時、イシュラの表情が険しくなったのを覚えている。
「評議会に招いたのは私だ。安全通行を保障された者が、盟都でこのような行為に及ぶことは許されん」
彼女はそう言い、警備の責任者に監視の強化と証言の保全を命じた。
ゼインの処遇には正式な調査が必要になる。評議会への出席を認めることも、昨夜のうちに決まった。イシュラはその判断を俺たちに説明したうえで、席を立つ前にもう一度、怪我の具合を尋ねてくれた。
そして今日、当のゼインは何食わぬ顔で議席に座っている。
「ずいぶんと慎重な話じゃねえか」
聞き覚えのある声が、議場の一角から上がった。
ゼインは椅子の背に身体を預け、片肘を卓上についたままイシュラを眺めていた。長い銀白色の髪を背中へ流し、昨日の戦闘などなかったかのような態度で周囲を見渡している。
「情報を交換する、内容はその都度決める。随分と都合がいいな。向こうがこちらの施設を調べたいと言い出したら、どこまで断れると思ってる?」
「北方の領内で行う調査なら、受け入れの可否は我々が判断する」
「人間どもが、その判断に従う保証は?」
「王国にも従うべき取り決めを求める。そのための和平交渉だ」
ゼインは鼻を鳴らした。
「書類の上で約束させりゃ安心ってわけか」
「安心するために交渉するのではない。国境で争いが起きた時、互いに責任を問える取り決めが必要なのだ」
「破られたらどうする。王国へ抗議の手紙でも送るのか?」
その言葉に笑う者が数人いたが、すぐに別の代表が立ち上がった。
「抗議だけで済ませる必要はあるまい。破られた場合の対応まで決めればよい」
発言したのは、小柄なエルフ系の代表だった。卓上には帳面が開かれており、何かを書き留めながら話している。
「我々の氏族は国境を越える交易に関わっている。今は荷を送るたびに関所や領主の判断を確かめなければならん。通行条件が明確になれば助かる者は多い。もちろん、王国の兵が自由に通れるような取り決めには反対だがな」
「なら、そこを条件にすりゃいい」
向かい側の代表が口を挟んだ。
「兵の越境を認めないこと、氏族の土地へ調査隊を入れる場合には事前の承認を要すること。その二つが明記されるなら、俺も交渉を続けることには反対しない」
「その条件は議事に残そう」
イシュラが書記へ目を向けると、卓の脇に控えていた者が頷いた。
「ほかにも条件があれば聞きたい。和平の協議を進める以上、各氏族の懸念を王国へ伝えられる形にしておく必要がある」
それを受け、各席から発言が続いた。
国境の監視を減らさないこと。交易路で争いが起きた場合の連絡先を明確にすること。氏族の領地に入る王国側の使節には、事前の通告を求めること。
和平に賛成する代表の中にも、不安を抱えている者は多かった。反対の理由も一様ではなく、話が進むにつれて、当初は強く反発していた代表が条件について質問する場面も出てきた。
その間、ゼインはしばらく黙っていた。
発言者に目を向け、時折隣席の者と何かを話している。自分に賛同する声が上がれば笑みを浮かべるが、誰かが交渉継続を支持したからといって、すぐに口を挟むことはなかった。
イシュラも代表たちの言葉を遮らず、書記がまとめた内容を確かめながら議事を進めていた。
その流れが変わったのは、議場の中ほどから一人の代表が立ち上がった時だった。
「盟主殿。昨日、盟都で起きた事件について伺いたい」
議場のざわめきが弱まった。
「カシュラ氏族長が聖女とハルヴァの代表を強引に連れ去ろうとし、護衛の冒険者を負傷させたと聞いております。調査が続いていることは承知していますが、当事者をこのまま出席させていてよいのですか」
何人かの代表がゼインへ顔を向けた。
イシュラは手元の書類を閉じてから答えた。
「昨日の行為については調査を命じている。ゼインには行動の制限と警備の同行を求めた。現場の記録と証言も集めている」
「では、処分はまだ決まっていないと?」
「ああ。確認すべきことが残っている」
「その間に、また同じことが起こるかもしれません」
「その危険も考慮して警備を増やした。評議会の往復については、招集した代表全員の安全を保障している。処遇の判断を先延ばしにするつもりはないが、正式な手続きを経ずに出席を禁じるつもりもない」
イシュラがゼインへ目を向けた。
「ゼイン。昨日、聖女フィアナとアレンに連行を求め、拒絶された後に剣を抜いたことは間違いないな」
「連れてこようとしたのは事実だぜ。あの坊主が抵抗したんでな」
「剣を抜いたことについて聞いている」
「……ああ、抜いたさ」
ゼインは椅子に座ったまま答えた。
「だが、こっちもただ斬られてやるつもりはねえ。黒燕も剣を使っただろうが」
「先に抜剣したのはお前だという証言が一致している。反論があるなら、調査の場で述べよ」
「好きにしろ。逃げも隠れもしねえ」
ゼインは肩をすくめ、それ以上は何も言わなかった。
議場のあちこちで声が交わされた。昨日の事件に憤る者もいたが、ゼインに近い席では、彼を見ながら黙り込む代表もいる。
イシュラはそれ以上議論を広げず、事件についての判断は調査を踏まえて行うと改めて告げた。
オスカーは俺の近くで腕を組み、ゼインを見据えていた。昨日、あれほど激しく戦った二人が同じ議場にいるのに、互いに言葉を交わそうとはしなかった。
俺も、今ここで発言するつもりはなかった。
怪我の経緯は昨夜すべて話してある。必要なら証言するが、それを理由に議論を中断させても、ゼインの処遇がすぐに決まるわけではない。
議事が戻ると、話題は古代施設の監視と封鎖へ移っていった。
「施設を閉じた後の負担について、もう一度確認したい」
議場の右手で、毛皮を肩に掛けた壮年の代表が立ち上がった。
「監視を続ける必要があるのは分かる。だが、我々の領内にも古い施設がある。何十年も見張りを置き、周辺の道を維持してきた。これ以上の人手を求められても、簡単には出せん」
「その点は、各地から報告を集めている」
イシュラが隣へ目を向けた。
「メイラ、説明を頼む」
「はい」
ヴァレクの近くに控えていた女性が立ち上がった。
濃い栗色の髪を後ろでまとめた、長身の女性だった。昨夜の報告を終えた後、イシュラから帰還した使徒の一人だと紹介されている。北方各地の氏族を訪ねてきたらしく、手元には何冊もの記録が重ねられていた。
「確認できた範囲では、施設周辺の巡回を続けている氏族の多くが、人員の不足を訴えています。特に古い封鎖区域では、見張り場へ通じる道の修繕や、冬場の物資輸送に相当な負担がかかっています」
「それで、何か手立てはあるのか?」
「近隣の氏族で巡回を分担できる場所があります。輸送する資材をまとめるだけでも、往復する人数を減らせるでしょう。ただ、土地の事情もありますから、すべて同じ方法で進めるわけにはいきません」
メイラは報告書の一頁を開いた。
「一方で、監視の人数が減ったまま、危険な区画へ近づかないようにしている氏族もありました。人が足りず、異常の有無を十分に確認できていない可能性があります」
その言葉に、代表たちの表情が変わった。
「それは危険ではないのか」
「危険だからこそ、現状を確かめる必要があります。巡回を増やせるかどうかも、まず周辺の氏族と相談したいと考えています」
先ほどの壮年の代表が腕を組んだ。
「……隣の氏族と共同で物資を運ぶくらいなら、うちでもできるかもしれん。だが、施設の中へ入る人間まで出せと言われたら困るぞ」
「そのような要求はしていません。現地で作業できる者がどれだけいるかも含め、確認する必要があります」
メイラはそこで報告を終え、イシュラに書類を渡した。
ほかの代表たちからも、巡回路の維持や資材の調達について質問が続いた。話が具体的になるにつれ、それまで和平への賛否を述べていた者たちも、自分の氏族で何ができるかを話し始めている。
イシュラは一つずつ答えながら、書記に必要な事項を記録させていた。
「では、ラウネについても聞いておきたい」
先ほどの壮年の代表が、再び発言した。
「ハルヴァの施設では、長年封鎖されていた設備を動かしていたと聞いている。今回の被害が出るまで、なぜ調査を続けていたのか。それを確かめなければ、ほかの氏族も判断できんだろう」
「現地にいた者から話を聞こう」
イシュラがこちらへ目を向けた。
「リーネ・ハルヴァ。発言を頼む」
「はい」
リーネは書類を持って立ち上がった。
昨夜も遅くまで報告の控えを確かめていたので、準備はできているはずだった。それでも大勢の代表の前へ進むのは緊張するらしく、書状を握る手に少し力が入っている。
議場の前方では、書記がヴァルドの署名入り書状を改めて確認した。
リーネに認められているのは、ラウネでの出来事について証言し、ハルヴァの意見を述べることだ。氏族長として政策を決定したり、条約を承認したりする権限までは与えられていない。
確認が終わると、リーネは代表たちへ向き直った。
「リーネ・ハルヴァです。父から預かった報告と、私が実際に見たことをお話しします」
議場の話し声が収まっていく。
「ハルヴァでは、数年前から古代施設の一部を調べていました。長い間、安全だと考えられていた区画で、設備がどんな条件で動くのかを少しずつ確かめていたんです。父もその調査を認めていました」
リーネは書類に目を落とし、次の頁を開いた。
「調査を進めた理由には、北方の守りを強くしたいという考えがありました。私たちの氏族は王国との国境に近い場所で暮らしています。父も、また戦争になった時のことを心配していました」
「それで、古代施設を兵器として使おうとしたのか?」
代表の一人が尋ねた。
「そこまでできると分かっていたわけではありません。何が使えて、何が危険なのかを調べていたんです」
「危険だと分からないものを動かしていたのだろう?」
「はい。調査を進める中で、危険を十分に理解できていなかった部分はあったと思います」
リーネは顔を上げたまま答えた。
「でも、何も確かめずに動かしていたわけではありません。昔の記録と、それまでの作業結果を照らし合わせて、少しずつ進めていました。何年も大きな事故が起きなかったので、父も調査を続ける判断をしていたんです」
先ほどの代表は頷き、席へ戻った。
リーネは少し間を置いてから、話を続けた。
「ところが最近になって、それまで反応しなかった設備が動いたり、封鎖された区画から音が聞こえたりするようになりました。さらに、今まで安全だった場所に黒い獣や、小さな浮遊する兵器が現れたんです」
議場の奥から、驚きの声が上がった。
「その時点で、怪我をした人もいました。父は施設の中で何が起きているのか把握できないと判断し、調査を中止して再封鎖を決めました」
「それなら、なぜカシュラと争いになった?」
「封鎖作業を進めていたところへ、カシュラの部隊が来たからです。施設から退くように求めましたが、向こうは入口を確保しようとして、ラウネへも兵を進めました」
リーネの声は落ち着いていたが、あの時のことを思い出しているのか、書類を握る指に力が入っている。
「施設では、閉じていた隔壁が動かされ、その後、さらに危険な兵器が現れました。私たちは作業していた人たちを逃がしながら、封鎖を戻そうとしました。でも、もう間に合いませんでした」
「兵器が動き出したのは、カシュラの部隊が入った後なのか?」
「はい。ただ、その前から施設に異常が起きていたことも確かです。父が封鎖を決めた理由も、そこにあります」
リーネは一度息を整えた。
「今も隔壁は壊れたままで、施設の中には危険な場所が残っています。ラウネでは負傷した人たちの治療や、壊れた防柵の修理も続いています。父は、当面は施設を使わず、人を近づけないようにする方針です」
書記たちが筆を走らせる音が聞こえた。
議場のあちこちで代表たちが顔を見合わせている。中には、手元の資料と今の証言を照らし合わせている者もいた。
「では、施設に残っている兵器をどうするつもりだ?」
別の代表が質問した。
「封鎖できるところを確認し、周辺を警戒するしかありません。父も、今のハルヴァだけで安全を取り戻せるとは考えていません」
「外から来た者にも調査させるのか?」
「支援を受けることについては、父と盟主様の間で話が進んでいます。ただ、危険な区画へ誰を入れるかは、現地の状況を確かめてから決めることになると思います」
リーネはそこで言葉を止め、イシュラを見た。
イシュラが頷き、補足する。
「ラウネへの資材と救護の支援はすでに手配している。施設の状況についても、現地と相談しながら対応するつもりだ」
さらにいくつか質問が続いた。
被害の範囲や、作業を続けられる人数、ラウネ周辺の通行状況など、確認される内容は具体的だった。リーネは持参した記録で答えられるものには答え、数字が分からないものについては無理に推測しなかった。
やがて、ゼインが口を開いた。
「随分と都合のいい話だな」
リーネがそちらへ顔を向ける。
「何年も自分たちで調べておいて、危険になったら全部閉じる。ほかの氏族には触らせねえ。それで納得しろってのか?」
「危険な状態だと分かったから、父は封鎖を決めました」
「お前らが扱えねえからって、ほかの氏族まで同じとは限らねえだろ」
「その判断ができるだけの情報を、カシュラが持っていたとは聞いていません」
リーネはゼインを見たまま続けた。
「少なくとも、ラウネでは封鎖を外した後に被害が広がりました。私たちが施設を調べていた責任については、父も認めています。でも、あの時に兵を入れて封鎖を壊した判断まで、ハルヴァの責任にされても困ります」
ゼインの笑みが深くなった。
「ほう。父親によく似てるじゃねえか」
リーネは答えなかった。
代わりに、持っていた書類を揃え、イシュラへ目を向けた。
イシュラは二人を見てから、代表たちへ告げた。
「ラウネについて、ほかに確認したいことはあるか」
しばらく発言はなかった。
「では、リーネ。ありがとう。席へ戻ってよい」
「はい」
リーネは書状を受け取り、俺たちのところへ戻ってきた。
隣へ腰を下ろすと、ようやく大きく息を吐いた。
「……疲れた」
「お疲れさま。ちゃんと伝わってたと思うよ」
フィアナが水の入った杯を渡すと、リーネは礼を言って受け取り、一口飲んだ。
「途中で言葉が詰まりそうになったけど、何とか話せたかな」
「ああ。ラウネで何が起きたかは伝わったと思う」
俺が答えると、リーネは小さく頷いた。
その後も議論は続いた。
ラウネの封鎖判断を支持する代表がいる一方で、施設の利用を完全に諦めることには抵抗があるという声も出た。特に国境に近い氏族からは、王国との戦争が再び起きた時にどう守るのかという質問が相次いだ。
イシュラは各氏族の防衛体制を維持する方針を説明し、必要な資材や人員の支援についても話した。
それでも、議場の一角から繰り返し反対の声が上がる。
「王国と和平を結んだからといって、向こうの軍が消えるわけじゃない!」
「こちらだけ古代施設を閉じて、もし王国が同じような兵器を手に入れたらどうするんだ!」
その言葉に、ゼインが立ち上がった。
「聞いたか、イシュラ」
議場の視線が集まる。
「こいつらが心配してるのは、何十年も先の話じゃねえ。次に王国が攻めてきた時、自分たちの村を守れるかどうかだ」
「私もその懸念は理解している」
「なら、古代施設を使えるようにする道を残せよ。危険だから閉じろ、王国とは話し合え。そんなことで誰が安心する?」
「ラウネで起きたことを聞いたはずだ。施設から出た兵器は、扱おうとした者たちの手を離れ、周囲の住民まで危険にさらした」
「だから何だ。危険なものを扱うには力も技術も要る。当たり前の話だろうが」
ゼインは周囲を見渡した。
「カシュラは研究を続ける。使えるものを見つけたら使う。それを怖がって全部埋め戻す気はねえ」
「その結果、別の氏族に被害が及ぶ可能性をどう考えている?」
「守ればいい。俺たちにはその力がある」
ゼインは笑った。
「人間どもに頭を下げて助けを求めるより、よっぽどましだろうが」
イシュラの表情が険しくなった。
「お前がどれほど自信を持っていようと、古代施設の危険を軽んじる理由にはならん。連合に属する氏族が、ほかの氏族の安全を脅かす行為を続けるなら、私は黙認できない」
「だったら、どうする」
ゼインは卓上へ両手を置いた。
「王国の兵を呼んで、俺たちを止めるのか?」
議場が一瞬、静まり返った。
何人かの代表がイシュラを見た。
「王国軍を北方の氏族に向けるという決定はしていない」
イシュラは席を立たずに答えた。
「私は、この連合の中で解決するためにお前を招いた。古代施設への対処も、王国との交渉も、まずは各氏族の意思を聞きたいと考えている」
「なら、俺の意思も聞いたな」
「ああ」
「和平には反対だ。古代施設の研究もやめねえ。カシュラにつく氏族も同じだ」
ゼインはそこまで言うと、再び椅子へ座った。
隣席の代表が何か話しかけると、短く答えて笑みを浮かべている。
議場ではすぐに別の代表が発言を求めたが、イシュラは一度手元の書類を確かめ、書記たちと短く言葉を交わした。
朝から続いていた議論は、すでに相当な時間に及んでいる。窓から差し込む光も変わり、長机には水の杯が何度か運ばれていた。
「ここまでの意見を整理したい」
イシュラが告げると、代表たちが顔を上げた。
「和平交渉については、王国軍の越境を認めないこと、各氏族の自治と領地への立ち入りについて明確な条件を設けることなどが挙がっている。古代施設についても、監視と封鎖の負担を連合で支えるための提案が出された」
書記がまとめた紙を数枚、議長席へ差し出した。
「これらを踏まえ、休憩の後に改めて協議を続ける。それぞれの氏族でも意見を確かめてほしい」
何人かの代表が頷き、席を立ち始めた。
だが、ゼインは腕を組んだまま動かなかった。
「条件をいくら並べたところで、俺の答えは変わらねえぞ」
「分かっている」
イシュラはゼインを見た。
「だが、ほかの代表たちの意見まで、お前が決めることはできん」
ゼインは口元を歪めた。
「……はっ。好きにしろ」
議場に休憩が告げられると、代表たちは近くの席へ集まり、それぞれ話し始めた。
交易路の条件を確かめ合う者たちもいれば、離れた席まで歩いていって相談する者もいる。ゼインの周囲にはすぐに数人が集まり、低い声で何かを話していた。
一方、イシュラのところにも代表たちが次々に訪れ、書類を指しながら質問を重ねている。
リーネはようやく肩の力を抜き、フィアナから渡された水を飲み干した。
「……父さんがここにいたら、何て言ったかな」
「自分で決めた封鎖の理由は、きちんと説明しただろうな」
俺が答えると、リーネは少し考えてから頷いた。
「うん。たぶん、そうだと思う」
そこへヴァレクが戻ってきた。
手には書類を抱えており、俺たちのところで足を止めると、リーネへ顔を向けた。
「証言、ご苦労だった。イシュラ様も、現地の状況をよく説明してくれたと言っていた」
「ありがとうございます」
「報告書の一部について、後ほど確認したいことがある。休憩が終わってからで構わん」
「はい。分かりました」
リーネが答えると、ヴァレクは頷き、再び議長席の方を見た。
イシュラは代表たちの質問に応じながら、一つずつ書類を確認している。その近くではメイラも別の代表と話しており、書記たちは休憩中にも議事を整理し続けていた。
「……これだけ話しても、まとまらないものなんだな」
俺が呟くと、ヴァレクは議場を見渡した。
「長く続いてきた争いだからな。今日集まった者たちも、自分の氏族を守るために来ている。簡単には譲れんだろう」
「イシュラ様も大変だな」
「ああ。だが、こうして各氏族の意見を聞くのも盟主の務めだ」
ヴァレクは書類を抱え直した。
「休憩後も協議は続く。お前は無理に立っている必要はない。膝を休めておけ」
「分かった。ありがとう」
俺が椅子へ座り直すと、ヴァレクは議長席へ戻っていった。
向かい側では、ゼインが周囲の代表たちと何かを話している。時折笑い声が聞こえ、その席だけは議論の最中と変わらない賑やかさだった。
俺は右膝を楽な位置へ伸ばし、フィアナから受け取った水を飲んだ。
休憩に入っても、会議場の話し声は少しも収まりそうになかった。




