第123話 それぞれの準備
朝食を終えた俺は、古い剣と新しい剣を持って宿の裏手へ向かった。
空き地の片側には荷車の積み下ろしに使う木箱や薪が置かれていたが、反対側には二人が動くのに十分な広さがある。ガルドとオスカーは先に来ており、フィアナも二人に挨拶すると、荷物のない壁際へ移った。
「おう、来たな。まずは二本とも見せてみろ」
ガルドは古い剣を抜き、何度も研ぎ直した刀身を確かめてから、新しい剣と持ち比べた。柄を握り直すと、すぐにこちらへ目を向ける。
「前の剣を職人に見せたんだな」
「そうだ。握りは合わせてもらったけど、重さは随分違う」
「だろうな。ちょっと振ってみろ」
俺は二人から離れ、まず古い剣で何度か切り返してから、新しい方へ持ち替えた。
握りに違和感はない。ただ、同じつもりで振ると刃が予想より早く戻り、足を運ぶ前に次の構えへ入ってしまう。素振りならすぐに直せるが、相手が動いた時にも同じように扱えるかは分からなかった。
「軽く合わせてみるか」
ガルドもそこが気になったらしい。俺が剣を鞘に収め、抜けないよう鞘口を留めるのを待ってから、自分も鞘に収めた大剣を手に空き地の中央へ出てきた。
「打ち込むなら手前で止めろよ」
「ああ。分かってる」
互いに数歩の距離を取って構える。ガルドは大剣を身体の右側へ下げ、俺が左へ動くと、正面を保つように向きを変えた。
肩口を狙って踏み込むと、ガルドは半歩外へずれながら大剣を横へ払ってきた。その軌道を避け、切り返して横へ回ろうとしたが、剣を戻す手だけが先に動いてしまう。
足が追いつく前にガルドが距離を詰め、鞘の先を俺の胸元で止めた。
「今のだな。剣だけ先に戻ってる」
「ああ。足が少し遅れた」
「前の剣と同じ調子で切り返さなくていい。もう一度やるか」
今度は切り返しを急がず、ガルドの動きを見てから足を運んだ。相手もすぐに身体を向けてくるので、横へ回るだけでは懐に入れない。だが、大剣を振るために踏み込んだ瞬間を待って進路を変えると、今度は鞘の先を彼の前腕の手前まで運べた。
「おっ、今のはよかったな」
「ガルドが大きく動いてくれたからな」
「そこを見て入れたんなら十分だろ」
ガルドは笑って大剣を下ろした。数度合わせただけだが、剣の軽さそのものより、次の動作へ移るタイミングに慣れる必要がありそうだ。魔法を組み合わせる感覚も変わるだろうし、その辺りは改めて確かめておきたい。
「オスカー、お前も少し見てやれよ」
「俺が剣を教えても仕方ねえ。間合いなら付き合えるぞ」
オスカーは宿の主人に断って、荷扱い用の長い木の棒を借りてきた。巨大な戦斧とは重さが違うので、今日は長い武器を持つ相手との距離だけを見ることにする。
俺が正面から近づくと、オスカーは棒の先を向けたまま、こちらの踏み込みに合わせて半歩だけ進んだ。横へ回ろうとしても、身体の向きを変えるだけで先端が追ってくる。
一度下がり、右へ踏み込むふりをしてから左へ入ろうとした。ところがオスカーは棒を大きく振らず、柄を引き寄せると反対側をこちらへ向けてくる。剣が届く前に胸元を押さえられ、俺は足を止めた。
「……近づくだけでも厄介ですね」
「長い武器は近づかれてからが面倒だからな」
もう一度頼み、今度は先端を避けてすぐに踏み込まず、棒が引き戻されるのを待ってから動いた。先ほどより一歩深く入れたものの、オスカーは柄を短く持ち替え、俺の進路を塞いでいる。
「さっきよりは近かったな」
「それでも、もう一歩届きませんでした」
「簡単に入られちゃ困る」
オスカーが笑って棒を下ろしたので、俺も構えを解いた。長柄の相手には、入るまでだけでなく、入った後にも気をつけなければならない。実際の戦斧なら重量も違うし、風魔法を使われれば話はさらに変わるだろう。
礼を言って剣を腰へ戻すと、フィアナが壁際から歩いてきた。
「途中から、ガルドとの距離の取り方が変わったね」
「ああ。少し感覚がつかめてきた」
「よかった。明日も練習する?」
「時間があれば、もう少し振っておきたいな」
ガルドたちはもう少し身体を動かしていくというので、俺とフィアナは先に宿へ引き上げた。古い剣を荷物に収め、汗を流して昼食を取った後、セレナと合流して三人で史料庫へ向かった。
◇
史料庫では、以前案内してくれた書記が目録を用意して待っていた。
セレナが探しているのは、古代施設で見つかった表示を、文字の形まで写し取った記録だ。ハルヴァの地下で見つけた三着の防護服には二種類の言葉で同じ内容が記されていたが、北方の古い封鎖記録には、そうした表記について詳しい説明がなかった。
「こちらには、施設内の注意書きについてまとめた記録がございます。ただ、後から整理された帳面ですので、原文まで残っているかどうかは……」
書記が運んできた帳面には、危険な区画や設備の扱いについて北方語で記されていた。だが、元の文字を読んで訳したものなのか、現場の状況から用途を判断したものなのかは分からない。
「ここに、別の調査帳面を参照したという注記があるわ」
セレナが巻末を示すと、書記は目録を引き寄せた。帳面をまとめ直した時期は分かるものの、元になった資料の保管先は記されていないらしい。
「移された記録もございますので、残っているか調べてみましょう」
「お願いするわ。今の帳面でも、当時どう扱われていたかは分かるけれど、元の表示と比べるには文字そのものが必要なの」
同じ頃の資料を何冊か確かめても、表示を写したものは見つからなかった。セレナはそれ以上推測を重ねず、出典となった帳面の番号を書き留め、原資料が見つかった時に改めて調べることにした。
俺も持参した表示の控えを片づけた。原本の所在が分かるまでは、こちらで調べられることも限られそうだった。
「今日のところは、王都への照会文を仕上げましょうか」
セレナは別の紙を取り出した。昨日、フィアナの神託と王都地下の異常が確認された日付を比べ、足りないと分かった情報を問い合わせるための下書きだ。
「設備の変化を最初に見た日と、調査隊が確認した日、それから報告された日。この辺りを区別できる記録がないか、確かめてもらいたいの」
「ザビーネなら、封鎖に関わった時の報告を確認できるかもしれないな」
「ええ。記録が残っていなければ、それも知らせてもらえればいいわ」
フィアナも神託の控えを開き、王城へ報告した日付と内容を確認していた。セレナに尋ねられた箇所を一つずつ確かめた後、俺の方へ紙を回してくれる。
「アレン、地下で見た設備のことは、これで合ってる?」
「ああ。俺が確認した範囲はこれでいいと思う」
北方の施設で得た情報やエドガーの別冊手記には触れず、王都側で残っている記録を確かめるための質問に絞った。セレナが下書きを紙挟みに収めたところへ書記が戻ってきたが、元の帳面の所在はすぐには分からないという。
引き続き目録を調べてもらうことにして、俺たちは資料を返し、史料庫を後にした。
◇
高台を下りかけたところで、居館へ向かうヴァレクと顔を合わせた。手には何通かの書状を持っており、俺たちを見つけると足を止める。
「調査は済んだか」
「ああ。王都へ送る照会文もまとまった」
「内容を見せてくれ」
セレナが下書きを渡すと、ヴァレクはその場で目を通した。
「王都側の記録を調べてもらうためのものだな」
「ええ。共有する範囲が決まっていない情報は外したわ」
「それでいい。イシュラには俺から確認する。許可が出るまでは送らん」
ヴァレクは下書きをほかの書状と分けた。手に残った束が気になって尋ねると、評議会へ招集した氏族からの返答だという。
「到着日が決まったところもあるが、随員の人数がまだ揃っていない。宿泊場所と警備を調整している」
「カシュラの代表は?」
「まだ返答待ちだ。ほかの氏族の配置も、人数が決まらんことには動かせん」
カシュラ側が来るなら、ハルヴァとの警備上の調整も必要になるだろう。
「リーネには報告内容を最終確認してもらっている。施設の下層について補足が必要なら、お前にも頼む」
「ああ。分かる範囲なら答えるよ」
「頼む。ただし、ハルヴァとしての発言はリーネに任せろ」
「もちろんだ」
ヴァレクは頷いて居館へ向かった。俺たちも坂を下り、夕食までの時間は宿でそれぞれの記録を片づけることにした。
◇
夕食には七人が揃った。
ヴァレクは居館から戻ったばかりで、席に着いてからも書状を何枚か確かめていたが、料理が運ばれてくると革袋にしまった。
「リーネ、明日の午前中に居館へ来てくれ。届いた返答と、報告内容の確認をする」
「分かった。控えを持っていくね」
リーネが頷くと、ヴァレクも食事に手をつけた。俺たちも昼間の調査を簡単に話したが、原資料が見つからなかったと伝えると、ガルドはそれ以上深く聞かずに煮込みへ手を伸ばした。
「それより、この肉は何だ?」
オスカーが宿の主人に尋ねると、この辺りの山で獲れる獣だという。ガルドが旅の途中で食べた干し肉の話を始め、リーネもラウネでの保存の仕方を教えてくれた。
「冬は乾かす場所にも気を使うんだよ。湿気が残ると傷みやすいから」
「へえ。北方なら寒いだけで保存が利きそうなもんだがな」
「寒くても、置き方が悪いと駄目なんだよ」
セレナも興味を持ったらしく、乾かす日数や塩の使い方をリーネに尋ねていた。ガルドは途中から聞き役に回り、オスカーは料理を口に運びながら時々頷いている。
俺はフィアナと残っていたパンを分け、皆の話を聞きながら食事を終えた。やがて宿の主人が空いた器を下げに来たので、俺たちも席を立ち、それぞれの部屋へ戻った。




