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第114話 山道の市

 案内された宿は、交易路に面した二階建ての建物だった。


 広い軒下には荷運び用の橇や木箱が積まれ、隣の倉庫からは干した革の匂いが漂っている。入口を入ると奥に食堂があり、夕食の支度をしていた女将が、俺たちの人数を数えてから階段の上を指した。


「部屋は空いてるよ。大部屋を二つ使ってもらうことになるけど、それでいいかい?」


「構わない。世話になる」


 ヴァレクが答えると、女将は宿帳を取り出した。


 ここまで案内してくれた年配の男は、集落の管理を任されている一人らしい。ワイバーンの件については、すでに道の安全を確かめるための人員を出しており、翌朝には死骸の回収に向けた調査も行うという。


「周辺の集落にも知らせを送っておきます。五体もいたとなれば、ほかにいないとも限りませんから」


「それがいい。道に残った死骸も、早めに片づけてくれ」


 オスカーが答えると、男は頷き、ヴァレクと翌日の道について二言三言交わしてから宿を出ていった。


 俺たちは二階へ荷物を運び、窓を開けて外套の埃を払った。


 夕食までにはまだ時間がありそうだったので、装備を片づけたところで、リーネが通りを覗き込んだ。


「ねえ、さっきの店、まだ開いてるかな」


「留め具を売ってたところか?」


「うん。あれ、どういう仕組みなのか気になってたんだ」


 そう言いながら、リーネはもう外套を羽織り直していた。


「俺も見に行くよ。フィアナたちはどうする?」


「私も行きたいな。せっかく来たんだし」


「そうね。北方の交易集落をゆっくり歩ける機会なんて、そう多くないもの」


 セレナも腰を上げた。


 ヴァレクは宿に残って明日の道を確認することになり、ガルドとオスカーも荷物の整理を続けるという。俺たち四人は夕食までに戻ることを伝え、連れ立って外へ出た。


 ◇


 集落の中央を通る道には、荷車が二台すれ違えるだけの幅があった。


 左右には鍛冶場や革細工の工房、乾燥肉を吊るした商店が並び、奥へ進むほど人通りが増えていく。仕事を終えた職人たちが道具を片づける一方で、商人たちは翌日の荷を揃えているらしく、軒先では縄を結ぶ音や木箱を動かす音が絶えなかった。


 行き交う人々の服装もさまざまだった。


 厚い毛皮を肩に掛けた者もいれば、丈夫そうな布の外套を着た者もいる。長い耳を持つ若者が、額に角のある年配の男と荷車を押しており、そのすぐ横を王国で見かけるものに近い旅装の商人が通り過ぎていった。


「ラウネにも交易の人は来るけど、こんなに店が並んでるのは初めて見たよ」


 リーネは通りの両側を興味深そうに眺めていたが、革帯を吊るした店を見つけると、そちらへ足を向けた。


「あ、さっきの店だ。ちょっと見てくるね」


 俺たちも彼女の後に続いた。


 軒先には毛皮の手袋や革紐、荷馬に使う馬具などが吊るされており、店の奥では短い角を持つ女性が革帯を裁断していた。俺たちが入ってくると、女性は作業台の端を片づけた。


「いらっしゃい。旅の人かい?」


「うん。ちょっと見せてもらってもいい?」


「好きに見ておくれ。必要なら声をかけて」


 リーネは並んだ品物を一つずつ確かめ始めた。


 外套を留める金具、荷袋の肩紐、馬具に使う革帯。どれも実用品だが、ラウネの工房で見慣れたものとは形が微妙に違うらしい。


「これ、どうやって締めるんだろ」


 彼女が手に取ったのは、平たい鉄片を二枚組み合わせた留め具だった。


 革帯の先を金具へ通すと、一方の鉄片が噛み合うように倒れ、引っ張るほど締まる仕組みらしい。側面には小さな突起があり、そこを押せば固定が緩むようになっている。


「手袋をしたままでも外せるようにしてあるんだよ」


 店の女性が、作業台から顔を上げた。


「冬場は指がかじかむだろう。細い革紐をいちいち結び直してたら時間がかかるからね」


「でも、荷が揺れたら外れない?」


「そこは大丈夫さ。引っ張る向きが違うから、突起を押さない限り簡単には緩まない」


 女性は実物を使って締め方を見せてくれた。


 リーネも同じように試し、革帯を強く引いてから感心したように頷いた。


「本当だ。これなら厚い手袋でも使えるね」


「山の向こうじゃ、馬の荷にもよく使ってるよ。うちの職人が少し形を変えたものだけどね」


 俺も横から確かめてみた。


 構造はそれほど複雑ではないが、金具の角には革帯を傷めないよう丸みがつけられている。寒さの厳しい土地で繰り返し使うことを考えれば、細かな部分まで工夫されているのだろう。


 セレナも興味を示し、留め具の裏側を覗き込んだ。


「ずいぶん丁寧に作ってあるわね。これだけ小さい金具なのに」


「鉄を打つのは近くの鍛冶場さ。うちは革を合わせて仕上げるのが仕事でね」


 女性はそう言って、別の大きさの金具も並べてくれた。


 リーネは何度か開閉を試したあと、二つ買うことにしたらしい。


「ラウネの荷運びにも使えそう。父さんに見せたら面白がるかも」


「ヴァルドなら、まず値段を聞きそうだな」


 俺が言うと、リーネは笑った。


「ありそう。でも便利だって分かったら、今度はどこの工房で作ってるのか聞くと思う」


 代金を受け取りながら、店の女性が少し目を細めた。


「ラウネから来たのかい?」


「うん。ハルヴァ氏族のリーネ」


「ああ、ハルヴァか。あっちで戦いがあったって聞いたけど、集落は大丈夫だったのかい?」


 リーネの表情が、少しだけ引き締まった。


「被害は出たけど、集落は守れたよ。今は修復を進めてる」


「そうかい。それならよかった」


 女性は作業台の下から、まだ金具を取りつけていない革帯を取り出した。


「うちもハルヴァの方へ品を送ることがあるんだ。こないだ頼まれた馬具も、まだ全部は仕上がってなくてね」


「材料が足りないの?」


「大きな馬具に使う金具が足りないのさ。小物なら作れるんだけど、太い鉄材がなかなか入ってこないんだよ。鍛冶場の職人も困ってる」


 女性が示した棚には、幅の広い革帯が何本も重ねられていた。端の補強は済んでいるものの、荷を締めるための金具が取りつけられていない。


「ラウネでも、壊れた防柵や道具を直してるから、鉄具はたくさん使ってるよ」


「だろうね。こっちも材料さえ届けば仕事を進められるんだけど、最近は荷が遅れることも多くてさ」


 女性は肩をすくめた。


「途中で何度も荷を調べられると、その分だけ運賃も上がる。品物があっても、値段が合わなくなっちまうんだよ」


 リーネは仕上げ途中の革帯をもう一度見た。


「これ、ハルヴァから注文した人も待ってるんだよね」


「ああ。何とか届けたいんだけどね」


 女性はそう答えると、革帯の端を揃えて裁断を再開した。


 リーネは買った金具を布袋へしまい、礼を言って店を出た。


 通りへ戻ると、向かいの店では大きな鉄板の上で平たいパンを焼いていた。温めた乳酪の匂いが漂っており、フィアナが興味を示したので、俺たちも一つずつ買ってみることにした。


 薄い生地は外側がぱりっと焼けており、中の乳酪は少し塩気が強い。歩き疲れた身体にはちょうどよく、フィアナも気に入ったらしく、半分ほど食べたところでセレナと顔を見合わせて笑っていた。


「これ、おいしいね。パンの方は薄いのに、結構食べ応えがある」


「乳酪が濃いのね。持ち歩いて食べられるのも便利だわ」


 セレナは残りを包み直し、通りの向こうへ目を向けた。


 大きな倉庫の前では荷を下ろす作業が続いており、角のある男が帳面を片手に木箱の数を確かめている。倉庫の脇には遠方から運ばれてきたらしい毛皮や布の束が積まれ、荷運びの人々が行き交っていた。


 俺がそれを眺めていると、リーネが店先の布束へ目を向けた。


「ラウネで見かける布もあるね。あっちは毛織物の店かな」


「そうみたいだな」


 俺も並んだ品物を覗いてみたが、同じような厚さの布でも織り方や模様が違っていた。


 まだほかにも見たいものはあったものの、夕方になって商店の戸を閉める音が増えてきたので、俺たちは宿へ戻ることにした。


 ◇


 食堂に戻ると、すでにガルドとオスカーが長い卓の一角に座っていた。


 卓上には大きな木皿が置かれ、煮込んだ肉と豆、根菜がたっぷり盛られている。焼き立ての黒いパンと、湯気の立つ汁物も運ばれてきたところだった。


「おう、戻ったか。ちょうど飯ができたところだ」


 ガルドが声をかけてくる。


「街はどうだった?」


「面白かったよ。リーネが新しい荷紐の留め具を買ったんだ」


 フィアナが答えると、リーネは早速布袋から金具を取り出した。


「これ。手袋をしたままでも外せるんだよ」


「ほう」


 ガルドは興味を示し、革帯を引いて強度を確かめた。


「悪くねえな。ただ、砂を噛んだらどうなるかは試した方がいいぞ。山道だと、細けえ砂が入りやすいからな」


「店の人にも使いながら確かめてくれって言われた。戻ったら試してみるよ」


 リーネは金具を受け取り、大事そうにしまった。


 ヴァレクもほどなく食堂へ下りてきた。宿の主人から北の道について聞いてきたらしく、翌日の予定を簡単に確認してから席に着いた。


 食事を始める頃には、食堂の席もだいぶ埋まっていた。


 別の卓には荷運びの男たちや職人らしい客が集まり、酒杯を交わしたり、翌日の仕事について話し合ったりしている。角のある者と人間に近い顔立ちの者が同じ卓に座り、荷の運賃や馬の調子について言い合っていた。


 しばらくすると、隣の卓で王国との和平について話す声が聞こえてきた。


「国境で正式に話し合うらしいな」


「交渉の準備に入っただけだろ。まだ日取りも決まってないんじゃないか」


「それでも一歩進んだじゃねえか。道が安全になるなら、商売する側にはありがたい話だよ」


 荷運びをしているらしい男が言うと、向かいに座った年配の男が酒杯を置いた。


「王国の兵まで通すことにならなきゃいいがな」


「軍の通行なんて、そう簡単に認めるわけがないだろう」


「それを誰が決めるんだ。どこまで認めるか、俺たちにはまだ何も分からん」


 年配の男は卓に肘をつき、少し声を落とした。


「昔の戦じゃ、俺のいた村を通る街道にも兵が押し寄せた。荷馬を連れて逃げた時のことは、今でも覚えてる。今度はそんなことにならんよう、きちんと条件を決めてもらわんと困る」


「評議会で話し合うんだろ? 勝手に兵を通せるようにはしないさ」


「そう願いたいがな」


 年配の男は酒杯を持ち上げたが、まだ納得した様子ではなかった。


 すると、同じ卓の若い商人が口を開いた。


「でも、今のままじゃ困ることも多いんですよ。北の方じゃ氏族同士で戦ってるし、通れない道も増えてる」


「カシュラのことか」


「それだけじゃありません。南へ行けば国境で荷を止められるし、北へ向かっても氏族ごとに確認が必要になる。行き先を変えるたびに余計な日数がかかったら、商売にならないんです」


 若い男は卓に置いた手を開いた。


「せめて安心して荷を運べる道が増えてほしいんですよ」


 年配の男はすぐには答えなかった。


 その言い分にも覚えがあるのだろう。少し考えてから、杯に残った酒を飲み干した。


「俺だって道を塞げと言いたいわけじゃないさ。荷が来なくなれば、この集落も困る。ただ、兵の通行をどう扱うかは慎重に決めてほしいんだ」


「そこは俺も賛成ですよ」


 若い商人が頷くと、年配の男は少し表情を緩めた。


 話が落ち着きかけたところで、年配の男がヴァレクに気づいた。


「あんた、確か盟主の使徒だったな」


「ああ。ヴァレク・ノルガだ」


「国境の交渉、本当に進めるつもりなのか?」


「双方が正式な交渉の準備を始めることには合意している。ただし、条約の内容はこれからだ。国境の扱いについても、諸族評議会で意見を集めることになる」


「そうか」


 男は少し考え、ヴァレクへ目を向けた。


「俺みたいに心配してる者もいるって、盟都で伝えておいてくれ。王国と争わずに済むなら、それに越したことはないんだからな」


「分かった。伝えておこう」


 ヴァレクが頷くと、男は礼を言って酒杯を置いた。


 そのやり取りを聞いていたリーネが、そこで口を開いた。


「私、ラウネから来たんだけど」


「ハルヴァの?」


「うん。集落が襲われて、今も壊れた防柵や家を直してるところなんだ」


 年配の男は驚いたように顔を上げた。


「そうだったのか。大変だったな」


「うん。でも、手が足りない時に外から来てくれた人もいたし、修理に使う道具だって運んでもらってる。道が使えないと、そういうものも届かなくなるんだよね」


 リーネは買ったばかりの金具を入れた布袋へ目を落とした。


「さっき店でも、材料が届かなくて仕事を進められないって聞いた。だから、安心して物を運べるようになってほしいと思う」


 年配の男は頷いた。


「そりゃそうだ。ラウネもまだ大変なんだな」


「そうだね。でも、みんなで直してるから。私が戻る頃には、もう少し進んでると思う」


「なら、あんたも無事に帰ってやらんとな」


「うん。ありがとう」


 リーネが答えると、男は笑って酒杯を持ち上げた。


 ヴァレクも特に言葉を加えず、残っていた茶を飲んでいる。


 年配の男たちはやがて明日の荷運びについて話し始め、食堂にはまた賑やかな声が戻ってきた。


 俺は煮込みの残りをパンですくいながら、隣の卓へ目を向けた。


 さっきまで意見を交わしていた男たちは、今は荷の運賃について話している。年配の男が何か冗談を言ったらしく、若い商人が声を上げて笑っていた。


 ヴァルドがリーネに代表を任せた時、ほかの氏族の考えも聞いてくるようにと言っていた。


 彼女はまだ正式な会議に出たわけではないが、こうして旅の途中で出会った人々の話にも、耳を傾けている。ラウネにいた頃には聞く機会の少なかった意見も、これから増えていくのだろう。


「アレン、もう食べ終わった?」


 フィアナが隣から声をかけてきた。


「ああ。そろそろ戻るか」


「うん。明日も歩くものね」


 俺たちは空いた皿を卓の端へ寄せ、女将に声をかけてから二階へ上がった。


 ◇


 翌朝、俺たちは日の出から少し経って集落を出発した。


 門の外ではすでに何台かの荷車が準備をしており、南へ向かう商人たちとすれ違いながら北の道へ進む。家々の屋根は谷の陰へ隠れ、ほどなく森と畑の続く道になった。


 その日は川沿いの街道を進み、午後には石造りの橋を渡った。


 橋の手前には荷車を止められる広場があり、車輪を外して修理している一団がいた。彼らはヴァレクに気づくと手を上げ、道の先の様子を尋ねられると、北側の坂も問題なく通れると教えてくれた。


 ヴァレクは礼を言い、俺たちは橋を渡った。


 この辺りでは山の斜面を利用した畑が増え、川沿いには羊や山羊を放牧する姿も見える。谷を挟んだ向こう側にも小さな集落があり、家々の間から炊事の煙が立ち上っていた。


 リーネは見慣れない作物や畑の作り方に興味を示しており、歩きながらセレナと話していた。セレナも北方の農作物には詳しくないようで、葉の形や植え方を見比べながら、時折リーネへ問いかけている。


 その晩は街道沿いの旅人用の休憩小屋を利用した。


 石を積んだ炉と簡単な寝台が設けられた建物で、屋根も壁もしっかりしていた。夜半から冷え込んだものの、風を避けられるだけでも過ごしやすく、交代で見張りを立てながら朝を迎えた。


 さらに翌日、道は北東へ向きを変えた。


 高い尾根の間を抜けると、視界の先には緩やかな丘陵と広い谷が続いていた。谷底には畑や牧草地が広がり、斜面を縫うように伸びてきた道が、何本も同じ方向へ集まっている。


 行き交う旅人の数も増えた。


 毛皮を積んだ馬車、鉄製の農具を運ぶ荷車、数頭の馬を引いた商人たち。革鎧の形や外套の意匠もさまざまで、ラウネの周辺では見かけなかった服装の者が珍しくなくなった。


 その日の夕方には、別の氏族が管理する宿場へ入った。


 宿場は低い石塀に囲まれ、中央には荷車を集める広場が設けられていた。ヴァレクが管理人と通行の確認をしている間、ガルドは補給品を買い足し、俺たちは翌日に使う水を確保した。


 夜は宿場の食堂で食事を済ませたが、そこでも異なる氏族の旅人が同じ卓を囲んでいた。食事の内容や器の形は交易集落とも少し違い、香辛料の使い方にも土地ごとの好みがあるらしい。


 旅の四日目を終える頃には、周囲の山並みも次第に低くなっていた。


 ◇


 五日目の朝、宿場を出ると、街道はそれまでよりずっと歩きやすくなった。


 道の広い部分には石が敷かれ、雨水を逃がす溝も整えられている。荷車同士が無理なくすれ違える場所も多く、道の脇には一定の間隔で目印が立っていた。


「この辺りまで来ると、道の造りも変わるんだな」


 俺が言うと、ヴァレクが頷いた。


「ノルヴェインへ向かう主要路の一つだからな。複数の氏族が使う区間は、共同で維持している」


「それだけ人の往来も多いってことか」


「ああ。ただ、修繕の費用や人手をどこが負担するかで、意見が分かれることもある」


 ガルドが隣で笑った。


「どこも変わらねえな。王国だって街道の修繕となりゃ、金をどこが出すかで揉めるもんだ」


「道が使えなければ困るのは同じだ。放っておくわけにもいかん」


 ヴァレクはそう言い、先の分岐へ目を向けた。


 そこには大きな石の道標があり、三方向へ伸びる街道の行き先が刻まれていた。北東を指す矢印のそばには、ノルヴェインの名も記されている。


「あと二日ほどだな」


 ヴァレクが告げた。


「明日は丘陵沿いの道を進む。予定どおりなら、その翌日にはノルヴェインへ入れる」


「ようやく近づいてきたな」


 俺が答えると、リーネは道標の側面を覗き込んだ。


「こっちの印、ラウネの方じゃ見ないね」


「西の山地に住む氏族のものだ。ここから分かれる道は、そちらへ通じている」


「なるほど。荷車が多いのも、道が合流するからなんだ」


 リーネは納得したように頷き、もう一方の道を行く商人たちへ目を向けた。


 馬の背には毛皮が積まれ、荷を覆う布には見慣れない文様が染められている。彼らは分岐の前で短く言葉を交わし、それぞれ別の道へ進んでいった。


 俺たちも道標を離れ、北東へ続く街道を歩き始めた。


 午前中は緩やかな上り坂が続いたが、昼を過ぎる頃には遠くに低い丘が連なって見えた。道沿いには旅人向けの井戸や休憩所が増え、昼食を取っている間にも何組もの商人が行き過ぎていく。


 大きな荷車を引く者もいれば、一頭の馬に必要なものだけを積んで歩く者もいた。俺たちは途中の井戸で水を補給し、午後も道標を確かめながら進んだ。


 ◇


 その日の宿場に着いたのは、空が夕焼けに染まり始めた頃だった。


 道の両側には石造りの倉庫と旅人用の建物が並び、庭先には荷馬車が何台も止まっている。夕方になっても人の往来は途切れず、宿へ荷を運び込む者や、翌朝の出発に備えて馬具を点検する者の姿があった。


 ヴァレクが宿の手配をする間、フィアナは先に中へ入り、俺たちは入口の脇に荷物を置いて休むことにした。


 リーネは通りの向こうにある金物屋を眺めていたが、やがて布袋から、交易集落で買った留め具を取り出した。


「これ、帰りにもう少し買っていこうかな」


「そんなに気に入ったのか?」


 俺が尋ねると、リーネは頷いた。


「うん。今日も馬具を見てたら、似た形のものを使ってる人がいたんだ。ラウネに戻ったら、いろいろ試してみたいし」


「確かにな。使い勝手がよければ、工房でも作れるかもしれない」


「そうなんだよね。ただ、金具の形はちゃんと見てもらわないと」


 彼女は留め具を開閉して確かめ、満足したように袋へ戻した。


 その様子を見ていたセレナが微笑んだ。


「随分熱心ね」


「だって、面白いんだもん。ラウネにも便利な道具はあるけど、同じ仕事でも違うやり方をしてるところがあるんだね」


「土地が変われば、手に入る材料も違うもの。職人の工夫が見られるのは私も楽しいわ」


 セレナがそう言うと、リーネは嬉しそうに頷いた。


 その時、宿の入口からフィアナが顔を出した。


「みんな、部屋が決まったみたい。荷物を運ぼうって」


「分かった。今行く」


 俺は立ち上がって背負い袋を持ち、ほかの荷物もまとめた。


 フィアナが壁際に残っていた俺の小さな包みを拾い上げ、差し出してくれた。礼を言って受け取ると、彼女は俺が荷を背負い終えるのを待ち、一緒に宿へ入った。


 宿の中ではオスカーが先に階段を上がっており、ガルドは主人から食堂の場所を聞いている。奥からは何種類もの言葉が入り混じった話し声と、食器の触れ合う音が聞こえてきた。


 部屋へ荷物を置いたあと、窓を開けて外を眺める。


 宿場の向こうには街道が続き、暮れかけた空の下を、まだ何台もの荷車が行き交っていた。道の先は低い丘の陰へ隠れているが、その向こうにノルヴェインがある。


 七人でラウネを出てから、五日が経っていた。


 俺は窓を閉め、階下から呼ぶガルドの声に応じて部屋を出た。

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