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第111話 国境の報せ

 鍛冶師が差し出した剣は、刃の形がわずかに変わっていた。


 欠けていた部分を研ぎ直したため、元より少し細くなっている。右手で握りを確かめ、軽く角度を変えてみると、以前との違いは分かったものの、扱いに支障が出るほどではなさそうだった。


「これ以上深く欠けたら、研ぐだけじゃ済まんぞ」


「分かってる。助かったよ」


「柄も巻き直しておいた。滑るようなら持ってこい」


「ああ。ありがとう」


 剣を鞘へ収め、代金を払って鍛冶場を出た。


 外套は隣の作業場に預けてあったので、そちらにも立ち寄って受け取る。裂けていた右肩の部分には新しい布が当てられ、傷みの大きかった縫い目も補強されていた。色合いが少し違うので修繕した場所は目立つが、今さら気にすることでもない。


 ラウネで旅支度を始めてから、さらに数日が過ぎていた。


 剣と外套の修理を待つ間に、食料や水袋、予備の革紐も揃っている。ガルドたちは荷の分担を済ませ、ヴァレクとセレナも北方内陸へ向かう経路を何度か確認していた。


 残る問題は、俺とリーネの足、それに北の道の安全だった。


 外套を受け取って通りへ出ると、向かいの家では屋根の修繕が続いていた。新しく組まれた足場を職人が上り、下では切り出された材木が順番に運ばれていく。


 焼けた壁や屋根のない家もまだ残っているが、ラウネの人々は少しずつ元の仕事へ戻り始めていた。朝のうちに家畜を連れて集落を出る者もいれば、畑へ向かう者もいる。


 俺も防柵の修復を手伝いたいところだったが、重い材木を担いで坂を上り下りすることは、まだフィアナから止められている。


 今日は午後に、リーネと一緒に足の状態を確認する予定だった。


 外套を肩へ掛け直し、俺は家へ向かった。


 ◇


「もう少し歩幅を広げても大丈夫そう?」


 集落の外れにある坂道で、フィアナが尋ねた。


「上りなら、だいぶ楽になったな」


 右足を一歩前へ出し、膝を曲げてみる。


 以前のような鋭い痛みはない。ただ、深く曲げるとまだ傷めた場所が重く感じられ、長時間の移動に耐えられるかどうかは分からなかった。


 隣ではリーネが左足を確かめていた。


「私は下りの方が気になるかな。平らなところなら、もう普通に歩けるんだけど」


「捻ったところに負担がかかるからね。帰りも少しゆっくり下りよう」


 フィアナはそう言って、俺たちを道の脇へ座らせた。


 傷の状態を確かめる手つきには迷いがない。俺の膝に残った腫れを確認し、リーネの足首も診てから、少し考えるように顔を上げた。


「二人とも回復は進んでるよ。あとは、長い道を歩いた時にどうなるかだね」


「出発しても大丈夫そうか?」


「途中で休む時間を取れるなら、そろそろ考えてもいいと思う。でも、何日も続けて山道を歩くんだから、最初から無理はしないでほしいな」


「ああ。そのつもりだ」


 俺が答えると、リーネも頷いた。


「私も、途中で迷惑かけたくないしね。荷物は少なくしてもらうよ」


「ガルドたちも、そういうつもりで準備してる」


「うん。昨日、オスカーにも言われた。最初の二日は荷を増やすなって」


 リーネは少し笑った。


 七人の中で山道に慣れている者は多いが、俺とリーネが歩けなくなれば、旅程そのものを組み直すことになる。無理をして予定を遅らせるより、最初から余裕を持って進んだ方がいい。


「ノルヴェインまで、普通なら七日くらいなんだよな?」


「そうだね。道が使えれば、そのくらいって聞いてる。でも、今はカシュラのこともあるから」


 リーネは北の山並みへ目を向けた。


 そこから先には、彼女もほとんど足を踏み入れたことのない土地が広がっている。ノルヴェインへ行くのは初めてで、途中の道も詳しくは知らないという。


「ヴァレクがいるから、道案内は任せられると思うけどね」


「ああ。あいつもこの辺りの道をずいぶん調べてたしな」


「ヴァルドたちが、北の見張り場をもう一度確認してるって言ってたよ。結果が出れば、出発の日も決められるんじゃないかな」


「そうだな」


 腰を上げようとすると、フィアナがこちらを見た。


「アレン、帰りは少しゆっくりね」


「分かってる」


 フィアナはそれでも念を押すように俺の膝へ目をやってから立ち上がった。


 俺たちは三人で坂を下り、ラウネへ戻った。


 ◇


 集会所へ着くと、ガルドとオスカーが旅の荷を並べていた。


 食料の袋、水袋、雨を避けるための布、それに野営で使う道具が用途ごとに分けられている。すでに確認は済んでいるらしく、オスカーは最後の一つを結び終えたところだった。


「おう、アレン。足はどうだった?」


「順調だと思う。まだ坂では少し気になるけどな」


「なら、最初は短めに歩くか。道が悪けりゃ予定も変えりゃいい」


 ガルドは頷くと、軽くまとめられた荷袋を俺へ渡した。


「これがお前の分だ。フィアナとリーネの荷も調整してある」


「助かる」


 肩へ掛けてみると、思っていたより軽かった。


 水や食料を含めればそれなりの重さになるはずだが、オスカーたちが分担して持ってくれるらしい。


「足を傷めてる奴に重い物を担がせても仕方ねえからな。歩けるようになったら、また考えりゃいい」


 オスカーが言った。


「ありがとうございます。荷が軽い分、周りの警戒はしっかりやります」


「それなら頼む。北の山じゃ、道だけ見て歩いてりゃいいってわけでもない」


 俺は頷き、荷袋を戻した。


 その時、集会所の入口から戦士が顔を出した。


「ヴァレクはいるか?」


 地図を広げていたヴァレクが顔を上げる。


「いる。どうした」


「北の見張りから伝令が来た。盟都からの文書を預かっているそうだ」


 ヴァレクは地図に置いていた手を止めた。


「誰が届けに来た?」


「連絡役の一人だ。見張りが確認して、こちらまで案内している」


「分かった。通してくれ」


 戦士が頷いて外へ出る。


 間もなく入ってきたのは、旅装の男だった。


 外套には乾いた土がつき、靴もかなり傷んでいる。ラウネまでの道が楽ではなかったことは、その格好からも分かった。


「ヴァレク殿」


「久しぶりだな。盟都からか?」


「ああ。途中の連絡所を経由してきた。各氏族へ回している通達の写しだ。ハルヴァへ届ける分を預かってきた」


 男は革袋を開き、折り畳まれた文書を取り出した。


 ヴァレクは記された印を確かめ、その場で目を通した。


「……そうか。動き出したか」


 最後まで読み終えると、男に尋ねた。


「この通達は、ほかの氏族にも届いているのか?」


「順次回している。まだ行き渡っていないところもあるが、主要な連絡先にはすでに送られたはずだ」


「分かった。ここで少し休んでいけ。北の道についても確認したい」


 伝令は頷き、案内の戦士とともに奥へ向かった。


 ヴァレクは文書を畳むと、俺たちを見回した。


「王国との交渉について知らせが来た」


「王国?」


 ガルドが聞き返す。


「ああ。ヴェルセリア王国と北方諸族連合が、正式和平に向けて協議の場を設けることで合意した」


 思わず、フィアナと顔を見合わせた。


「和平交渉が始まるのか?」


「その準備に入る。国境の街で双方の使節が会うことになるそうだ。日程や議題の調整はまだ続いているが、交渉を始めるという点では合意ができたらしい」


 ヴァレクは文書を机へ置いた。


 王国と北方の間には、長い戦争の歴史がある。


 三十年以上前の大きな戦争が終わってからも、正式な和平は成立していない。国境で交易を続ける人々がいる一方、互いの軍を警戒し、簡単には行き来できない状態が続いてきた。


 それが、ようやく話し合いの席につくという。


「王国側も受け入れたんだな」


「ああ。だが、国境の扱いや使節の往来についても、これから詰めることになる。北方の氏族がみな賛成しているわけでもないからな」


「カシュラか」


 俺が尋ねると、ヴァレクは頷いた。


「カシュラ盟は以前から反対している。ほかにも、人類との和平を急ぐべきではないと考える氏族がある。通達が届けば、各地で議論になるだろう」


 セレナが文書へ目を向けた。


「国境の問題だけでも簡単ではないわね。それに、王都で起きたことを考えると、古代施設についても話し合う必要があると思う」


「盟主もそう考えているだろう。北方で起きた異常と、王国が経験した異常には共通する点が多い。双方が知っていることを持ち寄れれば、危険を減らせる可能性はある」


 俺もそれには同感だった。


 王都に現れた黒い獣や統制体について、ハルヴァの人々は詳しい事情を知らなかった。逆に、ラウネの施設で何年も行われてきた調査についても、王国側はほとんど把握していない。


 互いに似たような異常に直面しながら、国境を挟んで情報が途切れていたことになる。


「ヴァルドには、もう知らせたのか?」


「これからだ。氏族長への正式な通達でもある。本人に読んでもらう必要があるな」


 ヴァレクはそう言って、入口に近い戦士へ声をかけた。


「ヴァルドを呼んできてくれ。グレンも手が空いていれば同席してもらいたい」


 ◇


 ヴァルドが集会所へ来たのは、それから少ししてのことだった。


 グレンも一緒だったが、左腕にはまだ固定具が残っている。歩くことに問題はなさそうでも、重い武器を振れる状態には戻っていないらしい。


「国境で動きがあったそうだな」


「ああ。これを読んでくれ」


 ヴァレクが文書を渡す。


 ヴァルドは一通り目を通し、しばらく考え込んでいた。


「……盟主は、いよいよ進めるつもりか」


「以前から目指していたことだからな。王国側も応じた以上、今は交渉の機会を逃したくないはずだ」


「だが、氏族の間で意見が割れているのは変わらんぞ」


 ヴァルドは文書を机へ戻した。


「俺たちハルヴァも、和平には慎重だった。三十年以上前の戦争を覚えている者が今もいる。国境で何度も争ってきた相手と、すぐに信頼し合えるとは思えん」


「分かっている。正式な和平には諸族評議会での協議も必要だ。盟主一人で決められることではない」


「それでも、交渉を始めたこと自体に反発する氏族は出るだろうな」


「ああ」


 ヴァレクは否定しなかった。


 ヴァルドは腕を組み、俺とフィアナへ視線を向けた。


「お前たちのことは信用している。ラウネを守るために戦ってくれたことも、負傷者を助けてくれたことも忘れていない」


 俺たちは黙って話を聞いた。


「だが、王国の兵が国境を越えて来るとなれば、話は変わる。ここに住む者たちがどう受け止めるかも考えねばならん」


「それは当然だと思う」


 俺が答えると、ヴァルドは頷いた。


「王国側にも同じように警戒している者がいるだろう。争いを経験した者ほど、簡単には考えを変えられん」


 ヴァルドの言うことは分かった。


 ラウネで過ごすうちに、俺たちは少しずつ受け入れてもらえるようになった。だが、それは一緒に働き、危険な時には互いに助け合ってきたからこそ成立した関係だ。


 国境を越えた交易や交流は続いていても、武装した兵を互いの土地へ受け入れられるほどの信頼を築くには、まだ時間がかかるのだろう。


「カシュラがこの知らせをどう受け取るかも気になるな」


 グレンが口を開いた。


「ラウネであれだけのことをしておいて、盟主の和平方針に従うとは思えん。ほかの氏族とも衝突しているそうじゃないか」


「そうだ。今回の交渉を歓迎しないのは間違いないだろう」


 ヴァレクは地図の北側へ目を向けた。


「ただ、向こうがどう動くかは、まだ分からん。各氏族へ通達が回るまでにも時間がかかる。今は確かな情報を集めるしかない」


「ラウネへの再襲撃も考えておく必要があるな」


 グレンの言葉に、ヴァルドが頷く。


「警戒は続ける。防柵の修復も急がせるが、傷を負った者を無理に持ち場へ戻すつもりはない」


 話を聞きながら、俺は施設から逃げ出した黒い獣のことを思い出していた。


 あの個体は今も見つかっていない。カシュラの部隊が北へ退いたこともあって、ラウネの周辺が安全になったとは言い切れなかった。


「北の道はどうなってる?」


 俺が尋ねると、グレンがこちらを見た。


「主要道のうち、ラウネに近い区間は確認が進んだ。見張り場から先は、巡回隊が今も調べている」


「施設へ向かう分岐の方は?」


「引き続き封鎖している。あちらは一般の通行を認めるつもりはない」


「そうか」


「盟都から来た伝令も、途中から見張りをつけて通した。人が一人通れたからといって、七人で荷を運べる状態とは限らんからな」


 確かに、その通りだった。


 旅装の伝令なら通れても、荷を背負った俺たちが同じ道を安全に進めるとは限らない。まして今は足を傷めた者が二人いる。


「明日、巡回隊が戻る予定だ」


 グレンが続けた。


「問題がなければ、どこまで通れるか具体的に話せる」


 ヴァレクは頷いた。


「それなら、出発の判断は明日だな。主要道が使えなければ別の経路を考えるが、補給できる場所も確認し直さねばならん」


「俺たちの足も、だいぶ良くなってる」


 俺が言うと、フィアナが頷いた。


「今日も二人と一緒に坂を歩いて確かめたよ。長い移動はまだ慎重にしたいけど、休憩を取りながらなら出発を考えられると思う」


「なら、明日もう一度傷を見てもらって、それから決めよう」


 ヴァレクは地図を畳みかけたが、そこでリーネが声をかけた。


「ヴァルド、私からも一ついい?」


「何だ?」


「盟主に会ったら、和平の話も聞いてみたい。カシュラがラウネを襲ったことだけじゃなくて、ほかの氏族がどう考えてるのかも」


 ヴァルドはリーネを見た。


「そうしてこい。そのためにも送り出すんだ。ハルヴァのことを伝えるだけでなく、お前自身も向こうの話を聞いてくるといい」


「うん」


「ただ、見ていないことまで知ったように答えるなよ」


「分かってるって」


 リーネが笑うと、ヴァルドもわずかに表情を緩めた。


「それから、アレン」


「ん?」


「剣は直ったのか?」


「ああ。今日受け取ってきた。外套も修理が終わってる」


「そうか。なら、明日は装備と足の状態をもう一度確かめておけ」


「分かった」


 ヴァルドは頷き、グレンへ向き直った。


 明日の巡回結果が問題なければ、明後日の出発を目安に準備を進める。グレンもそれに合わせて北の見張り場の人員を調整することになり、ヴァレクたちは最後の補給地点と行程を確認し始めた。


 俺も荷の分担をもう一度確かめておこうと考え、ガルドたちのところへ戻った。


 ◇


 集会所を出ようとした時、俺はヴァレクを呼び止めた。


「そういえば、王都への連絡はどうなってる?」


 ガルドたちと合流できたことで、俺とフィアナが無事だったことを知る者は増えた。だが、王都に残っているミラやユリウスたちには、まだ何の知らせも届いていないはずだ。


「ちょうど、その件も相談しようと思っていた」


 ヴァレクは机の上に残した文書へ目を向けた。


「王国との協議が動き出せば、双方の使節を通じた連絡も取りやすくなるはずだ。俺たちの報告を王国側へ渡す方法も、確認しておきたい」


「今回の伝令に頼めるのか?」


「この伝令は盟都へ戻る。王国へ直接向かうわけじゃないが、国境へ文書を送る便に俺たちの報告を加えてもらえないか、盟都で確認してもらうことはできる」


「王都まで届くかは、まだ分からないってことか」


「そうだ。王国側の担当者へ渡った後、王都へ送られるまでにも時間がかかる。すぐに返事が来るとは思わん方がいい」


「分かった。それでも、無事だってことだけは知らせたい」


「ああ。報告にも最初に書いておくつもりだ」


 ヴァレクは頷き、こちらを見た。


「お前たちも簡単な手紙を書いておくか? 正式な報告とは別に、届けられるよう頼んでみよう」


「いいのか?」


「受け取ってもらえるかは分からんが、預けることはできる」


「なら、書いておくよ」


「私も書きたいな」


 隣にいたフィアナが言った。


「ミラやユリウスたち、きっと心配してると思うから」


「そうだな。伝われば少しは安心するだろう」


 ヴァレクは二人へ頷き、明日の朝までに渡すよう伝えた。


 俺たちは礼を言って集会所を出た。


 ◇


 夕食を終えたあと、俺とフィアナは机を挟んで手紙を書いていた。


 すでに部屋の隅には旅の荷がまとめられており、修理を終えた外套も掛けてある。


 フィアナは先に書き終えたらしく、紙を折る前にもう一度読み返していた。


「何を書いたんだ?」


「無事にしてることと、ラウネの人たちにお世話になったこと。それから、王都のみんなの怪我が早く良くなるといいなって」


「そうか」


「アレンは?」


「俺も似たようなことだな。ガルドたちと合流できたことと、しばらく北方で調査を続けることを書いてる」


 筆を動かし、最後の一行を付け加える。


 王都で別れた時、ユリウスもミラもまだ治療を続けていた。クラウディアやアルノルトも重傷を負っていたし、エルンストのその後も気になっている。


 全員が回復しきっているとは思わないが、少しでも普段の生活へ戻れていればいい。


 俺は書き終えた手紙を一度読み返した。


 状況を詳しく説明しようとすると長くなるので、ラウネで起きた出来事についてはヴァレクの報告に任せることにした。少なくとも俺とフィアナが生きていて、ガルドたちと一緒に行動していることは伝わるはずだ。


「書けた?」


「ああ。これでいいと思う」


「じゃあ、明日の朝に渡そうね」


 フィアナは自分の手紙を折り、俺のものと一緒に机の端へ置いた。


 そのまま隣の椅子へ移ってきたので、俺は少し身体をずらして場所を空けた。彼女は小さく礼を言い、並んだ手紙へ目を向けた。


「ちゃんと届くといいね」


「ああ。届くまで、しばらくかかるだろうけど」


「うん。でも、無事だって分かれば、少しは安心してくれると思う」


「そうだな」


 しばらく二人で黙っていると、外を通る人の声が聞こえた。


 明日の巡回結果が問題なければ、明後日にはラウネを出る。


 ここへ来たばかりの頃は、フィアナと二人で帰る道を探すことしか考えていなかった。それが今では、北方の中心であるノルヴェインへ向かうために、七人で荷を揃えている。


「明日は、リーネと一緒に挨拶して回ろうか」


 フィアナが言った。


「ああ。世話になった人たちも多いしな」


「治療所の人たちにも、ちゃんと話しておきたいな」


「俺も防柵の仕事で世話になった人たちに会っておこう」


「うん。じゃあ、朝は少し早めに出ようね」


 フィアナが頷いた。


 机の端に置いた手紙の隣には、ヴァレクから借りた地図が広げてある。


 ラウネの北に続く主要道を目で追うと、山間のいくつかの集落を経て、やがて盟都ノルヴェインへ至る。その途中にも別の氏族の土地があり、どこを通るかによって必要な日数も変わるらしい。


 王国と北方が和平に向けて動き始めたという知らせは、まだ少し実感が湧かなかった。


 王都では古代施設を巡る戦いが起こり、ラウネでもカシュラとの衝突があった。そんな状況で、国境の街では双方の使節が同じ机を囲み、話し合おうとしている。


 それがどこまで進むのかは分からない。


 ヴァルドの反応を見る限り、北方の中でも簡単に意見がまとまるとは思えなかった。ハルヴァでさえ、俺たちを受け入れるまでには時間がかかったのだから、長く争ってきた国同士となれば、なおさらだろう。


「アレン、そろそろ休まない?」


 顔を上げると、フィアナがこちらを見ていた。


「ああ。明日も早いしな」


 地図を畳み、手紙と一緒に明日持っていく荷袋の上へ置く。


 フィアナが炉の火を弱める間、俺は戸口に掛けた外套と剣を確かめた。どちらも修理を終え、いつでも持ち出せる状態になっている。


 あとは、俺たちの足と北の道次第だ。


 明日の巡回報告で経路の安全が確認できれば、ラウネを出る日も決まるだろう。


 俺は剣を壁際へ置き、フィアナが片づけを終えるのを待ってから、部屋の灯りを落とした。

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