第107話 声の届くところ
隔壁の向こうから、もう一度人の声が聞こえた。
「そこは触るな! 上の石まで落ちるぞ!」
聞き覚えのある北方語だった。続いて岩がぶつかる音が響き、誰かが短く言い返している。声は少し遠いものの、天然の岩盤に囲まれた坑道を伝って、思っていたよりはっきり聞き取れた。
「ハルヴァのみんなかな」
リーネが隔壁の方へ顔を向けた。
「そうかもしれない。まず外へ出よう」
俺たちは壁際に残された床を確かめ、隔壁へ向かった。
中央部は大きく崩落していたが、壁から伸びる支持材の上には板材が残っている。継ぎ目の浮いた場所を避け、互いに足を置く位置を確認しながら進むと、どうにか崩れた部分を通り抜けることができた。
隔壁は、閉鎖を試みた時と同じ位置で止まっていた。
左側の下部には大きな岩片が噛み込み、床の溝も一部が変形している。人が一人通れるだけの隙間は残っていたが、ここを閉じるには岩片の撤去だけでなく、損傷した床の確認も必要になりそうだった。
「やっぱり閉じてないね」
「ああ。今の俺たちじゃ、ここを直すのは無理だな」
リーネを先に通し、俺も肩を擦らないよう身体の向きを変えて隔壁を抜けた。
天然の岩盤が続く坑道へ出ると、足元には細かな石片が散らばり、天井の一部にも新しい亀裂が走っていた。施設へ入る時に壁際へ寄せたカシュラ兵二人の遺体は、そのまま残っている。
第二封鎖のあった狭窄部へ向かう途中で、また声が聞こえた。
「おい! 奥に誰かいるのか!」
「いる! アレンだ!」
俺が返すと、岩の向こうが一瞬静かになった。
「……アレンか!?」
「ああ! リーネも一緒だ!」
慌ただしい足音が近づき、崩れた石積みの隙間から年長のハルヴァ戦士が顔を出した。施設へ入る前、残留する五人をまとめていた男だった。
「お前たち……生きてたのか」
「何とかな。そっちは無事か?」
「俺たちはな。だが、奥からあれだけ大きな音がしたんだ。もう戻ってこないかと思ったぞ」
男は俺たちを見比べ、リーネの左足へ目を落とした。
「怪我をしてるな。こっちへ来られるか?」
「ああ。少し時間をくれ」
差し出された手を借りてリーネを先に狭窄部へ通し、続いて俺も崩れた石積みを越えた。近くで待っていた二人の戦士が駆け寄ってきたが、俺たちの足取りを見て、すぐに手を貸してくれた。
「中はどうなった? あの統制体は?」
「二体とも下層へ落ちた。一体は俺が壊したが、もう一体は崩落に巻き込まれた。そのあとの状態は確認できていない」
年長の戦士が坑道の奥を振り返った。
「奥で響いたあの地響きは、それか」
「ああ。床が崩れて、俺たちも下へ落ちたんだ。別の通路を見つけて、どうにか戻ってこられた」
男はしばらく俺の顔を見ていたが、やがて深く息を吐いた。
「よく生きてたな。まず水を飲め」
差し出された水袋を受け取り、少しずつ喉を潤した。
下層でも水は持っていたが、残量を気にして少量ずつ使っていたため、思っていた以上に喉が渇いていたらしい。リーネへ渡すと、彼女も岩壁へ背を預け、何度かに分けて水を飲んだ。
「外はどうなってる?」
「カシュラの連中は退いた。動ける者は負傷者を連れて道を下っていったが、亡くなった者も相当いる」
「黒い獣は?」
男の表情が険しくなった。
「施設道を下りながらカシュラ兵を追っていた。途中までは弓手にも見えていたが、道の曲がり角から先は確認できていない」
「ラウネへ向かった可能性もあるな」
「ああ。伝令には知らせてある。弓手二人はまだ高所に残しているが、日が落ちてからは遠くまで見えん」
統制体が下層へ落ちたからといって、外へ出た黒い獣まで動かなくなったとは限らない。王都で見たものと同じなら、単独でも十分に危険な相手だ。
俺は施設道の方へ目を向けた。カシュラ兵が退いていった道は北側の主要道へつながっているが、途中には曲がり角も多く、斜面へ入れば別の方向へ移動することもできる。
今から追跡するのは危険だった。
「第一隔壁は閉じ切れなかった。岩が挟まってるし、手前の床もかなり傷んでる。今夜は誰も奥へ入れない方がいい」
「分かった。俺たちも第二封鎖の状態を確かめようとしたが、上の石が崩れそうで近づけなかった。お前たちの声が聞こえたのは、その時だ」
男は仲間へ高所の弓手を呼び戻すよう指示した。
負傷者の搬送はひとまず終わり、施設の外に残された遺体については、名前の分かる者の持ち物を分けてあるという。今夜これ以上の作業を続けるには危険が多く、俺たちもラウネへ戻って状況を報告することになった。
第三封鎖の残骸を避け、坑道の外へ出る。
冷たい夜気が頬に触れ、リーネが隣で長く息を吐いた。空はすでに暗く、西の稜線も黒い輪郭を残すばかりになっている。
「……やっと外だね」
「ああ。ずいぶん時間がかかったな」
入口近くの岩場で少し休み、互いの包帯を確かめてもらった。
リーネの左足首は腫れが強くなっており、俺の右膝も曲げ伸ばしがつらい。肩の傷に新しい出血はなかったが、胸の奥にはまだ鈍い痛みが残っていた。
ほどなく高所から弓手二人が戻り、施設へ同行した五人がそろった。
俺たちはカシュラ兵の退いた通常道を避け、尾根上の巡回路からラウネへ戻ることにした。
「リーネ、歩けそうか?」
「うん。少し支えてもらえれば大丈夫」
年長の戦士が彼女の右側へ回って腕を貸し、俺にも別の戦士がついてくれた。俺の膝も長い下り坂には不安があったが、ハルヴァの戦士たちは地形をよく知っている。
出発する前、俺は一度だけ施設の入口を振り返った。
崩れた石積みの向こうには、暗い坑道が続いている。
あの下層で見たものを、ヴァルドにも報告しなければならない。初期入植基盤という名称も、作業員が着ていたらしい防護服も、管理機構から聞いた話も、そのままにはしておけなかった。
「アレン、行ける?」
リーネの声に顔を戻した。
「ああ。行こう」
五人の戦士に守られながら、俺たちは巡回路へ入った。
森に入ると頭上の枝が空を覆い、周囲はさらに暗くなった。先頭の弓手が小さな灯りを低く掲げ、木の根や滑りやすい石を避けながら進んでいく。開けた斜面では光を覆い、遠くに人影がないことを確かめてから横切った。
俺もリーネも平地なら歩けたが、段差が続く場所では支えが必要だった。戦士たちはそのたびに速度を落とし、先頭から足場を知らせてくれる。
途中で短い休憩を挟み、再び歩き始めてからしばらくした頃、先頭の弓手が片手を上げた。
林の奥から、落ち葉を踏む音が聞こえてきた。
複数の人間が一定の間隔を保ちながら歩いているようで、近づくにつれて装備の触れ合う音も混じり始める。
年長の戦士が俺たちを道の脇へ寄せ、弓手たちは木の陰へ移動した。俺も剣の柄へ手を添えたが、今の右膝では素早く踏み込めそうになかった。
やがて、枝の間から弱い灯りが見えた。
向こうもこちらに気づいたらしく、足音が止まる。
「誰だ」
低い声が響いた。
聞き覚えがあった。
俺が答えるより先に、年長の戦士が声を張り上げた。
「グレンか!」
「その声は……お前か。施設に残った者たちはどうした!」
「全員いる! アレンとリーネも一緒だ!」
向こうで誰かが短く声を上げた。
灯りがこちらへ近づき、木々の間から大柄な男が姿を現した。左腕を胸の前に固定したグレンで、背後には武装した戦士が五人ついている。
グレンは俺たちの顔を確かめると足を速め、近くまで来たところで立ち止まった。
「……生きてたか」
「何とかな」
「二人とも怪我をしてるな」
「俺は膝と肩、それに胸も傷めた。リーネは左足首だ。歩けるけど、かなり遅くなってる」
グレンは頷き、後ろの戦士たちへ水と歩行補助を指示した。
その間に俺は、統制体二体の状況と第一隔壁の損傷を伝えた。年長の戦士も施設外での出来事を補足し、黒い獣の行方が分からなくなっていることを報告する。
「統制体が、すぐ外へ出てくる可能性は?」
グレンが尋ねた。
「崩落のあと、下層で追ってくる気配はなかった。ただ、もう一体が完全に壊れたかは確認できていない。施設の奥にほかの警備設備が残ってる可能性もある」
「隔壁の方は?」
「岩が挟まってる。床も大きく崩れてるから、直すなら先に足場を確保する必要がある」
「分かった。今夜は近づけさせん」
グレンはそう答え、残った戦士たちの負傷状態と装備を確かめた。
救出隊の六人と施設に残っていた五人、それに俺とリーネを合わせて十三人になる。グレンは俺たちを列の中央に置き、弓手を前後へ分けた。
「まず全員をラウネへ戻す。黒い獣が見つかっていない以上、道中も警戒を解くな」
「北の防柵はどうなった?」
俺が尋ねると、グレンは少しだけ表情を緩めた。
「カシュラの前列が下がった。高所にはまだ敵がいるが、防柵への攻撃は止まっている。ヴァルドが守備を引き受けた」
「そうか。持ちこたえたんだな」
「ああ。ただし、警戒は続けてる」
胸の奥に残っていた緊張が、少しだけ緩んだ。
グレンが迎えに来ているのだから、ラウネの状況が変わったことは察していた。それでも、直接聞けてよかった。
「フィアナは?」
「無事だ。北側の石造倉庫で負傷者を診ている。お前たちが戻ったら、すぐ知らせろと言われてるぞ」
「そうか。心配かけたな」
「それは帰ってから言え」
グレンは先頭の戦士へ出発を命じた。
人数が増えたことで、足元を確かめる者と周囲を警戒する者を分けられるようになった。グレン自身は左腕を固定したまま列の中央につき、前後の距離を確かめながら歩いている。
途中、リーネが小さく声をかけてきた。
「アレン」
「どうした?」
「……戻れてよかったね」
彼女は少しだけ笑った。
「ああ。本当にそうだな」
先頭の戦士が段差を知らせてくれたので、リーネが下りるのを待ち、俺も支えを借りて後に続いた。
森の中ではラウネまでの距離がなかなか縮まらないように感じられたが、尾根から森林の斜面へ下り、何度か休息を挟みながら進むうちに、木々の向こうへ小さな灯りが見え始めた。
「集落だ」
先頭の戦士が振り返った。
ラウネの東側だった。
見慣れた家屋の屋根が暗闇に浮かび、ところどころで夜番の灯りが揺れている。遠くから人の声も聞こえてきたが、北の防柵で続いていた激しい戦闘音は、もうほとんど届かなかった。
集落の外縁に近づくと、見張りの戦士が声をかけてきた。
「グレンか!」
「ああ。施設の者を連れ帰った。負傷者が二人いる」
「アレンたちもか?」
「二人ともいる。ヴァルドに知らせろ。施設の報告は俺がする」
見張りは仲間を呼び、一人を集落の中央へ走らせた。
俺たちは家屋の間を通り、北側の石造倉庫へ向かった。
通りには壊れた防柵の木材や、撤去を待つ荷車が残っていた。家屋の壁に矢が刺さったままの場所もあり、ラウネの受けた被害は決して小さくなかったらしい。
通りかかった戦士たちは俺たちを見ると驚いた顔をしたが、グレンが負傷者の搬送を優先するよう告げると、すぐに道を空けてくれた。
石造倉庫の入口では盾を持った戦士が見張りを続けており、奥からは水や布を運ぶ人たちの姿が見える。
グレンが先に入口へ進んだ。
「フィアナはいるか」
「中にいる。負傷者を診てるはずだ」
「アレンとリーネが戻った。診てもらいたい」
入口の戦士が奥へ声をかけると、間もなく聞き覚えのある返事が聞こえてきた。
「今行く!」
倉庫の奥から現れたのは、フィアナだった。
淡い銀色の髪が少し乱れ、袖には血のついた布を扱った跡が残っている。疲れた様子だったが、俺たちを見つけると足を速めた。
「アレン……リーネ!」
「ただいま」
俺がそう言うと、フィアナはすぐには返事をしなかった。
俺とリーネを順に見て、それから身体を支えてくれている戦士たちへ目を向ける。
「二人とも怪我してるの?」
「ああ。俺は膝と肩、リーネは足首だ」
「ほかには? 出血は?」
「肩の傷は止まってる。胸も痛むから、そっちを診てほしい」
胸という言葉に、フィアナの表情が変わった。
「息は苦しくない?」
「普通にしていれば大丈夫だ。深く吸うと少し痛む」
「分かった。二人とも中へ入ろう。すぐ診るね」
フィアナは手当て役へ声をかけ、空いていた寝台を二つ使わせてもらった。
グレンは俺たちが運び込まれるのを見届けると、ヴァルドへの報告を引き受けてくれた。
「施設のことは俺から話しておく。アレン、お前は治療を受けろ。細かいことは明日聞く」
「分かった。グレンも腕を休ませてくれ」
「分かってる」
フィアナが横からグレンを見た。
「あとで腕も診るからね。無理して動かさないで」
「ああ」
グレンは短く答え、同行した戦士たちへ必要な指示を残して倉庫を出た。
俺は寝台へ腰を下ろし、装備の留め具を外そうとした。
腕を上げたところで肩に痛みが走り、思わず動きを止める。フィアナがすぐに手を添え、剣と外套を受け取ってくれた。
「無理に動かさないで。私が外すから」
「助かる」
彼女は肩の包帯を確かめたあと、まず胸を診ることにしたらしい。
「いつから痛いの?」
「統制体と戦っている時にも何度か強くぶつけた。そのあと床が崩れて、下へ落ちたんだ」
「……落ちた?」
「ああ。風魔法で落下を抑えたけど、途中で壁にもぶつかった」
フィアナは一度手を止め、俺の顔を見た。
「リーネも一緒に?」
「うん。アレンが風で支えてくれたの」
隣の寝台から、リーネが答えた。
「でも、二人ともあちこちぶつけたから。私は足首だけじゃなくて、身体も少し痛いかな」
フィアナはしばらく黙っていたが、すぐに俺の方へ向き直った。
「その話、あとで詳しく聞かせて。今は怪我の方が先だから」
「分かった」
彼女は手当て役に清潔な布と水を頼み、俺の胸へ慎重に手を添えた。
「もう一度、ゆっくり息を吸ってみて。痛くなったら途中で止めてね」
言われたとおりにすると、右胸の奥へ鈍い痛みが走った。
「そこだな」
「分かった。咳は出る? 血が混じったことは?」
「いや。咳はほとんど出てない。血も見てないな」
フィアナは頷き、左右の胸の動きと呼吸の様子を確かめてから、痛みのある部分へ手を添え直した。
「強くぶつけてるから、肋骨か、その周りを傷めてるかもしれない。まず胸を治療するね」
淡い光が彼女の手元に集まった。
胸の奥へじんわりと温かさが広がり、息をするたびに続いていた痛みが少しずつ和らいでいく。フィアナは何度か手の位置を変えながら治癒魔法を使っていたが、やがて額に汗が浮かび始めたところで、静かに手を離した。
「もう一度、息をしてみて」
俺はゆっくり息を吸った。
痛みはまだ残っているものの、さっきより深く吸えるようになっている。
「楽になった。ありがとう」
「よかった。でも、まだ傷めてるところが残ってると思う。今夜は無理に身体を動かさないで。息が苦しくなったり、痛みが強くなったら、すぐ教えてね」
「ああ、分かった」
フィアナは俺の呼吸が落ち着いていることを確かめてから、肩の傷を洗い、新しい包帯を巻いた。
続いて右膝を診てもらうと、関節の周りにはまだ腫れが残っていた。強く曲げずに状態を確認し、しばらく固定して休ませることになった。
「よくここまで歩いてきたね」
「途中からはハルヴァの戦士たちに支えてもらった。自分たちだけなら、もっと時間がかかってたと思う」
「そうだろうね。明日も無理に歩かないで」
フィアナは俺の膝の下へ畳んだ布を入れ、痛みの少ない位置を探してくれた。
隣ではリーネが足を伸ばし、手当て役に装備を外してもらっている。フィアナはそちらへ移ると、左足首の腫れと痛む場所を確かめた。
「かなり腫れてるね。ひねった時、どんな感じだった?」
「床が崩れた時に足を取られて、それからずっと痛いの。上へ戻る途中でも何度か踏ん張っちゃった」
「そうだったんだ。まず動かないように固定するね」
フィアナは足首を支えながら布を巻き直し、リーネの身体のほかの傷も確かめた。
リーネは何度か顔をしかめたが、処置を終えるとようやく肩の力を抜いた。
「二人とも、今夜はもう歩かないでね」
「うん。さすがに私も休みたいかな」
リーネが苦笑した。
フィアナは小さく頷き、手当て役へ水と追加の布を頼んだ。
倉庫にはまだ治療を待っている負傷者がいる。胸の治療に魔力を使ったフィアナも疲れが見えていたが、俺たちの状態をもう一度確かめてから、近くの木箱へ腰を下ろした。
俺は寝台の脇に置かれた剣へ目を向けた。
刃には統制体と戦った時の傷が残り、外套もところどころ裂けている。明日になれば装備を確かめ、ヴァルドへ施設のことを話さなければならない。
倉庫の奥では手当て役が水を運び、別の寝台からは傷の具合を尋ねる声が聞こえていた。
「フィアナ」
「何?」
「大変だったんだな、こっちも」
彼女は水を一口飲んでから頷いた。
「うん。怪我した人がたくさん運ばれてきたし、亡くなった人もいる」
「そうか……」
「でも、グレンたちが北を守ってくれたから。今は新しい負傷者もほとんど来なくなったよ」
フィアナは器を置き、俺の包帯へ目を向けた。
「施設から伝令が来た時は、どうなるかと思った」
「心配かけたな」
「うん。かなり」
短い返事だった。
彼女は隣の寝台にいるリーネを見て、それからもう一度俺へ視線を戻した。
「二人とも戻ってきてくれて、よかった」
「ああ。俺もそう思う」
フィアナは小さく頷いた。
そのまましばらく座っていたが、奥から呼ばれると、膝に手をついて立ち上がった。俺の胸の治療で使った魔力を考えれば、少し休んでいてほしかったものの、まだ手当てを必要としている人がいるのも分かっていた。
「アレン、横になれる?」
「ああ。大丈夫だ」
「肩を動かさないように気をつけてね」
彼女が手を貸してくれたおかげで、胸に負担をかけずに横になることができた。
隣ではリーネも毛布を受け取り、傷めた足を伸ばしている。俺たちの寝台の間には小さな水差しが置かれ、必要なら手当て役を呼べるようになっていた。
「今夜は何かあったらすぐ呼んで。胸の痛みも、あとでもう一度確かめるから」
「分かった。ありがとう、フィアナ」
「うん。おかえり、アレン」
彼女はそう言ってから、リーネにも顔を向けた。
「リーネも、おかえり」
「……ただいま」
リーネが笑うと、フィアナもようやく少しだけ笑った。
奥の寝台から水を求める声が聞こえ、フィアナは手当て役と短く言葉を交わしてから、そちらへ向かった。
俺は身体を横たえたまま、倉庫の天井を見上げた。
胸の痛みはまだ残っていたが、呼吸はずいぶん楽になっている。外からは夜番の戦士たちが交代を知らせる声が聞こえ、倉庫の中でも、ときおり誰かがフィアナや手当て役を呼んでいた。
フィアナの返事が聞こえ、足音が遠ざかる。
俺は毛布を肩の辺りまで引き寄せ、ゆっくりと目を閉じた。




