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第101話 破口

 二本目の横梁が運び出されると、坑道の奥から聞こえていた作業音が途切れた。


 俺とリーネは、同行した六人のハルヴァ戦士を巡回路の曲がり角に待たせ、入口を見下ろす岩陰に身を伏せていた。西の稜線へ傾いた陽が山腹を赤く照らす一方、坑道の中はすでに薄暗い。積み上げられた石材の脇では、工具を持った作業員が次の指示を待っており、入口の警備に当たるカシュラ兵も配置を変えていなかった。


「第二封鎖まで外し始めたなら、急いでヴァルドに知らせないと」


「ああ。待ってる連中にも伝えよう」


 リーネが身体を引いたところで、坑道の奥から低い金属音が響いた。


 重い扉を引きずるような音が長く続き、入口にいた兵士たちが顔を上げる。その一人が奥へ駆け込んだ直後、坑道の壁が白く照らされた。


「何だ、今のは」


 身を乗り出した俺の視界に、転がるように外へ飛び出してきた男が映った。


「隔壁が開いた! 誰も操作していない!」


 男は入口の警備兵へ叫び、さらに何か伝えようとしたが、息が続かず膝をついた。後ろから出てきた作業員たちも落ち着かない様子で振り返っている。


 その中にオルザがいた。


 巻いた書類を抱えたままカシュラ側の指揮官へ詰め寄り、坑道を指している。こちらまでは聞き取れなかったが、指揮官が部下を呼び集めると、オルザも声を張り上げた。


「中にいる者を戻せ! それ以上、奥へ入るな!」


 盾兵が入口の両側へ分かれ、作業員の退路を空けた。弓手たちも岩場へ移動し始めており、誰もが奥の異変を警戒している。


 第一封鎖の隔壁が勝手に開いたのか。


 ハルヴァの記録には、閉じた隔壁が再び動き出した事例が残されていた。だからこそ物理的な封鎖を重ねたのだが、その第二封鎖も今はカシュラ兵によって解体されかけている。


 坑道から出てくる人影が途切れた。


 代わりに現れたのは、天井近くを滑るように飛ぶ黒い物体だった。


「アレン、あれ……!」


 翼のない外殻に、前面の細い発光部。グレンの左腕を焼いた小型兵器と同じものだ。


 黒い浮遊兵器は入口の外へ出ると、盾兵たちの頭上をゆっくりと回り始めた。弓手が矢を放った途端に高度を変え、岩場の陰へ移ろうとしていた兵士へ向き直る。


 発光部が白く輝き、細い光が走った。


 逃げ遅れた兵士が胸を押さえて倒れ、仲間が盾を掲げて駆け寄る。その間に浮遊兵器はさらに高度を上げたが、カシュラの弓手たちも左右へ散り、別々の方向から矢を射かけ始めた。


 二つ目が坑道から飛び出したのは、その最中だった。


 こちらは入口に留まらず、外側の斜面へ向かって高度を上げてくる。


「見つかる前に下がるぞ」


 リーネを先に行かせ、巡回路の曲がり角へ向かった。背後では何度も弓弦が鳴り、岩に矢が当たる乾いた音も混じっている。


 振り返った時、一つ目の浮遊兵器が大きく傾いた。


 カシュラ兵の放った矢が下面に刺さっており、姿勢を立て直そうとする間にも別の矢が外殻を捉えた。ついに石材の上へ落下すると、駆け寄った槍兵が継ぎ目へ穂先を突き込み、まだ光っていた前面を砕いた。


 その様子を確かめてから、俺たちは六人の待つ岩陰へ戻った。


「入口で何か起きたのか?」


 年長のハルヴァ戦士が迎えた。


「古代隔壁が動いたらしい。中からグレンを傷つけた小型兵器が二つ出てきた。一つはカシュラ兵が落としたが、もう一つは斜面を上がってきてる」


「見張りのように飛び回っていたやつか」


「ああ。哨戒体と呼ぶことにしよう。攻撃する直前に前面が光る。矢を当てるなら下面か外殻の継ぎ目だ」


 弓手二人が高い岩場へ移り、残りの戦士たちも木々の陰から斜面を警戒し始めた。


 哨戒体の姿はまだ見えない。入口付近ではカシュラの弓手たちが次々と後退しており、先ほどまで聞こえていた作業音も完全に消えていた。


 その時、坑道の奥から轟音が響いた。


 山腹を揺らすような衝撃とともに、入口から白い光と土埃が噴き出す。近くにいた兵士たちが伏せ、積み上げられていた石材の一部が斜面を転がり落ちた。


 しばらくして埃が薄れると、坑道から三人の男がよろめきながら出てきた。


 一人は肩から血を流し、仲間に支えられている。最後尾の男は何度も奥へ叫んでいたが、入口から離れたところで膝をつき、そのまま動けなくなった。


「石壁が崩れた! 中へ戻るな!」


 第二封鎖のことだろう。


 横梁を外され、石板も動かされていたところへ、奥から強い衝撃が加わったらしい。入口から内部の様子は見えないものの、石材が崩れる音はまだ続いている。


 ほどなくして、黒い獣が姿を現した。


 楔形の頭部と硬い外殻に覆われた四本脚。大きな身体を低くし、第三封鎖に残された石積みへ前脚を押し込んでいる。


「入口から離れろ! 石が崩れるぞ!」


 カシュラ側の指揮官が叫び、槍兵たちが作業員を後方へ逃がした。


 黒い獣は隙間に差し込んだ前脚を外側へ押し広げると、横梁の残骸を払い落とした。固定の甘かった石積みがまとめて崩れ、広がった開口部から黒い身体が押し出されてくる。


 左右の岩場から矢が降り注いだ。


 外殻の継ぎ目に何本か刺さっても、獣はほとんど怯まず、盾兵の間を抜けて弓手のいる岩場へ向かおうとした。横から斬りつけた戦士が前脚で弾き飛ばされ、助けに入った槍兵も、獣が急に進路を変えたために穂先を外してしまう。


 王都で見た動きに似ていた。


 黒い獣は、追いやすい相手から順番に襲っているわけではない。盾を構える兵を避け、離れた位置から攻撃する者を優先している。


「奥に統制体がいるかもしれないな」


「王都で戦った、大きな黒い人型?」


「ああ。あいつがいると、黒い獣の動きが変わる」


 その時、施設道から怒声が上がった。


 カシュラ兵たちが逃げてきていた。


 先頭の数人はまだ武器を持っているが、後ろでは負傷者を二人がかりで抱え、道の端をよろめきながら進んでいる。さらにその上空から、斜面へ向かったはずの哨戒体が現れた。


 逃げる兵士を追って高度を下げ、その前面に光が集まり始める。


「伏せろ!」


 俺は道の脇へ出て、兵士たちの前に低い土壁を築いた。光が岩の表面を穿ち、砕けた石片が跳ねる間に、負傷者を抱えた男たちが地面へ倒れ込む。


 上の岩場からハルヴァの矢が飛んだ。


 一本目は哨戒体の外殻を掠めたものの、続く矢が下面を捉えた。機体が大きく傾き、立て直そうと高度を下げたところへ、俺は風を使って踏み込んだ。


 剣先を外殻の継ぎ目へ差し込むと、硬い手応えの奥で何かが砕けた。


 哨戒体は地面に落ちてなお微かに震えていたが、刃を押し込むと発光部が消え、そのまま動かなくなった。


 土壁の陰では、カシュラ兵が負傷した仲間を抱き起こそうとしていた。


 俺に気づくと反射的に剣へ手を伸ばしたが、ハルヴァの戦士たちまで近づいてきたのを見て、動きを止める。


「今は戦わない。怪我人を下げろ」


 男は腕の中の仲間を見下ろした。


「……頼む。こいつ、もう歩けないんだ」


 負傷者の脚は膝から下が大きく焼け、革鎧の一部が黒く焦げている。ハルヴァの戦士が肩を貸すと、男はようやく剣から手を離し、二人で仲間を支え直した。


「中で何があった?」


「隔壁が開いて、あの獣が出てきた。後ろの連中が逃げようとした時、黒い人型が……」


「何体いた?」


「二体だ。奥に二体いた」


 男は言葉を詰まらせ、施設の入口を振り返った。


「一体が光を放ったんだ。盾も石壁もまとめて壊されて、まだ後ろに大勢残ってたのに……」


 俺は施設道の先を見た。


 入口付近ではカシュラの盾兵たちが二列になり、奥から退いてくる仲間を通している。指揮官もその場に残り、負傷者を優先して後方へ運ばせていた。


 先ほど入口を破った黒い獣は、退いていくカシュラ兵を追って施設道を下っていた。槍兵たちが道の脇から穂先を突きつけて進路を逸らそうとしているが、獣は岩陰へ逃げ込む者を追い、入口から次第に離れていく。


 だが、その後方で白い光が強まり始めた。


 崩れ残った石積みの向こうに、縦長の発光部が見える。


 見間違えるはずがない。王都で何度も目にした、統制体の充填照射の予兆だった。


「入口から離れろ!」


 俺が叫んだのとほとんど同時に、カシュラの指揮官も撤退を命じた。


 盾兵たちが左右へ散り、近くの負傷者を引きずって岩陰へ逃れる。最後尾の者たちも後退しようとしていたが、倒れた仲間を抱えている兵士はどうしても動きが遅い。


 白い光が坑道を貫いた。


 入口の石積みが砕け、盾を掲げていた数人が衝撃とともに吹き飛ばされる。さらに外側の岩壁まで抉られ、崩れた破片が道へ降り注いだ。


 俺たちも岩陰へ身を伏せた。


 轟音が山腹を伝わり、遅れて細かな石が斜面を転がってくる。しばらく頭を上げられなかったが、土埃が薄れ始めた頃には、入口から逃げてくる人影もほとんどなくなっていた。


 何人もの兵士が倒れている。


 救助に戻ろうとする者を、指揮官が掴んで引き戻していた。奥からまだ金属音が響いており、ここに留まれば次の照射を受けかねない。


「もう持たん! 運べる者を運んで下がれ!」


 負傷者を抱えた兵士たちが次々と通常道へ向かう。


 オルザの赤い外套もその中に見えた。何度も入口を振り返っていたが、近くの戦士に肩を掴まれると、ようやく道を下り始める。


 カシュラ側は施設の確保を諦めたらしい。


「アレン、あの人型まで出てきたら……」


「ああ。ラウネが危ない」


 北の防柵では、今もグレンたちがカシュラ兵を防いでいる。そこへ統制体が黒い獣を率いて向かえば、持ちこたえるのは難しい。


 第三封鎖も第二封鎖も破られたが、第一封鎖の古代隔壁なら、まだ閉じられるかもしれない。


 俺たちが操作したのは、隔壁の外側にある壁の装置だった。あそこまで辿り着ければ、少なくとも閉鎖を試すことはできる。


「リーネ、俺は第一隔壁へ行く。六人と一緒に下がってくれ」


 そう告げると、彼女はすぐに首を横へ振った。


「待って。あの黒い人型が二体いるんでしょう? 一人で何をするつもりなの」


「まずは隔壁を閉じる。動かなければ、通路を塞ぐ方法を探す」


「操作している間に見つかったら?」


「そこは何とかするしかない」


「……それじゃ、無理だよ」


 リーネは俺の前へ回り込み、逃げていくカシュラ兵と施設の入口を確かめた。


「アレンが周りを警戒して、私が隔壁を操作する。そうすれば、少なくとも一人で全部やるよりは早いでしょう」


「危険なのは分かってるな」


「分かってる。だから止めたんだよ」


 彼女は短剣の位置を直し、改めて俺を見た。


「私たちがずっと調べてきた施設なんだから、最後まで手伝わせて」


 隔壁の操作場所に行くまでにも危険はあるし、そこから先にどんな状態が待っているかも分からない。それでも、リーネが操作を担当してくれるなら、俺は統制体への警戒に集中できる。


「……分かった。隔壁の操作は頼む。あの人型が近づいたら、俺が引きつける」


「うん。任せて」


 俺たちは六人の戦士を集め、施設内部へ入ることを伝えた。


 年長の戦士は同行を申し出たが、入口の外にも黒い獣が出ており、負傷者の搬送も終わっていない。通路へ人数を増やすより、退路の確保を任せた方がいい。


「奥には大型の黒い人型が二体いる。王都では統制体と呼んでいた。頭部から放つ光は、盾も石壁も貫く」


「さっき入口を壊したのも、そいつか」


「ああ。黒い獣をまとめて動かすこともある。もし外へ出てきたら、正面から止めようとせずラウネへ知らせてくれ」


「分かった。ただ、外へ出た黒い獣はまだ道を下っている。負傷者を運ぶ連中も危ないな」


 年長の戦士は仲間を呼ぶと、一人をヴァルドへの伝令に出した。弓手二人は入口と施設道を見渡せる高所に残し、本人を含む三人が負傷者の搬送と道の警戒を引き受ける。


 伝令が巡回路を駆け戻っていくのを見届け、俺とリーネはカシュラ兵の退いた斜面を下った。


 入口には石材や折れた槍が散乱し、あちこちに血の跡が残っている。動かなくなった戦士たちの間を進みながら、息のある者がいないか確かめたが、近くにいた負傷者はすでに仲間が運び出していた。


 第三封鎖の中央は大きく崩れ、横梁の残骸が開口部に引っかかっている。俺たちはそれを避け、石積みの脇から坑道へ入り込んだ。


 第二封鎖のあった岩盤の狭窄部も、見る影がなかった。


 厚い石板は割れ、大型の石材まで奥へ押し込まれている。横梁を外したところへ内側から強い衝撃を受けたらしく、かつて隙間を埋めていた石積みの大部分が崩れ落ちていた。


「こんなに……」


 リーネが足を止めた。


 ここは彼女たちが時間をかけて修復した場所だ。使える石材を選び、横梁の状態を確かめ、何度も支えを組み直していた。そのほとんどが、足元の瓦礫に変わっている。


「行こう。まだ第一隔壁が残ってる」


 リーネは頷き、先に狭窄部を抜けた。


 人工の壁が見え始めると、通路の奥から白い光が差し込んできた。かつて暗かった天井の照明まで点いており、足元には黒く焦げた石材や金属片が散らばっている。


 第一封鎖の古代隔壁は、大きく開いていた。


 その手前にはカシュラ兵が二人倒れている。どちらも動く様子はなく、床には折れた槍と砕けた盾が転がっていた。


 リーネが一人の傍へ膝をつき、呼吸を確かめる。俺ももう一人の状態を調べたが、すでに息はなかった。


 俺たちは遺体を壁際へ寄せ、通路を空けた。


 その間にも奥から金属音が聞こえてくる。俺は隔壁の外側へ戻り、操作装置の状態を確かめた。


 開いた扉の右手に、ハルヴァが受け継いできた印が並んでいる。装置の下には以前は暗かった細い表示が白く灯り、見慣れない古代文字がゆっくりと切り替わっていた。


「リーネ、操作を頼む。俺は奥を見てる」


「分かった」


 彼女が装置の前へ立つと、俺は隔壁の脇から内部を窺った。


 人工の通路は奥へ真っ直ぐ続き、床には一定の間隔で継ぎ目が走っている。天井にも何本か亀裂が入り、剥がれ落ちた破片が通路の端へ積もっていた。


 その中央に、黒い人型が立っていた。


 細長い四肢と、背中に重なる板状の構造。人間の倍近い背丈があり、頭部中央の縦長の発光部は、床に倒れたカシュラ兵へ向けられている。


 統制体だ。


 こちらまでの距離は二十歩以上。頭部を向けられれば射線を外す余裕はほとんどないため、俺は隔壁の厚い壁を遮蔽物にして、剣を構えた。


「アレン、閉じるよ」


「ああ」


 リーネが印を順番に押すと、低い作動音が響いた。


 左右に開いていた隔壁が動き始め、通路の幅が少しずつ狭まっていく。このまま閉じ切れば、奥の統制体を閉じ込められる。


 ところが、人が二人並んで通れるほどの幅を残したところで、重い音が響き、隔壁の動きが止まった。


「……あれ?」


 リーネは表示を確かめ、もう一度同じ操作を試したが、扉は微かに震えるだけだった。


 表示には、閉鎖が中断されたことと、何らかの障害を検知したことを示す古代文字が並んでいる。


 俺は隔壁の下部を確かめた。


 左側の扉が、床の溝に落ち込んだ大きな岩片へ引っかかっている。破断面にはまだ新しい傷があり、統制体の照射で砕かれた壁材の一部らしい。


「リーネ、下に石が挟まってる」


「どこ?」


「左の扉の下だ。内側から押し込まれてる」


 土魔法で岩片を動かそうとしたが、扉の重量を受けた石は床の溝へ深く噛み込んでいた。外へ押し出そうにも逃げる隙間がなく、強引に砕けば隔壁の下部まで傷めかねない。


 内側へ回り込んで岩片の位置を確かめれば、扉を傷つけずに取り除く方法も見つかるかもしれない。


「通路側へ出れば、石を動かせそうだな」


「じゃあ、私が……」


「待て。奥のやつがこっちを向いた」


 通路の中央で、統制体の頭部が動いていた。


 縦長の発光部がこちらへ向き、黒い巨体が床に散らばった破片を踏み砕きながら近づいてくる。


「リーネ、壁の陰へ。俺が引きつける」


 操作装置から離れたリーネを背後へ下がらせ、俺は右側の壁へ身を寄せた。


 隔壁が途中まで閉じているおかげで、通路の中央からこちらを直接狙える幅は狭い。だが、統制体があと数歩近づけば、扉の隙間から照射できるようになる。


 リーネはすでに短剣を構えていた。


「アレン、あの石をどうにかできれば閉じられるんだよね」


「ああ。だから、少しでも離れたところへ誘い出す」


 統制体がさらに一歩踏み込んだ。


 頭部の光がこちらを捉え、俺は射線を読むため、わずかな角度の変化に注意を向ける。


 その奥で、もう一つ縦長の光が灯った。


 通路のさらに深い場所から、同じ黒い人型が姿を現した。最初の統制体より少し後方に立ち、こちらへ頭部を向けている。


 二体とも、俺たちに気づいていた。



挿絵(By みてみん)

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