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第99話 奪われる入口

 矢が岩に当たり、乾いた音を立てて跳ね返った。


 俺は身を低くしたまま敵の動きを窺った。正面からの射撃に加え、北側の林に入った弓手たちも高い位置から矢を放っている。岩陰にいれば直撃は避けられるが、その間にも道の向こうでは盾兵が前進を始めていた。


「弓手は林を押さえろ! 正面を通すな!」


 守備を預かる戦士が声を張り上げた。


 見張り場にいた弓手が応射すると、林からの矢が一時的に減った。だが、敵も木々を利用して位置を変えており、こちらが顔を出せばすぐに射かけてくる。


 俺は岩の端から正面を確かめた。


 道幅に合わせて三人の盾兵が並び、その後ろから槍兵が続いている。盾の隙間から穂先を突き出し、足並みを揃えて登ってくる様子に焦りは見られない。こちらが弓を射かけても盾で防ぎ、射撃が途切れると少しずつ距離を詰めていた。


「アレン、正面を止められるか!」


「任せてくれ。林の弓手を頼む!」


 守備の戦士が頷き、近くの二人に見張り場への移動を指示した。


 俺は盾兵が岩場の手前まで来るのを待ち、足元へ小さく土魔法を流した。


 先頭の男が踏み込んだところで地面をわずかに盛り上げると、右足を取られた男の盾が傾いた。その隙に風をまとって間合いを詰め、突き出された槍を剣で払いながら盾の脇へ回り込む。


 肩口を切りつけると、男は声を上げて後ろへ倒れかかった。隣の盾兵が支えようとしたところへ踏み込み、剣の柄で顎を打ち上げる。


 男が膝をついた瞬間、後ろから別の槍が伸びてきた。


 穂先を剣で逸らすと、俺の背後からハルヴァの矢が飛び、槍兵の肩に突き刺さった。敵の前衛が崩れかけ、後続の戦士が慌てて盾を寄せる。


「前へ出るな! 負傷者を下げろ!」


 後方から指揮官の声が響いた。


 先ほど交渉していた男だった。


 その指示で盾兵たちは足を止め、倒れた仲間を後ろへ引き込んだ。すぐに新しい盾兵が前へ出たが、今度は距離を詰めず、後方の弓手が俺のいる岩場へ向けて矢を放ってくる。


 俺は風で一本の軌道を逸らし、岩陰へ退いた。


 敵の前衛はすでに立て直されていた。負傷者を運ぶ者の動きも早く、後続の戦士たちは指示が届くまで持ち場を離れない。


 もう一度踏み込む機会を窺ったが、盾兵は間合いを詰めてこなかった。代わりに弓手が左右へ広がり、岩陰から出られる場所を狙い始める。


「アレン!」


 斜面の上からリーネの声が飛んできた。


 見上げると、彼女が岩陰に身を伏せ、北側の林を指している。


「弓手がさらに登ってきてる! このままだと見張り場の横へ出られる!」


 木々の間に目を凝らすと、弓を持った戦士たちが斜面を登っていた。見張り場にいるハルヴァの弓手は応射しているものの、相手は木の幹や岩を遮蔽物にしており、なかなか足を止められない。


「作業員の最後尾は?」


「まだ尾根の手前! でも、もう少しで越えられると思う!」


「確認してきてくれ。上の弓手にも伝えてほしい」


「分かった!」


 リーネは身を翻し、見張り場の裏手へ駆け上がった。林から矢が飛んできたが、彼女は木の幹へ身を寄せ、次の岩陰へ移ると、そのまま姿を消した。


 俺は正面へ目を戻した。


 盾兵は一定の距離を保ったまま、こちらが岩陰へ隠れるたびに少しずつ前進している。後方の弓手は射撃位置を変え続け、岩場の左右にいたハルヴァの戦士も、次第に顔を出せなくなっていた。


 そのうちの一人が応射しようと身を乗り出したところへ、林から矢が飛んできた。


「ぐっ!」


 男は左肩を押さえ、その場に膝をついた。


 近くの戦士がすぐに身体を引き寄せ、岩陰へ運び込む。矢は肩口の革鎧を貫いていたが、男の意識ははっきりしており、自分で傷を押さえようとしていた。


「矢は抜くな! 入口側へ下げろ!」


 守備の戦士が指示を出し、二人が負傷者を支えて後方へ移動し始めた。


 俺はその間に岩陰へ戻った。


「上を取られると、巡回路へ退けなくなる。そろそろ下がった方がいい」


「分かっている。作業員の退避を確認したら、全員を下げる」


 男は見張り場へ続く道を見上げた。


 入口には十二人の戦士が残っていたが、作業員の護衛に二人を付け、負傷者の搬送にも人手を取られている。これ以上傷つく者が増えれば、撤退そのものが難しくなる。


「弓手から下げてくれ。俺が正面を押さえる」


「一人では残さん。俺もここにいる」


「分かった。退く時は合わせる」


 男は頷き、近くの戦士へ撤退の準備を伝えた。


 見張り場へ続く道にいた弓手が一人ずつ後退を始める。敵の射撃が続いているため、岩陰から岩陰へ移りながらの退却だったが、幸い負傷者を運ぶ者たちはすでに斜面の上へ達していた。


 正面の盾兵がまた距離を詰め始めたので、俺は岩陰から一歩出て剣を構えた。


 先頭の男たちは足を止め、盾を揃える。


 こちらが踏み込もうとすると、すぐに後方の弓手が射かけてきた。無理に近づけば敵を倒すことはできるだろうが、今は後ろの戦士たちが動けるよう、岩場を空けずにおく必要がある。


 俺は矢を避けながら位置を変え、敵が前へ出ようとするたびに風を放って牽制した。


 しばらくして、見張り場からリーネの声が届いた。


「アレン! 作業員は全員、尾根を越えた!」


「護衛の二人も一緒か!」


「うん! 最後尾まで確認した!」


 守備の戦士がすぐに振り返った。


「撤退する! 残っている者は見張り場へ上がれ!」


 岩陰にいた二人が走り出すと、敵の盾兵も動いた。


 先頭の男が槍を突き出し、後続がその背後から距離を詰めてくる。俺は穂先を剣で払いながら足元へ魔力を流し、盾兵が踏み込もうとした場所の土を持ち上げた。


 先頭の二人が体勢を崩し、後続も足を止める。


 その隙に守備の戦士と一緒に斜面へ向かった。


 背後から矢が飛んできたが、木々の間へ入ると射線が限られた。見張り場に残っていた弓手も援護を続けており、追おうとした槍兵が矢を受けて盾の陰へ引き返す。


「追うな! 入口を押さえろ!」


 敵の指揮官の声が響いた。


 振り返ると、盾兵たちは俺たちを追いかけず、岩場の周囲に散り始めていた。後方からは工具を担いだ者たちが登ってきており、弓手も入口の警戒へ回っている。


 見張り場へ上がった時には、敵の先頭はすでに入口の前まで達していた。


「全員いるな?」


 守備の戦士が人数を確かめた。


 負傷者は先へ運ばれ、岩場に残っていた戦士も全員合流している。男は一人ずつ顔を確認してから、見張り場の奥へ手を振った。


「俺たちも戻る。ここを取り返すには人数が足りん」


 戦士たちが巡回路へ向かい始めたところで、リーネが俺の袖を引いた。


「アレン、少しだけ入口の様子を見ていかない?」


「どこからだ?」


「巡回路の途中に、岩が張り出してる場所があるでしょう。あそこなら入口が見えると思う」


 施設の周辺を調べた時に、何度か通った場所だった。


 尾根沿いの道が東へ回り込む途中に大きな岩があり、その陰からなら入口を斜め上方に見下ろせる。敵が何を始めるつもりなのか、今ならまだ確認できるかもしれない。


 俺は守備の戦士へ向き直った。


「俺とリーネで少し確認してから戻る。敵が封鎖をどうするか見ておきたい」


 男は渋い顔をした。


「林の連中もいるぞ。見つかれば囲まれる」


「長居はしない。見張り場を取られたらすぐ退く」


「……分かった。俺たちは負傷者を連れてラウネへ戻る。お前たちが残ることもグレンに伝えておく」


「頼む」


 男はそれ以上引き止めず、戦士たちを連れて巡回路を下っていった。


 俺とリーネは木々の陰を通り、見張り場を迂回するように岩場へ向かった。敵の弓手はまだ北側の斜面を調べているらしく、時折木々の間に人影が見えるものの、こちらへ向かう者はいなかった。


 岩の手前でリーネが足を止め、慎重に身を屈める。


「ここから見える」


 俺も隣から入口を覗いた。


 すでに敵の戦士たちが周囲を押さえていた。盾兵が通常道を警戒し、弓手は入口の左右へ散っている。その内側では工具を持った者たちが石積みを調べ、鉄の棒を差し込めそうな場所を探していた。


 ここ数日かけて運び込んだ石材は、そのまま敵の作業員たちに囲まれていた。


 横梁を支える石積みはまだ途中で、固定用の縄も残っている。数人が槌や鉄の棒を使い、入口を狭めている石材を一つずつ取り外し始めていた。


「……本当に開けるつもりなんだな」


 俺が呟くと、リーネは入口の後方へ目を向けた。


「待って。あそこ……」


 彼女が俺の腕を掴んだ。


 先ほどの指揮官が何人かの戦士と話しており、その後ろから、赤い外套をまとった人物が歩いてくる。


 長い銀白色の髪と髭。片手には見覚えのある革の書類筒を抱えていた。


「オルザ……」


 リーネの声が小さく漏れた。


 オルザは指揮官の隣に立ち、入口の石積みを確かめてから書類筒を開いた。


 取り出した紙を広げ、指揮官へ何かを説明している。距離があるため声は聞こえないが、何度か入口の奥を指さしており、指揮官もそのたびに頷いていた。


 やがて工具を持った男が、入口の横梁へ槌を振り上げた。


 オルザが慌ててその腕を押さえる。


 指揮官も近づき、三人の間でしばらくやり取りが続いた。やがて槌を持った男が下がり、代わりに二人の作業員が鉄の棒を持って進み出る。


 オルザは入口の内側を指さし、何かを伝えていた。


 作業員たちはその指示を受けたあと、横梁に触れず、手前の石材を外す作業へ戻った。


「……手伝ってる」


 リーネは入口を見つめたまま呟いた。


 俺もオルザの動きを追った。


 新しく積んだ石材を取り除く作業は、カシュラ側の職人たちだけでも進められる。だが、奥にはハルヴァの祖先が築いた第二封鎖があり、さらに古代の隔壁が残っている。


 オルザはその両方を長年調べてきた。


 下では石材の一つが引き出され、数人がかりで脇へ運ばれていく。指揮官は作業の進み具合を確かめると、後ろに控えていた戦士たちへ何かを伝えた。


「グレンが怪我した時、あの人も何が起きたか聞いてたのに」


 リーネが言った。


「ああ」


「なのに、開けるのを手伝うんだ……」


 彼女はそれ以上言わず、石積みの前に立つオルザを見つめていた。


 その時、別の作業員が横梁へ手をかけようとした。


 オルザが再び制止し、今度は石積みの上部を指さした。作業員は一度指揮官の方を見たが、結局オルザの示した場所を確認し、別の石材を動かし始める。


 リーネがわずかに身を乗り出した。


「無茶な壊し方はさせたくないのかな」


「そう見えるな」


 オルザは作業員の手元を確かめながら、ときどき書類へ目を落としていた。慎重に作業を進めさせているようだが、それでも封鎖が取り除かれていくことに変わりはない。


「アレン、あの人を連れ戻せないかな」


 俺は入口の周囲を見渡した。


 指揮官の近くには十人以上の戦士が控え、通常道にも盾兵が並んでいる。見張り場まで敵に押さえられている以上、オルザのところへ近づけたとしても、連れて抜け出すのは難しい。


「今は無理だ。あそこまで行けば囲まれる」


「……うん」


 リーネは小さく頷き、もう一度オルザへ目を向けた。


 俺はその横で、封鎖の撤去がどこまで進んでいるか確かめた。


 第三封鎖の石積みはまだ大部分が残っている。ただ、入口を塞ぐために運び込んだ石材の一部はすでに外され、作業員たちは次の横梁へ取りかかろうとしていた。


 あの人数なら、作業はかなり早く進むだろう。


 第二封鎖を突破するにはさらに手間がかかるはずだが、そこまで進まれる前に、ラウネ側でも対応を考えなければならない。


「アレン」


 リーネが低い声で呼んだ。


 見張り場の方へ目を向けると、敵の戦士が二人、こちらへ続く巡回路に入ってきていた。


 片方は弓を持ち、もう一人が道の脇を確かめながら進んでいる。


「戻ろう。見つかる前に離れたい」


「ああ」


 俺たちは岩陰から身を引き、木々の間へ戻った。


 巡回路を少し下ったところで、入口の方から石材の落ちる音が響いた。リーネが一度だけ足を止めたが、敵の戦士が近づいていることを思い出したのか、すぐに歩き始める。


 尾根の下りに差しかかったところで、俺は彼女へ声をかけた。


「グレンに急いで報告しよう。入口は取られたが、第二封鎖はまだ残ってる」


「うん。ヴァルドにもオルザのことを伝えないと」


「ああ。敵の人数と作業の進み具合も伝えておきたい」


 リーネは頷き、前方の斜面へ目を向けた。


「下りは私が先に行く。足場が悪いところもあるから、気をつけて」


「分かった。任せる」


 リーネが先に立ち、俺もその後を追ってラウネへ向かう尾根道を下った。

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