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第98話 譲れぬもの

 北の見張り場から戦士が戻ってきたのは、朝の石材運搬が一段落した頃だった。


 集会所の前には施設から戻った荷車が並び、俺はリーネと一緒に荷台へ残った縄を片づけていた。次の便には食料と工具を積む予定だったが、坂を駆け下りてくる戦士の姿に気づき、近くで作業していた者たちも手を止めた。


「ヴァルドはいるか!」


「中だ。どうした?」


「北から武装した連中が来てる。百人は超えてるぞ。後ろにもまだ続いてる」


 リーネが俺と顔を見合わせた。


 北側の主要道で武装した者たちが通行を妨げているという報告は届いていた。だが、百人を超える戦士がまとまって南下してくるとなれば、道を押さえるだけでは済まない可能性が高い。


俺たちは戦士に続いて集会所へ入った。


 ヴァルドはグレンと地図を広げており、報告を聞くと、まず武装集団の位置を確かめた。


「どこの氏族だ」


「盾の印が揃っていない。カシュラ盟に加わっている氏族のものは見えたが、知らん印もあった」


「荷馬は?」


「何頭かいる。武器だけ持ってきた連中じゃない」


 グレンは地図の北側に指を置いた。負傷した左腕は包帯で固定されたままだが、ここ数日は戦士の配置から施設の作業員の交代まで、ほとんど休まず指示を出している。


「この位置なら、昼頃には分岐へ着くな」


「ラウネへ向かっているのか?」


 俺が尋ねると、グレンは首を振った。


「まだ分からん。施設へ行く道も同じところから分かれる」


ヴァルドはしばらく地図を見ていたが、やがて顔を上げた。


「オルザが北へ行ったばかりだというのに、随分と早い」


「近くの氏族から集めたんだろう。これだけの人数を遠方から動かしたなら、もっと時間がかかる」


 グレンの言葉に、ヴァルドは頷いた。


「北の防柵を固めろ。先に手は出すな。ただし、武器を持って集落へ入ろうとするなら止めろ」


「分かった。南の道は空けておく」


「アレン、リーネ。北へ行って相手の動きを見てきてくれ。施設へ向かうなら、そちらにも知らせてほしい」


「分かった」


 リーネも頷いたが、すぐには動かなかった。


「施設の作業は?」


「続ける。相手が向かっていると確認できたら、現場へ中止を伝えろ。作業員を危険にさらしてまで石を積ませるつもりはない」


 話がまとまると、グレンは近くにいた戦士を呼び寄せ、北の防柵へ送る人数を伝え始めた。続いて南側の集落へも連絡を出す。広場では石材の積み出しが止まり、荷車を引いていた者たちが道を空けていた。


「グレン、治療する場所も準備しておきたいんだけど」


 集会所の隅で話を聞いていたフィアナが、地図の北側を覗き込んだ。


「防柵の近くか?」


「うん。重傷者をここまで運ぶと時間がかかるでしょう? 北側の石造倉庫なら、少し荷物を動かせば使えると思う」


 グレンは地図から顔を上げ、しばらく考えた。


「あそこなら南へ下がる道もあるな。だが、戦闘が広がれば危険になる」


「その時は移るよ。だから護衛と、負傷者を運ぶ人も付けてほしい」


「分かった。治療師たちにも話を通しておこう」


「ありがとう。水と布は私が準備するね」


 フィアナはそう答えると、近くにいた年配の女性へ声をかけた。倉庫の鍵を誰が持っているか確かめ、運び込むものを相談しながら、もう次の仕事に取りかかっている。


 俺がリーネと集会所を出ようとすると、フィアナが後ろから追いついてきた。


「アレン、施設まで行くかもしれないんだよね」


「ああ。北の連中がそっちへ向かうなら」


「分かった。じゃあ、私は北の倉庫にいるから。何かあったら伝令を送って」


「そうする。そっちも気をつけてくれ」


「うん。リーネもね」


「大丈夫。私もアレンも、あの辺りの道は何度も歩いてるから」


 フィアナは頷くと、足早に集会所へ戻っていった。


 その背中を見送ってから、リーネが俺の方へ向き直る。


「行こう。見張り場からなら北の道が見えるはず」


 俺たちは広場を抜け、北へ続く坂道を上り始めた。


 防柵の周囲では、すでに何人もの戦士が持ち場を移していた。弓手が斜面の高い位置へ上がり、別の者たちは通路脇に積まれていた荷を片づけている。集落へ入る主要道は途中で狭くなるため、大人数が押し寄せても、一度に通れる幅は限られていた。


「ずいぶん集めてきたな」


 俺が言うと、リーネは道の先へ目を向けた。


「ハルヴァでも、百人以上動かすなら周辺の集落から呼ばないと無理よ。カシュラ盟なら、もっと集められるんだろうけど」


「オルザも一緒にいると思うか?」


「……分からない。使者と北へ行ったのは確かだけど」


 リーネは少し考えたあと、首を横に振った。


「私は、あの人がハルヴァの戦士と戦うところなんて見たくない」


 何と答えればいいか迷っているうちに、リーネは先へ歩き出していた。


 オルザがラウネを離れた時、リーネも見送りに立ち会っていた。長く施設の調査に関わってきた相手だけに、彼女にも思うところはあるのだろう。


 見張り場へ着くと、先に配置されていた戦士が俺たちを招いた。


「来たか。あそこを見てくれ」


 岩陰から北の道を覗くと、木々の間を長い隊列が進んでいた。


 先頭には盾を持つ戦士が並び、その後ろを槍兵や弓手が続いている。装備は統一されておらず、鎧の形も盾の印もばらばらだったが、隊列そのものは乱れていなかった。


 道幅の狭い場所では二列になり、広いところへ出ると後続が間隔を詰める。荷馬が途中で止まっても、先頭の戦士たちは勝手に進まず、後方からの合図を待っていた。


「思ったより揃ってるな」


「うん。いくつもの氏族が来ているはずなのに」


 リーネが少し身を乗り出した。


「あの辺りが分岐よ。もう少し上なら見える」


 見張り場の脇から岩場を登ると、北側の主要道が東へ枝分かれしている場所まで見渡せた。


 先頭の集団は分岐の手前で足を止め、後続が追いつくのを待っている。荷馬を道端へ寄せた者たちが何かを下ろしており、武装した戦士がその周囲に集まっていた。


 しばらくすると、前方の一団が東へ動き始めた。


 盾兵に続いて弓手が入り、さらに荷を担いだ者たちが同じ道へ向かう。主要道に残った集団はしばらく動かなかったが、東へ進む列が途切れないうちに、今度はラウネへ向かって南下を始めた。


「分かれたな」


「施設へ行く方が多い」


リーネの声が低くなった。


 東側へ入った集団の後方には、荷馬から降ろされた長い鉄具や槌が見えた。道の狭さに合わせて人がそれぞれ担ぎ直しており、武装した戦士がその前後を固めている。


 俺は見張り場へ戻り、伝令役の戦士を呼んだ。


「グレンに伝えてくれ。敵は分岐で二手に分かれた。ラウネへ向かうのが百人前後、施設へはそれ以上だ。後続もまだ確認できていない」


「分かった。お前たちは?」


「施設へ知らせに行く。封鎖の作業員を戻さないと危ない」


 戦士が坂を駆け下りていくと、リーネは東側の山腹を指した。


「通常道を使うと、あの連中の後ろへ出てしまう。巡回路から行こう」


「あの尾根を越える道か?」


「そう。荷馬は通れないけど、私たちなら先に着けると思う」


「任せる」


 リーネは頷き、見張り場の裏手から斜面を下り始めた。


 俺も後に続きながら、もう一度だけ分岐を振り返った。


 ラウネへ向かう戦士たちの列は、東側へ入った一団よりも明らかに短い。それでも集落を守る戦士にとっては十分な脅威で、グレンが北の防柵へ人を集めることになるのは避けられない。


 その間に、施設へ大人数を送り込む。


 カシュラ側は、ラウネと施設の両方へ同時に圧力をかけるつもりらしい。


 巡回路へ入ると、リーネはほとんど迷わず歩く速度を上げた。


 足元には木の根が張り出し、途中には岩を手で掴まなければ登れない場所もある。狩猟者が日常的に使っている道とはいえ、荷馬や大人数の部隊が通れるようなものではなかった。


「こっちの方が早いのか?」


「距離は少し短いだけ。でも、あの連中は途中から荷物を担いで歩かなきゃならないでしょう? 私たちは尾根を越えられるから」


「なるほどな」


 リーネは岩場を軽々と登り、足場のいい場所で振り返った。


「風魔法で飛び越えたりしないの?」


「できるところならな。着地する場所が見えないと危ない」


「それもそうか」


 彼女は納得したように頷き、再び歩き出した。


 尾根の上へ出たところで、下の通常道から金属の触れ合う音が聞こえてきた。


 俺たちは木々の陰へ身を寄せた。


 施設へ向かった集団の先頭が、山道の狭い区間を進んでいる。荷馬はすでに後方へ残されており、鉄の棒や槌を持った者たちが、武装した戦士に囲まれるように登ってきていた。


「本当に壊すつもりなんだな」


 リーネが呟いた。


「入口だけとは限らない。第二封鎖まで開けようとするかもしれない」


「オルザなら、場所も知ってる」


 俺は列の前方へ目を向けた。


 盾兵は一定の間隔を保って進み、その後ろには弓手がまとまっている。さらに外側を軽装の戦士が数人ずつ先行し、道の脇や林の中を確かめながら進んでいた。


 山道での行軍に慣れているらしい。先頭が速度を落としても後続は無理に詰めず、荷を運ぶ者が休む間も、武装した戦士が周囲を警戒している。


「急ごう」


 俺が言うと、リーネは頷いて先に立ち上がった。


 尾根に沿って進み、途中の急斜面では足場を確かめながら下る。風魔法で身体を支えることはできるが、慣れない岩場で無理に速度を上げれば、着地を誤る危険もある。リーネは俺が追いつけることを確かめながら道を選び、走りやすい場所では一気に距離を稼いだ。


 施設の見張り場が木々の向こうに見えてきた頃、ようやく俺たちは足を緩めた。


 入口へ続く道では、まだ石材を運ぶ作業員が働いている。


「リーネ!」


 見張り場にいた戦士が俺たちに気づき、驚いた顔をした。


「北へ行ったんじゃなかったのか?」


「敵が施設の道へ入った。大人数でこっちへ向かってる。作業頭は?」


「入口にいる。何かあったのか?」


「封鎖の作業を止める。ヴァルドの指示よ」


 戦士の表情が変わり、すぐに入口へ向かって走り出した。


 俺たちもその後を追った。


 山腹の入口では石材が積み上げられ、坑道の一部はすでに厚い石積みで塞がれていた。横梁も組み直されていたが、人が出入りできるだけの隙間はまだ残っている。


 作業頭は報告を聞くなり、手にしていた工具を置いた。


「百人以上か。こっちの人数じゃ、どうにもならんな」


「封鎖を終わらせる時間は?」


「無理だ。あと少し石を積めば済むところまで来ていたら、やりようもあったんだが」


 男は坑道を振り返り、作業員たちへ声を張り上げた。


「作業中止だ! 持てる道具だけまとめろ! 重いものは置いていけ!」


 石材を積んでいた者たちが一斉に動き始めた。途中まで組んだ支柱にはまだ固定用の縄が掛かっていたが、作業頭はそれに手をつけようとした若い職人を止め、先に外へ出るよう促した。


 俺は入口の周囲を見回した。


 通常道は山腹に沿って曲がりながら登ってきており、入口の手前には大きな岩がいくつか露出している。敵がこちらへ来るなら、その岩場を抜けなければならない。


 一方、見張り場から巡回路へ入れば、施設の入口を通らずラウネ方面へ戻れる。今なら作業員を逃がすこともできそうだった。


「リーネ、作業員を巡回路へ案内してくれ」


「分かった。アレンは?」


「ここの戦士たちと、敵がどこまで来たか確認する」


 リーネは頷き、作業頭へ声をかけに行った。


 俺は入口の守備を預かる戦士のところへ向かった。施設には十二人の戦士が残っていたが、見張り場と入口の周辺に分散しており、全員を一か所へ集められる状況ではない。


「北から来る連中は、工具も持っていた。入口を開けるつもりだと思う」


「だろうな。こっちの石積みを見れば、何をすればいいかは分かる」


 戦士は入口の前に積まれた石材を見て、苦々しい顔をした。


「せっかくここまで運んだんだがな」


「作業員が戻れれば、また使える。今は人を先に逃がしたい」


「ああ。こちらもそのつもりだ」


 男は近くの戦士に声をかけ、見張り場の弓手を移動させた。数人を通常道の曲がり角へ置き、残りは入口付近で待機する。敵が大人数で押し寄せてきた場合に備え、退く合図も決めておいた。


 俺が前へ出ると、守備の戦士が少し驚いたようにこちらを見た。


「お前も残るのか」


「作業員が離れるまでなら、時間を稼げると思う」


「相手は百人以上だぞ」


「道は狭い。全員を一度に相手にすることにはならないだろう」


 男は俺の剣へ目をやり、やがて頷いた。


「分かった。ただし、俺たちの退却が始まったら一緒に下がれ。ここで戦死者を増やしたくない」


「ああ。その時は合わせる」


 そこへリーネが戻ってきた。


「作業員は全員、巡回路へ向かった。荷が重い人もいるから少し時間はかかるけど、見張りを二人付けた」


「ありがとう」


「北の道、もう近いと思う。さっきより声が大きく聞こえる」


 俺たちは入口から少し離れた岩場へ移動した。


 下の道は大きく曲がっているため、敵の姿はまだ見えない。だが、複数の足音と金属の擦れる音が、風に乗って断続的に聞こえてきた。


 リーネは斜面の上へ目を向けた。


「私は高いところから見る。林の中を通ってくる奴がいるかもしれないから」


「分かった。見つけたら知らせてくれ」


「うん。アレンも、下がる時はちゃんと下がってね」


「分かってる」


 リーネは軽く頷き、岩場を登っていった。


 しばらくすると、道の曲がり角から盾を持った戦士が現れた。


 先頭の数人がこちらに気づいて足を止める。後続もすぐに歩みを緩め、列の間から弓を持つ者たちが前へ出てきた。


 守備の戦士が岩陰から声を張り上げた。


「止まれ! ここから先はハルヴァの施設だ!」


 先頭の男は盾を構えたまま、少しだけ前へ出た。


「封鎖を中止しろと伝えてあるはずだ!」


「ヴァルドの決定は変わらん。引き返せ!」


「こちらには施設を調べる権利がある。戦うつもりはない。道を開けろ!」


 男の後ろでは、次々と戦士が到着していた。


 盾兵が道幅いっぱいに並び、その後ろで弓手が弦を確かめている。さらに奥には、鉄の棒や槌を担いだ者たちの姿があった。


 こちらと話している間にも、隊列は少しずつ整えられていた。


「アレン」


 岩場の上からリーネが呼んだ。


 見上げると、彼女は北側の林へ視線を向けていた。


「木の間にも人が入ってる。弓を持ってる連中が十人くらい」


 通常道の脇は急斜面になっているが、木々を伝って少人数が進める場所はある。リーネが見ている方角からなら、入口の横へ回り込むことも不可能ではなかった。


「どこまで来てる?」


「まだ少し下。でも、見張り場からは射られそう」


「分かった。弓手を下げるよう伝えてくれ」


 リーネはすぐに斜面を駆け上がった。


 敵の先頭では、交渉役らしい男がさらに何かを叫んでいたが、俺はその後方へ目を向けていた。


 奥から別の男が歩いてくる。


 周囲の戦士たちが道を開け、その男が前へ出ると、それまで声を張り上げていた者も口を閉じた。


 男は俺たちの人数と岩場の位置を見比べ、最後に入口坑道へ視線を移した。


「作業は止めたようだな」


 落ち着いた声だった。


「そのまま退いてくれ。こちらは封鎖を取り除く」


 守備の戦士が答える。


「ここはハルヴァの領内だ。ヴァルドの許可なく入れるわけにはいかん」


「分かっている。だが、我々も引き返すわけにはいかない」


 男はそこで俺に目を留めた。


「人間か。お前がラウネにいるという冒険者だな」


「ああ」


「古代の文字を読めるそうだな」


 オルザから聞いたのだろうか。


 俺が答えずにいると、男はそれ以上尋ねず、入口の石積みへ目を戻した。


「封鎖を解けば、研究を続けられる。お前にとっても悪い話ではないはずだ」


「中で何が起きてるか聞いてるのか?」


「危険なものが出たことは承知している」


「だったら、入口を開けるべきじゃない。安全だった区画まで黒い獣が来ている」


 男は少し眉を寄せたが、すぐに後ろの戦士へ視線を送った。


「それを確かめるためにも、入る必要がある」


 これ以上話しても、退くつもりはなさそうだった。


 俺は守備の戦士へ目配せし、岩陰に身を寄せる。相手の弓手はすでにこちらへ射線を取れる位置まで進んでおり、林へ入った一団の姿も見えなくなっていた。


 作業員の最後尾は巡回路へ入ったはずだ。だが、まだ十分に離れたとは限らない。


「ここから先へは通せん!」


 守備の戦士が最後にそう告げると、敵の男は小さく頷いた。


「そうか」


 そのまま後ろへ下がり、近くの戦士に何かを伝える。


 すぐに盾兵が前へ出た。先頭の者たちは盾を重ねるように構え、その隙間から槍の穂先を突き出している。後方の弓手は道の左右へ散り、互いの射線を塞がない位置を取っていた。


 俺は剣を抜き、守備の戦士とともに少しずつ後退した。


 岩場を抜けた先には入口へ続く道があり、そこから見張り場へ上がれる。敵がこのまま進んでくるなら、まず曲がり角の手前で足を止めるつもりだった。


 だが、その時、上からリーネの声が飛んできた。


「アレン! 林の弓手が動いた!」


 見上げると、リーネが岩の上から腕を伸ばし、通常道の北側を指していた。


 木々の間で何かが光った。


 俺は反射的に近くの戦士の肩を掴み、岩陰へ引き寄せた。


 直後、矢が俺たちのいた場所を通り抜け、背後の木へ深く突き刺さった。


 下の道から怒声が上がる。


 盾兵が前進を始め、その後方では弓手が一斉に弦を引いていた。


「伏せろ!」


 俺が叫ぶのと、弓弦の音が重なった。


 何本もの矢が、岩場の上を越えて飛んできた。

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