第百二話 手紙
トゥクール山は、少しだけ雨が降っていた。傘が無くても困らない程度だけど、フレイムエイルを動作し続けるにはだいぶ魔素を消費しそうな空模様。
ユーゴの指摘があってよかったな。これくらいの雨ならテントで防げるだろう。
ソーダイとジュンとタツキがテントを組み立てる間、僕は木の下の岩に座って、それを眺めながら手紙を書く。
出だしは何と書いたものか……。
親愛なるエステル……、いやいや、これはないな。
エステルへ。シンプルすぎるか?
エルテル・ヴァンピール・ド・ドラクール嬢……硬いな。
昔はよく書いたものだったが、なんて書いてたっけ?
うぅ~ん、難しいな。
ちょっと聞いてみるか。
ソーダイとジュンは何かの紙を見ながら、難しい顔をして話し込んでいる。
「なぁなぁ、手紙の書きだしを教えて欲しいんだけど」
ソーダイが「手紙? 拝啓とか前略とかですか?」と振り返る。
「ハイケイ? ゼンリャク?」
ジュンは金属の棒を手に「ソーダイさん、これが真ん中の梁ですよ」と声をかける。
「なぁ、ジュン。手紙の書き方なんだけど」
「え? 手紙? 手紙なんて書いたことあったかなぁ? いつもメールかトークアプリだから。ちょっと後でもいい? このテント、ややこしくて」
ジュンが持ってきた棒を地面に置いて、二人はまた紙を見ながら棒を並べていく。
忙しそうだな。仕方ない。タツキに聞くか。
「なぁ、タツキ。手紙の書き方なんだけど……」
タツキの方は紙を見ずに手際よく棒を並べている。
「なに? 手紙? 誰に書くの?」
「エステルに。ちょっと態度が悪くて不快な思いをさせてしまったから、謝りたいんだ」
タツキは棒を組み立てながら「謝罪の手紙なら『急啓』から書き出すのが良いかなぁ? あ、でもエステルさんか。トロキオの貴族階級の詫び状の形式は……、貴族からなんて謝られた事がないからなぁ」と、独り言の様にぼやいた。
そうか、国によって手紙の書き方は違うよな。異世界人に聞いても意味ないか。
トロキオの貴族階級の手紙の形式……。そう言うのはベルトランに聞けば一発で、いや、やいのやいの文句をたくさん言いながらだが、教えてくれただろう。
あいつがいなくて困るって事があるんだな。
「すいませーん。いつもここでお店出してる方ですよね?」
門から一人の子どもが駆けてきた。
尖った耳と、額に二本の角。オーガか。
「そうだが、まだ準備中だ」
「いえ、僕は客じゃなくて」
オーガの子はカバンから紙に包まれた荷物を取り出した。
「お届け物です。アミリアンのアイシャさんから、キラキラもときストアーのルネさんへ」
アイシャから⁉ 僕の手紙を受け取って、返事をくれたのか!
「ルネは僕だ!」
「身分証はあります?」
受け取り証明か。ちょうどギルドカードを持ってきていて良かった。
行商人として来てるんだし、商人ギルドのやつで良いか。
「ほら、これ」
「はい。あ? えっ⁉ Bランク⁉ 失礼しました!」
「あぁ、商人ギルドのランクは冒険者ギルドとはシステムが違うから。そんなに畏まらなくていい。荷物を受け取ろう」
「はい! 確かに、お渡ししました!」
そう言えば、冒険者に商人ギルドのランクを言うとこういう反応をされるんだったな。
しばらく使ってなかったから、すっかり忘れてた。
「ルネくーん! テント建てたから、こっちで座っていいよ! そこ、濡れるでしょ?」
ジュンが大きな声で僕を呼ぶ。
テントの下には折り畳みの椅子も用意されている。
床も壁もないが、屋根があるって言うのは、だいぶ店っぽくなるな。
二つのテントに三つのテーブル。一つはレジカウンターで一つは調理台。もう一つは客が魚や調味料を自由に取れる台だ。
「ルネ君、その包みはなんですか?」
備品を並べながら、ソーダイが振り向いた。
「これはアイシャからの荷物だ。初めてここで店を出した日に手紙を書いたからな。返事をくれたようなんだ」
「へぇ。アイシャさんって、ルネ君のお友達ですか?」
「いや。アイシャはモンスターテイマーでな。オスカーの世話や躾けの仕方なんかで世話になったんだ。オスカーをしばらく預けていたんだが、召喚術で呼び出してしまったから……」
包み紙の中身は……ソーセージとベーコンだ‼
「見ろ! ソーセージとベーコンだぞ! アイシャが送ってくれた!」
ソーダイが「良かったですね」と笑う。
たくさんあるな。また作ったのか。
手紙には何が書いてあるんだ?
『ルネへ。
わざわざ手紙をありがとう。
関所がこんな状況だから、きっと召喚術を使ったんだろうとは思っていたよ。
元気そうで安心した。
オスカーは良い子にしていたよ。
私の仕事をよく手伝って、他の魔物たちともうまくやってくれていた。
きっと、あの子なりに気を使っていたんだろうね。
商人の仕事も大変だろうけど、しっかり甘えさせてやんな。
このところ、ハキューネではペリュトンの討伐依頼が増えてね。
肉が安く手に入るようになったから、ソーセージとベーコンをたくさん作ったんだ。
オスカーと一緒に食べな。
追伸
関所が通れるようになったら、こっちでも店を出しとくれ。
魚サンド、楽しみにしてるよ』
そうか。関所が開いたら、ハキューネで店を出してもいいな。
ロドリゴに聞いてみよう。
それにしても、アイシャの手紙はシンプルだな。僕がアイシャに送った手紙もこんなものだった。
伝えたいことを書くだけなんだから、普通はこんなものだよな。
なんで、形式にこだわろうと思ったんだろう?
よし。普通に話をするように書こう。使い慣れない形式なんて堅苦しくて不格好なだけだろうしな。
さて、書き出しは……。『エステルへ』でいいか。




