助けるに、決まっているだろう
「あぁ……あ、いゃ……あぁあああーッ!!」
イムエさんの慟哭を背景音楽に、ハロッくんとダゲスは激しく打ち合い続ける。そして、私といえば、先程の衝撃から立ち直る事も出来ずに、呆然と、ただ、立ち尽くすばかりなのです。
もう、逃げ出そうという思考すら飛び散ってしまったよ、なんだろう……疲れた、というのが一番近いかな? ……もう、いいや。戦う二人に、すっかり忘れ去られてしまったラーズさんの亡骸にも、悲鳴を遥かに通り過ぎたものか、笑い始めてしまったイムエさんにも、意識を向ける事さえ出来ない。
「人形が、あとはお前だけだ、早く壊れろ、いい加減に飽いてきた」
「豚に、発言権は無い、あるのは、義務、執行を受け入れる義務」
ラーズさんが死んだのは、自分のせいだと思うほど、私は傲慢じゃない、かといって、ハロッくんのせいにするほどの傲岸さも、やはり私は持ち合わせていないのだ。なんだろう、なんとも中途半端だよ……やっぱり私、駄目なやつだなぁ。
そう思った瞬間には、足が動いていた、未だ激しく渦巻いている、まるで竜巻のような戦いに向かって、私は飛び出して行ったのだ。きっと、あの二人には私を殺す事は出来ないはずだ、このまま割り込んでしまえば、少なくとも戦いは止められる……なんで、もっと早くにこうしていなかったのか……確かにラーズさんは、私を攫おうとした人ではあるのだけれど、こんな目に合う必要なんて、なかったはずなのだ……私が、もっと、ちゃんと決断していれば。
あれ? ひょっとして私、責任感じてる? ……あはは、なんだ、やっぱり嫌なやつだ、あれこれ言い訳を考えてたくせに、結局は後ろめたいんだ、だから、こんな平気で飛び込んでる、これは、やけっぱちだ、捨て鉢になって……たとえ死んでも、それはそれでスッキリするよ、とか思ってる……馬鹿だなぁ、後先なんにも考えてないよ、それで悲しむ人が居るとか、すっかり忘れちゃってる。
私のスピードが突然に速くなった、という訳でもないのだろうけど、二人の動きが、なにかゆっくりに見えた。飛び込んできた邪魔者に反応はしているようだが、互いに牽制しているのか、このアクシデントを利用するつもりなのか、迷っているのか、どうなのか。
ダゲスはまだ動かない、いや、剣を構えた、これは、間違いなく私を狙ってる。ハロッくんの方は、それを好機と見たのか、飛び出していった、委細構わずに攻撃するつもりなのか。
どすっ。
背中から、剣先が飛び出した。
「……排除するべき、豚は、しかし、危険、だから、あぶないよ、さくら」
ハロッくんの背中から、血に塗れた、豪華な造りの刃先。
「は、はろっ……くん? 」
ぶん、と彼を突き刺したままに、ダゲスが剣を振るう、装備合わせて何百キロあるかも分からないハロッくんの巨体を、軽々と放り投げ、辛うじて生き残っていた、ブナの巨木に叩きつけるのだ。
「ハロッくん! 」
「……さくら、わらって、豚は、こわい、わらってるほうが……すき」
胸から火花を散らし、全身漏電しながらも、よろよろと立ち上がるハロッくんに、私は駆け寄ろうとしたのですが、再びお腹に蹴りを入れられ、くの字に曲がって悶絶するのです。……ああ、なんて馬鹿なんだろう、また、余計なことしちゃったよ……なにやってんだろ私、なにやったのかも分かってなかった、今のは、完全に私のせいだよ……自己嫌悪でクラクラする、どうしようもない……ちくしょう、悔しい、なんで、なんで私は、こんなに弱いんだろ……もし、ほんとに、本当に私に、何かの力があるっていうなら、いま、みせてよ、意地悪しないでよ……助けてよ。
「やっと片付いたか、やれやれだ……しかし、こんな餓鬼に皆して血相を変えて、なにがあるものやら」
「ぶぐぅ、ぼろろっ」
どむっ、と再びお腹を蹴り上げられる。もう、お腹の中身は空っぽになっていた、ひりつくような胃液と共に、鉄の味が鼻腔を通り抜けて行く。
「豚を、いじめるな、さくらを、いじめ、たら……」
「ふん、どうするというのだ? 」
私のお腹を踏みつけたまま、ダゲスが鼻を鳴らす、咽喉に詰まった吐瀉物が気管にまで入り込み、咳き込もうと身体は反射するのだが、息が吸えずに私は痙攣を繰り返す。
く、くるしい、もうだめ……駄目だよ、もう、やだ、こんなの、やだ。
「ろぼ、くん……たす、けて」
蚊の鳴くように、小さく、頼りない、そして微かな声でしたが、それでも私としては、精一杯だったのです、いっぱいいっぱい、振り絞ったのです。もう、なんにも残ってない、走って、怒って、痛くって、悔しくって、泣いて、からっぽになってしまった、私の中に、最後に残った『信じてる』の魔法は。
「助けるに、決まっているだろう」
どうやら、届いたようでした。




