七:倒れ伏す者、残された者
「今だ!」
璃桜の怒声とほぼ同じく、暦はかけ出した。
後ろから、雷にも似た轟音が轟いた。腹の底に響く。璃桜があの球体を投げたのだろう。真逆の方向からでも、閃光が視界の隅っこにはしった。でも振り向かない。前を向いていないと転んでしまう。
璃桜の安否も気になったが、彼の話では父親と一緒に魔窟へ潜るのが仕事だったという。だったらこの戦いには慣れているはずだ。少なくとも、新米駆け出しの自分よりは、はるかに。
暦は無茶苦茶に突っ走る。今はとにかく、自分の安全が最優先だった。
(あと少しのはず!)
スカートがはためくのも髪がばさばさ揺れるのも気にしない。気にしている場合じゃない。
うしろからがしゃがしゃという騒がしい音が聞こえてきた。あの四番型ロボだろうか。振り向く衝動をぐっとこらえる。
「……!!」
暦は思わず足を止めてしまった。
目の前には黒い球体の何かがいくつも転がっている。それらから手足が生えてきた。ぎこちない動き方がどことなく機械じみている。これも旧式ロボの一種だろうか。
行く手を阻む敵は、娯楽型四番ロボットだけではなかったのだ。
球体は暦の頭と同じくらいの大きさだ。単に固い手足がにょっきり生えた奇妙な物体である。これらは何だ? と図鑑を見る暇はない。
それらのうち一体が、暦めがけて飛びかかって来た。顔を庇うようにして暦はどうにかかわす。もう一体がその隙を狙って突っ込んできた。それも何とか回避した。
が、無理やり体を動かしたせいでバランスを崩した。足をひねらなかったのは幸運だった。綺麗に地面へ転がり込む。
「痛ってて……」
地面に叩きつけた両手がひりひりと痛む。
待っていましたと言わんばかりに、残りの球体たちが、空から降って来た。このまま当たれば逃げ足を奪われる。
「暦!!」
璃桜の声が風に乗って飛んできた。
ふわっ、とその瞬間暦の体が浮かんだ。突風にさらわれるようにして、暦が鳥居の方へと跳んだ。
璃桜が、暦を抱えて球体の攻撃をかわしたのだ。
「りっ……!」
「怪我は!」
「だっ、大丈夫……」
今さら、璃桜の腕と胸の感触を意識する。タバコのにおいが少し漂った。
すっと地面に着地した璃桜は、早口で何かをまくし立てる。最初に出逢った時と同じように、暦には何を言っているのかわからなかった。電子術式のコードだろう。これを声紋と指紋で入力しなければ発動されない、やたらと面倒なデータだ。
「っ!」
璃桜が無造作に右手を横に薙ぐ。その方向には球体の群れと、四番ロボがいる。
璃桜の動作にデータが反応した。
データは爆発類であった。
四番ロボの足下を中心に、爆炎が広がっていく。球体ロボの全ては爆風に巻き込まれてあらぬ方向へと吹っ飛んだ。
本命の四番は、多少傷を負った程度である。
「暦、立てるか」
「う、うん……。ロボが……」
暦の視線は、四番ロボに向けられる。
ロボの眼球部分が怪しく赤く光っている。パトカーのランプのような、騒がしい赤色だ。
その真っ赤な目は明らかにこちらを睨んでいる。感情のないはずのロボから、確かな敵意と殺意を感じて取れた。
「……っ」
「鳥居まですぐそこだ。もう少しの辛抱だ」
璃桜が優しく暦に言う。暦はその声に耳を傾ける余裕を失っていた。
璃桜に抱きかかえてもらって、ようやく立ち上がれるような状態だった。足がすくんで、手が震えて、いつも通りの声が出ない。
旧式ロボの殺意を、人生で初めて真正面から受け止めてしまったのが原因だった。
魔窟で生きてきたロボの憎悪や嫌悪は、並大抵のものではない。多感な時期の少女は特に、その影響をあっさりと受けてしまう。
あのロボはわたしを殺そうとしている。あらゆる手を使って、とにかく残酷に殺そうとしている。そんな予感だけが身体中を駆け巡っていく。
四番ロボの手足がその体内に引っ込んだ。がしゃがしゃと音を立てて、その姿を変えて行く。
「っ、まずい」
璃桜がそうこぼした。四番ロボは変形している。――恐れていた、車型に。
その形状は軽自動車と何ら変わりはない。眼球部分は左右のライトになったようだ。運転席には誰もいない。ロボ自身が、その体を動かすことができるのだ。
タイヤが荒々しく音を暴れさせている。車と目が合った。このまま跳ね飛ばす気だ。
暦は何も考えず、端末から拳銃データを取り出した。
無我夢中で、璃桜に抱かれながら引き金を引く。
銃を撃つごとに、発砲音が空へと吸収されていく。火薬の匂いが飛び散った。
タイヤを狙いたいがきちんと当てられない。発砲なんて初めてだった。
「この……っ! 止まれっ!!」
当たるまで引き金を引き続けていた甲斐あってか、そのうちたった一発だけがロボの左側のライトに当たったのだ。
がんっ! と鋭い音を立てて、赤色の目が破壊された。ひとすじの煙が立ち上がる。
「さすがだ」
璃桜が加勢する。今後は爆炎ではなく雷を生み出した。
車型のロボに雷が一閃落ちる。ロボが一瞬だけ怯んだ。
その隙に璃桜が暦を引っぱって立たせる。
「きみは筋がいい。助かった」
「で、でも弾、全部使っちゃった……!」
試しに引き金を引いても、かちかちという乾いた音しか響かない。
「きみの端末に予備弾のデータがある。それを取り出せば自動で補填される。……まあ、のんびりしている暇はなさそうだ」
璃桜が暦の前に立つ。そのさらに前方には、瘴気を全身から発している旧式ロボが立っている。濃い紫色のそれはロボを禍禍しく際立たす。
ロボが構わず突進してくる。数秒溜めることもなく、そのままこちらへ突っ込んできた。
「うわっ!」
璃桜に抱えられた暦は、右方向へと避ける。左目を撃たれたロボは、左側が死角になっている。そこへ飛び込めば、多少は安全というわけだ。
かわされたと判断したロボはぐるんとUターンする。勢いをつけて、荒れ果てた音をまき散らしながら、暦目掛けてアクセルを踏み潰す。
ついでにいやな物が目に映った。カーブミラーがつくべき場所から腕が生えている。そこだけ人型のパーツに変更したのだろう。その手には、鈍く輝く刃物が握られていた。その刀身の大きさは、暦の持っているナイフの比ではない。暦どころか、璃桜の背よりも大きな一振りだ。
そしてその切っ先は、あきらかに暦に向けられている。
(……速っ!!)
避けなければ。頭の中はそれがわかっていたが、足が地面と同化したかのように止まっている。鉛のように重く、わずかでも動かすことができない。こんなときに限って。
一瞬で距離を詰まされた。ああ、刺される。ぎゅっと瞼を閉じる。
ふわっ、と柔らかい布に包まれた感覚に、陥った。
壁に大きな物がぶつかる音がとどろいた。次の瞬間、足が地面から浮いていた。体が少しの間宙を舞い、地面へと落ちていく。
衝突の影響で後方へ吹っ飛ばされた。地面に何度もたたきつけられ、背中が擦り切れる痛みを覚えたころ、ようやく止まった。
怖くて目を開いていられなかった。飛礫が額にこつこつ落ちて来る。
全身に力を入れる。丸くなって痛みを最小限に抑え込もうとした。
「……ぅん?」
恐る恐る瞼を開いていく。背中が焼けるように痛いのを除けば、暦はほかに対した痛みを覚えなかった。ただ何かがのしかかっているのだけはわかる。すぐに気づいた、それが璃桜だと。璃桜が強く暦を抱きしめて庇っていた。
「……暦」
絞り出すような声だった。璃桜は両腕の力だけで起き上がる。地面に横たわっていた暦は、真っ直ぐ璃桜を見上げた。
彼の額から汗がにじんでいる。余裕のない表情がようやく見れた。
「り、」
「けが、は」
苦しそうにうめいている。意識して深く呼吸していた。
「だ、だいじょう、ぶ」
彼の名前も呼べず、暦はただそう答えるしかない。
その返答を聞いた璃桜は、ほっと安堵の表情を浮かべた。
「そうか。よか、っ」
最後の一文字を言う前に、璃桜は暦へと倒れ込んだ。




