六:戦場、浅い魔窟
「な、何!?」
思わず中から飛び出ようとした暦の襟を、璃桜がひっつかんで押し戻す。何するの、という抗議は一瞬にして消え去った。自分を守るようにして外をじっと伺う璃桜の眼差しが、今までにないほど鋭さを増していた。
「……まずい」
「なに、何……?」
「旧式ロボが乱入してきた」
「は、むぐ……っ!?」
暦の口を璃桜の手が塞いだ。大声を出すなということだろう。璃桜の背中越しに外を伺う。
全長およそ三メートル、二足歩行型の青い旧式ロボットだ。がちゃんがちゃんと騒がしい音を立てて、璃桜と暦が隠れる廃墟の横を通り過ぎて行く。頭と思しきそこには赤く光る宝石が二つ埋め込まれており、時々そこから人工的な光がぱちぱちはぜた。
(何だアレは……)
ロボの両腕先端が不自然なほどに錆びている。胴体部分もやや黒ずみ、もともとは美しかったであろう青色がもったいなく感じられた。
璃桜はロボから目を離さず、片手で自分の端末画面を暦に見せる。気づいた暦は画面に映る図鑑を見た。画面のロボが立体化され、生態や行動、概要なども一緒に浮かび上がってきた。
(旧式ロボの、娯楽タイプのナンバー4……? ってことはこの前にイチからサン型まであったってことか。えっと……車型に変形も可能で、その手にオモチャの銃や武器を持たせてヒーローの疑似体験をするために造られた。現在は車型と人型二つの変形機能を駆使して襲いかかって来る……。車型はオモチャとはいえ軽自動車と同じほどの重量と思われる)
文面を目で追う。目の前のロボの概要を暦はどうにか把握した。
どうやら、自分は不運にも旧式ロボとご対面する危機に置かれているらしい。
(図鑑の名前の横のこれは危険レベル? 危険度は星三つらしいけど……これ低かったらいいのに)
だが璃桜の横顔をうかがうかぎり、暦の祈りは届かないようだ。
幸い、娯楽型四番の旧式ロボは、暦と璃桜の存在には気づいていない。このまま通り過ぎるのを待って、さっさとすぐそこにある鳥居をくぐればいい。魔窟にうごめく旧式ロボは、鳥居の力を嫌う。
璃桜の手が口からやっと離れた。ふはっ、と息を吐いて、暦は璃桜を睨み上げる。
「あのさ」
「質問はなるべく静かにな」
(喋るのはいいのか……)
璃桜が端末をせわしなく操作している。おそらくは、電子術式データの起動準備だろう。
術式データというのは武器データとは異なり、起動までの時間が恐ろしく長い。というのも自然現象や超常現象を取り扱っているため、簡単に発動しないよう幾重にもブロックがかかっているためだ。
データのダウンロード自体も複雑で面倒な手続きを要するが、それでも私欲に任せて使ってしまう者はいつの世も現れるのだ。それをを防ぐための二重の防護柵がダウンロードまでの手続きと、起動までの複雑な準備というわけである。
「この辺って、旧式ロボはよく出るものなの?」
「出なくはない。が、頻繁に遭遇するというほどではない。ひと月通い続けて、一体を見つけるかしないかという程度だな」
「じゃあ、今日はそのひと月の一体だったってこと?」
「そういうことになる。……が、妙だな」
「何が?」
「あのロボはこの地域ではさほど普及していなかった。むしろ関西地方の魔窟に根を張っているような奴だ。首都に近いこちらで見ることができるというのは、少し違和感があってな」
「へえ……ロボにも生息地域とかあるんだね」
「関西で活用されたロボを廃棄するのに、わざわざ関東の廃棄場を選ぶ必要もないだろう。関西にも廃棄場は多々あった」
「あ、そっか」
暦は納得した。
「じゃあ、どうして関西のロボが来るの?」
「さあな。ただ一つ言えるのは、アレに見つかったら死ぬ確率が急上昇するということくらいだ」
「うーん……依頼は達成したんだし、見つからないように逃げればいいんでしょう? あいつ強い……んだよね」
「図鑑を見る限りは」
「その図鑑が大げさに盛ってる可能性は?」
「ゼロだ。私の持っている図鑑データの信頼性は高い。……奴の詳細は頭に入れたか?」
「とりあえずは」
ならばいい、と璃桜は端末の図鑑データを閉じた。
「さて、あれをやり過ごしながら鳥居の外に出なければならないわけだが」
「何か問題が? いや問題だらけだけどさ……」
「うむ。厄介なのは、奴の出すスピードだ。今のところは人型だが、あれが車型になったらあっという間に追いつかれる。鳥居の外に逃げる前にな」
「鳥居からここまでざっと二百メートル……。長くはないけど、短くもない……」
「そう。そしてあいつの目は特殊でな、『眼』としての機能が人間よりわずかに弱いのだ。あれは生きているものと死んでいるものの区別はつくが、それらがどういった形をしているのか、どういった能力を持つかまでを視認できない」
「つまり?」
「人間と植物の区別がつかん。だからここのフジと私たちの区別ができていない。逆に言うと、ここで大人しくしていれば、いずれは奴がここを過ぎ去ってくれるという希望がある」
璃桜の説明に、暦は反論した。
「でも、そんな優しい希望があるとは思ってないんでしょ?」
「察しが良いな。その通りだ」
「じゃあどうする? 追っ払う?」
「いい案だ。しかし現実味がないのが残念だな。今の私たちに、あれを倒すだけの実力はない」
璃桜は淡々と暦の案を一蹴する。反対されても別に悔しくはない。だめでもともとと言っただけのことなのだから。
「要がいたなら話は違っただろうがな」
まるでひとりごとのように、璃桜がぼやく。ため息混じりに、今はいない男の名を呼んだ。冷たい表情の彼の瞳が、一瞬揺れた。が、すぐに元に戻った。
「方法は一つ。相手の気をそらしている間に鳥居まで全力疾走する」
どうだ、と璃桜は暦をうかがう。暦は肩をすくめた。
「そうするしかないなら、それが一番だね」
「きみはものわかりがよくて助かる。……さて、やるか。きみは逃げる準備を」
「あなたは?」
「奴を一瞬だけ怯ませる。合図をしたらまっすぐ鳥居まで走れ、いいな?」
璃桜の言葉には有無を言わせない強さがあった。暦はそれに従う。他に策がないのだからなおのこと。
「行くぞ」
璃桜の端末から、オレンジ色に輝く球体がにゅっと生まれ落ちた。璃桜はそれを握りしめ、徘徊している娯楽ロボ四番型をじっくり見据える。
鳥居まで走るのはそう難しいことじゃない。距離は決して短くないが、長くもない。今までの道筋は覚えているし、走る足を邪魔する物もない。
とにかく気にせず突っ走って鳥居をくぐればいいのだ。やけに体が冷えてきた。緊張しているのか。暦は恐怖を振りきって、璃桜の合図を待つ。




