五:採集と乱入者
暦は鳥居の前に立った。自分はおろか璃桜よりもずっと高い朱塗りの鳥居が、今はどことなく恐ろしい。
端末を開いて、拳銃の電子データを起動してみた。端末が青白く発行し、にゅっと生まれるように紺碧色の拳銃が現れた。改めて手に持ってみると、重さが伝わって来る。
「拳銃なんて、初めて持った」
「普通に暮らせばまず縁がないからな。反動は軽く設定してあるから使いやすいとは思うが、もし使って肩が外れたら言ってくれ」
「外れた時の治療費とかはあなたに丸投げするけど、いい?」
「むしろそうしてくれ」
「頼もしいお人なことで」
「光栄だ。……さて、魔窟に入るぞ」
璃桜に言われて暦は頷いた。もう一度鳥居を見上げてみる。
この結界を抜けた先に安全というものはない。
それをよく知る暦にとって、鳥居の外は鬼門だった。本当なら、こんなところはさっさと逃げ出したい。逃げて学校へ帰りたい。帰って寮に戻って、レアと一緒にゲームで夜更かししたい。
刺すように冷えた風が、鳥居に吸い込まれていった。膝丈のスカートがはためく。長い髪が揺れる。
電子の拳銃が手の中にあることに、何だか安堵を覚える。
(いっそ逃げてしまうか?)
そう自問してみる。だけど理性はそれを押しのけた。逃げてどうなると。逃げたところで、どうせ隣にいる赤目の男に見つかってしまう。学校からここまでの距離は途方もなく遠いのだ。体力が尽きたところを狙われるだろうし、ミナミという男につかまってしまう可能性もある。
後戻りはできない。逃げ道はない。退路はとうの昔に絶たれている。
ならば進むしかない。それがたとえ、命にかかわる危険な道だと知っていても。
「暦」
先を進もうとした璃桜が、鳥居の直前で立ち止まっていた。あれこれと考え事をしていた時間は長かった。
「ほら」
当たり前のように手を差し伸べる。逃がす気はないようだが突き放す冷酷さを持ち合わせてはいないようだった。護身用にと拳銃のデータを送ったりさり気ない助言をしたり、本来ならばこんな小娘など放っておいて、さっさと鳥居の外へ出てしまえばいい。
だが璃桜はそういう考えを持っていないらしかった。唇をきゅっと結んで、暦はその手を繋ぐ。がさがさの手袋が少し痛かった。
「大丈夫か」
「だいじょうぶ……じゃ、ない、ちょっとだけ」
「当然の感情だ。これが終わればひと段落する。もう少しの辛抱だ」
「じゃあ、どうにかがんばる」
「その意気だ」
暦は璃桜に連れられ、ついにその鳥居をくぐる。一歩先は、安全の保証がなにもない魔窟だ。足を踏み入れるのは、これで二度目なんだ。
「あ、あの!」
「どうした」
鳥居をくぐって直後、暦が繋いでいた手を強く握った。
「……お、終わるまで、絶対離れないでよ……?」
「もちろん」
改めて魔窟を伺う。暦は現代の魔窟というものを、ようやく間近で見ることができた。
足のすくむのを振りきって魔窟の奥へと進んでいく。
空気が淀んでいる。空は黒雲に覆われており今にも雨が降り出しそうだ。白い床を歩くたび、足音が低く反響する。
暦の暮らす街と違って、道の整備は不完全である。あちこちひびが見受けられ、中には白床を突き破って生えている雑草があった。
ガラスの割れた無人の店は、中を太い木の根に侵食されている。錆びた青白い残骸は、目をこらしてみると旧式ロボの成れの果てだと気づいた。
「この辺だな」
璃桜がふと立ち止まる。視線の先は、屋根の吹っ飛んだレンガ造りの家だった。扉と思しき部分はぽっかりと空いている。それをくぐった先は、緑と薄紫色に覆われていた。
「な……何ここ、植物園?」
「依頼にあった魔窟のフジの生息場の一つだ。鳥居から近く、基本的な植物の採取場所として、ギルドの業務を始めたばかりの者たちはまずここに来る」
「へえ。……何かすっごい毒々しい」
地面から壁まで根をはりつけ薄紫の花弁を垂らすそれが目的の品だった。魔窟に生息する藤、という極端な名前の通り、それは実際の藤本来の美しさを禍禍しさに変えたかのように伺える。その身は不自然なほど光沢を持っており、光が反射して暦の目をしばたたかせた。
「直視すると目を痛める。花弁より葉の方を見るようにして採ってみるといい。……ナイフのデータを送ったから、それを使うのをすすめる。手で引っこ抜くのは骨が折れるから」
スカートのポケットに突っ込んだ端末が鳴る。データ受信をコンシェルジュが告げた。ダウンロードして起動してみると、端末画面から多目的ナイフがにゅっと現れた。
「壁に張り付いている花弁を一塊ずつ刈ってくれ。ナイフの扱いには気をつけろ。切れ味も情報通りの鋭さだからな」
「うん、その通りみたいね……」
試しにと目に写ったフジをひとつ切ってみる。さほど苦戦せず、すっぱりと茎が切り取れた。
手に取って感触を確かめる。触れるだけで体を蝕まれそうな錯覚に陥った。
璃桜がこれに、とプラスチック製のケースを指さす。ガラス板のような物にしか見えないそれは転送装置が組み込まれていたようで、暦がそこへ目的の植物を乗せたとたん、しゅっと消えてしまった。
「花が……」
「私たちに依頼を紹介してくれた仲介者のもとへ送った。さて、残りも刈ってしまおう」
暦は璃桜と一緒に、魔窟のフジ採集を再開する。
目のくらむような輝きを放つフジは灯火の代わりにもなるようだった。日が暮れかけたこの時刻、辺りは暗さをましてゆく。それでも暦の視界が悪化しなかったのは、このフジが光っていたからだ。
フジを刈り取って転送装置に置き、また採ってまた置いてを繰り返し、最後の一本を転送装置に置くと、装置から軽快な機械音が奏でられた。
「目標の数には達したな」
「あ、そういう信号だったの?」
「そう。よっぽどのことがない限りは、依頼された数以上の採集が禁じられている。とはいえ、戦闘や奇襲のような緊急時には、生存のために許可されることもあるが」
「ふーん。この花はどんな用途に使われるの?」
「主に灯り代わりだな。花がそのまま光になるし、葉の部分からは特に強烈な発光成分を取り出せる。この成分を混ぜ合わせて閃光弾の調合もできる。あるいは花弁のエキスを抽出して染物に使われることもある」
「花びら部分からは取り出せないの、発光成分?」
「いや、取れる。ただ葉より強くはないから、日常生活の電気やアロマライトに応用されている」
「へえ……。いろいろ使い道はあるんだね」
「帰ったら、魔窟の植物や発見された未確認アイテムの図鑑を読ませてあげよう。いい勉強になるぞ」
「はは……お手柔らかに頼むよ。理科系の授業はまるで駄目でね」
「私の腕の見せ所だな。……さあ、帰ろう。よく頑張った」
璃桜が自分の端末をいじると、転送装置が青白い光と共に消えて行った。装置自体も電子データだったらしい。
端末をポケットに突っ込んだ璃桜は、暦に手を差し伸べる。さあ、と差し出された手を、暦はためらいがちに取ろうとして――――
ガラスの割れる音が、横でとどろいた。




