四:小さな少女を取り合う合戦
幻聴ではないし、璃桜の二つの説明には大した違いはない。
今は高速道路を走行中だし、止まる兆しはない。とはいえ、そんなことを気にするほど、暦の心に余裕はなかった。
「ふざっけんな!!」
渾身の一撃を込めた鉄拳は、あっさりと左手で受け止められてしまった。
「運転手の身に何かあったらきみも道連れだぞ」
「やかましい! 何で! 私が!? 父様の尻拭いをしなきゃなんないの!」
「複雑な事情になるのだが、一番の原因は要が失踪したからだ」
その言葉に暦の感情が一気に引き締まった。
「失踪? どうして……!?」
「仕事を引き受けるうちに、厄介な問題に首を突っ込んだ。そのため行方をくらまさなければならなくなった」
「それでどうして私が巻き込まれるの? その仕事、他の人に回すなりあなたが肩代わりするなりできたんじゃない?」
「そこでもう一つの事情がある。要が失踪したことできみを狙う者があぶりだされたのだ」
「何で、私……?」
暦の拳が、璃桜の左手をなぞるようにずり落ちていった。
「きみが通っていたあの巨大学園は、きみを守る砦の役目を持っていた。幼稚園に入れてしまえばあとは自動的に小中高大と進級できて、外へ出る必要がないからな」
「……知らなかった」
「知らずに生きていた方がよかったのだがね。それでだ、きみを狙う輩というのは前々から要をよく思わない同業者やライバル会社の者達だ。その実力の高さと信頼の厚さから、魔窟絡みの依頼を要に指名する人々も多い。同業者はその分仕事を取られるわけだ。もちろんいい気分にはならないだろうさ」
「それは、わからなくもないけど……」
「で、その要を引きずり落とすための材料として、きみという存在に連中は目をつけた」
「なるほど、ようやく私が出て来るんだね」
「そう。きみは霧島要というギルド界隈屈指の有名人の娘だ。そして要本人は筋金入りの子煩悩というのも業界では周知の事実なのだよ。余談だが、こうして要を乗せて魔窟へ向かっている間はほとんど要の娘自慢話で盛り上がってな」
暦が父とすごした記憶は少ないが、だからこそ一つ一つの記憶の質が濃い。顔を合わせる時間は一分たりとも無駄にはしなかった。穏やかな微笑で、紅茶をちびちび飲みながら話を聞いてくれた父を、今でも覚えている。
「そっか……。父様の自慢話、聞いてみたかった、かも」
「いずれ聞けるだろうさ」
それでだ、と璃桜は話題を戻す。
「要を無力化させるために、きみを自分の手中におさめるのが一番効果的だ。……ということを同業者たちは知っていた」
「私は人質ってことだね?」
「うむ。今まできみが人質生活を強いられずに済んだのは、要がそういった同業者たちにプレッシャーをかけていたことと、きみがあの巨大学園に通っていたことが大きい。学園も要の事情を聞いていたから、尚のこと、な」
「学校もグルだったっての?」
「協力関係にあったと言え」
璃桜はため息をつく。
「……で、きみを守る砦が、この学校と要だ。そのうち一つの要が消えたのは、同業者たちにとって大きなチャンスとなってしまった。要は自分自身を守るために隠れなければならない、かといって自分が消えたらきみの身が危うい」
うんうん、と暦は頷いてみせた。黒衣の男はしれっとした目で運転と言葉をつづける。
「その苦肉の策として、要はきみをこちら側へ引き込むことを選んだ」
自動車が、高速道路を抜けた。
「ごめん、どういうこと」
暦は怒る気力も失せた。痛む額を指でおさえ、璃桜に続きを促す。
「要が失踪した状態で学校に通うきみは、ギルドの業界ではどこにも属さない不安定な立場だった。しいて言うなら高校生だが。さらに強引に言うと、フリーの状態であるきみを自社に引き抜くという格好の的ともいえる」
(冗談抜きで強引だ……)
「そしてそれを阻止するためには、きみがギルドのどこかに属しているのが必要不可欠になる。ギルドで一番安全な組織はどこか。それが――」
「父様とあなたのいるギルド。……で合ってる?」
「完璧だ。きみはものわかりが良い」
景色が変わっていく。道路だけが延々と続く高速道路から、綺麗に整えられた都市の車道へと一変した。
「先ほどきみに絡んできたミナミという男も、要の無力化をもくろむ一人だ。完全にあれの勢力下におかれていたら、私も要もおしまいだった」
「ミナミっていうんだ、さっきの人」
暦は背広男二人を連れていた優男を思い出す。柔和な笑みを浮かべた若い男は、暦には怖くて仕方がなかった。その恐怖は当てになっていたようだ。
「そう。要を良く思わない勢力の筆頭だ。要もまたあの男を嫌っている」
「どうして?」
「生理的に何か受け付けない、と」
「そんなワガママ全開の理由!?」
璃桜は頷いた。
「まあ、私もあの男を好きにはなれない。底知れぬ野望を秘めて、そのためには静かに着々と手を打っていくタイプの人間だ。ついでに言うと手段は選ばないし、邪魔者は見せしめにできる限り苦しませていく。……きみを迎えに行ったとき、きみがミナミと対峙していたのを見て肝が冷えたぞ」
「ご、ごめんなさい……?」
「いや、きみが謝る必要はない。私と要の落ち度だ。……何にせよ、間に合ってよかった」
璃桜の視線は相変わらず前方だ。だがその口端が、わずかに上がっているのと、目つきが優しくなったのを暦は気づいた。
「さて、仕事の話をしよう」
「旧式ロボを壊せって話?」
「いや、今回は採取だ。魔窟で発見された、とある植物の回収をすればいい」
車が道をそれて人気のない道を進んでいく。目的地は街と街の境界を守る鳥居だろう。
「依頼の詳細をきみの端末に送信した。確認してほしい」
言われて暦は鞄から端末を起動した。メール一件の受信を、画面に済む燕尾服姿の猫が告げていた。暦の端末に暮らすコンシェルジュである。
「えっと、依頼……魔窟のフジ十個の納品ってやつ?」
「それだ。もう一件のメールは拳銃の電子データだ。ウイルスのたぐいではないから安心してダウンロードしてくれ」
「聞いていい? 魔窟フジってどんな植物なの」
「藤の花がそのまま魔窟で育って魔窟の植物らしくなったようなものだ」
「なるほど、魔窟の藤ね……。で、どうして拳銃データもあるの」
「採取の依頼とはいえ、いつ旧式ロボや異形と遭遇するかわからないからな。護身用に持っていた方がいい。弾は十五発装填済み、予備として弾倉を二つ、煙幕弾と照明弾を各一ダースずつ入れてある。不足はないか」
依頼メールを確認した後、暦は拳銃データのメールにじっくり目を通す。しなやかな形の拳銃の画像が添付されており、それをタップすると端末にデータがダウンロードされた。予備の弾倉も同じようにして落とすと、端末の初期画面に、歯車と雷マークが合体したようなアイコンが浮き出てきた。
「……なにこれ」
「電子データの保存先だ。その中からデータを出せる。間違ってもデータの削除はするなよ。再ダウンロードすると倍の値段を請求されるからな」
「肝に命じとくよ……」
これが俗に言う電子データの武器か、と暦は感心した。
すべてが電子的な情報として浸透しているこの時代、武器の電子データ化も同様の普及をとげていた。
武器データはその性質上、書籍や日用品や衣服データとは違って誰でも手に入れることができるわけではないし、誰でもデータを販売できるわけではない。
販売は国家か、あるいは国家に認定されたごくわずかの民間業者のみに許可される。銃器や毒物、刃物や術式データを保存し、主にギルドに関わる顧客へ販売する。
この武器データを取得するには、厳しい書類審査と綿密な身辺調査を経たあと、前金として高額の料金を請求され、それらを全てクリアする必要がある。この過程は長く面倒であるが、一度越えれば定期的な審査を受けるだけで自由に武器データを得られる。
暦は中等部の授業でこれらの存在を知っていたが、身近に触れるのは初めてだった。物騒なものを日常的に使用する環境で育ったわけでもなし。その気になれば引き金を引けてしまう状態になった自分に、震えずにはいられない。
「……質問があるなら今のうちに受け付けるが」
車が徐行していく。景色は整備の行き届いていない竹林に成り果てた。鮮やかな緑で埋め尽くされる中で、たったひとつ朱色の鳥居が佇んでいる。街を守る結界だ。その先は魔窟である。
「じゃあ、いっこ」
「何だ」
暦は怪訝に璃桜を見上げる。
「あなた、いくつなの」
璃桜はしれっと答えた。
「二十七だ。永遠にな」




