三:紫煙くゆらし嘘をはく
璃桜が小さなサービスエリアに車を止める。走りっぱなしは運転者にも同乗者にも負担だという気づかいからだった。
サービスエリアは簡素なもので、お土産売り場に実物はごくわずかに置かれているだけだ。その実物は手に取って触感や味を見るためのサンプルになっており、買い物する際は売店内に複数設置された検索機から選ぶ。飲食店も同様、その検索機が食券も兼ねている。
璃桜の気づかいを仇で返すように、暦はこのエリア内にまぎれて璃桜からも逃げる手段を考えていた。だがその手段に走るとなると、問題が出てくるのもまた事実だった。
高速道路の標識をそれとなく伺っていたため、自分が今どこにいるかはわかっていた。端末からマップを検索してみると、戻りたい学校から現在地まで車でおよそ一時間かかるようだった。帰るためには別の車を拾う必要がある。
だがそれも難しい。暦は今制服姿だ。通っている学校は割りと有名なお嬢様学校であるため、人目につきやすい。お嬢様学校の娘がこんな遠くの地まで一人でうろついているとなると、やましい目的でもって接する人間がいないとも限らない。そして問題をおおごとにされたらそれだけ璃桜やミナミと呼ばれた優男に発覚してしまうのだ。
(おとなしくしてるしかないか……)
化粧室から出た先で、璃桜がのんびりと待っていた。その手にはペットボトルの飲料水が二つ。
「気分は悪くないか?」
「この行き先が学校だったら最高に気分が良くなると思うけどね……」
「そこそこの憎まれ口が叩けるのなら心配ないな。……ほら」
ペットボトルを受け取る。璃桜はというと、それをコートのポケットに突っ込み、どこからともなく煙草を取り出して吸い始めた。おもわず暦はぎょっとする。今の時代、煙草という娯楽は廃れて久しくある種の絶滅危惧種である。それを間近で見るとは思わなかった。
「あなたって、喫煙するんだ」
「多少はな」
人の混雑を避けて何度か煙を吸ってすぐ、璃桜は吸殻を携帯灰皿にねじ込んだ。
「……実はこれは薬だったりする」
璃桜は携帯灰皿をひらひらと暦に見せながら、突然そんなことを告げてきた。
「……はっ?」
「コレから発生する煙は私の体内に住み着く病原菌を殺す。つまりこれは娯楽ではなく常備薬というわけだ」
「え、何、あなた体のどこかが悪いの!?」
暦は思わずうろたえてしまった。知り合ってばかりの敵か味方かも判断しかねるこの男が、どこかしらに病を抱えているとなると、内心穏やかではいられない。璃桜は箱を仕舞い、マフラーで口元を隠す。噴き出した音が暦に聞こえた。
「冗談だ」
「はい?」
「きみがあまりにも素直すぎるものでな。からかいたくなったのだ」
「んなっ、人の心配をあだで返さないでっ! 本当に心配したんだからね!!」
暦は璃桜を思い切り拳で叩く。べすべすと叩いてもこの男はまるで微動だにしなかった。
「すまん。軽率過ぎた」
「嘘をつけ嘘を!」
「まあいい。さて、出発しよう」
璃桜は踵を返して車に戻っていく。暦の腕を掴んで強引に引っぱりこむことはしない。暦が自主的に戻って来るのを待っている。逃げられるという考えはないんだろうか。
だけれど、この小さなサービスエリアに頼れる者は存在しない。ただ一人、璃桜・ルブランという真紅の瞳の男を除いて。
「さて、さきほどの道中で、私は旧式ロボの大暴動事件についてきみにたずねたわけだが」
高速道路に自動車が乗り出して直後、璃桜が口を開く。
「さっきの暴動事件は前提で、ここからが本題となる。して、その本題も相当長くなる。なるべく簡潔に話すから、聞いておいて欲しい。何せきみの将来にかかわる」
「私の? どうして?」
「色々と複雑なのだが……まあ、だいたいきみの父親のせいだろうな」
「父様が一体何を……? いや、聞けばわかるか。じゃあ、聞かせて」
うむ、と璃桜は頷いた。
「まず話しておくが、要は鳥居の外に出て暴走した旧式ロボや異形を討伐する専門職に就いている」
「…………何だって?」
暦は璃桜に聞き返す。思い出してみれば、父親の職業を聞いたことがなかった。ただでさえ顔を合わせることが少なすぎる父子関係で、その限られた時間でどんな仕事をしているかを気にしたこともなかったのだ。いや一度や二度はたずねた覚えがある。だが父はちゃんと答えずはぐらかしていた。
「鳥居の外……魔窟にもぐってロボを破壊、もしくは異形を殺す仕事だ」
「それって、もしかして『ギルド』!? 嘘、何で父様が……!?」
「補足しておくと、きみが生まれるまえからそれに通ずる職に就いていた」
「ちょっと待って、何それ!? そんな危ない仕事でごはん食べてきてたの!?」
「そう」
魔窟に旧式ロボと異形を隔離したからといって、安全が確立されたわけではない。知恵の働く異形やロボは存在するもので、どうにかして鳥居の中へ入ろうとあれやこれや画策している。
そんなロボたちの侵入を防ぐため、元を絶つために、わざわざ魔物の破壊ないし殺害を生業とする人間や神々がいる。
彼らは『ギルド』と通称される。ギルドは全国で大小関わらず無数存在する。大規模な組織であれば社員は千を越え、零細であれば一人しかいないギルドもある。
政府や民間人からの要請を受けて、魔窟に蔓延る旧式ロボを破壊もしくは異形を討伐する。その依頼というのは仲介業者を通じてそれぞれ好きに受注する。一度受けた依頼は必ず完遂するのが暗黙の了解である。破棄という手段ももちろん可能だが、それはギルドの信頼を大きく下げる行いになる。
ギルドの主な仕事はロボの破壊と異形の討伐であるが、そのほかには魔窟で発見された未確認の動植物の調査や、場合によってはそれらの採取採掘、暴動事件に巻き込まれた犠牲者の遺品あるいは遺体の回収など多岐にわたる。要するに、ギルドは魔窟が仕事場なのである。
「要はきみがあの巨大学校に引き取られる前からその仕事に携わっていた。そこで培った実力と業界内での有名さは指折りでね。ロボの破壊や異形の討伐はもちろんだが、魔窟に赴く仕事ならだいたい何でも引き受けていた」
「そ、そう……。仕事選ばないんだね」
「まあな。ただ、どう考えても要と私二人だけでは達成できない仕事もすぐ引き受ける軽率さにはよく殺意が芽生えたよ」
「何かごめんなさい……」
「きみが謝ることではない。むしろこちらが謝罪せねばならない」
「どうして?」
璃桜は一瞬ためらったが、持ち直してその理由を告げた。
「その軽率に引き受けてきた仕事の残りを、きみがすべて引き継ぐ羽目になっているからだ」
暦は璃桜の言葉にどう答えればいいか迷っていた。何で? どういうこと? という疑問を投げつけるべきか。それともいやそれは嘘だろと必死に否定すればいいのか。
暦の沈黙を、自分の説明不足だと思い込んだ璃桜が再び口を開く。
「きみには、要が引き受けた二百の依頼をすべて肩代わりしてもらう」




