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君に会いに行くよ




真っ青な顔で叫ぶ祖母に、声もなく倒れる母。何を言われたか分からずに唖然とする父に、これは夢だと呟いて気を失った下の兄。

そんな俺達の様子にすまなそうな顔をして頭を下げていた上の兄は、慌てたように部屋から飛び出していった。


『に、兄様――!?』

『悪いとは思う、エド・・・ルイは補佐タイプだ、上に立つ器じゃない。俺の後任はお前だ、すまないが後は任せた』

『ま・・まって、まって下さい!兄様っ!テオ兄様!!』


唯一出ていく兄の背に声を掛けることが出来た僕も、今の出来事が一切飲み込むことが出来ずにいる。

震える足はまるで雲でも踏んでいるかのように感覚がなく、体を支えられずにそのまま床に座り込んでしまった。


『た・・・た、太子様!テオドリアス様お待ちを!!』


家族だけでなく、僕らに仕えてくれていた執事や侍女達までもが声もなく立ち尽くすか倒れている中で、執事長の爺だけがテオ兄様の事を追いかけて行ってくれたんだ。


『本当にすまない!長生きしてルイとエドを支えてやってくれ!』

『何を言っておられるのですかぁぁ!!』


僕は多分唖然とした表情をしている事だろう。この国の王太子たる立場を放棄した兄の背に手を伸ばしたままその場に根が生えてしまったかのように、動くことが出来なかった。


「ぃさ、にぃさまっ・・・?」


無意識に伸ばした手を誰かが握りしめた、不思議に思って気配のする方へ顔を向けようとしたが、視界は何か・・ヒンヤリとした布で遮られていて分からない。


「大丈夫ですか?」

「?」

「起きられますか?お水飲まれますか?」


綺麗な女性の声を不思議に思い、自分の目と額を覆うように置かれている冷たい布をどかそうと手を伸ばしたのだが、思うように力が入らず震える手では布に手を添えただけで精一杯だった。


「ぁ・・・ゴホッ・・ぅ・・」

「あぁ、無理はしないで!ストローありますから・・・どうぞ」


起き上がらねば・・とも思うし喉はカラカラだが、力の入らない体はまるで鉛の様で、返事位はと思って出た声は咳で消える。

咳込んだ僕に慌てた様な声を出した彼女は、カサカサと何かを漁った後に水のボトルにストローを差してくれたのだろう。そのストローをわざわざ僕の口まで運んでくれて、飲ませてくれた。


「・・・申し訳ない・・ありがとう」

「気にしないで。暫くはまだ寝てた方がいいよ」


数口分水を飲ませてもらい、僕は大きく息を吐き・・・そこでようやく気が付いた。


「・・・ありが・・?」


綺麗な彼女の声は僕の上から聞こえる事に。そして、僕の後頭部にはやけに暖かく柔らかい感触がある事から、この彼女に膝枕をされているだろうことに・・。


――――――え・・・えっと、ひ・・膝枕?


「っ!」

「駄目だってば!」


頭のまわっていない僕にはそれを理解するのに時間がかかったが、慌てて起き上がろうとするが、それを察知したのか小さく暖かい彼女の手で押し戻される。

そんな攻防もしたが、家を飛び出してからの僕は睡眠をとった記憶も何かを口にした記憶も無く、すぐに体力の限界が来て彼女の膝の上に頭を戻した。


暫くは無言だった。僕も礼以上に何を言ったらいいか分からず、濡れた布が視界を奪っているので表情も分からず彼女の方は何を考えているのかは一切わからない。


「・・・ぃね」


いつの間にか彼女の手が僕の頭に伸びていて、髪を梳いている感じが心地よくって微睡みそうに―――そして、無性に泣きたくなった。

流れそうな涙は布越しの為に気が付かないだろうが、震える声だけは誤魔化しようはないだろう。彼女の優しい雰囲気とこの時間に思わず僕の口から洩れた言葉は彼女の耳に届いたらしく、髪を梳いていた手を止めて僕を覗き込んだようだった。


「え、なぁに?」


グルグルと回っていた頭の中も、何故か今は凪いだ空の様に澄んでいる。

不思議そうな様子の彼女の声が聞こえた僕は、もやもやした心は変わらない筈なのに、別の暖かな感情が込み上がってきた気がした。


「・・・やさ、しぃね。いつもなの?」


こんな僕みたいに得体のしれない奴にさ。少し棘のある言葉を言ってしまったけど、そんな言葉に彼女はクスクスと笑っている。


「何がおかしい?」

「えぇ?だってぇ~」


僕はいたって当然のことを言ったと思うのだが?と、そう思っても彼女は何がおかしいのか笑ったままだ。

正確な時間は分からないが、2日前位から僕は家を出て森や市街を彷徨っていた。こういってはなんだが、周りは僕の顔も分からないほどだったから酷いありさまだったはずだ。


なのに・・。


声的には若いはずの彼女は事もなげに僕に言い放つ。


「くたびれては見えるけど、着こなし方とか良いとこの出って感じだもの。綺麗な言葉使いだし・・・外国人の私にも分かるよ?後は、国柄かなぁ。結構お人よしな国柄って言われているし」

「えっと、君はこの国の人間じゃないのかい・・・訛りもなく綺麗な言葉を使っているから」


「うんん、ただの旅行者・・・とは言えないかな?ちょっと迷子なんだ」と、苦笑しているような雰囲気を感じて、僕も思わず笑ってしまった。


「迷子って・・大丈夫なの?」

「うん。帰る場所は分かっているから大丈夫だよ~?だぁって、タクシー拾えばいいだけだもの」


少し落ち着いてきて彼女と普通に会話を楽しんでいる自分に驚く。僕の周りに居た女性と言えば、自尊心が異様に高い令嬢か真逆で大人しく言いたいことも言わない令嬢達だった。

今まで、上流階級の女性とはそういうものだと思っていたのに・・。女性とこんなに気兼ねなく話をして楽しいと思ったことなど無かった自分なのに、今いる彼女との会話にこんなにも胸が温かいのは何故なのだろう。


「あれ・・?」

「?・・どうしたの?」


クスクスと笑っていた彼女が突然その笑みを止めて無言になったのを不思議に思い、今までずっと僕の視界を覆っていた濡れたハンカチをそっととった。


「っ・・・」


ゆっくりと体を起こしながら目を開けようとしたが、暗闇からの眩しい太陽の光は今の僕には少々強すぎて、視界が刺激と共に真っ白になってしまう。

何とか起き上がるもふらついてしまった僕だったが、異国の言葉で会話をしつつも彼女は僕を支えてくれている。目を庇い光になれるのを待ちつつも、耳だけは彼女の声に傾けていると何とか所々理解できる言葉を拾えた。


『お嬢様!――心配―――した。――爺の――――ですか・・坊ちゃま達も―――』

『ごめんなさい・・ケータイを――タクシー・・乗って帰る――――で―――なの』

『え?えぇ、畏まりました―――――――お待ちください』


この言葉は兄様が得意だった日本語・・彼女はあの極東の日本人?


「起き上がって大丈夫?」

「あ・・あぁ、だいじょ・・」


会話を終えたらしく、少し慣れてきた視線を上げると遠ざかっていく男物の足が見えた。

額を抑えて俯いている僕を彼女は横から支えてくれていて、掛けてくれた声にようやく慣れてきたので顔を上げて僕は息をのんだ。


「無理してない?まだ寝てていいんだよ?私の保護者が今来てね、貴方の家は分からないから取りあえずタクシー呼びに行ってくれたの」


僕の背を支えてくれているので距離が近く、今まで気にもしていなかった彼女の甘いのにすっきりとした花の香りが僕の思考を曇らせる。

日本人は幼く見えると聞いたことがあるが、顔は幼く見えるが僕よりも背もあって彼女の雰囲気だろうか、僕と同じくらいに見える。


僕の事を心配そうに見つめるその瞳、白い肌に映えるそのバラ色の頬、そしてその艶やかな唇から紡がれる音色に魅了される。


―――――――――この気持ちはなんなのだろう?


「タクシーは、いいよ」

「え?」


一体どのくらいボーっとしていたのかは定かではないが、彼女の“保護者”が連れてきたタクシーが目の前に留まり、僕はにっこりと笑って彼女を見た。

僕が断った事に、彼女の保護者も驚いたのか目を見開いている。


「遠慮しなくても・・・」

「うんん、大丈夫」


心配そうな彼女を見て居ると、なんかこう・・・心がざわざわする気がする。一体これはなんなのだろう。

もっと僕を見て欲しくって、でもじっと見られると恥ずかしくって。


「タクシーは君が使って、僕の迎えは・・・来ているから」


彼女の保護者が呼んできたタクシーの奥に、見慣れた顔を見た。

僕の言葉に心配そうな表情を向けてくれる彼女に、僕も精いっぱいの笑みを見せて答える。


「色々と迷惑をかけてごめん。君の旅がより良いものになる事を祈っているよ」


にっこりと微笑んで彼女の手を両手でしっかりと握りしめて1つの祈りを込める。

身長は僕とほとんど同じくらいだったけど、小さくて柔らかい白い手は武術を嗜んでいる僕とは違うんだと実感する。


「うんん、私も。貴方が笑顔でいる事を祈っているね」


彼女は微笑む僕に何度か口を開閉させたが、数回首を横に振ると彼女もその綺麗な顔に美しい笑みを浮かべてくれた。


「あ・・まって、おうちに帰って大丈夫?」

「え・・?」

「心配なの・・だってとても辛そうだから」


タクシーが動き出そうとしたときに、慌てた様な彼女が開けた窓から身を乗り出してそういった言葉に僕は驚き目を見開いた。


―――――――それはどういう意味?


「私は・・あっ」


何かを言いかけた彼女だったけど、走り出したタクシーは遠ざかっていく。通りを抜けて見えなくなっていったタクシーを見届けて、そのままその場に腰を下ろすとふと目に入った彼女の忘れ物。

そっとそれを手にすると、多少湿ってはいるがほぼ乾きつつある。


「・・・イニシャル、かな?」


膝の上で広げてみれば、確か日本の有名進学校の校章の刺繍が現れた。その右下には“M・K”という彼女の名前なのか、イニシャルが刺繍されていた。


「殿下!お探しいたしましたっ」

「ご無事ですか?!両陛下もそれはそれはご心配されております」


タクシーが去ったのを見届けたのち、僕の元に駆けつけて膝をついたのは王家に仕えるSP。無事でよかったと首を垂れる2人には悪いけど、僕の頭の中では今まで一緒に居た彼女の事で占められていた。


数時間前までは死にたいほど悩んでいたのに、あれだけ胸を締め付けていた悩みがキレイさっぱりとは言わないけど無くなっていることが何故か当たり前の様に感じられた。


「心配かけてすまなかった、もう大丈夫」


SPの2人から視線を上げて、僕は彼女が去って行った方向に視線を向ける。

僕の顔色を見て、その言葉にあからさまにほっとした顔をした2人を従え僕は彼女とは逆の道へ歩き出す。

その前方に見えるのは我が家所有の黒塗りの車と爺の姿。


「殿下」


口を開きかけた爺を手で制し、僕は先ほどのハンカチを爺に渡す。


「このハンカチの持ち主の日本人女性を探せ。彼女に助けられた、きちんと礼を言いたい」

「殿下・・・はい、畏まりました」


驚いた顔をした爺だったが、恭しくハンカチを受け取りその曇っていた表情を一転させて晴れやかな笑みを浮かべる。

そのまま僕は車に乗り込んで、外の景色に視線を浮かべながらも彼女を思う。


「・・・She is a thing only for me」


不思議と口から出た言葉だったが、何故かその言葉は自然と心に溶け込んでいくかのように馴染んだ。


――――――――そうだ。彼女は僕のモノ・・・僕だけのモノ。


城に着くなり、僕は真っ直ぐに執務室へと足を向ける。迷いのない足取りで真っ直ぐ前だけを見て歩を進める僕に、SP達の方が困惑したような表情を浮かべつつも僕の後をついてくる。

城の中はまだ兄様の事で騒がしい。それはそうだ、何故か落ち着いている僕の方がおかしいのかもしれない。確かに僕も兄様の事であれだけ愕然としていたのに、それも昔の事のように感じる。


「父様・・いえ、父上達に聞いていただきたい事がございます」

「へ?」

「え?」


許可もなく父上の執務室に入るなりそう言い放った僕を見上げ、未だ青い顔をした父上と寄り添うように一緒に居た母上がキョトンとしたような顔を僕の方へと向けた。


「僕はテオ兄上の事、応援致します。そして、テオ兄上の代わりにルイ兄上が王太子になるのなら、僕はルイ兄上が学んでいたこと以上を学び、補佐として精一杯支えてゆきます」

「エ・・エド・・?」

「それに伴い、1つだけお願いがございます。お許しいただきたく思います」


真っ直ぐに父を見て居た僕を暫く呆たように見て居た父上だったが、母上共々姿勢を正して真剣な表情で僕に向き直った。


「・・・言ってみなさい。覚悟は、分かった」

「ありがとうございます」


まだ兄上の件の動揺は完全には抜けていないみたいだけれど、父上も母上もその瞳はしっかりと僕を見ている。

僕が城を抜け出していた間に何があったと疑問を感じでいるであろう爺を始めとしたみんなも、僕のその強い決心を湛えた瞳に引きずられていくように前を向いていく。




「ルイ兄さ・・・ルイ兄上も、しっかりしてください」


ノックをしても返事がなかったルイ兄上の部屋に勝手に入れば、カーテンを閉め切った薄暗い部屋の中で兄上は組んだ手に顎を乗せて虚ろな瞳でどこかを見ていた。

何度か呼びかけて肩を揺さぶると、ゆっくりを首を動かして何かを探すように瞳を揺らしたのちに、僕へと視線を止めた。


「・・・エド?」

「はい、兄上」

「エド」

「は、はい?あ・・兄上?」


僕にとってもテオ兄上は特別な人だった。そして、6つも離れた僕よりも1つしか違わないルイ兄上がテオ兄上をどれだけ特別視していたかよく知っている。

テオ兄上は素晴らしい人だった。あの人が王太子となり、のちの国王となったのならより良い国へと導いてくれると、誰もがそう思えるような人だった。


「・・・エド、君が王太子になれ!」

「いっ・・」


俯き僕の名を呼ぶ以外の言葉を発しなかったルイ兄上が、急に顔を上げたと思ったら、僕の両肩をギュッと掴んで―――――真剣な瞳で僕を見据えていた。


「は?・・いえ、王太子にはルイ兄上が」

「私は無理だ。私は上に立つ器ではないのは自分でも重々承知しているし、幼いころからお兄様の補佐になる事だけを夢見ていたんだ。私はそれ以上の事など学んでいない」

「けど・・」

「けど、お前は違う。幼いころからお兄様に付き学び、私に付いては共に学んだ」


そうだろう?そう言って僕の顔を覗き込んでくるルイ兄上の表情は、何かが吹っ切れたのか、先ほどまでの動揺はない代わりに恐ろしいくらいの真剣さが読み取れる。


「は、はい・・兄上が、そうおっしゃるなら・・」

「ありがとう、エド・・・こんなことになってしまって、すまない」


そこから数か月は怒涛の日々だった。


テオ兄上は病気で急死したことが国民を始め世界に報じられ、多くの者が動揺し混乱した。

次の王太子は順当で行けばルイ兄上だったが、ルイ兄上は王太子補佐になることを公言されていた為に立場そのままに末っ子の僕が王太子の地位に就くことになってしまった。

ただし、父上への願いもあり僕の姿はメディアに一切取り上げられていない。


「エド、学生生活は短い。存分に楽しんでおいで」

「ルイ兄上ありがとうございます」


国の内外の混乱も落ち着いた頃、僕はルイ兄上に見送られながら空港に居た。兄上達よりは劣るけど、僕は元々飛び級で大学の資格まで取っていた。それでも、“留学”して見聞を広めると言う名目の元、僕は暫く国を離れる事を父上に願い出ていた。


「エドが帰ってくるとき、私には可愛い妹がいるのかな?」

「ご期待に添えるように頑張ります」


ルイ兄上に見送られた僕は王家のプライベートジェットに乗り込み、手持ちの荷物の中からノートパソコンを取り出して起動させる。

現在僕の手元にそろえられたその資料を片っ端からすべて頭に叩き込んだ僕は、起動させたパソコンの中から届けられた写真のデータを表示する。


「待っていて、君の元へ必ず行くから」


長かった髪をバッサリと切った僕は、まだ慣れない短い髪をかき上げて窓の外に目を向ける。窓の外は青い空と雲海が広がっており、時折除くのは深い海の色。

指折り数えていた時間ももう少し、写真の中で微笑む君に口づけを落し、これから君に会えるだろう未来に僕は微笑む。






これで一度区切ります!


次回からは学園に戻ります。

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