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早智さんは諦めない!  作者: じいちゃんっ子


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3/7

娘の恋

「今崎雄一君の事を教えて」


「は?」


 仕事を終え、帰宅するなり娘が聞いてきた。

 娘は今日友達と制服を受け取りに行っただけなのに、どうして雄一君の事を聞いてくるのか意味が分からない。


「今日雄一君と会ったの?」


「うん、2回も…」


「へえ…」


「それで雄一君の事を詳しく知りたいの」


「あっそ」


 娘が雄一君と前回会ったのは4日前。

 たった一回で娘の様子がおかしくなった。

 リビングでボーとしてたかと思ったら、突然自分の部屋に行ってベッドを今崎家の壁際に動かしたり、家の玄関扉を少し開けて、何度も今崎家のドアを確認したりと奇行が目立っていた…


「お母さん?」


「ちょっと待ちなさい」


 いきなり雄一君の事を話す訳にいかない。

 それは母である由美香の過去を話す事にもなり、15歳の娘には重すぎる。


「先ず今日は何があったか教えなさい、それからよ」


「うん…」


 娘は今日の出来事を話し始めた。

 制服を受け取った帰りに、偶然雄一君と会った事。


 その後、友達と行ったレストランでアホに絡まれ、困っていた時に雄一君が現れて撃退してくれた事。

 その時物凄い殺気を発し、寂しそうに帰って行った事も。


「…またあのガキか」


 怒りに目の前が真っ赤に染まるのを感じる。

 アホこと、安穂(やすほ)崇。

 娘とは同じ保育園で、それだけの関係。昔は娘へ纏わりつく事もなく、普通の男の子だった。

 それが6年前、突然娘にくだらない渾名をつけたのだ。


「また言ったの?本当懲りないわね」


「お母さん、そっち(カーネル)は気にしてないから


「そうはいきません」


 学校任せにせず、もっと動くべきだった。

 モンスターペアレントが社会問題化していたから遠慮したのが失敗だった。

 地方公務員という立場なんか気にしないで、市の教育委員会とか、上の機関へ捻じ込んでやれば良かった。

 そうすれば6年も娘は苦しまず済んだのに。


「終わった事だから、それより雄一君の…」


「こっちは終わってないの」


 フラれた腹いせに中学でも渾名を広めるような卑劣漢だ。

 また放置なんかしたら、今度は高校まで広めかねない。

 どうしてやろうか、また向こうの両親へ電話を…

 いや、常識が通じそうもない家だったな。


「お母さん、大丈夫。

 もう同じ高校じゃないから」


「甘いわね」


 あの手の男は本当にしつこい。

 不合格になるのが分かっていて同じ学校を受験する程だ。

 その理由は娘の友達から聞いた。

 会場の受験生に娘の渾名を吹聴し、広める為だった。


 かくいう私も若い頃、何回か経験がある。

 嫌がれば嫌がる程、執拗に絡むから余計質が悪い。

 私は多少自分の身を守る術を持っていたが、娘にはそれがない。


 加えて娘の容姿はかなり人目を引く。

 親の贔屓をなしでも、衆人の耳目を集めてしまうだろう。

 本人にその自覚はないが。


「高校じゃ雄一君が守ってくれるから」


「早智…」


 なんで雄一君がアンタを守ってくれる前提なの?


「もしかして雄一君の事が好き?」


「ま、ま、まさか!」


 どうやら図星、顔が真っ赤っかで否定しても説得力は無い。

 早智は家族や親友以外に心を開かなかったから少し意外。

 周囲の悪意に心が少しづつ削られてしまったからに違いない。


 どうして3回しか会った事のない雄一君に早智はここまでの愛情と全幅の信頼を寄せてしまったのだろうか?


「早智と雄一君の共通点か…」


「共通点?」


 おっと、心の声がでてしまったみたい。

 早智が雄一君に惹かれてしまう可能性を全く予想していなかった訳じゃない。

 結果、早智は雄一君に恋をしてしまった、それも3回で自覚するほど。


「今から言う事は誰にも言わない、約束出来る?」


「うん」


 早智は真剣な表情で首を縦に振った。

 これから話す事は早智にとって初めて聞く大人の事情になる。

 早智は口が固い、秘密をべらべら喋る人間ではない、受け取める覚悟があるならいいだろう。 


「先ずは雄一君の殺気ね。

 あの子はずっと剣道をしてて、二段なの」


「二段、それって凄いの?」


「凄いわよ」


 15歳で二段は最短でたどり着ける最高の段位。

 非凡な才能の持ち主なんだけど、早智には分からないか。


「それじゃ寂しそうにしてたのは?」


「それは…」


 雄一君の出自に関わる事だから、詳しく言えない。

 さて、何と説明したらいいのか。


「…由美香はね、一回離婚をしてるの」


「へえ…」


 特に驚く様子はない。

 まあ今どき離婚する夫婦なんか珍しくないか。


「それで?」


「離婚して7年後に再婚したの。

 それが今崎久男さん、つまり由美香の今の旦那さんね」


「お母さん、その人知ってるの?」


「ええ、私達の高校の同級生だったから」


「ふーん」


 本当はそれだけじゃない。

 でもそれ以上の事を言っていいやら…


「で?」


「それだけよ」


「それだけ?」


「ええそれだけ」


 やっぱりこれ以上の事は止めておこう。

 由美香は話されたくない過去の汚点、雄一君も好きな人に知られたくない秘密だろう。


「他にないの?

 離婚の原因とか」


 なんでそこに食いつく、好奇心なのか?


「最終的には浮気よ、旦那さんのね」


「由美香さん許せなかったんだ」


「そりゃそうよ」


 どうやら納得したか。


「お母さんはなんで離婚しなかったの?」


「はあ?」


 なんで私の話になるの?


「だってお父さんは…」


「あ…」


 早智は夫の浮気未遂を言っているのね。


「まだ身体の関係は無かった、だから許したの」


「本当?」


「ええ本当」


 相手は夫の部下で典型的な相談女だった。

 鈍感な夫はまんまと女に乗せられ、相談に乗っていた。

 バレたのは、夫の同僚が私に教えてくれたからだ。


「でも心を持っていかれてたら許さなかったでしょうね」


「なるほど」


 その気は無かったと夫は必死で弁明してたが、実際は分からない。

 それが浮気の厄介なところ。


「それがなんで雄一君の秘密に繋がるの?」


 おっと脱線が過ぎたか。


「浮気って色々な事を壊してしまうの。

 子供の心を傷つけてしまうくらいに」


「それって…」


「それ以上は言えない」


 これくらいにしておこう、まだまだあるけど。


「つまり雄一君の陰は、お母さんの離婚が原因…」


「そういう事ね」


「私が雄一君を支える!」


「頑張んなさい」


 奥手の早智に出来る事は限られている。

 それでも恋をするのは決して悪い事ではない。

 雄一君の性格は由美香から聞いているから、悪いようにならないだろう。


「それじゃ雄一君と連絡先の交換から始める!」


「アンタ、まだ交換してなかったの?」


「だって…」


 どうやら娘の前途はまだまだこれから、そう思った。


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