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第6話 地獄耳の秘密

「言わずとも僕には分かる」第6話です。

お読みいただきありがとうございます。

 次は二階のベランダへ。

なんせアラームが鳴ってからもう三分は経つ頃だ。

そろそろ頃合いになってしまう。

ベランダの窓台へ膝立で身を乗り出して、おそらく母さんが雑に脱ぎ捨てて散らばっていたサンダルを回収して履く。

もう九月とは言えまだ素足でベランダに出るのは流石に少し厳しかった。

家族四人の洗濯物がバサッと干されている洗濯ハンガーの下を屈みながら小走りで奥へと進む。

細長い足場の突き当りまで来て手すりに掴まった。

そこで軽く一呼吸。

北の方へ耳を澄ました。


 …来た!


 耳を澄ましてから三十秒もしない内にそれは来た。


 スマホのカメラを構える。

その視界は僕の家の近所の景色で埋め尽くされた。

電柱、平屋の屋根、コインランドリー、自動販売機、少し遠くにコンビニ。

どこにでもある普通の住宅街。

でも、その音が聞こえた方向に向けてズームすると家々の狭間から高速で通り過ぎる赤色の物体がかすかに覗く。

それを確認して僕はパシャリとシャッターを切った。


 この時間になると家から徒歩八分の最寄り駅を赤い車両の特急電車が通過する。

もちろん朝のダイヤは秒数単位ではよく乱れるからいつ通過するかは正確には分からない。

でもそれが逆に良い訓練になる。

僕の耳は調子が良い時、距離で言うと大体七百メートルほど離れたそれが走り抜ける音を聞き分けることができる。

駅自体は手前に聳えてるアパートが邪魔で架線部分しか見えないけど、今日もおよそ八ドット程映っている高速列車をカメラに収めることができた。

調子が悪いと音が聞こえた気がしてフライングしてカメラを構えてしまったり、通り過ぎたのが聞こえずにここでしばらく立ち尽くしていることがある。

ただ、遅延してる場合限ってはその判断が正解ではあるからちゃんと聞こえてないとダメ。

いずれにしても今日も良い。

絶好調だ。

これができた日に限って僕はオーラルフィールドを人前で使うことを自分に許可してる。


 後は微調整。

軽やかな朝の風がそよぐベランダで僕はそのまま気分良く喉と首のストレッチに入る。

その後は部屋に戻って机の引き出しから取り出した音叉に合わせてハミングをした。

いつものルーティンだ。


 オーラルフィールドを使う上で重要な器官。

それはもちろん喉もある。

でもそれと同じかそれ以上に大事なのは耳だ。


 ガスを使うと声道が広がる。

その広がった声道は喉に高音を与えてくれるがそれだけでなく、耳にも影響を及ぼす。

端的に言うと耳が良くなる。

正確には骨伝導と気導音の乖離っていう現象らしいけど、分かりやすい解説がネットに無く詳しいことはよく知らない。

とにかく、ガスを使うと少し高音がキンキン聞こえて音の輪郭がハッキリしたものに変わる。

それのおかげで僕は自分の声でタイムリーに調整することでオーラルフィールドを実現することができるという訳だ。

原理を理解すると無意識でやっていたことも意識的に練習することができる。

千夏の誕生日サプライズで最初、偶然発現した時は本当に数秒持たせるのが限界だったのを考えるとこれは大事な気付きだったな。

そこから一年間地道に訓練して二時間ほど連続してできるようになった。

だが、実は他にもできるようになったことがある。

例えば五、六曲をスピーカーから同時に流して好きなパートが流れたらその曲に集中して、終わったら違う曲のいい部分に集中を移してという流れを繰り返してコスパ良く音楽を楽しむこととか。

誰にでもある憂鬱な時、まあ僕にとっては今だけどそう言う時はこれは最適だ。

一曲一曲聞いていたのではドーパミンが足りないから。

一気に摂取することで気分をパーッとするのも僕流のリフレッシュだ。

後は自分の部屋から出ずともリビングの会話も聞き取るなんて言うのも朝飯前だ。

ていうか、別に意識していなくても勝手に聞こえてくるんで迷惑な時もしばしばある。

そして僕が一番好きなのは自分がでたらめなこと、要は嘘をついた時、自分の鼓動を打つ音が激しく変わるのが聞こえて嘘が分かること。

昨日の配信でもドクンドクン、という音が時々自分でもやかましいほどに分かった。

まあ、それが何の役に立つかと聞かれれると確かに答えるのに困るが嘘が分かるなんて言葉の響きがかっこいい。

そうだ、オーラルフィールドのことだけ隠して特技として喋れば雑談ネタになるかもしれないな。


 音叉での調整は十分済んで机にしまうと、ポケットから取り出したスマホのメモ帳にそのことを書き込んだ。

不意に気になって画面の右上に目をやった。

7:32と数字が並んでいる。

登校にはまだ全然余裕がある。

今朝は早起きしたは良いけど最近の冷凍食品って楽なの多くて弁当すぐ作り終わってしまったから。

でも、このままここに居ても手持ち無沙汰だし少し早いけどもう出てもいい。

僕はガス缶を二本入れたリュックを背負って家を後にした。

玄関を出る時、千夏が洗面所で歯磨きしながら僕を見て手を振ってくれた。

いつもは確実に空気扱いなのに。

やっぱり今日はイケてるに違いない。

最後までお読みいただきありがとうございました。

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