第3話 今すぐに兄を追放してくれ
「言わずとも僕には分かる」第3話です。
お読みいただきありがとうございます。
「と、言うわけでこのごく潰しキモ泥棒を家から追放してください。」
「だからさっきも誤解だって言ったじゃんか。」
一階のリビング。
家族四人集まって食卓を囲んでいる。
チキンステーキ、アクアパッツァ、コンソメスープ、キャロットラペと、いつもより少しだけ豪華なメニュー。
こういうのは定期的にあるが、母さんは休日に気張って料理することが多いのが理由だと思っている。
「もう、ごく潰しなんて言葉どこで覚えてきたの。
それに蒼汰、もう高校生なんだからちゃんとした箸の持ち方でご飯食べなさい。」
僕のことを吊るし上げようとする千夏を母さんは僕ごと両成敗に付した。
「まあまあ母さん。」と僕らの間に割って入る父さん。
「この箸の持ち方もユニークで良いじゃないか。
もう一回身に付いてしまったんだから直すのは時間がかかる。
その内ゆっくり直していけば良いんだ。
それに千夏ももう中三だ。
最近SNSもあるんだからこのくらいの言葉は覚えても不思議ではないだろう。
むしろ、千夏は同年代の中では多分言葉遣いは優しい方だと思うぞ。
蒼汰にだけ当たりが強いだけで。」
といつもの穏やかな口調でなだめた。
千夏はまだ訴えたりないとばかりに取り皿を置いて身を前に乗り出す。
「そんなことはどうでもいいでしょ。
もうハーレム目指すとか妹の下着盗むとか、こんな頭がおかしい奴がお兄だなんて耐えられない!」
「確かに、家族にそういう事を言って平気にしてるのは少し変わってるな。
普通そういうのは親には言いたくないもんだ。」
父さんが部分的に同意した。
「そうねえ。
蒼汰が中学3年の時、突然学校の連絡網に乗ってるクラスメイトの女子全員に電話で告白して翌日学年集会になったのを聞いた時はビビったわね。」
「あはは。
そんなこともあったなあ。」
「フフ。
当時は笑えなかったわよ。
それで学校が重い腰上げて連絡網が廃止になってメールシステムに変わっちゃったんだから。」
「え、何それ初めて知ったんだけど。」
また千夏はまるで生ごみに集るウジ虫の群れを目にした時くらい顔を引いて僕から遠ざかった。
今日一番冷たく、一番重たい視線を感じてはいたが、それでも僕はまだ言いたいことがあった。
「も、もう済んだことは良いだろ。
僕は器の大きい男になりたいんだ。
だからそういうのをイチイチ恥ずかしがってるような奴にはならない。」
出来るだけ胸を張って堂々とすることに努めた。
顔が熱くなって握りしめた拳が震えてるけど。
「まあハーレムが良いって言うのは男として気持ちが分からんでもないけどな~。」
と父さんが軽い口調で言った瞬間空気が凍り付いた。
「何だって…?」
朗らかに入れた父さんのフォローに反応して母さんがすごい形相で僕諸共睨みつける。
千夏も一緒に凄んでいる。
「ヒッ。」と僕と父さんは一緒に背筋がピーンと伸びて石のように固まった。
なんで僕まで睨みつけられるんだ…?
げ、解せない。
「いやいや、最後まで話を聞いてよ母さん。
僕が言いたかったことは別にあるんだよ。」
と父さんは居住まいを直して僕の方へ向き直る。
そして口を開いた。
「僕は今とても幸せなんだ。」
急にどうした?と言わんばかりに僕も含めた三人は首を傾げて父さんの方へ視線を注いだ。
だが父さんは構わず話を続ける。
「それはね、こうして皆が健やかに笑顔で毎日を送れているからなんだ。
今の蒼汰には退屈に聞こえるかもしれないけど、これは本当だよ。
少しだけ昔話をさせて欲しい。」
~~~
「僕が母さんと結婚したのは二十一年前の七月七日。」
「あ~、七夕ね。」
と千夏。
「その日は毎年二人で外食に行くことは知っていると思うけど、実はお店に入る前にたばこを一本吸っているんだ。」
「え、パパたばこ吸ってたの?」
「うん、だいぶ前に辞めたけどね。
結婚してからはもう完全に。
でもその日だけは1本だけ吸ってる。」
なんでだと思う?と言いたげな間を父さんは作った。
「それがどうしたんだよ。」
俯いていた僕はそう吐き捨てた。
千夏は純粋な面持ちで僕の代わりにクイズに答える。
「ママと二人きりでいるのはストレス溜まるから?」
「そんなわけないでしょ!
冗談でもやめて!」
父さんの焦る様子に母さんはクスクスと笑っている。
父さんは咳払いすると一拍空けて空気を少し整えた。
「母さんと付き合う前、それなりにやんちゃした頃は一日に下手したら二箱くらい吸ってた。
我ながらもう本当にヘビースモーカーだったね。
辞めるのも大変でそういえば少し太っちゃったこともあったな。
その時は、吸わなくなったら逆に美味しくなくなってるかもしれないとも思ってたんだけど、今でも正直めちゃくちゃ美味い。
クゥ~ってなるし、1本で満足ってわけじゃない。
また吸いたくなっちゃう。
でも、2本目は絶対に吸わない。
蒼汰が小学生の頃学芸会で主役をやった時のこと、千夏が自転車に乗れるようになった時のこと、母さんと初めて会った時のこと、そういうのを思い出すとたばこ吸いたいとかの“くすぶり”は本当に小さく見えて毎回未練なく辞めれる。
あの頃が嫌なことばっかりだったなんて言うつもりもないけど、僕にとってたばこは今の幸せの大きさを改めて感じさせてくれるって使い方の物に変わったな。
…えっと、あれ、なんだっけ…。
なんて言おうと思ったんだっけ。」
「足ることを知ること?」
と母さんが付け加える。
「あ、そうそう。
それ(笑)
知るというよりは、足りてると“感じる”ことが父さんの幸せの秘訣。
それを蒼汰に伝えたかったんだ。」
父さんはその落ち着いた低い声を弾ませる。
「ちゃんと楽しめるテンションで来ないと母さんも怖いし(笑)」
父さんと母さんは互いに笑みをこぼして「もう、締まらない!」と千夏も含み笑いをしながらツッコミを入れた。
父さんはコクコクと頷いて朗らかにそれを受け止める。
最後までお読みいただきありがとうございました。
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