第2話 仮初の力 オーラルフィールド
「言わずとも僕には分かる」第2話です。
お読みいただきありがとうございます。
一回部屋を出よう。
隙間から漏れる光を頼りにドアの方へ向かい僕は部屋を出る。
一歩廊下へ踏み出すと玄関口の窓から漏れる西日が明るすぎて、思わず目を細めた。
手の平を向けて眩しさを遮る。
引きこもりには美しすぎる光だぜ、なんて黄昏に思いを馳せてからトイレに行こうと廊下奥の方へ足を向けた所だった。
「ちょっと!
ごく潰しのキモ男!」
いきなり罵声が耳に飛び込んできてギョッっとする。
たじろぎながら声のした方へ視線をやった。
「な、なんだよ。」
廊下に沿って伸びる階段の途中でしかめっ面した千夏が目に映る。
こちらに体を向けて手すり越しに冷ややかな目で見降ろしている。
指定の半袖ワイシャツに膝上ぎりぎりまで上げているチェック柄のスカート。
「フウ」と息をつくと左手を腰に当て、もう片方を手すりに滑らせた。
「何その声。
またキモイやつやってるの?
マジでそれやめた方がいいよ。
夏休み中もほとんどその状態だったし。
ろくに家事も手伝わないで何してるんだか。
本当にキショい。」
勢いに押されて僕は軽く俯いたが何とか堪える。
や、やばい。
シッカリしろ。
千夏のペースに飲み込まれちゃだめだ。
「何てこと言うんだ!
これは僕が開発した特許技術で恐らく世界で僕にしか出来ない。
ヘリウムガスを使って声を調整することで一時的に超絶イケボになることができるというスッバらしい発明なんだ!
名付けてオーラルフィールド!
1/fゆらぎって言うのがあってだな。
これは自然によくあるさざ波の音や川のせせらぎみたいなリラックス効果が期待できる特別な周波数の音で、オーラルフィールドはそれを意図的に作り出すことができる。
もはや人工的なヒーリングミュージックと言い換えても…。」
「聞いてないから。
反動でそんな声になるなら意味ないと思うけど。」
「そんなこと…!」
「あ?」
千夏は僕の前までやって来て睨みを利かせた。
直ぐに目を交わすことは出来なくなり僕の目線は宙を泳ぎ続けた挙句、見つけたのはトイレの扉にキーフックで固定された可愛らしく吠える犬の飾りだった。
この子なら目を合わせても怖くない。
…でも言われっぱなしでは終われない、と思った。
「う…。
今の時代は…、声が良いやつが一番モテるんだよ。
声優がアイドル扱いされたり、Vがあんなに流行っているのが何よりの証拠だ!
他のステータスが多少下がろうとイケボなら関係ない。
これで人気ストリーマーになってモテまくって、ハーレムを作るのが俺の夢…なんだよ…!」
細々とだが精一杯の抵抗を口にする。
これで少しは僕の言い分も分かってくれるかと期待したが、辛うじて目の端に捉えた千夏はさっきと同じで眉をピクリとも動かさずこちらを鋭く見つめていた。
そんな目で見られ続けるのは流石にしんどい。
心にダイレクトに来る。
「…そのキモい目標を妹に言ってどうすんの。
ちょっと彼女作って有頂天になったと思ったら、デートは一回切りで確実に振られて絶望ってその無限ループ。
それにその声の時だけ強気になるのもキモイ。
イケボ気取り。
偽物なんだからそりゃいつかバレるに決まってるじゃない。
こんなんでどうやってハーレムになるんだか。(笑)」
「ハハハ」と無邪気に一蹴されても僕は何も言い返せない。
正味、千夏が間違っていることが何一つない。
だから無い反論を探して口を尖らせて悶々としてから、とうとう俯く。
はあ。
モテること自体はあるんだけど。
続きさえすればこんな言われ方しなくて済むのに…。
「それより!」
「はい!」
急に凄まれ僕の肩が飛び上がる。
我ながらめちゃくちゃ歯切れの良い返事が口から飛び出た。
「私の下着知らない?
水色の。」
「…知らない。」
「嘘つかなくていいから。」
「なんで当然のように嘘を疑う!?」
「だって、もう家中探してないし。
あるとしたらお兄の部屋しかないから。」
「知らないよ。」
あ、でも待て。
もしかして1週間くらい前のあれか…?
やばい、あるかもしれない。
後で確認しなきゃ。
再び泳ぎ始めた僕の目の動きを見た千夏はすぐ眉をひそめた。
「ん?
やっぱり怪しい。」
「いや、べ、別に。」
胸の内を燻らせている僕を横目に千夏は吸い込まれそうなほどの暗闇が広がる僕の部屋の前まで来て、すたすたと踏み入った。
「電気ぐらい付けたら?」
かち、と電気をつけた。
久しぶりに与えられた仕事にも拘わらず故障は無く、僕の部屋は隈なくLED電球の淡く白っぽい光で満ちた。
入口から一番離れた隅にパソコン机がある。
壁に向かって設置された机の周りが3面カーテンに覆われてできた撮影スペースの手前の面がめくられている。
立つときにイチイチ向きを直したりなんかしないのでカーテン内のゲーミングチェアはこちらに向けて回ったままだ。
窓には陽光を遮るカーテンがかかっており、撮影スペースの中から覗かせるパソコンのブルーライト以外の光源はない。
撮影スペース周りこそ綺麗にしているものの、そこ以外は足の踏み場に迷うほど配信機材、服、布団が散乱している。
入口正面には本棚があるが、カップ麺とエナジードリンクのゴミ、それとおびただしい数のヘリウムガスの空き缶が無造作に詰め込まれているビニール袋が何個も積み上がっていて、本など取り出そうものなら重労働が必要だ。
「よくこんな部屋にこもってられるね。」
「勝手に入らないでよ…。」
千夏はごちゃっと適当に重ねられた服の山の方へ押し歩くと、膝を抱え込むようにしゃがんだ。
パーカー、ジーパン、ワイシャツと上の方から順々に畳むと空いたスペースに避難させる。
「ちょっと…。」
僕の制止に聞く耳も持たずテキパキと動かしていた千夏の手の動きが突然止まった。
コットンのショーツが見つかった。
…あ。
『呆れて物が言えない』をまさに体現したような、もう睨むとか超えて見下げ果てた目線を感じる。
完全なドン引きだ。
「うっわ。
マジであった。
本当にキモいねお前。
鳥肌止まらないわ。
もうママに言う。」
「誤解だって。
そんなつもりじゃ…!」
「じゃあなんで嘘ついたの?」
「さっき僕の洗濯物に紛れ込んでたのを思い出したんだよ!」
「フン。
キモ。」
すたすたと千夏が部屋から去っていくのを僕は呆然と見ていた。
あ~、マジで違うのに。
マジで偶然紛れ込んだだけなのに。
でも陽菜がいつだかサービスで教えてくれたパンツの色が水色だったって言うから、ついこんな感じなのかなって少し眺めて返すのを忘れてただけなんだよ。
確かに返すのが遅れたかもしれないけど、あんな嫌がることは無いだろ。
はあ。
…そうだ、陽菜を待たせたままだった!
まだ声を戻すには時間が欲しい。
遅れるってメッセージ入れとかないと。
パソコンの前に戻って机の上にあるまだ中身のある缶を手に取ろうとした折に、画面をチラ見した。
すると、ボイスチャットの参加者が自分だけになっていた。
え?
陽菜?
パソコンに寄ってよく見ると、ミュートのボタンが“×”になっていない。
嘘だろ…!
ポケットからスマホを引っ張りだすとラインの通知が一件入っている。
陽菜からだ。
背筋に走る悪寒。
震える指で通知バナーをタップした。
(スマホ画面)
『ガチで無いわお前。
地声キモすぎだし妹?との接し方も姿勢低すぎて草。
こんな声のやつが俺様トークしてたと思うだけで吐気するわ。
別に顔も普通だし、身長も高く無いし、話も大して面白くもないイケボだけが取り柄のやつが本当はゲロボイスだったとか。
本当何が残るんだよバーカ。
妹のパンツでも嗅いでオナっとけば?(笑)
これまでご機嫌取りしてきたのもマジで時間の無駄だった。
二度と連絡してくんな。
死ね。』
全部聞かれてた…!
うわああああああああああ!
立っていられない。
気付けば膝から崩れ落ちて頭を抱えていた。
ゲロボイスと妹との関係性を見られて恥ずかしい。
せっかく捕まえた顔の良い女子を逃がした。
ネットに晒されてしまうかもしれない。
全てが混ざり合って最悪な気分だった。
しかも、せっかくVデビューできるかもしれなかったのに晒されたらそれも台無しかもしれない。
何とか弁明しようとパニクりながら他のSNSも確認したが全部ブロック済み。
僕に為す術はもうなかった。
辺りがとても静かに感じる。
カーカーと窓の外から聞こえるカラスの声がより際立って聞こえた。
最後までお読みいただきありがとうございました。
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