第1話 僕は人気急上昇中イケボ配信者”奏”
「言わずとも僕には分かる」第1話です。
お読みいただきありがとうございます。
「『はるか推し活中』さん、スーパーチャットありがとうございます。
えっと、『顔出せないならせめてVとかやるつもりはないんですか?』」
一人座ったパソコンの前、ケーブルで繋がったスタンドマイクに顔を寄せる。
「ん~。
やりたいんですけどね~。
ちょっとまだ“個人的に”やるには経済的な理由でできないんですよね~。
もし同じ色のチャットをもう百回くらいくれるなら出来るかも…?」
…この声ならここはわざと慎ましさを出した方がいいだろう。
「なんつって(笑)
冗談です!
頂けるだけでもう俺は十分幸せです!
みなさんも無理ない金額で大丈夫ですからね!
無理だけはやめてください!」
——ドクンドクン。
僕がそう気遣うとチャット欄に目をやる。
『かわいい』『可愛い!』『マジで癒される』『優しいですね』『黙って貢がせて』
あ~気持ちいい。
調教されたリスナー達により期待通りの反応がチャット欄を埋め尽くす。
だが、この程度でニヤりと顔に出すのはなんとなくプライドに触るので堪える。
~~~
「えーと、次で今日はラストにします。
『元カレがしつこく連絡してきてて良い追い払い方しってますか?
経験豊富な“奏”さんの意見を知りたいです。』
ユーザーネーム律さん、スパチャありがとう。
最後は恋愛相談ね。
ていうか配信で俺から隠さず言っちゃってるとはいえ、表立って経験豊富とか言われるとちょっと照れるな(笑)」
スー。
深めに息を吸って新鮮な酸素を脳に送る。
「そうですね~、
ん~、
えっと~」
肘をついて手の甲に顎をのっけたまま固まった。
「しつこい人…。
うん、未練たらたらの人ってことでしょ。
でもそういうのってやっぱ詳しい状況が大事だと思うんで例えばどのくらいの期間付き合ったとか、どっちから告ったかとか教えてよ?」
そう言うや否や『律』さんは返信した。
「『ちょっとそういうのは秘密です(笑)』?
…おいおい。」
と吐息混じりに漏らした後、場を整えるように一拍空けた。
「俺に隠し事はするなよ。」
『それ!』『きゃああああ!』『イケボ過ぎん?』『生 き が い』
瞬く間にチャット欄は黄色い歓声で溢れた。
少し間が空くと、律さんは一万円のスパチャに乗せてあっさりと秘密を打ち明ける。
僕の決め台詞にハートを撃ち抜かれたようだ。
「『了解です♡彼氏が皆の前で断りずらい感じで告白してきてしょうがなく付き合いました』だって?
なら逆にもう一回付き合って満足させてみたりしたらいいんじゃないですかね?
元カレのメンタルを動揺させれば疲れてやめてくれるでしょ。(笑)」
チャットの波はまだ勢いよく押し寄せているが、僕はこの温まった場をそろそろ切り上げないといけなかった。
「ごめん。
ちょっと時間が無いんで今日は終わりにします。
次はABEX配信でまた会おう。」
「で、最後に大事な報告なんだが、さっきはああ言ったんだけどVチューバーやることも考えてるんだよね。
ただフリーじゃない。
事務所から声がかかってんだよ。」
ざわつくチャット欄。
遮るように強引に締めくくる。
「新生奏のデビュー配信も近々やる予定だから楽しみにしてろよ。
じゃあ今日の“奏”のイケボ雑談配信は終わり!
みんな、ばいばーい。」
ふう。
配信を終えて一息つく。
二階の方がトタトタと少し騒がしくて天井を見上げた。
またあいつ、動画用のダンス練習でもしてるのか?
夕日はカーテンに妨げられ、電気も付けていない暗い部屋でディスプレイが発するブルーライトだけが僕の顔を照らしている。
マイクセットはそのままにYoujubeのウィンドウを閉じてデスクトップに戻り、続けてDescordのアイコンをダブルクリック。
もう10分は待たせたかもしれないな。
テレビ通話を開くとミュートを解除してカメラを付けた。
通話を始めると陽菜の姿が画面に映る。
「おう、悪い。
お待たせ。」
「神崎君お疲れ♡」
遅れて来たのに嫌な顔一つ見せずほころんだ。
陽菜は明るい血色で顔立ちの良いギャル、そして僕のリスナーだ。
「ねえ、聞いて~。
最近バイト先のおじさんにしつこく喋りかけられててうざいんだよね~。」
と目を細めてどこか嬉しそうに愚痴をこぼす。
「何だよそれ。」
僕は仕向けられたのに応じるようにちゃんと眉間にしわを寄せてから妬いてみせた。
「誰だよ。
ちゃんと教えろ。
誰に聞かれた?
俺が直接言って分からせてやる。」
——ドクンドクン。
正直こんなこと思ってない。
配信での自分のキャラを意識しすぎて言い回しが思ったより熱くなってしまった。
先ほどまでの朗らかな空気が少し張りつめたように感じて歯がゆかったが、彼女はまるで気にせずあっけらかんと言葉を続けた。
「私のバイト先知ってるでしょ?
ケンパッキー。」
「おん。」
「で、昼休み事務所でご飯食べてたのね。
そしたら、何の脈絡も無く今週末もっとシフト入ってくれないかって後ろから突然話しかけてきたの。
怖かった~。」
「イキったバイトリーダーっぽいな。
どんな奴なんだ?」
「えっとね、白いスーツの白髭と眼鏡で、斜めに流してるオールバックのおじさんで、杖を左腕にかけて両手を優しく前に出して笑ってる。」
順々にイメージしてみる。
何回も。
だが、そのヒントを聞く直前まで脳内に描いていたチャラ男の象とは全くかけ離れたある一つの人物以外導き出せない。
「それカーネルパンダースじゃねえか(笑)」
「きゃはは(笑)」
陽菜は満足そうに笑った。
「ふざけんなよ(笑)
で結局誰なんだよ。」
「え~、思い出せな~い。
神崎君が手伝ってくれたら隠し事も思い出せる気がするな~。」
「“あれ”言わせたいだけじゃねえか。
しょうがねえな。」
そう言ってゲーミングチェアの肘置きを使って座りなおすと色っぽく息をついた。
「俺に隠し事はするなよ。」
「きゃ~!
マジで神崎君の声ホントしびれる~!
この声が私だけに向けられてるって思うだけで、あ~、幸せ。」
「だろ。」
僕は大袈裟に肩をそびやかす。
「流石探偵だね~。」
「それやめろって(笑)
別に俺の決め台詞として売ってるわけじゃないから。」
「いや、もう“奏”の名言でしょ~。
だってそのセリフが定着してから推理モノのゲーム実況の同接数も上がったし~。」
陽菜が優越感をくすぐる言葉を並べる度、話題がそれていくのを感じではいても僕はどんどん口幅ったい口調になった。
「まあ、リスナーの需要に応えるのは配信者の基本だからな。
本当はエペの方がやりたいんだが。
ていうか結局バイト先の男は誰なんだよ」
「コスプレしてる店長だよ。」
「なんやねん(笑)」
陽菜は目元を和らげると、別の話題へ関心を傾ける。
「ていうか、配信見てたけどVやるってホント~?」
「ああ、それね。
本当だよ。
この前有名なTREX事務所からスカウトのDMが届いてな。
今度六本木に打合せ行くんだわ。」
「え~すごーい!
流石神崎君!」
「フン、そうだろう。
すげえだろう。」
「うん、すごいすごい!
もっと人気者になっちゃうんじゃない?」
「そんなの当たり前だろ。
今はチャンネル登録者が三万人程度だが今後二年以内にミリオンまで行くのが俺の目標なんだから。
そうなったらお前も百万人ユーチューバーの彼女だよ。」
それを聞いた刹那、陽菜は「そうじゃなかったら困るけど」と呟き腹黒い表情を覗かせた。
しかし直ぐにそれを仕舞い込むように明るい声でおだてながら手を叩き始めた。
「え~、素敵~。」
「ん?
なんか言った?」
「ううん、何でもない。」
「フフフ。」
おだてられて高揚感のまま人気者風を吹かしそうになったが、咄嗟に理性が働いて僕は込み上げる笑いを何とか堪えた。
「おっとやばいやばい。
自画自賛は自分のレベルを下げる行為だからな。
気を付けないと。」
「え~、そういうの似合わない。
神崎君は良い所いっぱいあるんだからもっとブイブイ言っちゃってよ!」
「そう言うなら、俺の好きな所言ってみてよ。」
「えっとね~。
まず喋り声が良いよね。
セクシーで~、高めではあるけど落ち着つく声がキュンってしちゃう!
強気な感じの話し方も好きだし~。」
「おー、そうかそうか(笑)
他にも聞きたいな。」
僕は気分良くそう問いかけた。
そこまでは良かった。
だが、次の言葉を探る陽菜の口の動きが目に見えて遅くなる。
「他には~。
他に…。」
視線が合わなくなると一気に気まずくなり、さっきの良い感じだった僕らのムードはもはや跡形も無くなってしまった。
「ま、まあ俺様キャラで声が良いって絶対凄いいい長所だよ!
神崎君のASMR動画私大好きだし!
話す内容も良い感じで寝る時いつも使ってる!」
ようやく言葉を絞り出したと思ったら謎ベクトルのフォロー。
話が退屈ってことか?
火消にしてはまるで水量が足らな過ぎる。
いや、水じゃなくてもはや油じゃないか?
「おいおい、付き合ってからもう1か月は経ってるのにそれなのか…?」
「でも、これまで一回もデートしてないんだからしょうがなくない?
会わせてくれないのが悪い。」
お茶を濁すのを諦めたと思ったら今度は開き直った。
こうも露骨にそっぽを向かれると僕もムキになってしまう。
「それはまだ出来ないって言ってるだろ。」
ちょっと嫌なムードだけどもうそろそろ休憩しないとマズイ。
「ううん」と僕は咳払いを挟んで無理やり会話を取り止めた。
「俺ちょっとトイレ。」
「分かった。
いってらっしゃーい。」
陽菜が軽くへそを曲げながらそう言ったのを聞き届けると、通話画面のミュートボタンにカーソルを合わせる。
「んん、んん。えほん。」
配信者『奏』もとい神崎蒼汰は咳払いする。
リスナーに絶賛され自身の売りでもあるこの声。
自分がどれだけ性格が悪くても、どんな激しい喧嘩をしていても、どんなに怒り狂う相手にでも、耳元で「ごめんね」と囁けば確実に即仲直りしてもらえるほどの包まれ感のあるイケボは一変していく。
咳払いを繰り返す度に喉奥から発する音は潤いや温かみを失くし、細く、ざらついた質感へ。
ガラガラと粘り気のある音を鳴らし、まるで残飯を貪る豚の鳴き声のような聞くに堪えない声を発するとおもむろに体を後ろにのけ反らした。
「あ~、しんどかった。」
二時間ほどの配信から続けて陽菜との通話まで切れ目のなかった緊張。
ひとまず解放されて胸をなでおろした。
ふと、今日の進捗のことを考えるとじわじわと感じる手ごたえに声が上ずった。
「デュフ。
デュフフフ。
あ~緊張したー!
マジで危ねええ!(笑)
途中で効き目が切れる所だった。」
と含み笑いしながらふんぞり返るように背もたれに体重を預けた。
足はドカっとパソコンの両脇に。
組んだ両手で後ろから頭を持ち上げる。
それが一番リラックスできる。
「こんな上玉の前でボロは出せねえよな。
今まで以上に慎重にいかないとだめだ。
夢のために。
配信者として売れれば絶対にモテ期は来る!
彼女も二人、三人、と増やしていく。
いずれ百人を超えて僕だけのハーレムを作ってやる!」
「まずは陽菜をモノにするのがその最初の足掛かりになる!
今日も少しずつ距離が縮まっていくのを感じたな~!
あっちから話題を振ってくれるって言うのが良い!
最後ギスギスしちゃったからそれだけ後で謝らないと。
僕も高飛車なキャラでやってるから喧嘩したい訳じゃないって言えたらな~。
でも怒ってるのも可愛い。
デュフ。」
嬉しさのあまり、独り言にしては派手なボリュームで意気込んだ。
にやにやと口角は上げたままスッと立ち上がる。
最後までお読みいただきありがとうございました。
もしよろしければ、ブックマーク・評価いただけると励みになります。




