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第28話 鼓動

「言わずとも僕には分かる」第28話です。

お読みいただきありがとうございます。

「…。

 ちゃんと現実見たら?

 そう言うの子供っぽいって言うんだよ。」


 しかめっ面の蒼井さんがそう吐き捨てた。


「あなたは大人のつもりなの?」


「少なくとも咲凪よりはね。」


「分かってないみたいだからもう一度だけ言うけれど、それなら事前に話し合えば良かったでしょ?

 なんでそうしないの?」


「ウチは気を遣ってあげたつもりだったんだけどそんな風に言われるなんて心外だね。

 いいから今はウチに任せてよ…!

 一人で生きていくなんて出来っこない!」


「舐めないでよ。

 汀のそういう所がいや。

 …。

 部外者の憐みが一番腹立たしいわ。」


「そんな言い方…!」


「…。

 私悪くない…!」


 ここだっ!

よし行くぞ!


 シューと一秒よりも少しだけ短めにガスを入れる。

もちろんそれで行ける確証は無い。

感覚だ。

だが喉の緊張感はいつもの感じがする気がする。

首元も額からも冷や汗が噴き出ているがそんなことに今は全く気が回らない。

僕は棚陰からゆっくりと出て来て口を開いた。


「そう、斑鳩さんは悪くない。」


 いつものイケボで喋ることができた。

透き通るようなセクシーボイス。


 で、出た!

声出た!


 二人は面を食らっているがまだ純粋に誰?という面持ちだ。

邪魔者だと思われない内に僕は畳みかけるしかない。


「もちろん蒼井さんも。

 喧嘩が長引いたせいでお互いに引くに引けなくなってしまった。

 皆の前ではお互い苗字で呼び合うくらいに溝が深くなるのには時間がかかる。

 喧嘩は何日かは続いててとうとう今日、転校の日まで引きずってしまった。

 そうでしょ?」


 来たぞ!

ここまでで充分に奇跡!

だけど後一個だけ越えさせて!

答え合わせだけ!

あとこれだけなんだあああ!


 二人はこちらへ向き直ると口をそろえて言う。


「「どうして分かったの!?」」


 ぴょおおおおおおおお!

来たあああああああ!

汁がっ!

脳汁がえぐいっ!

汁で倉庫中ビショビショになる!

飛んで行っちゃいそう!

やったあああああああ!


僕はケトルの中で弾けまくるポップコーンのような昂りを何とか押し込めて平然を装う。


「倉庫の前を通りかかった時に一部始終を聞いてしまったのだが、俺にも話を聞かせてくれないか?

 きっと役に立てるぞ?」


 よし!

完璧な掴み!

これで絶対にもらった!

二人とも僕のものだ!


「いや、なんで知ってるのかって言うのを聞かせてほしいんだけど。

 ウチらのこと。

 正直に話して。」


「え?」


 甘く、うっとり、だらしなく緩んで、熱に浮かれる。

僕の想定していたのはそういう顔だった。

だが二人ともそうはなってない。

むしろ、苦々しく眉をひそめて僕を訝しんでいる。


「場合によっては警察だよ。」


 え、ちょっと警察は…。

ナンパに警察持ち出すのは反則だよ…?


「ていうかあなた誰ですか?」


 僕は一歩後ずさって二人の冷たい目線に必死に応じる。

飽くまでもスマートに。

落ち着きが肝要だ。

オーラルフィールドは絶対に無敵なのは間違いない。

余裕のある男を演出すればコロッと落ちるに決まっているのだから。


「お、おい、やめてくれ二人とも。

 怒ってたらそのキュートな顔が台無しだぜ?

 大丈夫。

 きっと元通りの仲良しに戻るから。

 俺が二人の誤解を解いてやるよ。

 さ、なんで喧嘩しているか俺に話してごらん?」


「だから、あなた誰ですか?

 今は汀と話してるんですから入ってこないでください。」


「そうだよ。

 ていうかウチ水泳部の人待ってるんだけど?

 君がそうなの?」


 二人はずいと僕が引いた分を詰め寄って来た。

それは問い詰めるためで断じて尻尾を振ったり取り入ろうという雰囲気じゃない。


 なんでだ!

なんでそんな目で僕を見る!?

掴みは間違ってなかった!

まだ僕の押しが足りないのか?

いや、それしかない!

これだけの美女は簡単にはいかないという事か。

僕も本気を出そう!


「そ、そうじゃないけど、俺は配信をやってる者なんだ。

 リスナーの悩みを解決したことは何回もある。

 今回はスパチャ貰ってないけど特別に相談には乗るぜ。

 正直に話してみろよ。

 俺に隠し事はすんなよな。」


 いや、決まった!

この決め台詞!

これに嬌声を上げない女子は居ない!


「何なんですか?

 さっきからあなた。

 ここに私より茶道が上手い人が来るから待って欲しいと言われてきただけ。

 それに、私はそもそも今日汀から勧誘会があるなんて聞いたし。

 あまりに強く言われるから部活勧誘には来たけど。

 汀に会いに来たつもりは一切ない。

 その方が来ないなら帰らせてもらいます。

 時間の無駄なので。」


「私も水泳部の説明があるって言うから待ってたのに。

 部室に戻るね。」


 は?

なんで…?


 二人は僕に一切の関心を払わずただの置物のように涼然と隣を横切った。


「ちょっと待って。」


 倉庫を出ようとする二人の方に僕は手をかざした。

諦めきれない。

ここまで来て諦められる訳が無かった。


「俺の声ってどう?

 セクシーで落ち着く声してない?

 相談に乗るならぴったりの相手だと思うけど。」


「別に。

 確かに少しいい声かもしれないけど、ウチはそういう上辺だけでグイグイ来るタイプって苦手なの。」


「そうね。

 そこだけは汀と同感だわ。」


 僕は膝からゆっくりと崩れ落ちた。

話が済んだとみて二人は出口の方へ進む。

僕は顔を上げる気力も無くそこに手をついた。


 こんなの…、あり得ない。

想定外だ。

なんで上手くいかない?

後でバレて失望されることはあれど全く靡かないなんてこれまで一回もなかった。

絶対にあり得ない。

僕の中身なんて全く知らなくても。

知ってても知らなくても関係ない。

どんな女子だってこの声を聴くだけでメロメロになるはずなのに。

せっかくここまで来たのに…。

最初から上手くいくはずがなかったのか…?


 人はつまるところステータスしか見てないに決まってるんだ。

顔、身長、金、家、清潔感、フォロワー、学歴。

大昔は武力、腕力、血筋、土地。

そして最近のトレンドは声だというのを僕は見抜いた。

声が良い奴に皆惹かれる。

単に流行。

それだけ。

人柄なんて関係ない。

結局皆ステータスしか見てないはずなのに。

この二人は…?


 突如目まいがした。

耳鳴りも。

激しくなってきた。

僕は耳を抑えて下唇を噛んだ。

変声用じゃないヘリウムガス使ったせいだろうか。

苦しい。

のたうち回りたいくらいに。

心臓の鼓動が馬鹿でかく感じる。

うるさい。

聞こえ過ぎる。

他の音は聞こえないのに。


 喉の方で何かがプチっと潰れるようなくぐもった音がした。


 ——ドクンドクン。


 いや聞こえる。

自分のじゃない。

外から。

誰かの音。

なんだこれ。

蒼井さんから聞こえる。

この音。

これ、僕知ってる。


 倉庫のドアノブに手を掛ける彼女は僅かに肩を震わせていたように見えた。

その彼女の背中に僕は残った力を振り絞って声を掛ける。


「蒼井さん。

 もしかして、嘘ついてない?」

最後までお読みいただきありがとうございました。

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