↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
27/30

第27話 神ってる

「言わずとも僕には分かる」第27話です。

お読みいただきありがとうございます。


「何言ってんの?

 言ったでしょ。

 もう帰らないって。」


 斑鳩さんの冷たい声。

今日見てきたお淑やかで物腰柔らかな彼女とはまるで別人、遠慮や気配りの類は一切無く強い語気だった。


「まだそんなこと言ってんの!?

 そんなにウチの力を借りるのが嫌なわけ?」


 蒼井さんも余裕の無さが滲む訴え方だ。

斑鳩さんほどの変化ではないが声の上ずり方が心からの叫びだと一歩遠くで聞いている僕にも分かった。

僕は倉庫に入った矢先、その場で度肝を抜かれていた。

接点のないはずの二人がなぜこんな大喧嘩してるのか。


「勝手に気を遣わないで、と言っただけ。

 それなのに…。

 汀は私の気持ちを何も考えてくれてない!」


「考えてるよ!」


「考えてない!」


 雑に片づけてある紅白幕や埃っぽい予備のマットや跳び箱、古いブラウン管テレビなどのみすぼらしい小物に囲まれた小広いスペースに二人ともいた。

斑鳩さんがちょこんと座っていたマットの隣へ窓から優しい昼日が差し込んでいる。

だが、言い争いは火花が見えるくらい激しい。

相手に負けじと声を張り上げるのでどんどん熱が入るようだ。

倉庫に入るなりその険悪さを感じ取って歩みを止めた僕は壁に挟まれた狭い通路で手前の棚に隠れ呆然とそれを眺めていた。


 二人とも接点ないんじゃないのか…!?

ていうか僕はここに割って入らなきゃいけないのか!?

どうやって!?


 思いがけない出来事に僕は顔を青くしてその場で固まった。

過剰に動く肺に手を当てて必死に息を整えると優先順位を何とか思い出して来た。

ひとまず二人に悟られないようにゆっくり扉を閉める。


 い、いや。

とにかく喉だ。

まずは喉を作ろう。

それが無いとお話にならない。


 ブレザーのポケットに忍ばせていた缶を二人に気付かれないようにこっそりと取り出す。

ノズルを取り付け口に突き入れた。


 一秒…!


 噴射ボタンを押す。

僕の喉はヘリウムガスがやって来るのに備えた。

だがいつまで経ってもあの圧力、感覚が来ない。


 え?

なんで?


 強めに押し続けても毛ほども出ないしシューという音もしない。


 なんでだ!


 親指で何度も押してもウンともスンとも言わない。

首を傾げて僕は手で転がしながら穴が開くほどに缶を見るとあることに気付いた。

青いラベルが捲れていたことに。


 これっ!

いや、そうか、これ千夏に貸してたやつか!

中身空で僕に返したのかあいつ!

くそおおおお!

普通無いなら無いって言って返すだろ!

なんでだよ!

え、もう終わりじゃん!

どうしようどうしよう!


 倉庫の端っこで今日何度目かに頭を抱えている僕のことなど露知らず二人はずっといがみ合っている。


「咲凪と話すとイライラする。

 早くどっか行ってよ。」


「そっちこそ。

 私がここに先に来たんだから居る権利があるし汀の方が出口に近いんだから汀が居なくなった方が早い。」


「はあ?

 そんなの数十センチしか変わらないじゃん。」


「でも確実に私の方が遠いわ。」


「屁理屈ばっかり。

 ウチだって我慢してたこといっぱいあったんだから!

 お風呂とか洗い物の掃除番何も言わないでサボったり、夜ご飯何日も食べなかったり!

 でも咲凪は自分のわがままばっかり!

 ズルいとか思わないの?」


「だから言えばいいでしょうが!

 私はそこに一番怒ってるの!」


 なんで二人とも喧嘩してるんだ!

しかも何の話?

意味不明だ。

ほとんど顔見知りみたいな関係でこんな激しい喧嘩になるわけがない。

僕は思い違いをしていたのか?

何か見落としていた?


 考えると僕は確かに違和感を感じていた。

これまでに言葉にならなかったもの。

それはなぜ二人は仮転校で明日にも居なくなる可能性があるのにも拘わらず勧誘会に来た上、あんなに誠実に対応していたのか。

人格もあるかもしれないが今日見てきた限りはそれだけじゃないと肌で感じていた。

どちらも今日一日でお別れかもしれない人達に対する対処だとは思えない。

何かある。

そして、直感だけどその答えが目の前の状況の謎にも繋がっている気がする。


 ガスは無い。

状況も分からない。

間違いなく絶体絶命。

絶望の二文字が頭をあっという間に埋め尽くそうとするのに僕は懸命に抗っていた。


 このままここで立ち尽くしているわけにはいかない。

斑鳩さんとの約束の時間は多分もうとっくに過ぎてる。

せっかくここまで来たのに…!

考えろ!

考えろ僕!

学校にヘリウムガスがあるかもしれないならどこだ?

二人はなんで喧嘩してるんだ?


「…。

 とにかくウチは部活の説明だけ終わればいいだけ。」


「そ。」


 斑鳩さんが冷たく言い放つと互いに漸く口をつぐみ沈黙が流れた。

その間、僕は人生で一番頭を捻って考える。

今日僕が見逃したことの中にきっとヒントはある。

仮にそうなら違和感を感じたのはどこか。

僕は頭の中を掻きまわした。

直後、二つの閃きが頭を撃ち抜き僕はピタリと動きを止めた。


 《汀の方にだけ行ってくれればいいのに。》


 変装して斑鳩さんに話しかける前の独り言。

この言い方…。

やっぱり汀と言うのは蒼井さんのこと以外ありえないと今十分に分かった。

お互い名前で呼んでいるのに、僕みたいな第三者の前だと苗字で呼ぶ理由。

後、斑鳩さんが蒼井さんを避けているのを僕は顔見知り故の敬遠やぎこちなさと思っていたけど、元々喧嘩中ならそれも避ける理由になること。

そしてさっき感じた違和感。

これらの要素を合わせて考えると仮転校についても仮設を組み立てられる。

ズバリこれは斑鳩さんが付いた嘘なんじゃないか…!?

仮転校という概念自体がそもそも嘘、海外の転校先なんて無くてこの高校が元から本命だった可能性がある…!

二人は元々、お互いを名前で呼び合う程の仲良しだが何故かは分からないが喧嘩してしまった。

その喧嘩が転校する今日まで長引いた挙句互いに縁を切る程にヒートアップしたのかも。

斑鳩さんがその状況で仮転校と嘘つくことのメリット、これも完全に予測でしかないけど喧嘩の収拾がつかなくなってしまった結果の降伏宣言と取れるかもしれない。

自分から謝ったら癪だから噂経由で伝えることで本当は寂しかったと意思を示すことができる。

…正直斑鳩さんがそんなかまちょムーブをする人とは思えない。

ただ、今最後のピースがはまった気がしてた。

目の前の斑鳩さんは僕が今日見てきた彼女とは別人だったから。

この別人が本当の斑鳩さんならあるいはあり得るかもしれない。

それに福島はああ言ってたが蒼井さんは仮転校の事なんて一切口にしてないこととも矛盾しない。

この仮説は成立し得る。


 《体育祭の道具とかが適当にブッこまれてる倉庫か?》


 作戦会議で福島が言ってた何でもないこのセリフ。

体育“祭”と声にして言われて初めてその可能性に気付いた。

五月にやった体育祭の道具、綱引きの綱やリレーのバトン、得点板なんて小物は確かにこの倉庫に収納されている。

僕も後片付けしてるのを見た。

だが、この倉庫に仕舞われている物は体育祭の道具だけなのか?

それにしては物が多すぎる。

多分、ヘリウムガスが学校にあるとしたら偶然だがここしかない。


 僕はひとまず手前の棚に目線を這わせた。

そうした矢先『文化祭』と書かれた紙が貼ってあるショッピングバスケットを見つけたので、こっそりとそれを足元に降ろして中をまさぐった。

そして僕は古ぼけた缶を見つけた。


 あった!

小物入れの中に!

文化祭なら風船を膨らませるためにヘリウムガスを使う。

その残りがあればと思ったけどビンゴだ!

文化祭は十一月だから僕はまだ出た事はないが去年のを残してくれた先輩らには感謝してもしきれない!

僕、今自分でも意味が分からないくらい冴えてるぞ!

神ってる!

いや、これが、追い詰められてからが僕の本当の実力なんだ!

ひとまずこれで戦えるぞ!

希望はある!

まだ絶望じゃない!


 だが、壁がまだ残っていることも僕は分かっていた。

僕は胸の高鳴りに待ったをかけて深呼吸をした。


 さっきの仮説、当然合っている保証はない。

上手くいけば事情を察することができる仲裁人として有利に立ち回れるのは間違いない。

だが、本命が緑丘だとしたらなぜこんな普通の学校に来たのか理由が全く想像できない。

仮説が間違っていて掴みもグダグダになった場合、例えオーラルフィールドが出せたとしても挽回不可能、致命的なミスになりかねない。

それほど二人の間の緊張感は高い。

加えて、このガスは変声用じゃない。

紛う事なく風船用。

今までこれを試したことは一度も無い。

ガスの比率が全く違う。

人体には使用しないでくださいと当たり前の注意書きもある。

本来使う意味のない代物だ。

まず出来るか分からないし、噴射に必要な時間も違うだろうし、一年以上こんなゴミ捨て場みたいな場所に管理されていた缶だからガスに劣化や不純物が無いとも限らない。

試すことも出来ないし、最悪喉を壊すかもしれない。

正直、リスクは高い。

成功する確率と全然釣り合ってない。


 そういうことを考えれば本来は今からでもやめた方が良かった。

喉はもはや大事な商売道具でもある。

こんな今日一日の思いつきで勝算も分からないことのために痛めていいものじゃない。


 だが僕の手は迷う事なくノズルを口に咥えてさせていた。


 無茶なことでも僕が望んだことなら…僅かな可能性でもあるならそれに賭けてみたい!

二人の喧嘩、次入れるタイミングを逃すな…!

そこで勝負をかける!

最後までお読みいただきありがとうございました。

もしよろしければ、ブックマーク・評価いただけると励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。