第21話 デカすぎる訳
「言わずとも僕には分かる」第6話です。
お読みいただきありがとうございます。
…。
だが、最寄りの階段の角から注意深く見ていてもだれも廊下を通らなかった。
気のせいか。
西側校舎は人通りが少ないが誰も来ない保証は無いし、こんな不審な覗き込みを見られるわけにはいかない。
慎重には慎重を重ねるべき。
僕はまたその場でしばらく間を置いて戻れそうな機を待った。
「——んはどこ——導をお受け——のですか?」
その間、僕が辛うじて言葉の端を捉えれるくらいのボリュームで漏れ聞こえるのはあの顧問の先生の声。
先生は斑鳩さんにへつらうような声音で喋る。
『私より優れた振る舞いが取れる学生などいるはずがない。
私は行之行まで習っているしフランス日本大使館主催の席でお点前を披露したこともある。
色々経緯があって高校国語を教えることになったが、こんなチンケな部活なんて片手間で担当出来る程の器の持ち主であるはず。
この小娘は所詮単なる金持ち。
多少は経験があるとは言っていたが私よりも精通しているわけが無い。
おとなしく茶道部に入り私の糧になればいい。
四十過ぎてまだ主任教諭という理不尽な割り当てが見直される良いきっかけになるはずだ。
だが茶道において私より優れているなんて認める訳には行かない!
必ず亭主方ならぼろを出すに決まっている!』
斑鳩さんが下座に入り亭主役?を始めて数分が経った頃。
ようやく僕も部屋の前に戻って中へ視線を這わせた。
先ほどまでのおどけた空気は流石に消えている。
斑鳩さんは茶碗を布巾で拭き終えると、耳かきみたいな棒で小瓶からお茶の粉末を茶碗に入れる。
それを先生は目を丸くして見つめていた。
『眼差しに先走る予兆は見えない。
湯を掬う時の溜めも程よい。
何より、道具の扱いに名残惜しさがある。
撫でるように柔らかく入り、後ろ髪を引かれるように惜しんで手を離す、そして口元に僅かに覗くその儚げな表情などまるで一つの芸術のようだ…。
…手順通りに事を進めること自体は難しくない。
林さんのように薄茶は意欲的な者なら一、二年もあれば十分点てることができる。
だが、それは細かく定められたフォーマットを覚えただけで、そこから先の話となると別だ。
いくら訓練されているからと言って、普通この年齢でそこまでの品性と風情を携えることは出来ない。
残心とは、余情とは何か。
私でも届かないその理解の深さが茶筅通しを見ただけで嫌でも伝わってしまった…。』
顔をしかめている先生を横目に斑鳩さんは茶筅を持つ。
茶碗の中で振り始めるとシャカシャカと力強い音が作法室に響いた。
先生は今日初めて口角を上げた。
『これは…?
いや、やはり若い!』
「斑鳩さん!
もうすこし静かに点ててもいいのではないですか!?
旅館の大広間等ならまだしも八畳のここでは大きすぎる!
茶筅の音がデカすぎますよ!」
代わって先生の左前方、客の位置にいる林さんは先生の方にじろりと冷ややかな目をやった。
『お前の声の方がデカいっての。』
シャカシャカという音は僕にも聞こえていた。
廊下にいる僕にはむしろもう少し大きくてもいいか、というくらいだったけれど。
そんな口うるさく言うほどのボリュームだとは思えないが、あの先生もそれなりの経験者としての指摘だろうし流石に斑鳩さんも完璧ではないのか。
そう思って斑鳩さんの方に気遣わしく目をやったが、彼女にパニクる様子は微塵も無く落ち着き払った様子だった。
「今日の会では他の部活の皆さんも立ってらっしゃいます。
ですので、ここではお客様としてあえて普通に茶を立てた方が皆さんと茶会ならではの楽しみを共有できると思った故のことです。」
そうスマートに言い返された先生はあんぐり口を開けて腰を抜かしていた。
『ギャラリーも客と、そこまで考えて…!
い、いや、そんなの絶対後付けの言い訳に過ぎない!
だが…美しい。
私は饗応を理解したつもりでいた。
だがそんな発想…。
到底気が回らなかった。
理解したつもりになっていただけだったという事を…分からされた…!』
~~~
「では心苦しいですが先約がありますので私は失礼します。」
体験は一通り終わった。
斑鳩さんは茶道部の人達に向けてそう言った。
先生は魂が抜けたような状態になっておりあれ以降何も喋らず仕舞だ。
林さんは先生を横目に斑鳩さんの方へ向き直った。
「すみません、お忙しい所無理を言ってしまって。
でも実際体験してみて私たちの部活に少し興味が出てきたりはしてませんか?
活動は火・水の週二回だしお気軽に入れますよ?」
「お誘いはありがたく存じますが、それは遠慮させて頂きます。
もちろん、茶道部さんだけでも体験させて頂けたのは貴重で素敵な経験でした。
自分の身の回りのことで手一杯でそれほどの時間を割くこともできない未熟な私のことをどうかご容赦ください。」
「いやいや、とんでもないです!
もう忙しいのはそれはもうしょうがないんで!」
林さんはしどろもどろでそう答えた。
先生にモノを言わせないレベルの腕前なのに入らないんだ。
まあ、その実力なら所詮“ごっこ”の部活に入る意味も無いか。
ていうか、やけに丁寧に断るな。
こういう言葉遣いも英才教育?
マジでそんなに忙しいの?
斑鳩さんは案内役の方にも朗らかに一礼して立ち去ろうとする。
それを見て僕も廊下の突き当りの方へ足を向けた。
だが、またそこに金髪が口を挟む。
「ちょ、ちょっと待った
俺たち水泳部だけでも見て来て下さいよ。
茶道部だけなんて少し不公平に思いませんか?
聡明な斑鳩さんならここは場を収めるためにも!」
こいつうるせえな。
少し黙ってくれよ。
今良い感じに終わろうとしてたじゃんか。
「もういいよ!」
僕が金髪に対する悪態をぶつぶつと唱えていた時だった。
金髪にそう言い放った英語部のそばかすの人は言葉を続ける。
「もうやめて!
…私、茶道なんてやったこと無いし、これからもやる予定は無いし、自分には関わりの無いものだし、知識も無い。
全くね。
でも今日の斑鳩さんの茶道を見て痺れた。
感じたの。
経歴だけじゃない上品さ。
お淑やかで凛々しくてしなやかで。
私たちとはもうレベルが違うvirtuousなんだって思った。」
金髪も共感するところがあったのかしおらしくなった。
他の取り巻きもチーズ以外は神妙な面持ちで俯いている。
そばかすの人は今度は斑鳩さんの方へ目を向ける。
「斑鳩さん、ごめんなさい。
私達は清峰から鳴り物入りで来たあなたを多少なりとも利用しようとしたり、あわよくば恩を売れたらいいなとか、そんなことを考えてこの勧誘会を企画したの。
今、斑鳩さんのこと見ててmaliciousな私達が関わっちゃいけない人なんだって分かった。
私達風情がこの品の高さを汚しちゃいけない!
それほどに徳が高すぎる!
是非、侘び寂び姫と呼ばせてください!
一生推します!」
いや、そこは英語じゃないんかい。
「あ、そうなん…ですね、はい。
…にしてもその名前はちょっと…。
…すみません、失礼します!」
「あ、wait! princess!」
最後までお読みいただきありがとうございました。
もしよろしければ、ブックマーク・評価いただけると励みになります。




