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第19話 作法室の女神

「言わずとも僕には分かる」第19話です。

お読みいただきありがとうございます。


「オイ!

 何だお前。」


 僕はその声量に背筋がピンと張って大きく瞬きした。

案内人の一人が立ち止まって僕にガンつけてくるので僕も歩きを止めざるを得なかった。

そいつは一重で糸のように細い目で精一杯開いてこちらを睨んでいる。

童顔、整えてない眉毛、不規則なギザギザの前髪。

一言でいうと絵にかいたようなチーズ牛丼だった。


 っ!

やばい…!

蒼井さんの方に気を回してる場合じゃなかった。

ここでバレたらアウトなんだ!

僕の悪評を斑鳩さんに知られたら怪しまれて倉庫に呼ぶなんて夢のまた夢になってしまう…!


 斑鳩さんと周りの連中の姿は既にかなり小さくなっていた。

僕はその距離を慎重に見極めてから気後れするいつもの声で「は、はい。」と細く返事をした。


「気持ち悪い声の奴だな。

 一年か?

 何部だ?」


 コイツ僕の事知らないのか?

助かった。

危うく全部台無しになる所——。


「聞いてんだよ!

 えっと、ぶ、部活!

 先輩の質問に黙りこくってるんじゃねえよ!」


 僕が胸をなでおろした一間にイラついたのか声を張り上げられたので僕の脊柱はまた勢いよく引き延ばされた。


「え、う、あ、部活に入っているというか入っていないかもしれないというか。

 なんて言えばいいのか…。」


「あ?

 声が小さくて聞こえねえよ!」


「はい!

 すみません!

 帰宅部です!」


「だったらとっとと帰れよ!

 お前みたいなチー牛モブにうろつかれると斑鳩さんが不快に感じるかもしれねえだろ。

 邪魔だ!

 消えろ!」


「はあいっ!」


 我ながら情けない返事を聞いたそいつは不細工に口角を上げてダッシュで群れに帰っていった。

追いついた先で荒い息を漏らしていたのに気付いた取り巻きの一員がそいつの方へ振り向くのが遠目に見えた。

もみあげ辺りを大きく刈り上げたグロップ風で金髪の男だった。


「何してたんだ?

 お前。」


「はあはあ。

 田村君!

 いや、陰キャがなんかうろついてたから僕達の邪魔になるかと思って注意を…。」


「声が小さくて何言ってるか全然わかんね。

 そういうのむかつくわ~。」


「ご、ごめん、田村君!

 あ、謝る。

 頑張るから部長には悪いことは言わないでくれ…!」


「ならちゃんとやれや。

 万が一白いのがウチに入らなかったらこっちしかねんだよ。」


「う、うん。」


 そんなコソコソ話が遠巻きに聞こえた。


 自分だってチーの癖に。

下に見た相手には威張り散らすタイプか。

…。

まあいい。

取り合えずもう少し距離を取って斑鳩さんを追跡しよう。

僕を知っている奴に気付かれたら今度こそおしまいだ。


 周囲の目線にも気を付けつつも僕は角から覗き込む形で慎重に斑鳩さんの行き先を追う。

斑鳩さんと和やかに話す金髪とチーズ野郎。

それに比べて彼女と未だに話すことすらできていない僕はジェラシーを抱えていた。

その炎に胸を焦がしながらも歯を食いしばってしばらく様子を伺った。

すると、最初に案内される部活が分かった。

茶道部だ。

取り巻きも一緒に作法室のドアをくぐっていく。


 順番は話し合いで決めたのか?

確かに可愛いだけでなく凛々しさもある斑鳩さんと茶道はマッチ度が高そうだ。

というか英才教育で子供の頃からもう既に極めてたりして。

知らんけど姿勢良いし。


 取りあえず目的地は分かったので、念のため直ぐに部屋の中を覗くような真似はせず数分空けてから僕は再度部屋の前までやって来た。

地味に入ったことがない所なので中を見るのも初めてだった。

緑丘の作法室は八畳で上座の方に水道の無い水屋、床の間、収納が並んで所狭しと収まっている恐らくごく一般的な構成だ。


「お先に。」


 斑鳩さんの声。

扉の窓からその姿が見える。

上座の方に凛々しく正座していて、隣にいる丸眼鏡が微妙に似合ってない女子に少し深めに頭を下げている。

どうやら茶道部は実演というより体験で勧誘するつもりということだろう。

着物に着替えたわけでもないのに端座する斑鳩さんは想像通り“様”になっている。

斑鳩さんにお茶を差し入れた一つ結びの玄人っぽい人も多少きりりとした雰囲気だが、どちらの方が様になっているかは言うまでもない。

その人より手前に並んで立っている取り巻きは他の茶道部員と一緒に舌を巻いている。


 斑鳩さんの言葉に反応して「は、はい。」を丸眼鏡の人が漏らす。


「いや、そこは返事しなくて良いんですよ?

 藤原さん。

 会釈で通じるのでむやみに言葉を増やす必要はありません。」


 頭を丸めた顧問ぽいオッサンが一つ結びの人の隣から指導している。

が、そのオッサンもこの異様な雰囲気に若干気圧されている様子だ。


「す、すみません。」


 と藤原さんは先生に謝って少し俯いた。

斑鳩さんは藤原さんの方に寄せていた茶碗を丁寧に自分の正面に持って来る。

「お点前頂戴致します。」とさっきより深いお辞儀をした。

 それに「はい!」と一つ結びの人が元気よく返事をする。


「い、いや、亭主も!

 林さんはもう三年ですよね?」


「で、でも今までこんな綺麗にやる人、外でも見たことないです!

 私が立てたお茶に丁寧に振舞ってくれるのが嬉しくてつい返事を…。

 先生だってこんな滑らかにはできないですよね?」


「別にそんなことは…!」


 明らかに動揺している茶道部。

何がそんなにすごいのか分からないが斑鳩さんは本当に茶道もマスターしているという事っぽい。

それも顧問でさえ唸らせるほど。

確かに素人目で見ても最初に教室で見たような動きの滑らかさはここでも感じる気がする。


 斑鳩さんは茶碗を両手でそっと持ち上げると二回ほど時計回りに回して飲み始めた。

数回に分けて飲み干す。


「そうそう。

 で次は…。」


 次の手順を示そうとする先生に林さんは口を尖らせる。


「もういいですよ先生!

 斑鳩さん全部わかってるから!

 それより中断させないでください…!」


「くっ。」


 斑鳩さんは飲み口を指で挟んで拭き取ったあと、胸ポケットに入れた白い紙のようなもので指を拭き取って茶碗を置いた。


 それを見た先生は肩をピクっと動かした。

『あ!

 やらかしたぞ!』


 そして憎たらしい笑みを浮かべた。


「斑鳩さん、いけませんね~。

 飲み終わった碗は縁内ではなく外に置かないと亭主へお返ししたことになりませんよ。」


「え?

 外に置いてますよ?」


 林さんは眉を寄せて理解に苦しむ表情でそう言うので、先生は「え?」と泡を食って茶碗が置かれた畳の縁の方をまじまじと見つめた。

その様子を見かねてか斑鳩さんは先生の方に目をやって「すみません。」と謝った。

だが、その時も眉一つ動かず冷静な口調だった。


「分かりづらく際に置いてしまいました。

 こっちの方が茶碗を良く拝見できると思いまして。」


 先生は苦い顔で「そ、そうでしたか。」としか言えなかった。

『私が見誤った!?

 なんで!

 なんでそんなギリギリに置くんだ!

 …だが考えてみれば確かに茶碗を拝見する際に身を乗り出す仕草を最小限にできるし、亭主からしてみてもつい安全を取って遠めに置いてしまうような初心者のために椀を寄せてやる手間もかからないか…。

 粗探ししたい気持ちが逸ってしまったか…。

 だ、だが、この小娘に舐められたままじゃ気が済まない。』

最後までお読みいただきありがとうございました。

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