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第12話 超お嬢様 斑鳩咲凪

「言わずとも僕には分かる」第12話です。

お読みいただきありがとうございます。

 と聞こうとしたところで教室のドアがガラっと開いて先生が入って来た。

僕は咄嗟に福島の手から缶を取り上げて鞄に放り入れた。

まだバレたことは無いが不要物の持ち込みは当然指導の対象だろう。

ましてやガス缶なんて危険物の代表格だ。

害は無いとしても普段無口で不気味な僕が持っていたら分かってもらうのも、許可をもらうのも面倒くさい。


「皆、おはようございます。」


 凛とした姿勢で教壇に上る小林先生。

もう三十くらいのはずだが未だに新卒教師と同じように黒のフォーマル、黒のスカートを着用している。


「おはようございまーす」とクラスの半分くらいがまだらに挨拶を返す。


「今日から新学期という事でー。

 夏休みで十分羽を休めることは出来たでしょうか。

 リフレッシュができた人も、そうでない人も今日からまた学校は始まります。」


 先ほどまできびきびとした感じだったのに唐突に締まりのない顔になる先生。

挨拶だけはちゃんとすると決めているらしい。

緩める所は緩めるという事だろうが極端すぎやしないだろうか。


「ちなみに先生は全く休めてません。

 補習というのはなぜ存在するんでしょうか。

 毎年欠かさず補習を受ける子たちがいる。

 今年くらいは無くてもいいのに。

 あれが無かったらどんなに有意義な休みを過ごせたかトホホ。」


 先生がわざとらしく項垂れても誰もクスリとも笑わない。


「はい、これがダメな社会人です。

 皆さんも私のように後悔が無いよう進路選択をしてくださいね。

 気の緩みを引き締めていきましょう。」


 先生は自分のとちったトークをサラッと流そうとした。

それも全員まともに聞いちゃいないが。

元々空回りするタイプの人なのは言うまでもないことだった。

僕も先生の自虐ネタには興味はない。

それよりも…。


 先生は出欠簿を教卓に出す。


「さて、出欠ですが。

 その前に本日からこのクラスに来た転校生がいます。

 その紹介から。」


「え!?転校生!?」


 噂を知らなかった奴らが騒いでいる。


「男子?女子?」

「どこ出身?」

「え、やばい!」


 空気がざわつく中、先生が「さ、入っていいですよ。」と手招きしてドアの外に合図を送った。


 僕はこの時案外気の抜けた心持ちだった。

思えば“とびっきりの転校生”という言葉は福島の口から出たものだ。

信憑性に欠ける。

周囲の期待感が押し上がるのとは反対に正直僕は聞いた時ほどテンションは既に高くなかった。

はずだった——。


「失礼します。」


 彼女への最初の印象は“静”だった。

教室に入って来てドアを閉める。

この何でもない一連の流れだけで彼女が普通ではないことをこの場の全員に分からせた。

その仕草一つ一つがムラなく一定の速度で、且つこの上なく丁寧だ。

この人の行う動作全てが正解だと思わせるほどに完成されている。

ドアを閉める時は振り返って、閉め終わったらこちらに軽く会釈するってこういう事だったのか。

それぞれ手順ごとに切り分けて理解しているようでは絶対に届かない流麗さがそこにあった。

教壇まで歩く時も頭の位置がブレないし息遣いが驚くほど静かだ。

音量的に聞こえないのはもちろんだが肩が上がったり胸を動かしたりという様子も全然見えない。

黒板の前まで来るとこちらに顔を巡らせる。

凛とした佇まいの目元、気持ちツンとした鼻先、結んであるのに柔らかな口元が彼女の厳愛な雰囲気を作っていた。

髪はツヤ感のある黒の長髪で後頭部に控えめな束を作って残りを後ろに流すハーフアップ風で落ち着いた印象なのに、両耳の斜め後ろにも後れ毛を留めていて正面から見るとチャーミングな二つ結びのようにも見えた。

身長はぱっと見百六十くらいはあるかと言ったくらいでスカートを捲ったり、慎ましい胸元のボタンを外したりはしていなかったが、むしろ規定通りに着ることで緑丘の制服の理論値を底上げするほど映えている。

その仕草や容姿が仕立てる調和はまるで一輪挿しの生け花のように美しかった。

息を呑むのを忘れるくらいに。


「じゃあ、軽く自己紹介してくれる?

 名前から。」


「はい。」


 と先生が促すのに彼女は返事をした。


「皆様こんにちは。

 清峰女学院から参りました斑鳩咲凪(いかるがさなぎ)と申します。

 よろしくお願いします。」


 彼女を目前にした瞬間から教室は静寂に包まれていた。

彼女は口を閉じると奥ゆかしい笑みを浮かべてお辞儀をする。

頭を上げて一拍経った頃にやっと止まっていた時が動き出した。


「えー、素敵!」

「どこのお嬢様!?」

「二次元から出てきたみたい…!」

「ていうか清峰って!」

「ウチの制服ってこんな可愛いかったか…?」


 ほとんど全員が落ち着きを失って弾んだ声で褒めはやしたり、理解が追いつかずざわついたりと反応は様々だ。

その喧噪の中、斑鳩さんの元に何人かの女子が詰め寄った。


「友達になってくれませんか?」

「私もなりたい!」


「フフ。

 ありがとう。

 転校したばかりでお友達ができるか実はとても不安だったの。

 仲良くしてもらえるととても嬉しいわ。」


 それはサービススマイルだったかもしれない。

だが打算の有無なんて気にする余地を作らせないほど屈託の無い笑顔に皆が釘付けになった。

さらに教室は沸き立って大勢が教壇に押し寄せた。


「キャー!」

「ぜひぜひ!」

「こちらからお願いしますお嬢様!」

「もはや友達じゃなくて下僕からでもいい!」

「部活何に入るんですか?」

「俺クラス委員やっててるんで、この学校を案内しますよ?」

「ちょっと、そんなの誰にでもできるでしょうが。」


 人の波に狼狽える様子は無く、とめどない質問にも斑鳩さんは分け隔てなく耳を傾けた。


「前の学校では何してたの?」


「特に変わったことは無いと思いますが一応オーストラリアと中国へ三か月ほど留学をしたことがあります。」


「ええ、すげえ!」

「バイリンガルなのね!」

「ゲームとかするの?」

「バカ!するわけないだろ。」


「いえ、たまにしますよ。

 テトリスとか。」


「え、意外!」

「でもそれも良い!」

「名前どんな漢字で書くの?」


「ちょっと書いてみます。

 先生、黒板お借りしますね。」


 彼女はチョークを手に取ると縦に名前を書いた。

それを見て前に集まった人らの興奮具合がまた一段強まった。

本人は飾らずスマートに書いたつもりかもしれないが、チョークであっても止め跳ね等の基礎を完璧にこなす達筆はむしろ実践形として完成されていたから。

最後までお読みいただきありがとうございました。

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