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第10話 あ~マジで帰りてぇ

「言わずとも僕には分かる」第10話です。

お読みいただきありがとうございます。

 決まった——。


「ワン!」


「うわっ!」


 僕は腰を抜かした弾みに喉の集中を解いてしまった。


「え?」


 変わり果てた僕の声を聞いた宮沢先輩は憑き物が取れたように絶句して立ち尽くしていた。


「ワンワン!」


「こらこら。

 ごめんなさいね、ホント。」


 子犬がこちらに吠えている。

僕の後ろから歩いてきた飼い主の婆さんが僕と距離を取ろうとリードを引っ張る。

僕は丹念に作りあげた甘い余白に成功を確信していた。

なのですっかり油断していた僕は飛び上がったし、済ました顔は完全崩壊した。

ムードも糞も無くなった数秒の沈黙が永遠に感じる。

そしてとうとう僕は耐えられなくなった。

なんか喋って誤魔化さないと、と思って口を開いてしまう。


「あ、あ、あ、ごめんなさい。

 すみません、生意気にお前とか言ってしまいまして。

 でも、宮沢さんお綺麗ですね。

 申し訳ないんですけど良ければ連絡先交換してくれませんか?

 せ、せめて通ってる学校の名前だけでも!」


「キモ!

 ていうかなんで私の名前知ってるんですか!?」


 完全に目の色を変えた彼女。

金切り声が近所に響き渡った。


 あああ!

まずい、やっちゃった。

もう最悪だ…。

…声を維持するもう一つの条件。

それは喉のテンションを維持すること。

そもそも、周波数の維持は高い声を出すのと同じくらい疲れる。

言ってみれば常に歌っているようなものだ。

集中を乱されるとオーラルフィールドは直ぐに解除されてこの汚い声になってしまう。


「萌?

 どうしたの?

 え!?

 なんでこいつと一緒にいるの?」


 妹の声に釣られて姉がやって来た。

僕を見るなり眉をひそめている。

「お姉ちゃん」と妹は姉の方へ駆け寄り二人ともこちらへ半身で身構える。


「この人知ってるの?」と姉に尋ねる。


「知ってる。」


「私、道端で声かけられて。

 途中でなんかすごいキモい声に変わったよ…?

 この人誰なの?」


「私がナンパされた時もそんな感じだった。

 私も騙されかけたの。

 こいつは学校中の女子に告白してフラれまくったばい菌野郎だよ。

 確か一年生だったと思うけど、私の学校だと有名人。」


 姉の方が坦々と続ける説明を聞き続ける辛抱も無く僕は走ってその場を後にした。


 なんでだよっ。

あの子犬のせいで!

昔、姉の方で失敗した時はデート中、手漕ぎボートの上に居る途中で声が解けてしまったのが原因だった。

その反省を活かすどころかこんな形で失敗するなんて想定外だった!


 背中に突き刺さる軽蔑の目線が僕の足を速くする。

姉は妹の無事を確認すると一息ついてこう言った。


「学校近いし萌も気を付けて。

 あいつは女ならだれかれ構わず声を掛ける精スプって噂だから。」


 ~~~


 学校につく。

この瞬間が憂鬱だった。

僕の自意識過剰ではない。


 校門を跨ぐ。

下駄箱で靴を取り出す。

廊下を歩く。

校舎東側の階段を上る。


 学生ならだれでもするはずのこの一連の流れ。

新学期初日の今日、本来なら夏休み明けに久々会えた友達との再会を喜んで道中肩を並べて談笑したり、時間が空いてより気まずくなった顔見知りとぎこちない挨拶をしたり、元々知らない人とは余計な関係を作らないように互いの視線が交わらないようにするというのが普通の流れだと思う。

だが僕はそういう普通の学生じゃない。

その間、すれ違う等で僕を認識したある人はしかめっ面になり、ある人はせせら笑い、ある人は避け、ある人は指を指して傍らに耳打ちする。

僕は俯いていたが、周りがそういう反応をしているのはしっかり見ている。

僕の悪名はもはや学校中に広がっており皆が僕のことを性欲モンスターだと思っている。

おはようだなんて言われない。

誰もモンスターとは挨拶したくないだろう。

まあ、僕としても無駄だからそんなのなんてされなくていいが。


 三階に上がり終えて教室まで向かう途中、水飲み場に差し掛かった。

七・八十段ある階段を上がらされるのは寝不足の体には堪える。

荒い息遣いを整えようと深く息をついた時、目の前にいた女子と目が合った。

彼女は思い切りむせた。

腰の高さの蛇口に口を寄せて水を飲んでいたみたいだが、苦しそうに身を屈めて胸を押さえている。

面識は無かったが無論向こうは僕を知っていた。

モンスター超えてまるでシリアルキラーを目の前にしたかのような反応。

いや、逆にアイドルでも同じ反応になるかもだから、ほな実質アイドルか。

なんて皮肉を胸に抱える。

憂鬱を誤魔化しながら彼女の隣を横切ろうとしただけだった。

むせた弾みに口から吹いた水が足元が湿らせていたせいか、彼女は足を取られて背中の方に倒れ込んだ。


 別に助ける義理も無いし僕はそんなお人好しでもない。

でも彼女が倒れこむ軌道に僕は手を伸ばしてしまった。

僕のことを煙たがっていることは間違いなかったのに。

幸か不幸か、彼女はぎりぎりで踏みとどまって僕の方へ振り向いた。


「ヒッ!」


 僕の顔を見るなり声にならない声を漏らす。

彼女は背を向けたまま、明後日の方向へ走っていった。

彼女が走って遠ざかる時にできる影を僕は目で追った。

遠くで数人の友達と合流すると僕の方へ指を指して何やら騒ぎ立てている。

ほどなく他の人達も僕に冷ややかな目線を向けた。


 別にあんたの事狙ってねえよ。


 その捨て台詞を喉に詰まらせたまま僕は教室のドアを開けた。

最後までお読みいただきありがとうございました。

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