第24話「文化祭 ①」
学校からの帰り道、白川と並んで歩く。
黒瀬とは仲直りできたと思っていた。
だけど、彼女は白川と帰るように言った。
ボクが、黒瀬と帰ると言ったのに。
それは、喧嘩する前の彼女の言動とは明らかに違っていた。
前なら、積極的にボクといようとしたはずだ。
関係が回復したと思ったのは、ボクの勘違いだったのだろうか。
「玲、また黒瀬さんのことを考えているの?」
白川が小さくため息をつく。
そして、少しの沈黙の後、口を開いた。
「黒瀬さんとは、もう別れたんでしょう? 心残りがあるのはわかるけど」
「なにを……」
なぜ、彼女がそう言えるのだろう。
最近、黒瀬とあまり話していなかったからか。
さっき、黒瀬が白川と帰るように言ったからか。
そんな直感による推測なのか。
それとも……。
「明日は玲が元気になるように頑張るから。《《一緒に》》楽しもうね。文化祭を」
「……」
ボクはどう答えればいいのかわからず、黙り込んだ。
そのまま歩いているうちに、家の前に着いた。
「また明日。玲」
「うん。また明日」
明日、ボクはどうなるのだろう。
今日は眠れそうにない。
*
文化祭当日の朝。
ボクは魂が半分抜け落ちているような感覚と戦いながら、メイド喫茶をオープンする直前のチェックをしていた。
なのに、朝のシフトを担当しているメイド役の二人が来ない。
二人ともいないとなると、かなりのピンチだ。
その時、担任の先生が教室に入ってきた。
どうやら、その二人は今日、体調を崩して休むらしい。
どうすればいいか。
頭を回す。
その時、一つのアイデアが浮かんだ。
メイド役をボクがやれば、白川と文化祭を回るまでの時間を稼げる。
多分、今日、白川から告白される可能性がある。
断ったら死。
受け入れても、遠くない未来に死。
白川がボクに何を望んでいるのかはわからない。
だが、ボクは彼女を満足させられる人間ではない。
付き合うという選択肢は、破滅に繋がっている。
できれば恋人のような関係にはならず、時間をかけて彼女が正気に戻るよう説得したい。
だから、それを回避するための策を練る時間がほしかった。
「ボクがメイド役をやります」
残り時間は十数分ほどしかない。
ボクはメイド服を受け取り、急いで女子トイレへ向かった。
個室で着替える。
そして、着替えてから大きな問題に気づいた。
自分が非常に小柄だということだ。
袖が手を隠すほど長い。
短めのはずのスカートが、膝の下まで伸びている。
何より、胸元が開きすぎていて、中が見えそうになっていた。
伝統的なビクトリア風メイド服なら、なんとかなったかもしれない。
だが、学校のイベントということで、衣装はセーラー服風のメイド服になっている。
首元が大きく開いているので、サイズが合わないと肩から服が抜け落ちる。
どうしようと悩んでいると、誰かがトイレに入ってくる音が聞こえた。
「玲ちゃん、いる?」
黒瀬の声だった。
「こ、ここにいる」
半裸みたいになっていて恥ずかしいからなのか、少し声が震えた。
「倉田から言われてね。玲ちゃん、絶対サイズ合わないから見てこいって」
黒瀬の言葉は、どこか弁明みたいに聞こえた。
まだ前みたいな関係には戻れていない。
でも、ボクを心配して来てくれたのだと思う。
「それは慧眼だ。その通りで、今まさに辱めを受けている」
「手伝いに来たから、開けてくれる?」
肩からずれ落ちそうな部分を手で押さえながら、個室のドアを開けた。
黒瀬の目がきらきらと輝き出す。
「へぇ、いいね」
「いいわけあるか。このまま外に出たら、痴女容疑で逮捕だ!」
「面会室の窓越しにしか会えないのは困るから、服を直すしかないね」
黒瀬はポケットから安全ピンを取り出した。
そのピンで、余っている布を縮めて固定していく。
「なんで安全ピンを持ち歩いているんだ?」
「うちの制服のスカート、長さが微妙でダサいじゃん。ギャルは外に出たら、ピンで縮めたりするんだよ」
「なんかエッチだな」
「玲ちゃんがアタシにそういう感情を抱いてくれるなら光栄よ」
黒瀬は調整が終わったのか、ボクから少し離れた。
そして、全体を見渡す。
「あの……袖の部分は直してないんだが。これも調整できるよな」
「そこは、そのまま残すつもり。子供が頑張ってる感じでかわいいじゃん」
そこが嫌なんだが。
自分の成長が止まった、ちんちくりんさが嫌いなんだが。
「仕事の邪魔になる。物もちゃんと掴めない」
「メイド喫茶のメイドは、単なる従業員じゃないんだよ。かわいい格好を見せるのも仕事だから。じゃ、頑張ってね」
黒瀬がトイレから出ようとする。
「待って!」
ボクは彼女を引き止めた。
理由は袖の問題ではない。
彼女に訊きたいことがあった。
「黒瀬、昨日はなんで白川と帰るように言ったんだ?」
「……」
彼女は足を止めた。
答えはない。
その表情は、なんと言えばいいのか迷っているようだった。
数秒の沈黙の後、彼女は振り返り、ボクの方を向く。
そして、そっとボクを抱きしめた。
「玲ちゃん。文化祭を楽しんでね」
そう答える黒瀬は笑っていた。
でも、抱きしめる腕だけが、少し震えていた。
どういう意味だ。
言葉として、質問と答えが繋がっていない。
もし、その手の震えの方が本当の答えだとしたら、白川と帰るように言ったのは、彼女の本意ではないということになる。
ボクはさらに聞こうとした。
だが、彼女はそのままトイレから出ていってしまった。
彼女に抱きしめられた時、その腕をほどきたくないと思った。
でも、ほどかないといけない気もした。
理由はわからない。
わからないまま、黒瀬は離れていった。
*
教室に戻ると、すでにメイド喫茶の運営は始まっていた。
少しずつ客が入り、テーブルに座っている。
ボクも作業をするために、机を寄せ集めて作ったカウンターへ行き、メニュー板を手に取った。
「玲、注文していいかな」
白川がお客さん用のテーブルに座って、ボクに話しかけた。
「お前は運営側だろう。テーブルに座っていて大丈夫か」
「玲といるために、時間を空けておいたから、今は非番なの。ひどいね、玲は。昨日、一緒に文化祭を回ろうって言ったのに」
「それは……」
「冗談。クラスメイトから聞いたから。突然休んだ子がいて、玲が仕方なく手伝うしかなかったって。そういう理由なら理解できるよ」
「ありがとう……」
胸をなでおろす。
幸い、彼女に怒っている気配はない。
「その代わりに……」
「?」
「玲を指名して注文してもいいかな?」
なんか今日の白川からは余裕を感じる。
怒っていないのではない。
怒る必要がない人間の顔だった。
最後に自分へ戻ってくると知っている人間の顔。
未来に何が起きるか知っているような、その時間まで待つのを楽しんでいるような……。
多分、黒瀬と別れたことで、もう自分を邪魔できるものはないと思っているのだろう。
「まあ、いいけど。じゃ、注文は何にする?」
「違うでしょう、玲。自分で企画しておいて忘れたの? お客様を呼ぶ時は、《《ご主人様》》でしょう?」
「……っ」
メイド喫茶をするなら、こんな感じかな。
そう適当に決めたことを、まさかボクがやることになるとは。
でも、ルールとして決めた以上、やるしかない。
エゴを捨てて、メイドモードに入ることにした。
だが、顔の筋肉は言うことを聞かず、固まったままだ。
無理やり作った笑顔は、かなり変なものになっている気がする。
「お嬢様、ご注文は何になさいますか?」
「私は《《ご主人様》》と呼んでほしいな」
「でも、女性客には……」
「ご主人様」
「はい……。かしこまりました。ご主人様」
ボクの答えに白川はかなり満足したようで、満面の笑みを浮かべる。
こんな笑顔、何年ぶりだろう。
手のひらで遊ばれるお人形になった気分で、少し怖い。
「ご主人様、ご注文は何になさいますか?」
「紅茶とクッキーをお願い」
「かしこまりました。少々お待ちください」
カウンターに行って、注文を伝える。
クラスメイトがペットボトルに入った紅茶を紙コップに注ぎ、電子レンジで少し温めて出す。
クッキーも市販のものを紙皿に置くだけだ。
おままごとみたいな商品を手に取り、白川のテーブルに置く。
「ごゆっくりどうぞ」
去ろうとした瞬間、白川がテーブルを指先で軽く叩いた。
こつん。
それだけで、ボクは足を止めた。
「このメイドはしつけがなってないね。メニューを運んだ後は、何をするのか覚えてないの?」
飲み物や食べ物は市販のもので、ほとんど価値がない。
だから、ボクはサービスとしての価値を加えていた。
そう。
『美味しくな~れ』と、ベタなことをするのだ。
マジでそれは勘弁してほしい。
「やらなきゃだめか?」
「や・り・な・さ・い」
白川はご主人様の役に入っているようだ。
言葉遣いが普段と違う。
ちょっとS気を感じる。
ボクは小さくため息をついてから、手でハートを作って言った。
「お、おいしくな~れ、萌え萌えきゅん!」
白川はボクのポーズを無言で、そして不満そうな表情で見ている。
すごく気まずい。
「袖で手が隠れているじゃない。腕を使ってハートを作って」
やり直し命令が下った。
仕方なく、頭の上に手を上げて、大きくハートを描く。
「おいしくな~れ、萌え萌えきゅん!」
動作が派手なせいか、周りのクラスメイトも、お客さんも、みんなボクを見ている。
死にたい。
「やればできるじゃない。玲、その調子で頑張ってね」
白川はそう言って、紅茶を飲み始める。
「あ、玲」
「また、何?」
白川に後ろから呼ばれ、ボクは振り向いた。
「午後には逃げないでね。約束だよ?」
面白いと思っていただけたら、下部の☆☆☆☆☆から評価とブックマークをお願いいたします!




