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バレたら終わり。ヤンデレから生き残るために百合を演じる。  作者: SINYA


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20/28

第20話「沼」

「文化祭の出し物に関するご意見の締め切りは明日です。良いアイデアがある方は、明日までに意見箱へお願いします。候補の選別作業は、私と花村玲さんが担当します」


 朝の教室でのHR時間。

 窓の外をぼうっと眺めていたら、自分の名前が聞こえてきて驚いた。


 白川は文化祭準備委員長だ。

 今、教壇で文化祭準備の会議を仕切っているのは彼女である。


 誰に対しても優しく、クラスメイトからの人望も厚い。手順通りに正確に事を運ぶので、先生からの信頼も厚い。

 だからこそ、おかしいと思った。

 ボクに一言もなく、準備作業に組み込むなんて。


 休み時間になるなり、白川の席に向かった。


「白川、なんでボクが候補を選ぶことになったんだ?」

「ごめんね、急に。でも、相談できる相手が必要だったの。候補は、ただ意見が多い順に決めればいいってわけじゃないでしょう? 予想される結果まで見据えて考えられる人が必要なの。それができそうなのは、玲しか思い浮かばなかった」


 ある程度、納得できる理由だった。

 だが、不可解なことは残っている。


 この前、白川は自分を選ばずに黒瀬と付き合ったことに怒り、取り乱していた。

 黒瀬の時みたいに、もう話せなくなるのではないかと思っていた。

 でも今は、まるで何もなかったみたいに普通に接している。


 心の整理ができたのか。

 それとも、整理したように見せているだけなのか。

 彼女の心理というか、変化の理由がよくわからない。


「まあ……わかったよ」

「ありがとう、玲。もし放課後に予定があるなら、遠慮なく言ってね」

「予定はない」


 意見箱の締め切りは明日までだが、選別作業は今日から始めるらしい。

 放課後は教室に残って、白川と作業することになった。


     *


 放課後、黒瀬の方を見ると、彼女はギャル友達と楽しそうに話していた。

 最近はいつも黒瀬がボクの席に来て、強引に手を引っ張り、遊びに連れ出していた。


 そんな彼女が、もう来ない。

 話もしない。

 仲直りも……できそうにない。


 それを心苦しく思う自分がいる一方で、生存戦略として計算している自分もいた。

 偽装恋愛が終わった以上、今度はそれを白川に悟られないようにしなければならない。


 今日の放課後の活動は、ある意味では助け船だ。

 予定があるなら、黒瀬と一緒に下校していなくても不自然には見えないはずだ。


 それでも、胸の内側に妙な空白ができたような気分だった。

 生存のための偽装恋愛だったが、彼女の賑やかな雰囲気は嫌いじゃなかった。

 あるのが当たり前だったものが消えると、思っていた以上に空白が大きい。


 元通りの生活に戻っただけなのに。

 本当に、困ったものだ。


 ぼうっと窓の外を眺めながら、白川との約束の時間を待った。

 しばらくすると、白川が教室に戻ってきた。

 手には小さな鍵を持っている。

 意見箱の鍵だろう。


 他の生徒が勝手に中身をすり替えたりしないよう、意見箱には鍵がかけられていて、先生がその鍵を保管していた。

 それを借りてきたらしい。


「お待たせ。じゃあ、作業を始めようか」


 白川が意見箱の鍵を開け、中身を机の上に取り出す。


 一人が複数の意見を出すことも許可されているので、そこそこの量があった。

 何枚か手に取って読む。

 考え抜いた意見というより、ブレインストーミングに近いものが多い。

 ありふれた案もあれば、どう考えても実行不可能な案もある。


 一瞬、黒瀬と観た映画のことが頭に浮かんだ。

 ボクは斬新ではない普通の意見を、つまらないと感じて切り捨てがちだ。


 けれど、王道には王道である理由があることを、あの映画から学んだ。

 黒瀬は、ありふれた話で涙を流していた。

 そういう人もいる。


 実行できないものは整理する。

 でも、普通のアイデアは検討対象に残しておく。


「玲は文化祭をどう思う?」

「どうって?」

「玲は部活もしないし、人が多いところも嫌うでしょう? 文化祭も好きじゃないし」

「確かにそうだな……」

「でも、楽しむ心がないと、選別も企画も難しいよ」


 その意見には同意する。

 何がいいのかわかっていない人間が、ニーズに合うものを作れるわけがない。

 やっぱり、文化祭の準備はボクに向いていないと思う。


「私はね、玲に今回の文化祭を楽しんでほしいと思ってるよ」

「それは……難しいかな。面倒くさいって感じてしまう」

「私たち、もう高校生だよ? もうすぐ、文化祭を楽しみたくてもできなくなる。思い出は、作れる時に作らないと。チャンスは戻ってこないし、未来は何が起きるかわからないよ」


 小さくため息をつく。

 言いたいことはわかる。

 だが、群れて遊ぶことに意味があるのか。

 ボクは群れるのが大嫌いだ。


「私が文化祭を楽しむ方法を教えてあげる。玲は、自分が体験してみたいことを選んで」


 手に持っていた意見用紙を見る。

 体験してみたいこと。

 戻ってこない青春の一ページ。


 くだらない作業だと思っていたものが、少しだけ意味を持ち始める。

 重さが出てきた。


「白川は優しいな。こんなボクにも」

「こんなボクって……。私は玲が大好きだよ」


 白川の言葉はありがたい。

 でも、ボクはボクを好きになれない。

 いつも誰かを傷つけて、馬鹿みたいな失敗ばかり繰り返している。


「……玲、何か悩みでもあるの?」


 白川が心配そうな顔でボクを見ている。


「なんでもないよ。はは……」

「何もないのに、“こんなボク”なんて普通言わないよ。苦しいことがあるなら、相談して」


 相談はしたい。

 でも、黒瀬と別れたことは白川には相談できない。


 何も言わなければ、彼女はずっと気にするだろう。

 適当にでも、何か言わないといけない。


「ちょっと知り合いと喧嘩して、気が重くなってるだけだよ」

「どうして喧嘩になったの?」

「……よくわからない。多分、ボクが何か無神経なことを言ったせいだと思う」


 白川は顎に指を当て、何かを真剣に考えた。


「玲はその後、どうしたの? 謝った?」

「話せる雰囲気じゃないというか。どう謝ればいいのかわからなくて……」


 白川は一度下を向き、小さくため息をついた。

 それから、ボクを見つめ直す。


「また悪い癖が出てるよ。玲がそれで気が重くなってるなら、謝った方がいい」


 確かにそうだけど、そんな簡単な問題じゃない。

 いや。

 でも確かに、いろいろ考えて先延ばしにするのはボクの悪い癖だ。


「ありがとう。明日、その知り合いと話してみる」

「うん。私は玲の幸せを応援してるよ。もし、謝ってそれでも戻らないなら……その時は、玲が悪いわけじゃないよ。できる精一杯のことはしたんだから、その時は胸を張ってもいいと思う」


 白川は本当に頼りになる。

 ボクたちはそのまま、文化祭の出し物案の選別を続けた。


     *


 次の日の放課後。

 ボクは校門へ向かって走った。

 白川は先生に鍵を借りるため、職員室へ行っている。


 校門でなら、黒瀬と話せるはずだ。

 そこで彼女を待つ。


「黒瀬! 話したいことがある!」


 エントランスから校門へ向かって歩いてくる黒瀬を見つけ、声をかけた。


「こんにちは、花村さん」


 黒瀬がボクを“花村さん”と呼ぶのは、初対面の時以来だった。

 その冷たい口調から、とても深い溝を感じた。


「そ、その……この前のことを謝りたくて。ごめん!」

「ああ、別に気にしなくていいよ。アタシこそ、感情的になってごめん」


 表面上は、謝罪を受け取った。

 でも、本当はそうじゃないことくらいはわかる。


「あの……そうじゃなくて……」

「もう行っていいかな? お互い謝ったし。友達を待たせてるから」

「う、うん……。ごめん……」


 もう謝った。

 相手も受け取った。

 その先を、ボクはどうすればいい?


 もっと深く、心を通わせて話したい。

 でも、その方法がわからない。


 黒瀬は一度だけ足を止めた。

 振り向きはしなかったが、肩がわずかにこわばる。


「……もう遅いよ。近づかないで」


 黒瀬はそう吐き出して、去っていった。

 ボクはその背中を見送ることしかできなかった。


 教室に戻る。

 白川とやるべき作業がある。


 ドアの前で、重い気持ちを切り替えるために笑顔を作ってみる。

 息を吐いて、吸って。

 ドアを開けた。


「待たせてごめん。今日の作業を始めようか」


 先に机に向かって作業していた白川が、顔を上げる。


「玲。昨日相談してた件、うまくいった?」

「ああ、ちゃんと謝って、仲直りしたよ」


 白川は何も言わず、ボクを見つめた。


「玲……」

「なんだ?」

「うまくいったなら、泣かないと思うよ」


 あれ?

 目元に指を当てる。

 温かい液体が指を濡らした。

 口角を上げているはずなのに、頬の筋肉がうまく動かない。

 視界の端が、少しだけ滲んでいた。


「なにこれ? ホコリが目に入ったのかな……はは」


 白川は小さく息を吐いて立ち上がり、ボクに近づく。

 そして、優しく抱きしめた。


「玲は十分頑張ったよ」


 その言葉を聞いた瞬間、自分でも驚くほど涙があふれ出た。

 喉が詰まって言葉にならない。

 変な音しか出ない。


「玲……」


 白川がボクの頭を撫でる。

 すべてを受け入れる、甘い蜜の沼のように。


「私がいるよ。もう無理しなくていい……」

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