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バレたら終わり。ヤンデレから生き残るために百合を演じる。  作者: SINYA


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第19話「決別」

「黒瀬、ちょっといいか?」


 学校の休み時間、ボクは黒瀬に声をかけた。


 昨日に続いて、黒瀬は少し疲れた顔をしている。ボクとの距離もどこか遠い。

 いつもと違って、向こうから話しかけてもこない。


 ボクの方から声をかけることはめったにないからか、彼女は少し驚いた顔をした。


「あのさ……。今週の土日、時間あるか?」


 ただ土日に遊ぶ約束をするだけなのに、慣れていないせいか、なぜか少し照れくさい。

 黒瀬を見ると、さっきまで無気力だった目が、きらきらと輝き始めていた。


「時間ある! どこ行く?」

「考えたけど、よくわからなくて……。映画館とか、どうかな?」


 少し気まずい今の状況を改善するには、映画館がいいと予想している。


 まず暗い空間で二人きりでいることに慣れる。

 そして、映画の話題でアイスブレイクをする。

 そこから本題に入り、仲直りする。

 悪くないプランだ。


 落ち着いた雰囲気で話し合って、元通りの関係に戻りたい。


     *


 土曜日は、あっという間にやってきた。

 待ち合わせ場所の映画館の入口に行くと、もう黒瀬が待っていた。

 まだ約束の時間まで十五分もあるのに。


 服装もいつもと違う。

 ギャルっぽい格好ではなかった。

 ポニーテールだった髪は下ろされ、服もワンピース姿だ。

 清楚な感じを意識しているのか、まるで別人に見える。

 少しだけ、白川に似ていると思った。


「待たせちゃった?」

「アタシも今来たところ」


 黒瀬はなぜか目を合わせない。

 しかもその台詞、ネットでよく見る定番そのものだ。

 相当緊張しているようだ。

 今日は一体どうしたんだろう。


「今日の服、いつもと違う感じだね」

「アタシ、変じゃない? 玲ちゃんはこういうのが好きかなと思って、着てみたんだけど」


 なぜボクがそういう服装を好むと思ったのかはわからないが、新鮮でいいと思った。


「似合ってるぞ」

「そう? よかった」


 黒瀬は満面の笑みを浮かべた。

 緊張も少しほぐれたようだ。


「映画、ボクが勝手に予約したけど、大丈夫だったか?」

「玲ちゃん、今日はなんか準備いいね」


 黒瀬が嬉しそうににこにこしている。


 その様子を見て安心した。

 映画を観たいというより、黒瀬と仲直りするのが目的だし。


「せっかくだから、ポップコーンとか食べる?」

「いいね!」


 二人でポップコーン売り場へ向かった。


「何味にする?」

「キャラメル味!」


 キャラメルか。

 ボクも好きだが、甘すぎるから塩味もほしい。


 メニューを見ると、『カップルにおすすめ! ペアセット』というものがあった。

 大きいバケットに二種類の味が入っていて、飲み物もついている。

 別々に二つ買うより安い。


 ボクはペアセットで、キャラメル味と塩味を注文した。

 隣の黒瀬は、なぜか少し落ち着かない様子だった。


「あ、別々に注文した方が良かったのかな」

「い、いや。いいと思うよ。玲ちゃんがそうするとは思わなかっただけで……」


 ボクはコスパを重視するので、むしろボクらしいと思うが。

 彼女はなぜそう思ったのだろう。


 注文したものを受け取り、上映館に入った。

 席に座ると、映画が始まる前のCMが流れていた。


 黒瀬は小声ではあったが、ずっとボクに話しかけてくる。


「へー、来月はアメコミ原作のヒーロー映画が上映するんだって。面白そう」


 とか。


「最近はソシャゲのアップデート内容もCMにするんだね」


 とか。


 相当興奮しているらしい。

 楽しそうで、悪い気分はしなかった。


 塩味のポップコーンに少し飽きて、キャラメル味に手を伸ばした。


「あ」


 黒瀬と手が触れた。


「ごめん、先にどうぞ」

「う、うん。ありがとう」


 映画の本編が始まると、さすがに黒瀬も静かになった。


 映画の内容は、同人漫画家の男女二人が、お互いの作品を嫌い合いながらも、親に「結婚しないなら活動をやめさせる」と脅され、同人活動を続けるために偽装恋愛を始めるラブコメだった。


 最初は喧嘩ばかりしていた二人が、次第に相手を理解し、最後には本当に惹かれ合う。王道ではあるが、面白い作品だった。


 ボクはコメディとして素直に楽しんだが、黒瀬はクライマックスで泣いていた。

 感受性が豊かなんだな、と少し感心する。


「すごく感動的だったよ〜」


 黒瀬はまだ涙目だ。


「黒瀬はどこがよかった?」

「やっぱり、男主人公がヒロインを自分にとって大切な存在だって気づいて、お見舞いに乱入するシーンかな。恋って、そういう情熱的なのがいいと思う」

「ああ、そのシーンは良かったよな。恋愛の王道ストーリーって、結末が見えてるからあまり好まなかったけど、演出でそこまで変わるんだなって感心した」

「へー。あまり好みじゃないのに、恋愛ものを選んだんだ」

「まあ、十代女性に結構好評だったらしいし。良さそうだと思っただけ」


 ボクを恋に恋する乙女だと思われそうで、ちょっと照れる。


「夕食、食べていこうか」


 黒瀬とボクは隣のイタリアンレストランに入った。

 ボクは和風パスタ、黒瀬はカルボナーラを注文する。


「玲ちゃん。今日はいろいろエスコートしてくれて、ありがとう」

「感謝されるようなことは何も……。ボクは仲直りしたくて……」

「仲直り?」


 黒瀬は、頭の上に疑問符を浮かべるような顔をした。


「その……この前、水族館で……。それ以降、ちょっと気まずかっただろう?」


 黒瀬の表情が少し曇る。


「あ、そのことね。でも、謝りたいと思ったのはアタシの方だよ。友達と遊びに行くのは普通のことなのに、勝手に劣等感なんか感じて……」


「劣等感?」

「いや、今のは忘れて。ただ、アタシも大人げなかったな〜って思ってるってこと!」


 黒瀬はぎこちなく笑った。


「仲直りできたと思っていいかな?」

「うん。これからもよろしくね」


 店を出ると、いつの間にか夕暮れになっていた。


「きれいだね」


 黒瀬は、日が沈んでいく方を見ている。

 青とオレンジが混ざり合い、雲まで光っているように見えた。


「玲ちゃん。今日はありがとう。大好き♥」


 黒瀬がボクの前に立つ。

 そして、そのまま顔を近づけてきた。


「アタシのこと、大切に思ってくれて、嬉しかったよ」


 黒瀬が小声で言う。

 そのまま、唇を重ねようとした。


「わああ、ストップ! キスの練習はもういらないだろ」


 ボクは慌てて手を振って防御した。

 黒瀬の顔を見ると、驚いたように目を丸く開いたまま固まっている。


 数秒後、我に返った黒瀬が笑った。


「玲ちゃんって、照れちゃって。もう練習じゃないでしょう?」

「?」


 言葉の意味がわからず、きょとんとしてしまう。


「恋愛の練習……だろう?」


 ボクたちは、相手ができるまでの恋愛の練習相手。

 そういう関係のはずだ。

 契約内容を変更した覚えはない。


「うそ……」


 黒瀬は両手で口を覆った。


「……今日、誘ってくれたのも練習だったの? アタシのことを思ってくれたんじゃなかったの?」


 彼女は何かを誤解しているようだった。

 ボクは説明しようと口を開く。


「仲直りして、前みたいに普通に戻りたい。関係は大事だと思っているよ。練習を通して、黒瀬から学んだことも多いし、意味もあった。ボクには必要なものだっ――」


 頬に激痛が走った。

 黒瀬の手が頬を打ったのだと、少し遅れて理解する。


「アタシは……やっぱりバカだったみたい」


 黒瀬はそう言って、背を向けて歩き出す。


「ちょっと待って」

「話しかけないで!」


 ボクが引き止めようと腕を掴んだ瞬間、黒瀬は強い力でそれを振り払った。

 ボクは体勢を崩し、そのまま倒れてしまう。


「あ、ごめ――」


 黒瀬は、叩いた時よりも青ざめた顔で、一瞬こちらへ手を伸ばしかけた。

 だが、そこで止まった。

 数秒そのまま立ち尽くし、苦しそうな顔で振り向く。


 伸ばしかけた手を引っ込めた彼女の頬には、涙が流れていた。

 泣きながら去っていく背中を、ボクは地面に倒れたまま眺めることしかできなかった。


 また何かを間違えてしまったんだろう。

 仲直りしたかったのに、もう取り返しがつかないくらい傷つけてしまったことだけはわかる。


 どうしてこんなに、うまくいかないんだろう。

 ボクは暗くなっていく空を見上げた。


     *


 少し離れた場所。


 二人の声がぎりぎり届く場所で、その一部始終を見ていた彼女は、黒いノートに書き記した。


『玲と黒瀬さんが別れた』

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