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バレたら終わり。ヤンデレから生き残るために百合を演じる。  作者: SINYA


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第16話「君といる未来」

「玲ちゃん、マジやばい!」


 嵐のようなテスト期間が過ぎ去った朝、ボクの席に黒瀬がやってきた。


「どうしたんだ?」

「今回のテスト……赤点になるかもしれない……」


 それは大変そうだな。


「玲ちゃん、勉強教えて!」

「ボク、教えるのはあまり自信ないんだけど」

「頼むよ! 周りに勉強得意な人が他にいないの」


 黒瀬は両手を合わせて頼んできた。


 一瞬、白川にこの予定を伝えるべきか迷った。

 だが、黒瀬には昨日のことを謝らなければならない。


 その理屈で、自分を納得させる。


「まあ、仕方ないか。やるからには厳しくいくぞ!」

「はい、先生!」


     *


 勉強は黒瀬の部屋でやることにした。

 ボクは一度家に戻り、ノートなどの準備物を取ってから向かうことにする。

 黒瀬の家のドアベルを鳴らすと、彼女はすぐに出てきた。


「いらっしゃいませ、先生!」

「先生はやめろ。うまく教えられる自信はないぞ」


 居間を通って、黒瀬の部屋に入る。

 相変わらず何もない殺風景な部屋だ。

 何もなさすぎて、むしろ気が散る。


「で、玲ちゃん。なんか荷物多くない? 今日、お泊まりするつもりなの?」

「いや、全部勉強の資料だ。赤点になりそうな科目を言ってないということは、全部危ないってことじゃないのか?」

「あ……そうなるか。危ない科目が何なのか、決めておけばよかったかな……」


 黒瀬は困った顔で小さく呟いた。

 “言っておけばよかった”ではなく、“決めておけばよかった”と表現するのは、少しおかしい気がした。

 だが、指摘するほどでもない。


「そうだぞ。要望はちゃんと伝えておけ」

「ごめん」

「じゃあ、危ない科目は何だ?」

「え……」


 黒瀬は何秒か考える。

 やっぱり全部危ないんじゃないか?


「数学教えて!」

「数学か……一番教えにくいやつだな」


 ボクはカバンから数学のノートと参考書、教科書を取り出した。


「まず、ボクの秘伝ノートの使い方から教えるぞ」

「秘伝ノート?」

「ああ。科目の要点や覚え方を、ボクなりに整理したものだ」


 マインドマップ式の整理方法や、テストに出やすい項目の特徴など、役立ちそうなことをいろいろ説明した。


「へー」


 説明中、黒瀬の反応は最初から最後まで「へー」だった。

 理解しているのか不安になる。


「まず、それを最後まで一読するように」


 そう指示してから、ボクはカバンの中身を全部取り出し始めた。


 まず、机の上にL字型のブックエンドを二つ置き、その間にボクの参考書とノートを並べる。

 臨時本棚の完成だ。

 そしてマグカップを置き、そこに鉛筆と蛍光ペンを入れる。横にはミニ付箋も置いた。


「玲ちゃん、何してるの?」

「勉強環境づくりだ。部屋がきれいなのはいいことだが、物がなさすぎる。必要最低限の用品すらない」

「わざわざ買ってきたんじゃないよね?」


 少し心配そうな声だった。


「家に余っていた物を持ってきただけだ。ノートと本以外は返さなくていいぞ」


 黒瀬はまだ何か言いたげな顔をしている。


「言いたいことがあるなら言え。物を置くのは嫌か?」

「そうじゃないよ。すごく嬉しい。ただ……玲ちゃんは、アタシの部屋を見てどう思った?」

「内見用の部屋みたいだと思った」


 黒瀬は数秒黙ってから、言葉を続けた。


「アタシ、実は家にいるの、あんまり好きじゃないんだ」

「……」

「高校卒業したら、遠くに行って一人暮らししたいなって思ってたの」

「遠くの大学に行くのか?」

「いや、就職しようと思ってた」

「それも良い選択だと思うぞ」


 家にいるのが好きじゃない。

 その言葉の意味を、ボクは深く聞けなかった。

 空っぽの部屋が、余計な説明を拒んでいるように見えた。

 外にいるのが好きということではなく、本当に『家にいる』ことが嫌いなのだろう。


 黒瀬はまた数秒置いてから口を開いた。


「玲ちゃんはどこの大学に行きたいの?」

「目標は〇〇大学だ」

「意識高いんだね」

「あくまで目標だ。できるかは知らん」

「テスト期間中、思ったの。玲ちゃんとのキャンパスライフ……楽しそうだなって」

「それなら、まず赤点回避からしないとな」

「そうだね……」


 黒瀬が暗い顔で、下を向く。


「今からでも遅くない。頑張れよ。応援もするし、勉強も教えてやるから」

「玲ちゃん、ありがと……。アタシ、頑張る!」


 意を決したように、黒瀬は勉強を始めた。

 最初は勉強のやり方を説明し、その後は自分で問題を解かせることにした。


 二時間ほど経った頃、黒瀬が立ち上がる。


「トイレ行ってくる」


 ドアへ向かう足取りは、まるでゾンビみたいだった。

 相当疲れたのだろう。


 黒瀬はすぐに戻ってきた。


「玲ちゃん、何読んでるの?」

「お前も知ってるだろ。前にボクの部屋で見た、あの漫画の最新刊だ」

「ええ、玲ちゃんだけ漫画読んでずるい!」

「ボクは赤点じゃないからな」


 黒瀬は床に大の字になって倒れた。


「ちょっと休憩」


 黒瀬が休んでいる間も、ボクは漫画を読む。


「その漫画、そんなに好きなの?」

「まあ、最近のお気に入りだ」

「女主人公が好きって言ってたよね」

「うん。その通りだ」

「やっぱり、頭いいキャラが好きなの?」


 少し考える。

 頭のいいキャラが好きかというと、そうでもない。

 単純にゲーム感覚で謎を解くストーリーが好きなのだ。

 そこに頭のいいキャラが出てきやすいだけで。そうなると、間違った表現ではないな。


「まあ、そうだな」

「そっか……」


 黒瀬はしばらく天井を見つめた後、起き上がって机に向かった。

 いつもならもっと長く雑談するはずなのに、意外と早く勉強を再開した。

 赤点と言っていたし、非常事態なのだろう。


 ボクは黒瀬が問題を解いている間、邪魔にならないよう静かに漫画を読み続けた。

 時々、黒瀬が問題について質問してくるので、なるべく詳しく説明する。

 黒瀬は真剣にそれを聞き、メモしていた。


「全部解いたよ!」

「思ったより早かったな。じゃあ採点するから、休んでいろ」


 地頭はいいのか?

 途中で質問はしていたとはいえ、間違いはあまりなかった。


 頑張っている黒瀬を見て、少し印象が変わる。

 遊んでばかりで、面白くないことは絶対やらない子だと思っていた。

 だが、案外真剣に頑張る。


「黒瀬は飲み込みが早いな。八割くらい正解だ」

「やった!」


 黒瀬がボクに抱きつく。


「玲ちゃん先生のおかげだよ♪」

「抱きつくな。お前、地頭は良さそうだから、頑張れば良い大学も狙えるぞ」

「……本当? アタシ、できるかな。できたらいいな」


 不安そうな声だった。

 その気持ちはよくわかる。

 ボクは抱きついている黒瀬の腕を、軽く撫でた。


「安心しろ。これからも勉強は教えるから、今日みたいに頑張ればできると思うぞ」


 黒瀬は撫でられて少しびくっとしたが、すぐに力を抜く。

 そしてさらに深く抱きしめ、頬を寄せてきた。

 ボクは抵抗せず、そのまましばらくじっとしていた。

 黒瀬の将来への不安が、少しでも薄れるように。


「ありがとう、玲ちゃん。アタシ、頑張るよ」


 やがて、帰る時間になった。


「玲ちゃん、今日はありがと!」


 黒瀬がノートと、ボクが持ってきた学習用品を片づけ始める。


「本とノート以外は返さなくていいと言ったじゃないか。それに、本とノートもすぐ返す必要はない」


 黒瀬が少し驚いた顔でボクを見つめる。


「ローマは一日にして成らず。赤点回避も数時間では成らずだ。また来るから置いておけ」

「来てくれるの? 玲ちゃんも忙しいんじゃ」

「それは気にしなくていい」

「ありがとう」


 黒瀬の家の玄関を出る。


「玲ちゃん、またね!」

「ああ、また来るぞ」


 手を振って見送る黒瀬を後にして、自分の家へ向かった。


     *


 後日、テスト結果の発表があった。

 廊下に二百位までの順位表が貼り出される。


 自分の順位を探し、白川の順位も確認する。

 ボクのすぐ下にあったので見つけやすかった。


 いつもならそこで終わりだが、今日はなんとなく他の順位も見ていた。

 黒瀬の名前があった。

 しかも、別に赤点を取るような成績ではない。


 教室に戻り、黒瀬を探す。


「お前、別に赤点じゃないじゃないか」

「アタシの余計な心配だったかも! ごめん」


 黒瀬が手を合わせて謝る。


 なぜ彼女は赤点かもしれないと思ったのだろう。

 テスト期間中、コンディションが悪くなって過度に不安になっていたのかもしれない。

 もしそうなら、テスト初日の白川との一件も原因の一つだろう。


 それに、そのあと黒瀬には謝ったものの、気まずくてあまり話せなかった。

 あの空気を消すために、ボクともう少し話したかったのかもしれない。

 心の中が少し重くなった。


「で、勉強の特訓は続けるつもりなのか? 赤点回避できたなら、もういいか?」

「……目標ができたからね。これからも頑張るよ」


 黒瀬は熱い眼差しでボクを見つめ返した。


「そっか。じゃあ、勉強の計画表を作っておく。自分でできそうか、後で確認して」

「うん!」


     *


 二十三時。

 静寂に包まれた部屋で、黒瀬彩は勉強をしていた。


 部屋は相変わらず殺風景だが、机の上だけは本や筆記用具で賑わっている。

 そこには一枚の付箋も置いてあった。


 ――頑張れ

 不器用に、それだけ書かれた玲からの応援だった。


 黒瀬は、テスト初日の悔しかったあの時を思い出す。


 “今、成績が落ちて、玲が自分で言ったことを守れなくなるのは、玲も望まないはずよ”


 アタシといると、玲の成績が落ちる。

 バカといると、玲もバカになる。


 白川の言葉に、何も言い返せなかった。

 アタシは、その二人に比べたらバカだから。

 その時を思い出すたび、体の奥から涙が込み上げてきそうになる。


 もう、玲の未来の邪魔になる存在だなんて、絶対に言わせない。


「玲ちゃんの隣に立っても恥ずかしくないように、アタシ頑張るね」


 黒瀬は机の上の付箋に向かって、そう言った。


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