第14話「好きという気持ち」
テスト期間が始まった。
いつもより勉強時間は取れなかったが、先日、白川と勉強したおかげで、今日のテストはなんとかなりそうだ。
午前のテストが終わり、昼休みが始まる。
ボクはカバンから、白川が探してくれた本を取り出した。
白川は、ボクと黒瀬の偽装恋愛を見て、どういう気持ちでいるのだろう。
普通の友達に戻れたらいいのに。
いや、今さらそれは無理か。
何かが、最初からずれている気はする。
でも、そのずれがどこから始まったのか、ボクにはまだわからなかった。
何が問題なのか考えていると、後ろから声がした。
「その本、見てくれてるんだね」
振り向くと、白川がいた。
優しい笑顔で、嬉しそうにしている。
最近とは違う曇りのない顔を見て、少しだけ安心した。
「せっかくだしな。でも、テスト期間になっちゃって、一旦返してからまた借りるしかなさそうだ」
「そう……。それは仕方ないね」
白川は残念そうに視線を落とした。
その時、黒瀬がボクたちの間に割って入ってきた。
「玲ちゃん、一緒にお昼食べよう♪」
黒瀬が、手に持った小さなランチバッグを見せる。
「それはなんだ?」
「愛妻弁当だよ♥」
結婚した覚えはないが。
「ボクはいつも通り、パンと牛乳でいい」
「だめだめ。こういう時期は、もっとちゃんと食べないと」
「昼はさっさと済ませて、午後のテスト勉強をしないと――」
「だーめ! 狭い教室にずっといたら、頭がバカになるよ」
黒瀬がボクの手を掴んで引っ張る。
「ごめん、白川。話はまた後でな!」
「うん。後で。……必ず」
白川の返事もちゃんと聞けないまま、ボクは黒瀬に校庭まで連れ去られた。
*
「黒瀬、お前はいつも急なんだよ」
「玲ちゃんとアタシの仲じゃん。許してよ」
校庭には体育や部活で使うグラウンドがあり、その周りを木々が囲んでいた。
木の下にはベンチもある。
ボクたちはそこに座った。
木々を抜ける涼しい風。
温かい日差し。
小さいながらも自然を感じられる空間は、案外悪くなかった。
深呼吸してみる。
心の中が、青空みたいに晴れていく。
テストで疲れた脳を回復させるには悪くない。
「はい、玲ちゃんのお弁当」
黒瀬がピンク色の弁当箱を渡してきた。
開けてみると、タコウインナーや目玉焼き、ネギ入りの卵焼きなどが入っている。
かなり美味しそうだ。
正直、パンにも飽きてきていたので嬉しい。
「これ、手作りなのか?」
「うん! わかってくれる? 愛を込めて作ったんだよ」
「テスト期間なんだから、勉強しろよ」
「もう、頑張ったから褒めてほしいんだけど! タコウインナー、地味に難しかったんだからね。足が全部ちぎれて、三匹くらい殉職したし」
「それは弁当制作ではなく、惨劇では?」
「だから褒めてって言ってるの!」
黒瀬が、すねたように頬を膨らませる。
まあ、ボクのために頑張ったのはわかる。
弁当に入っているのは、全部ボクが好きなものばかりだ。
何度か一緒に食事するうちに、彼女はボクの好みを把握したらしい。相手の好物を覚えて作る。まさに、愛妻弁当っぽいと思った。
「ありがたいとは思うよ……。でも、成績は大丈夫なのか心配なだけだ」
「え、成績は……なんとかなるでしょう。へへ」
かわいい顔でごまかしていい話ではないと思う。
「心配してくれてありがとう。玲ちゃん」
黒瀬が、あたたかく微笑む。
なんだか照れくさい。
熱を帯びはじめた頬に、涼しい風が当たる。
彼女の言動を見て、少し考える。
これは、まだ『恋愛の練習』の延長なのだろうか。
偽装恋愛のはずなのに、黒瀬は弁当まで作ってきた。
しかも中身は、ボクの好きなものばかりだ。
演技にしては、少し手間がかかりすぎている。
ボクは元通りの生活に戻るために、白川の感情を刺激しないよう調整し、黒瀬とは偽の恋人として適切な距離を保っている。
そのつもりだった。
でも、本当にそうなっているのか。
そもそも、黒瀬はこれを偽の恋人だと思っているのか。
そこまで考えたところで、頭が熱くなってきた。
緑の木の下で、黒瀬と雑談しながら弁当を食べる。
そうしていると、テストや今の状況への不安や焦りを少しずつ忘れていた。
黒瀬といると、不思議な気分になる。
ボクはいつも、後ろから何かに追われるように生きてきた。
なのに、彼女といると呑気になれる。
堕落とも呼べるし、余裕を持つようになったとも言える。
この気持ちは、どっちなんだろう。
そんなことを考えているうちに、弁当はいつの間にか空になっていた。
「食べ終わったし、帰るか」
「せっかくだし、もっと一緒にいようよ」
「今はテスト期間だぞ」
「知ってる。でも、今日のお昼くらい、アタシとの時間にしてよ」
ベンチから立ち上がろうとしたボクの手を掴み、黒瀬がまた座らせる。
「そうだ! 玲ちゃん、アタシの膝の上に座って」
黒瀬がボクを抱き上げ、自分の膝の上に下ろした。
「子供扱いされるのは不愉快だ! 降ろせ!」
「はいはい。大人しくしようね」
黒瀬がボクを抱きしめる。
一応、優しく抱きしめているつもりなのだろう。
だが、実際はホールドに近い。
力の差が大きすぎて、身動きが取れない。
よほどボクを教室に帰らせたくないらしい。
「へえ、玲ちゃん。何のシャンプー使ってるの? いい匂い」
「お前、キモいぞ」
黒瀬がボクの耳元に唇を近づけ、悪戯っぽく囁く。
「玲ちゃん、変質者に捕まっちゃってるね。どうしよう〜」
黒瀬の息が耳に当たる。
くすぐったくて、変な感じがした。
「耳に息を当てるな!」
ボクは黒瀬から離れようと身悶えるが、脱出は不可能だった。
「玲ちゃん、耳が弱いんだ〜。もっとやっちゃおう。ふーっ」
反抗するボクを見て、黒瀬は面白がっている。
まるで、お腹を撫でられるのを嫌がる猫にいたずらするみたいだ。
その時、もうすぐ授業が始まることを告げるベルが鳴った。
いや、授業ではない。
今回はテストだ。
急がないと。
「テスト始まるぞ! マジで離せ!」
「ええ、もう終わり? 残念」
黒瀬の懐から、やっと脱出できた。
弁当箱を持って教室へダッシュする。
校舎の方へ視線を向けた、その瞬間。
ボクたちの教室の窓に、人影が見えた。
その視線が、ボクたちに向かっている気がした。
遠くてよく見えない。
でも、黒く長い髪。
多分、白川だと思う。
心臓がひんやりした。
どこから見ていた?
弁当を開けたところからか。
膝の上に座らされたところからか。
わからない。
わからないことが、一番まずい。
情報が足りないと、対策を練るのも難しくなる。
でも、白川と学食で一緒に食べたこともあるし、中学生の時は一緒に弁当を食べたこともある。
これは「初めて」ではない。
多分大丈夫だ。
爆発しそうに跳ねる心臓を落ち着かせるために、自分にそう言い聞かせた。
教室に戻り、テストの続きをした。
午後のテストもそこまで難しくなく、少し安心した。
「やっほー、玲ちゃん。放課後、何して遊ぶ?」
今日のテストが終わるやいなや、黒瀬がやって来た。
黒瀬は、ずっとボクとくっついていないと気が済まないようだ。
そういえば、前にも言っていた。
彼女は『誰かが見てくれないと、自分が存在しない気分になる』って。
黒瀬がまたボクの腕を掴もうとした瞬間。
誰かが、黒瀬の手を掴み止めた。
「玲は、放課後には予定があるの」
黒瀬とボクの間に割って入ってきたのは、白川だった。
黒瀬を掴む手とは反対の手に、まだ開けられていない弁当箱を持っている。
二段重ねの、見覚えのない弁当箱。
包み布は、朝に結ばれたままのように綺麗だった。
白川一人分には見えない。
もしかして、ボクの分も用意していたのだろうか。
「玲、明日もテストがあるし、昨日みたいに勉強の続きをしよう」
白川が黒瀬から手を離し、今度はボクの手を掴む。
そして、黒瀬に向かって言った。
「今度はちょっと、玲を返してもらうね」
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