第20話 騎士団長…また競馬場に行く。‥その2
東京競馬場
最後の馬がゲートに入いるとすかさず「ガシャン!」とゲートが開きついにレースがはじまった。
東京競馬場の芝1800mは第二コーナーのポケットから左回りでスタートする。
スタート後すぐに第二コーナーを斜めに進路を取るため内枠が有利なコース形態となっていた。
”まずい、、まずいわ、スタートを出遅れてしまった…”外枠の12番、『アルフレート』に騎乗している武田志帆は気持ちがあせってしまい、スタートで一瞬怯んでしまった。
すでに内枠の先行馬達が先を争う様に最初のコーナーに向っていく中、外枠から内側に入り込むと他の馬群に囲まれてしまった。目の前には一番人気の『キングスター』が馬群の後方に着実についていっていた。
「各馬一斉にスタートしました。 おっと~ここで12番『アルフレート』が出遅れた~先頭は3番『ブラックサンダー』それを追うように各馬追従する、そして一番人気の『キングスター』はうしろからの競馬です。」
「『ブラックサンダー』どんどん引き離す2番手は6番『サンブライトン』」と実況放送が流れコースの中央にあるでかい「オーロラビジョン」には先頭を逃げる3番『ブラックサンダー』と二番手の6番『サンブライトン』が写し出されて、あとは馬群となって固まって走っていた。
12番『アルフレート』は馬群の後方で回りを囲まれて抜け出さないでいた。
”こうなったら、しょうがない最後のコナーを回ったら勝負よ~”
”いい、アルフレート、ここは我慢してちょうだい、もうすぐよ、もうすぐ”
出遅れてしまった志帆は作戦を変えて最終コナーを曲がったゴール前の直線530mでの勝負にかけたのである。
「最後のコーナーを回った、3番『ブラックサンダー』と6番『サンブライトン』足が落ちていく、、さあ~各馬横に広がっていく~、直線にはいりました。」
「ここで、出てきました岡田騎手、一番人気の13番『キングスター』ムチを入れています、速い速い、お~とその後ろから武田騎手の12番『アルフレート』もでてきた!」
「これも速い、速い、馬群から抜け出した『キングスター』それを追う『アルフレート』~速い速い~」
「いけ~!!、いけ~そこよ、志帆ちゃん~いけ~!」と叫ぶのは馬主の上田恵子と調教師真田凛子それと福島のいわき市にある里見牧場の里見健一と娘の彩夏がTVに向かって同じように叫んでいた。
近くの馬主席でもキンググループの会長、金島虎二と藤原和樹調教師が声をからして「いけ~!、そのままいけ!~」と先頭を走る『キングスター』を応援していた。
”もうすこし、もうすこしよ~、お願い、ここでギヤアップするのよ『アルフレート』”
そう思いながら最後のムチを入れる志帆、その思いが通じたのか、さらにギヤアップした『アルフレート』
「すごい、すごいぞ~、外から『アルフレート』でてきた~、速い、速い、またターボエンジン全開だ~『キングスター』と並んだ、並んだ~ああ~頭一つ追い越した~一着『アルフレート』だ~!!」
ゴール近くの観客席で小さなガッポーズをとる団長
”いや~あぶなかったぜ、最初の出遅れでダメかと思ったけど、さすがだぜ~”そう思いながらさっそく馬券払戻し機に向かうと、先程まで黄色い声で『アルフレート』を応援していた大勢の”馬ガール”達が長蛇の列でニコニコしながら換金していた。
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将棋部二年生桐山俊介の自宅
週末に八段のプロ棋士の父親、桐山英明から指導を受けている桐山俊介君
「俊介、お前の将棋の打ち方が変わったな~、前は素直な打ち方であまり面白くもない打ち筋だったが、今は、何と言うか~」
「よく言えば策士のような、悪く言えば汚い手と言うか、フフフフ、いや~楽しいよ~」
”やばかったよ~いまの対局は本当にあぶなかった~あの油断させる一手が見抜けなかったら私が息子に負けていた。どうしたんだ、こいつ、急に強くなったな~”
「いや~、いったいどうしたんだ。なにかあったのか?」
「えっ!‥そうだね~急に将棋がうまくなった先輩がいるんだよ、何度やっても僕は勝てなくて、いつも途中から打ち方の指導をしてくれるんだ。」
「それが、面白い先輩でさ~、いつもどうやったら相手を騙してこちらの有利になる盤上にするか、わかりやすく教えてくれるんだよ~」
「”勝負ごとに素直な打ち方はいらない、汚くても勝つことがだいじだ。”そういって、汚い勝ち方を教えてくれるんだよ。フフフ~」
「なんだって~、アマチュア5段のお前が勝てないのか、それはすごいじゃないか~」
「それだけじゃないよ~部員4人を同時に相手をしながら教えてくれるんだよ~ あの実力だったらすぐに奨励会にも入れると思うよ。」
”忙しい父は月に数える程度しか相手にできずにいたけど、僕を強くしてくれる人ができた。あの先輩によって僕はもっと強くなれる。”
そう思っていた彼の脇には全国高等学校将棋選手権大会、東京地区予選の申し込み書が置いてあり、団体戦に丸を付けて参加者三名の欄には永瀬優紀、山崎壮太そして桐山俊介と書かれていた。
団体戦を選べば個人戦には出られない大会、桐山俊介は三年生の優紀先輩といっしょになって団体戦での日本一を考えていたのである。
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神田神保町の暴力団仁龍会 会長の後藤龍三の本宅、
関東最大の暴力団組織仁龍会、傘下に15団体の直系組織があり、その下部組織の関連団体も含めて関東地域の構成員数は約8,000人そのトップに立つのが後藤龍三62歳だった。
今日は直系15団体の組長達があつまり、定例会が行われていた。
上座の椅子に座るのは会長の後藤龍三 うしろの壁には菱形家紋に仁の一文字が書かれたデカい代紋が壁にかかっていた。
会長に一番近い右席には息子で武闘派の若頭である、後藤遥斗28歳 そして左側の一番近い席には仁龍会本部長で後藤遥斗の側近でもある鮫島幸一
鮫島は本家のあらゆる実務を総合的にとり仕切る役目で優秀な男だった。
各団体のシノギの売り上げの報告が終わり、本宅で雑用をする部屋住みの若者が組長達にお茶や茶菓子を出してきた。
組長達は緊張をほぐしてタバコ吸い出しはじめていたら、
「最近は何か、わけのわからん連中が、年寄りを痛めつけて、なけなしの金を奪っていやがるが、いって~どんな奴が裏で糸をひいてるんだ~」
「年寄りから金を奪って何が楽しいんだよ~」と自分達の普段の悪行を棚に上げて年寄りに同情する会長の後藤龍三
歌舞伎町を縄張りとする直系の親衛隊、仁誠会の松岡静雄組長が
「会長、どうも、反グレ集団の「怒龍会」の連中が関わっているようです。」と組の若い連中が話していたことを思い出していた。
「また、あの連中か~調子に乗りやがって、最近はSNSやクラブなんかでエクスタシー(MDAM)なんていうドラッグを若い連中に派手に売りまくっていますよ。」
そう言うのは若者の街、渋谷を縄張りにして大麻やコカインを扱っている井波組の井波猛夫
「怒龍会」
【東京の八王子や多摩地域、神奈川には1980年代に中国残留邦人の為の施設がつくられ旧満州から戦争で取り残された多くの中国残留孤児が小さな子供たちを連れて帰国した。
その残留孤児2世は、日本語が十分に話せない者が多く、壮絶ないじめや差別を受けやすかった。彼らは毎日のように、学校では意味もなく殴られたり蹴られたりと、酷い扱いを受けていた。
そんな中で、残留孤児2世たちの中でも反抗心や腕っぷしの強い者たちが、自らの身を守るために結成したグループが「怒龍会」だった。
1989年には残留孤児2世の女子高校生が、日本の暴走族グループに婦女暴行の陵辱を受け自殺する悲しい事件が発生した。この頃から「理不尽には暴力で対抗」と考えその暴走族と本格的な抗争に発展、正当防衛のような抗争事件であったが警察は日本人はつかまえずに残留孤児2世の多くを逮捕した。
国は自分達の味方ではないと感じた残留孤児2世たちその後「怒龍会」は身を守るために武装化して、対立する関東の暴走族を傘下に収め更に凶暴性を増して反社会的勢力に走っていった悲しい歴史があった。】
「ふん!、いい気になりやがっているな~」
「俺達、ヤクザをまったく怖がっていねからな~いちど連中に痛い思いをさせるか」
「会長、いいだろう?」と聞いてくるのは会長の息子で武闘派の若頭である後藤遥斗
「ダメだ、ダメだ~、そんな事してみろ、すぐに「マル暴」の連中が待ってましたとばかりにここに土足でやってくるじゃねいかよ」
「まだ、こっちのシノギや縄張りにも手を出してこないんだろう、共存共栄じゃ、しばらくは様子を見ていろ~」
年を取り穏便な生活を望む後藤龍三は暴対法(暴力団対策法)を心配して反グレ集団「怒龍会」との抗争を避けていたのである。
"ふん!、すっかり暴対法で弱腰なっちまって、あれじゃ~ダメダ~、俺たちはヤクザはメンツだぜ~あんな中途ハンパな連中にいつまでも調子に乗せておくもんかよ”
"いつか必ず、叩き潰してやる!"
会長の息子で武闘派の若頭である後藤遥斗は「怒龍会」との抗争は避けられないと思っていた。
つづく、、、




