第8章 「呪いは愛情から生まれることもある。」
2029年、ジャヤシディ。
かつてエイリアンの襲撃による大災害を乗り越え、故郷の街を失ったその青年は、今は父と母とともに、高層ビルに囲まれた小さな家で暮らしていた。
――ガシャンッ!
先ほどまでテーブルの中央に置かれていた美しい花瓶が、白く清潔な床に叩きつけられ、無残に砕け散る。
「何なんだ、この成績は!? どうしてお前の成績はいつもこんなにひどいんだ!?」
リファルの父親が怒鳴りつけた。
「……ごめんなさい……」
椅子に座ったまま、リファルは床に視線を落とした。
「ごめんなさいだと!? お前の大学のために、俺がいくら金を使ったと思ってる! 謝ればそれで済むとでも思っているのか!」
「あなた、お願いだからそんな言い方はやめて。リファルは前まで軍事学校にいたのよ。新しい大学生活に慣れていないのは当然でしょう? もう少し時間をあげて……」
母親が必死に取りなした。
「はっ、冗談じゃない。金を木の葉みたいに湧いてくるものだと思ってるのか? この愚かな息子のために、どれだけ金を使ったか分かってるのか! 今さら、どうやってこの借金を返すつもりなんだ!」
「落ち着いて……。きっと神様が道を示してくださるわ。今は祈って、身を委ねるしかないのよ。いつか神様が、私たちの願いに答えてくださるはず……」
「チッ……。あの時、あいつをレッドゾーンに閉じ込めたままにしておけばよかったんだ! 貯金を使ってまであいつを解放しなければ、今頃俺たちは、昔みたいに楽に暮らせていたはずだ!」
そう吐き捨てると、父親はそのまま家を出て行き、ドアを激しく叩きつけた。
父親の気配が完全に消えたのを確認すると、母親はすぐに、俯いたままのリファルを抱きしめた。
「もう忘れなさい……。お父さんの言葉なんて聞かなくていい。お母さんは、あなたが傷つかないように、苦しまないように、何でもする。それはね……お母さんが、あなたを信じているからよ。だから、お願い……約束して……」
「……二度と、傷つかないって。」
2030年、ジャヤシディ。
山羊の頭を持つ怪物によって引き起こされた破壊の渦中――軍と警察が今なお必死に暴走を食い止めようとするその戦場から離れ、リファルは一人、立ち尽くしていた。固く目を閉じたまま。
彼は深く息を吸い、ゆっくりと、それを吐き出す。
――耳の奥で、かつてと同じ悲鳴が聞こえる。
――耳の奥で、かつてと同じ雷鳴が轟く。
――耳の奥で、かつてと同じ、燃え盛る炎の音が響いている。
「……全部、同じだ。また俺の失敗で、この街も壊れてしまうのか……?」
目を閉じたまま、リファルは呟いた。
「……いや、違う。今の俺には“それ”がある。神から託された、俺の武器が――」
「この武器で、俺は奴らを殲滅する。焼き尽くし、叩き潰し、俺に与えた苦しみを、そのまま思い知らせてやる……」
「そうだ……今、できるのは俺だけだ。間違いない。今この瞬間、すべてをやり返せる人間は――俺しかいない!」
リファルは勢いよく目を開き、ポケットにしまっていたスマートフォンを取り出した。
指先で画面を素早く操作し、長い間、誰にも知られぬよう隠し続けてきた“あるアプリ”を起動する。
「スターダスト・プログラム・アクティベイテッド。アウェイティング・コンファメーション」
その瞬間、端末から無機質な――まるでロボットのような音声が響き渡った。
リファルは、苦々しい色を宿した瞳でスマートフォンの画面を見つめた。
そして――一瞬たりとも迷うことなく、力の限り叫び声を上げながら、山羊の頭を持つ怪物へと走り出す。
「神々の王よ! 我らに祝福を与えし、その炎を――今こそ、奴らに示せ!!」
次の瞬間、リファルの手に握られていた端末が爆ぜるように弾け、灼熱の炎へと変貌した。
炎は右手の中で蠢き、伸び、うねり、まるで意思を持つかのように形を成していく。
だがリファルは、自らの掌で燃え盛るその炎に、一度も視線を向けなかった。
彼は地を蹴り、高く跳び上がる。
そして――右手に宿した炎を、そのまま刃のように振り下ろし、一直線に、山羊頭の怪物の頭部へと叩きつけた。
「スターダスト・アクティベーション・コンプリート」
巨大な爆発が発生し、山羊頭の怪物の周囲にあるすべてを激しく揺るがした。
目の前で、怪物は驚愕と激痛に耐えきれず、耳を裂くような悲鳴を上げる。
「ドォォン!!」
怪物の頭部が地面へと叩きつけられ、黒いアスファルトは粉々に砕け散った。
やがてリファルが硬い路面へと着地した瞬間、彼の右手に宿る炎は、次第に“剣”の形を成し始める。
巨大な炎の剣――。
リファルは一切の躊躇もなく、その炎剣を全力で振り下ろした。
「ドォォォン!!」
凄まじい爆炎が巻き起こり、怪物の巨体は吹き飛ばされ、近くにそびえ立つ高層ビルへと激突する。
ただ一撃、それだけで――堅牢なコンクリートの外壁は、ひび割れ、穿たれていた。
崩れ落ちる瓦礫と粉塵の中、怪物の体には無数の火傷が刻まれ、毛皮のあちこちで小さな炎が燻っている。
本能のままに、怪物は身をよじり、燃え広がる炎を振り払おうともがいた。
「グオオオオ!! グオオオオ!! グオオオオォォ!!」
魂を震わせる咆哮と共に、怪物は瓦礫を押し退け、周囲を再び破壊しながら立ち上がる。
だが――その咆哮を聞いてもなお、リファルは一切の恐怖を見せなかった。
まるで、その手の咆哮を何度も聞いてきたかのように。
「ザ・ゴッド・オブ・ザ・サン、ラー」
突如、リファルのスマートフォンから再び無機質な音声が流れ出す。
その声は、炎剣が完全な形を成した瞬間に、静かに途切れた。
かつてはただ荒れ狂う炎だったものは、今や――橙色に輝く、翼のような形状をした巨大な剣へと変貌していた。
「……あれは、スターダスト?」
戦場を見つめていた若い警官が、思わず呟く。
「ふざけるな、クソガキが!! スターダスターなら、なぜ最初から助けなかった!?」
若い警官は叫ぶ。
「どれだけの人間が死んだと思ってる!? 市民も、仲間も……それに――隊長もだ!!」
「いったい、お前は何をしていた!? なぜ、目の前で皆を死なせたんだ!!」
その怒号を受け、リファルは静かに警官を見つめ返した。
その瞳に宿っていたのは――恐怖ではない。
悲しみ。後悔。
そして……
憎しみだった。




